ショタデリザおさわりの会
マゴル城の書庫には貴重な魔導書や禁忌として秘された書物が数多く並んでいる。ただ1人の主人のためだけに作り上げられた広大な空間。
普段ならば重々しく静まり返っている書庫に、静寂を乱す異物が存在している。
ページが捲られる音やさらさらと紙の上をペンが滑る音などではない。部屋の空気を汚すのは衣擦れの音と自分の惨めな呻き声だ。
昨日の折檻で2番目の兄を愉しそうに痛めつけていたイノセント・ゼロは、今は自分を膝に乗せて座学を教えながら服の中をまさぐっていた。
自分よりふた回りは大きい大人の手が身体中を這い回る。
胸元や下腹部を無遠慮に弄ばれ、嫌悪感で漏れる声を抑えきれないのが情けない。怖くて悍ましくて、広げられた教科書と饒舌な説明への集中が阻害される。
虚しい。
覚えが悪いと仕置きが待っている。だからといってこの内容を完璧に身につけたところで兄弟のためには何の役にも立たないのに。
どうせ結局は不老不死とやらのために自分たち兄弟の心臓を消費する準備でしかないのに。
密着が増し、お父様の冷笑を含んだ吐息が首筋にかかる。反射的に首元を手で抑えたくなるのをどうにか堪えきった。
この身体はただのお父様のための器、便利に使える道具の一つにすぎない。しかも替えが効く身分のくせに持ち主への嫌悪感や不信感がいつまで経っても残ったまま。
3人の兄を上回れる点も何ひとつない、どうしようもない出来損ない。
使えない無能。いつでも切り捨てられる存在。
気分次第でいつ兄弟共々全て奪われてもおかしくない薄氷の上で、何もせずに蹲り続けているゴミ以下のナニカが自分だ。
だから。
…だから、行動で絶対の忠誠を示さなければ。
太腿の内側を撫でられても、首筋に柔く歯を立てられても。頬を舐められても胸元をまさぐられても。
抵抗の意思、あらゆる叛逆の予兆になりうる感情を表に出してはならない。
仕置きの怪我で臥せっているときでも、この何もできない手を取ってくれる優しい兄たち。
他の兄弟を傷つけられた憎悪、どれだけ努力を積み重ねて抗っても無駄だった無力感、その狭間で押し潰されている兄たち。
ここで自分が逆らってお父様に消されたら、ドゥウムは従順な部下に徹することはできなくなってしまうだろう。あるいはファーミンあたりは自身を諦めてもっと狂ってしまうかもしれない。エピデムは完全に折れて、もう現実に帰って来られなくなってしまうかも。
危うい均衡を保ち続けている兄たちを自分なんかが追い詰めるなんて、そんなことは絶対に許せない。
お父様には自分なんかよりずっとずっと才能があり強く賢い兄たちすら逆らえない。下手に動いても自分のせいで兄たちに仕置きを受けさせることになるだけだから。
このままオレは、耐え切らなければ。
乾いた大きな手のひらで腹を撫で上げられる。つい全身が強張ってしまいそうになるのを、息を吸い込んで無理矢理脱力させた。
頬をなぞり耳を弄ぶ大人の指を甘受し、逆にすり寄る。太い腕が胴に巻きつき、抱きしめられた。
決して抗おうとしないよう、無抵抗に身を委ねるよう心の中で何度も唱える。自分がこうされている間は他の兄弟のもとにお父様は行かないと言い聞かせる。
落ち着いてリラックスして、与えられる感覚に堕ちて蕩けた笑みを浮かべるくらいにまで早くなってしまいたい。
自分はもう、それでいい。
どれだけ役立たずでも無力でも自分には価値がある。幼い頃からセルと兄たちが自分を見る眼差しが、伸ばされる手が、隣で啜り泣く温い体温が、それを繰り返し繰り返し脳に刻み込んでくれた。
…それに、長く末っ子だった自分にも弟ができた。
たとえお父様から守る力がなくても兄でありたい。怪我や疲労で動けない時も、放心して天井を見上げるしかない時も、傍らにいてくれる兄たちに自分は心底救われたから。
弟という生き物は側に兄が必要だから、自分も兄でいたいのだ。
大人の低い体温を全身で感じ続けて、心の奥底は完全に冷え切った。
授業は終わりを迎えようとしていた。
優しい穏やかな微笑みで頭を撫でられる。さすが私の大事な息子どうたらこうたら。つらつらと垂れ流される洗脳もよくここまで飽きないものだ。
今回は機嫌を損ねずにうまく立ち回れた。安堵と歓喜で笑みが溢れる。
偽りの愛情と承認に溺れて完全に狂いきれたのなら、自分たちはきっと幸福だった。
『本物』をセルと兄たちから与えられてさえいなければ与えられる常識に抗わず染まりきれた。
それでもお父様の役に立つという価値を発揮できなければ、ここでは生存を許されない。
「それじゃあ、今日はここまでにしようか。」
礼を言って席を立とうとして、つんのめる。
椅子から立ち上がるときにローブの裾を引っかけ、お父様の胸元に倒れ込んでしまった。
……気を、抜きすぎた。
明らかな無礼、しかも『お戯れ』の口実にはピッタリの軽微なミス。
どのように嬲られるか、わからない。
頭が真っ白になる。
「ご、ごめんなさいお父様、申し訳ありません。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい…!」
震えながら蚊の鳴くような声で繰り返し許しを乞うて離れようとする自分は一体どれだけ無様なのだろう。
片手で腰を抱いて離れないよう押さえつけられる。屈んでキスの距離まで近づいた端正な顔立ち。吐息だけの笑みが恐ろしくてたまらない。
恐怖で凍りついて、時間が止まったような錯覚に陥る中で。
ふと、弟たちはどうしているかと思考した。
生まれて半年も経っていない弟たちはきっと今日もやんちゃなのだろう。
膨大な魔力で暴れる紫の弟。なぜか上手な大工仕事で城の破損を片端から直していく黒い弟。
まだ人を殺したことも、訓練や仕置きの傷跡もない。心臓も自前のものがちゃんと動いている赤子。
まだ何の罪も犯していない、世界で一番綺麗なオレの弟たち。
大切な大切な、兄弟。
「───随分大きくなったと思ったが、まだこれからだな。」
現実に引き戻され、絶対者の声にビクリと身がすくむ。
嗜虐と嘲笑を含んだ笑み。
今夜私の部屋に来なさい、と歌うように告げられる。
怖い。
嫌、だ。
カタカタと小刻みに全身が震える。
俯いて、はい、とそれだけどうにか絞り出した。
……兄者。セル。
あにじゃ。
それでも。それでも、大事な身内を連れてくるようには、まだ言われていない。
そんなあまりにもか細い期待にすら安堵を覚えてしまう。
…本当に、そうなんだ。
この目が自分以外に向けられることを少しでも減らせるのならば。
こんな身体などいくらでもくれてやるから。
それだけが、オレの全部なんだよ。
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デリザスタくん(12)(非処女)
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