シーシュポスの悪夢

シーシュポスの悪夢



民間伝承の一つに親より先に死んだ子供は賽の河原という場所で延々と石積みをさせられる話がある。

なら、子より先に死んだ◼️はどうなるのだろう。



指先へ力を込める。何度同じ作業を繰り返したか数えられない。俺が首を絞めた男はまた死んだ。だが、次の私がそこにいる。私は消えなければならない。ただその一心で俺は作業を続けた。その辺にちらかった男の死体は全て揃って同じ死に顔をしている。

俺の基盤になった男の死に顔は消えず残ったまま。私の意識は未だに続いている。

だから繰り返す。消えなければ。エラー音にも似た耳をつんざく音がする。再び力を込めて呟く。「消えろ」

私は居なくならなければ。

パラドックスを完全な存在にするために。


私は要らない。だから────指先へ力を込めて何度も込めて呟く。

消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、頼むから消えてくれ。

疲弊して、後悔が積りに積もって、私はついにその場に崩れ落ちる。


「どれだけやっても私が消えない……」


ゆっくりと意識が遠くなる。生まれた時から持っていた機能が動き出す。

嗚呼まただ。

私が完全に壊れる寸前に、積み重なった辛苦の全てがリセットされる。

幾ら経験しても慣れない酩酊にも似た感覚が襲い目を閉じる。

すっと目を開ける頃にはさっきまでの後悔に軋む心はどこにもなく、疲れも微塵も感じない。それから再び壊すために、完全にするために私の首を絞める。


感覚の麻痺した作業をどれだけ繰り返したんだろう。俺の基盤になった男の死に顔は焼き付くほどに見た。転がった死体の数はもう数え切れない。


疲弊して、こんなことに何の意味があるんだよ。後悔が積りに積もって、俺は泣きたくなって、私は破綻した。またリセットされる。

繰り返し、リセット、リセット、リセット。

そして何度目かの破綻を体験する前に漸く気がつく。

「これは夢だ」

他愛の無い悪夢だ。私自身への憎悪と悔いやリセットの瞬間の記憶の焼き回し。気付いてしまうとなんて下らない。

早く覚めないと。俺はまだあの子に…永夢に必要とされているのだから。

夢の自覚が出てきてやっと意識が揺らぎ出した。



嫌な夢をみた。酷い悪寒がする。冷や汗がいやに不快だ。どんな夢を見ていたのかハッキリと記憶していて暗澹となる。定期的に見る悪夢は俺がどんな風に生まれたかをよく思い出させてくる。ベッドに備え付けてある時計を見れば朝の5時。


まだ永夢は眠っている時間だ。

今のうちに永夢の弁当を作らなければ。


俺は悪夢の残滓を振り払うように寝室を後にした。


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