シュラリズが狭い場所でイチャイチャする前編

シュラリズが狭い場所でイチャイチャする前編

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 好きだ、という言葉が聞こえた瞬間、フェリジットは目を丸くして足を止めた。大事な銃の部品を落とした事さえ気付かず、声の方向を見つめている。

知った顔だ。少し前に仲間に加わった少年と、同じ年頃の少女が真っ赤な顔をしながら向かい合っている。少年の手にあるのは…野花だろう。鮮やかに咲き誇るとは到底言えないような、小さく白い一本の花。それでも砂漠に近いこの辺りではなかなか見ない愛らしい花だ。あちこち汚れているのはそれを探してきた証に見える。


「……す、好き、です」


少年の勢いはどこに散ったのか、少し不安げだ。心なしか花を持つ手も震えている。

けれどそれはきっと杞憂というものだ。俯いているから、少女の頬を染める朱色と綻ぶような笑顔が見えないのだろう。

少女の手が、少年の手を包む。後は何も言う必要もなく、フェリジットはそれ以上見ることもなく部品を拾うと歩き出す。後ろから聞こえる歓声と拍手さえあればフェリジットには十分すぎる。


「ふっふん、ふふん、ふんふん♪」

「フェリジット」

「ん? ああシュライグ、何か用?」

「いや…随分機嫌が良さそうだから、何かあったのかと思ったんだが」

「まあねぇ、綺麗な花束たちを見たの。今なら何でもできちゃいそう!」

「そうか」


満面の笑みを浮かべるフェリジットに、シュライグは口を開きかけ、閉じてしまう。それを何度か繰り返し、やがて踵を返して歩き出した。

が。頭に向かって回し蹴りなど繰り出されては、さすがに振り返るというものだ。


「…なんだ?」

「なんだじゃないっての。言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ、せーっかくのいい気分に水差さないでくれる?」


止めた蹴り足を離すわけにはいかない。長い銃砲を地面につけて体の支えにしている当たり、簡単に離せば容赦なく反対の足で蹴り飛ばしてくるだろう。フェリジットがなぜそこまで怒っているのか、シュライグには到底想像もつかないのだが、ここで言わなければ更に怒るだろう。


「依頼があったんだ。近くの洞窟に武器の加工に使える鉱石があるらしいから見て来てくれ、と」

「それで?」

「俺は暗い所は少し見えにくい。光っていればいいんだが、黒い鉱石は見落としてしまうかもしれない」

「……それで?」

「誰かに手伝って貰えないか検討しているところだ」


大きなため息をつきながら、フェリジットは脚を握るシュライグの手を振り払う。頭に疑問符を浮かべたまま再び歩き出そうとしたシュライグに向けて放った指弾はまたも防がれた。


「行くわよ」

「どこにだ」

「依頼に行くんでしょ、手伝ってあげる。暇だしね」

「良いのか。助かる」

「いいから今度何かお礼寄越しなさいっての。美味しいモノとか」

「……考えてみる」


歩きながら顎に手を当てるシュライグに、呆れた目を向けながら再びため息をつく。それを見た他の仲間は仲違いではないかとはらはらしながら見送った。

だが実のところ、そんなことはないのだ。こういう性格だと知っているからこそ出てしまう反射的な溜息というべきか、少なくとも落胆とは違うものである。フェリジットもシュライグも悪いものではないと知っているから、もしも他者から愛想を尽かしたのか、と言われても二人は目を丸くするだろう。要するにこれは、二人にとってありふれたコミュニケーションでしかない。

二人が向かった先は小型の飛行機械を置いた施設。キットが改造を施したもので、やや鈍重だが物を運ぶには十分だろう。一台を借り受けて低空で飛べば心地よい風が当たり案外快適だ。砂漠と荒野の中間程度の光景である事は少し残念だが、そのぶん遠くまでよく見える。


「ひゅー、天気がいい日はこういうのもいいわね! シュライグ、洞窟ってどこ!」

「こっちだ。入り口が狭いらしいから乗り物は置いて行くぞ」

「じゃあ鉱石は運び出さなきゃいけないってわけ? 面倒くさいわね」

「運ぶのは俺がやるから大丈夫だ。それに今回はサンプルを持ってきてくれということだから量も少なくていい。フェリジットは鉱石を見つけたら…そうだな、好きに飛んでいて構わない。この辺りなら安全だろう」

「ふうん……あの洞窟ね?」


シュライグが頷き飛び降りる。低空とはいえ落ちればただでは済まないが、片翼と機械の翼で羽ばたきながら上手に降り立っていく。そのまま両手を掲げるシュライグの元へと機械を転回させると、フェリジットも飛び降りた。

これに驚いたのはシュライグだ。いくらフェリジットでも空は飛べないのだから、危険極まりない。反射的に跳び上がり、落ちる彼女を抱きとめた。


「危険だ」

「ふふん、信頼ってやつ。次もお願いね♪」

「……わかった」


ため息を一つ。シュライグにとって喜色満面で周囲の景色を見回しているフェリジットの態度は慣れたものだ。

身勝手、とは思わない。奔放でもあり、決して気遣いをしないわけではない。ただ長い付き合いの中で彼女はこういう時に自由に笑う。

ビュウ、と風が桃色の髪を騒がせる。甘い香りがした。


「ねえシュライグ、世界って凄く広いの。私たちのいた場所も、ドラグマも、きっと世界の中じゃほんの小さな場所なんだわ。どれだけ飛び回っても終わらない冒険だってきっとできる」

「してみたいのか」

「冒険? そうね、せっかくだからあちこち行ってみたい。こうやって、飛んでいくの」


心地よさそうにフェリジットは目を瞑る。四肢から力さえも抜き、全てをシュライグに任せていた。

答えを求めてはいないのだろう。ただ薄く開いた唇には微笑を湛えながら、どこか懐かしい鼻歌を歌っている。自然と音もなく着地をした。

洞窟はフェリジットの想像を超えて小さな入り口だった。シュライグの背丈ギリギリの高さで、幅は両腕を広げた程度だろうか。しかし奥に行く道は下りになっており、フェリジットもライトを照らしながら唸る。


「なーんか嫌な感じがする」

「どういうことだ?」

「まだわかんないけど。ちょっと行ってみるわ」

「俺も行く」


洞窟に踏み込むフェリジットにシュライグも続く。入り口と同じように内部も狭く、ゴツゴツとした岩肌が時折ライトの光を反射している。加えてシュライグが言っていた通り真っ黒な鉱石も僅かに露出しており、いくらか掘り出すのはさほど難しくもなさそうだ。


「これ?」

「多分、そうだ。少し掘るから外で待ってくれていいぞ」

「ん……ねえ、もうちょっと奥まで行ってくる。シュライグは掘ってていいから」


フェリジットは妙に居心地悪そうに体を揺らしている。大きな耳が落ち着きなくぴくぴくと動き、何かを確かめるように鼻をヒクつかせる。


「俺も行く」

「いいってば、依頼があるでしょ。ただの勘みたいなものだから」

「いや、フェリジットの方が大事だ」


いかにもただ事ではないフェリジットの様子を見れば、彼女の勘と言うものを無視することはできない。固まってしまっているフェリジットの顔は反対を向いているので表情はうかがい知れないが、歩き出しも妙にギクシャクとしている。


「大丈夫か?」

「んぅっ!? 大丈夫、大丈夫! ったく……そういうことはあっさり言うのよね」


呟く言葉は暗闇に消えていく。シュライグに届くのは足音の反響ばかりだ。

歩き続けるうちに、徐々に空気が重くなっていく。手をついた壁がしっとりと濡れていて、嗅いでみるも不思議と黴臭さはない。そこから更に小一時間ほど歩いただろうか。(そろそろ戻らないとダメかしら)と悩むフェリジットの肩に、シュライグの手が伸びた。


「何かある。この先だ」


反射的にフェリジットの手が腰に備えた予備の銃に添えられる。フェリジットの感覚には何もないが、シュライグがそう言うのだから疑うことはない。もし違ったとしても、その時は笑いながら小突いてやればいい。


「敵?」

「わからない、不思議な気配だ。生き物かどうかも分からない」

「ってことは罠かそれとも……行ってみる?」


選択を委ねられたシュライグとしても悩ましい。わざわざ戦線の仲間たちを狙うにしては回りくどくドラグマとは考え難い。加えてこの場所は自分たちがいた基地にも近く、それこそ子供たちでも来れない場所ではない。

一歩を踏み出したシュライグにフェリジットも従う。自然、呼吸が重なり合わさっていく。




慎重を重ねて踏み入れた先は、奇妙な広場だった。

巨大なドーム状の空間は明らかに自然にできたものではないとわかるような、滑らかな曲線を描いている。広場にはブロックを積み上げた三角錐上の建造物があり、シュライグの背の4倍ほどの高さだろうか。そして広場にある三角錐の三つのカドの部分にはそれぞれ威圧感のあるドラゴンや奇形の巨人が置かれ、三角錐の頂上へと目を向けている。シュライグ達は知る由もないが、ピラミッドに瓜二つの造形だった。

驚いたことに広場は暗くない。見渡してみるとおどろおどろしい形の燭台に火が灯り、足音の反響するドームの中を照らしていた。


「ここは、なんだ?」

「凄い……けど、なんだか寂しい感じ。お墓みたいな」


呟かれたフェリジットの言葉にシュライグも頷く。威厳に満ちた圧迫感と同時に、今を生きるモノを拒むような静謐。踏み入れるほどに足元を見失いそうになる。無意識なのだろう、フェリジットは小さく息を呑んで唯一の自分以外の生者へと寄り添う。互いの呼吸と気配だけが現世の繋がりだというかのように。

最も入り口に近い場所にあった像は奇妙な、口が二つある竜を模したものだろうか。歩く者を睨みつける造形は命が無いにもかかわらず強烈な圧を感じる。シュライグでさえそうなのだ。フェリジットは小さく怯えた声を漏らし、シュライグの陰に隠てしまうほどである。


「妙だ」

「な、何が?」

「この像だけじゃなく三体のどれもが俺達、というより下を歩く奴を睨んでいるだろう。まるで荒ぶる神のようだ」

「神って、じゃあ、ドラグマの?」

「いや、ドラグマとは違う。二つ口の竜、奇怪な巨人、鳥のような竜はドラグマから見ればむしろ迫害する対象だ。これはもっと昔のものなんだ、と思う。そしてこの三体が頭を垂れる先が、この三角形の頂点ということは」

「あそこに何かある……ってこと?」

「行ってみてもいいが、どうする」


特段何も考えずに尋ねたシュライグだったが、フェリジットにしてみれば「怖いなら帰ろう」と言われたも同然だ。ムッとしながら自分の頬を叩くと長い耳がぶるぶると震え、戸惑う足を叱咤する。静謐を裂くべく踏み出した足がピラミッドの階段を踏みつけた。そのままずんずんと登っていくのを慌てて追いながらシュライグは振り返る。双口の竜が見つめている気がした。

先に登り切ったフェリジットの目に飛び込んできたのは、思わず声が出てしまうものだった。


「シュライグ、シュライグ! 凄い!」

「なんだ」

「金よ金! 金で出来てる箱!」


先ほどまでの押し潰されそうな威圧感をすっかり忘れてしまったのか、フェリジットはなるほど、黄金に輝く箱を手にはしゃいでいる。中央に目が描かれたデザインは少々不気味だが重厚な輝きを前にしては些細なことだろう。


「彼らは、宝を守っていたのか?」

「そういうことだったのかも。ね、これどうしよっか」

「……俺は置いて行った方が良いと思う。あの三体が守っていたのがこれだとしたら盗み出すのはあまりにも敬意に欠ける」


静かに、しかし真剣に話すシュライグに、フェリジットも落ち着きを取り戻す。


「そう、よね。よく考えたらどう考えても普通の場所じゃないし、これもよく見るとなんか怪しいし。見なかったことにして帰りましょうか……勿体ないけど」

「ああ」


遺跡荒らしでは無いのだ。もしもこの場が墓なのだとしたら、悼まずとも静かに見送るのが筋であり、かつて迫害された二人だからこそ自分たちが奪う側に回りたくないという矜持もあった。

そっと黄金の箱を元の場所に戻した、その時。

ぱかり、と奇妙なほど軽く蓋が開いた。


「え」

「なっ」


蓋の中から溢れんばかりに広がる光。逃げる間もなく二人の姿は光に消え、やがて蓋がひとりでに閉じ始める。

空間は再び静寂に満ちていく。盗掘者への仕置きは、それが善人であろうと悪人であろうと変わらない。ひと時のお仕置きになるか、千年の封印になるかは中の二人次第である。

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