シュラリズ書きマスターとシュライグ

シュラリズ書きマスターとシュライグ

怒られたら消します

「紅茶だ」

 シュライグはマスターの部屋に入った。

 カタカタカタとマスターはパソコンの画面に向かいながら物語を紡いでいく。シュライグは冷ややかな視線を向けるが、それに気が付かないようだ。

「紅茶だ」

「あっ、ごめん。そこに置いておいて」

 マスターはようやくシュライグの方を見た。シュライグはマスターの書いたものを読んだ。

「今回の俺はクソボケではないんだな」

「そうそう。真っ当なシュラリズ書いてみたくて。どう?」

 なにも、感想はない。強いて言うならマスターが楽しんでいるならなによりだ。彼の笑顔を曇らせるのはシュライグの本意ではない。

「俺をクソボケにする落ちがいいと思う。この掲示板は俺とフェリジットがくっつきそうでくっつかない話を好む」

「でもいい感じの雰囲気じゃん。ダメなの?」

「感想といいねが全くなくて、泣くマスターを慰めるのは俺なんだが」

 別にそれでもいいが、という言葉をシュライグは飲み込んだ。

「うっ…」

「ちょっとした暴言で落ち込むような繊細なマスターには早い。やめておけ。素直にクソボケにするんだ」

「はーい」

 マスターの物語に落ちが追加された。クソボケのシュライグがキットに酒瓶で殴られる。これでいいと、シュライグは思った。

「今日のシュラリズ書き終わったことだし、いつものやってもらっていい?」

「ああ」

 シュライグは背中をマスターに見せる。片翼の付け根にマスターは顔を埋めた。

「これだよ。これ。シュライグの羽は病みつきになる」

「そうか」

「安らぐ。ちょっと疲れた頭にシュライグの羽のお米みたいな匂いが染み渡る」

「そうか」

「あっ、そうだ。明日はフェリジットがシュライグの匂い中毒になる話を書こうかな」

 シュライグの表情はマスターから見えなかった。シュライグは後ろを向いているのだから当然だ。


 次の日もマスターの部屋にシュライグが訪れた。今日はコーヒーを飲みたいと言っていたからそれに合うお菓子も用意していた。

「コーヒーだ」

 マスターはパソコンの前で寝落ちしていた。シュライグが画面を覗くと書き上げてから眠ったようだ。

 この物語のシュライグはフェリジットと結ばれたようだ。酒瓶ガチャという辺境過疎掲示板の悪ノリだ。

「じゃあ、俺はなんなんだ」

 28が始まりで29で完結する短い物語。2000字も満たない短編だ。勘違いでも幸せそうなフェリジット。そんな彼女に愛の言葉囁く片翼の男。誰だこの男は。

「俺はこんなこと言わない」

 ただ一人を除いて。

 黒い感情がシュライグの中に渦巻いた。そして右端にある削除と書かれたボタンを押した。マスターがどんな気持ちになるのか、シュライグは考えない。それほどまでに彼は悲しんでいた。

 マスターは眠り続ける。シュライグの気持ちを考えない男をシュライグはベッドに運ぶ。

「おやすみ、マスター」

 シュライグはマスターの部屋を出る前に言った。マスターがいつか筆を折ってくれればいいのにと、少しだけ願った。

 

 また今日もシュライグはマスターを止めることが出来なかった。シュラリズを書き上げてご満悦なマスターにコーヒーを出す。

「昨日書いたやつ、後半が消えちゃったんだよね」

「酷い出来だから自分で消したんじゃないのか?」

 シュライグは平静を装いながら言った。ただ彼はマスターの目を見ることはできない。

「まあ、そうかも…」

 確かにあの台詞、ぎりぎりシュライグが言わないラインなんだよね〜、と朗らかに笑う。

「ほぼ毎日書いているんだ。そういう日もある」

「でもさ。不思議だよね。なんでシュライグだけ精霊化したんだろう。フェリジットも一緒に買ったのに」

「同じ傷物でもフェリジットの方が安いからじゃないか?」

「でもシュライグだって安かったじゃん。500円だよ」

 シュライグはマスターの部屋を出た。悲しくもない。ただの事実だ。

 確かに俺は安かった。それでもマスターは俺を選んだ。選んでくれた。違うのか?

 俺に向ける笑顔は俺だけを見ていないことぐらい分かっている。それでも俺はマスターと共にいたい。

 シュライグは言葉に出さないものの、そう思った。そして自分の端末でマスターの書き込んだ場所を見た。ヤンデレシュライグのナーフについて話し合っているようだ。

 ただ一言、「クソボケになる」とだけ書きこんだ。


 

 


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