シロコテラーとラーメンを食べる話
ラーメンが食べたい。から。一緒に食べに行こう、先生?
私が『こちらのキヴォトス』に来てから数週間後。
シャーレから出てきた先生を捕まえ、意を決してそう伝える。
私は未だに。
先生の目を見て話が出来ない。
前はそんな事なかったのに。
罪悪感と嬉しさと、申し訳無さと安心感と。
そんな相反する感情がぐちゃぐちゃになって。
先生。
対策委員会のみんな。
───私の世界で失ってしまった人達はどうしても眩しくて。
でも。
私は変わらないと。元通りにはもうならなくても。
眩しさに目が眩まないように。
前を、みんなを見れるようにしないと。
『先生』に、申し訳が立たないから。
そのためにまず。
変わったことと、変わっていないことを一つずつ。確認していく。
そう思って。先生の顔を見ようと──
きゅるるるるる。
「............」
「............」
「......うん。お腹へったよね。私もお腹ぺこぺこ。ラーメンだったら......柴崎ラーメンでいいかな?」
「.........ん。柴崎ラーメンが良い」
───まだ、先生の顔は見られないかも。
上気した頬を隠すように、先生を先導するように歩く。
お店の場所は、きっと変わっていないから。
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「オゥ、いらっしゃい先生!」
「そっちは......セリカちゃんのお友達のねーちゃんかい?どうぞ、いらっしゃい!!」
あはは......ええ、そうです。
注文はいつもので良いかいっ?
ええ、特製ラーメン、2人前でお願いします。
あいよっ。少々お待ち!
先生と大将のやり取りを耳に捉えながら、席へ案内される。
「......どう?久しぶりの柴崎ラーメンは」
「ん。変わってない。私が知っているお店と一緒」
変わっていない露店。
変わっていないスープの匂い。
変わったのではなく、失われた。
一瞬そう脳裏をよぎったけど、頭を振って考えを散らす。
私一人ならともかく、せっかく先生と久しぶりのラーメンなんだから。
精一杯楽しまないと先生にもラーメンにも失礼。
「......そういえば今日は、セリカは?」
いずれ向き合うとはいえ、ちょっとまだ。対策委員会のみんなとは顔を合わせずらい。
「大丈夫だよ。今日は別のバイトが入ってるんだって。確か、ビラ配りって言ってたかな」
「......ん。わかった」
返事を返すと同時。
「へいお待ち!特製ラーメン2人前!」
「ありがとうございます」
私達の前に丼が届いた。
「うん。いつもどおり美味しそう。頂きます」
「私も。頂きます」
そう言って手を合わせ、箸を割って。
唐突に。
記憶が脳裏を走る。
みんなと一緒に、ラーメンを食べた記憶。
何回も一緒に食べたけど。その中でも。
先生も初めて一緒になった時は確か。まだ露店じゃなくて店舗を構えていた、ような。
あれ程大事だった思い出の。細部がぼやけている。
鮮明さを取り戻すかの様に、一口一口を殊更に噛みしめる。
「───。うん。ゆっくり食べよう?」
「......ん」
一口。スープを口に運ぶ。
また一口。麺を啜る。
あまりにも美味しくて。
あまりにも懐かしくて。
同時に。
今が夢ではないことを。
もう戻れないことを確信した。
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「ふぅ、ごちそうさまでした。美味しかったね」
「......ごちそうさまでした。うん、美味しかった」
お互いに食べ終わって。
人心地ついたタイミングで。
「...... ねえ、シロ──」
「先生。私の、名前の事なんだけど」
食事中に考えていたことを伝える為に。
呼ばれる前に、強引に遮る。
「シロコっていう名前は。こっちの『私』だけに、呼んであげて欲しい」
「私と【私】は、同じだけど違う存在だから」
私は、歪んでしまっているから。
「きちんと区別を付けるべき」
「......そっか。分かった。じゃあ、なんて呼べばいいかな?」
ふと考える。
色彩によって歪められ──反転した私。
『シロコ』が反転した、なら。
……身につけている色も、丁度いい。
「クロコ。この私のことは、クロコと。そう呼んで欲しい」
「......分かった。改めてよろしく、クロコ」
「ん。よろしく、先生」
そうして挨拶を交わし。
「先生、私は。これから、」
決意を固めて。
先生の目を見つめる。
眩しくても、目を逸らさないように。
「先生を。対策委員会のみんなを。この世界を」
「必ず、守るから」
もう、あんな事は。
絶対に起こさせない。
「......うん。ありがとう、クロコ」
「でも、決して気負い過ぎないでね」
「私のことも、対策委員会のみんなも。絶対にあなたの力になるから」
「いつでも、頼って」
「......だけど」
「だけどじゃなくて、絶対」
「......ん、分かった」
先生は先生だから、そういうと思ってたけど。
でも。
「ちょっと意外かな」
「?」
「そうかな。先生が生徒に頼ってって言うのは、そんなに不思議ではないと思うんだけど」
「それはそうだけど。でも、その中にアビドスのみんなを含めるとは思わなくて」
「......特に私が関連することは、危険が多い筈だから」
その言葉を聞くと先生は。
苦笑いを一つ浮かべて。
「あー、うん。心境の変化というのかな」
「困っている誰かを助けたいと思っているのはみんな同じってことと」
「適度に心配をかけたほうが、一切心配をかけまいとするより、結果的に心配をかけないって」
「そう、教えてもらったんだ」
「..........?」
こほん。
先生はわざとらしく咳をして。
「とにかく。クロコの心持ちやスタンスっていうのかな」
「そういうのが分かったから」
私もそろそろ、残りの仕事をこなさないと。
そう言って。先生は席を立つ。
「.......そういえば、あえて聞かなかったんだけど」
先生の顔が、言外に
こっちでの衣食住大丈夫?
と、問いかけている。
「ん。大丈夫。問題ない」
「........分かったよ。だけど」
「うん。問題が出たらすぐ連絡する」
「それならOK」
その言葉を聞きながら、私も席を立った。
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おう!会計は──円だ!
ごちそうさまでした。支払いはこれで。
カードだな!了解!
しばらくすると先生が店から出てきて。
「ごちそうさま、先生」
「どういたしまして」
「......じゃあ、」
言いたいことは、話したいことは沢山有るけど。
その前に頭の中を整理しないと行けないから。
そんな私の内心を察したのか、先生は深くは追ってこなかった。
「うん、じゃあまた」
「困ったら、いいや困って無くても。気が向いたならいつでもシャーレへ遊びに来てね」
「私もそのうち、クロコのもとへ遊びに行くから」
「......ん。分かった」
「次は。今度は──みんなで」
「みんなで。遊びに行きたい」
「......!うん、是非!私も楽しそうな所をピックアップしておくね!」
先生は今日の中で一番うれしそうな顔をした。
そうして私は。
この世界に順応する準備を行う。
私の世界と同じ結末を迎えないための準備を。
でも、こちらに来た時より心が幾分か軽い。
たった一人になってしまったと思っていた。
けれど、そうじゃないことを教えてもらった。
まだ私には、みんながいる。
そう分かっただけで、心が温かい。
その気持ちを抱えて私は。
今日をまた、歩き始めた。