ジェヘナ

ジェヘナ



「俺、日車が思ってるほど綺麗じゃないよ」


微かに日車が息を呑む音が聞こえる。視界は彼のネクタイで遮られているため、日車がどういう表情をしているのかよく分からない。……というよりも、彼は平素から虎杖と目を合わせることは無く、その視線は常に微妙に逸らされ虎杖の目ではないどこかを見ていた。日車との初邂逅時、その別れ際に言われた『君といると益々自分を嫌いになりそうだ』という言葉が虎杖の脳裏にリフレインする。自分の何か(態度なのか、言葉なのか)が日車の何かに触れたらしいが、それが何なのか、虎杖は未だ掴みかねていた。


「日車は自分が人殺しだと思うからそう言うんだろ。なら、俺も人──」

「違う。君は無罪だ」

「違う。俺は宿儺と関係なしに俺の意志で人を殺した事がある」


食い気味に否定する日車。しかし、虎杖は地を這うような低い声で日車に反駁する。その声は酷く硬く冷たく不自然なくらいに平坦で……感情の篭らない出来の悪い機械音声の読み上げのようだった。……いや、今時機械音声の方がよっぽど感情豊かに読み上げるだろう。日車は思わず虎杖の顔をまじまじと見てしまった。ネクタイに目の部分が覆われているため、その表情は読み取りづらい。だが、普段は血色の良い肌が照明に照らされてもなお青白く見え、触れ合う肌がゾッとするくらい冷たい事に驚愕した。


「だから、さ」


パッ、と先ほどまでの凍てついた氷のような、極限まで押し殺した張り詰めた空気が途端に緩む。


「別にそんな気にしなくていいよ。俺だって似たようなもんだし。というか、俺、日車には──」

「俺は弁護士だ。俺に相談すると三十分で五千円かかるぞ」

「は? じゃあ今この時間にも金掛かってるって事?」

「……冗談だ」

「日車が言うとマジに聞こえるんだけど……」


……虎杖が一体何を言おうとしたのか。その言葉の先をどうしても聞きたくなかった。



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