シュライグ猫カフェ

シュライグ猫カフェ


「ねえ、シュライグ。浮気してない?」

フェリジットは静かに問い詰めた。

「私ね、獣人だから鼻がよく効くのよ。ちゃんとシャワーしてきたつもりでも残り香が分かっちゃうのよね」

恋人の首の匂いを嗅ぐ。シュライグはそれが処刑宣言のように感じた。

「やっぱり……どこのメスかしら。私の知らない子なの?」

「俺は浮気をしてない。信じてくれ」

本心からシュライグは言った。


 猫カフェというものがある。猫と触れ合えないものにとって、癒やしの場であった。

「癒やされますよね。噂には聞いていましたけれど、入ってみるの初めてなんですよ」

 エクレシアが猫じゃらし片手に猫と遊んでいた。

「まあ、確かにこういうのも悪くない」

シュライグはお腹を見せる猫を撫でる。

「……」

 フルルドリスの周りには猫が寄り付いていなかった。猫缶と猫じゃらしを両手に構える彼女は殺気立っており、猫たちはフルルドリスを避けて左右の二人に甘えている。


 発端はエクレシアとアルバスが猫カフェに行くのを決めたことになる。ちょうど予定がなく暇をしていたシュライグを誘ったのだ。

「猫カフェか。同行しよう」

 シュライグは即答した。いい場所ならフェリジットと行くのもいいかもしれない。猫と戯れる休日も悪くないだろう。

「二人で行動するのは危険なのでは? 武器も持ち込めないでしょうし、ここは私も……」

フルルドリスは猫じゃらしと猫缶を両手に持っていた。エクレシアは少し笑った。

「お姉さまは、猫と戯れたいのですね」


 アルバスは猫が騒いだため入店を断られた。フルルドリスは気合を入れすぎて電気まで発していた。

 よって猫はエクレシアとシュライグの周りに集まったのである。

「お姉さま、この子人懐っこいですよ。どうでしょうか?」

 エクレシアは猫を抱き上げ、フルルドリスの元に連れて行く。猫はフルルドリスの顔を少し見た。あ゛っ、猫はこの人嫌いですが、みたいな表情をして猫はエクレシアの後に隠れた。

「凶鳥の。なぜ彼女たちは私を避けるのでしょうか?」

「知らん」

 シュライグは猫の腹の匂いを嗅ぎながら言った。


「お姉さま、次はきっと大丈夫ですよ」

「ふふふ、慰めなくても平気です。大人ですので」

 フルルドリスは平気そうな顔をしていた。そんな中でシュライグは通行人の中にいる数を数えていた。

(五人か……舐められたものだ)

「追手ですね。六人ですか」

 その直後、フルルドリスはエクレシアとアルバスを抱えて物陰に隠れる。それに合わせてシュライグは空を飛んだ。シュライグの頭があった位置に弾丸が通った。

(狙撃手もいたのか。フェリジットがいつも片付けていたから注意を怠っていたな)

 翼と機械の両翼で上昇しながら街を俯瞰する。狙撃手の位置に大体の見当をつけた。そして翼を閉じて逆さまに落ちながら、シュライグは狙撃手を銃で狙う。相手がリロードする前にシュライグの弾丸が狙撃手を撃ち抜いた。


「残りは五人か。騎士団長とはいえ、国宝の鎧と剣がなくては辛いだろう」

「いいえ、お構いなく。一番厄介な狙撃手が今片付いたので。休んでもらって結構ですよ」

「お姉さま、私だって戦えますよ」

「オレも竜にならなくても戦える」

シュライグは子ども二人を小突いた。

「お前たちが手を汚す必要はない。隠れていろ」

「そうですね。私たちだけで終わらせることにしましょうか」

シュライグは子ども二人を小突いた。

「お前たちが手を汚す必要はない。隠れていろ」

「そうですね。私たちだけで終わらせることにしましょうか」

 この後の蹂躙を描写する必要はない。

 アジトに帰る途中、返り血を浴びた二人は川で汚れを落とすことになった。

「石鹸を使わないのですか?」

 フルルドリスとシュライグはお互いに見えない位置で体を清めていた。

「ああ、急なことだから用意がなかった」

 新品の石鹸がフルルドリスの方から飛んできた。シュライグはそれを受け取る。

「あげます」「感謝する」


(本当に困った)

 シュライグは言葉足らずの自分をよく知っていた。

 つまり、フェリジットを勘違いさせる状況に置かれている。猫やフルルドリスの匂いも付いているだろうし、石鹸がフルルドリスのものと同じである。

「ねえ、シュライグ。この匂いって……」

 フェリジットはシュライグの胸元を漁った。彼が猫カフェの入口で買ったものが入っていた。

「またたびの根よね。それにこの模様は……そういうお店行ったの?」

 どういう店だとシュライグは思った。フェリジットはキツくシュライグを睨んでいる。彼女の表情を現実で例えるなら、夫の胸ポケットからキャバクラの名刺を見つけた妻のような表情である。

「猫カフェに行っていた。恋人へのプレゼントにも、と書かれていた」

 シュライグは言葉足らずがないように正確に答えることにした。

「……猫カフェ?」

「文化の理解は難しい。月と星の模様を合わせて腥いとする部族も存在する。エクレシアは……ああ、エクレシアも猫カフェに同行した確認してくれてもいい」

「まあ、エクレシアが一緒だったなら信じるけど……」

フェリジットがまたたびの根を返そうした。

「別に返さなくていい。フェリジットに贈ろうと思っていた。それが失礼な意味なら取り消すが」

「まあ、貰っていいなら貰っちゃうけど。ふーん、シュライグって人にこういうの贈るんだ。結構古臭い部類に入るけど、別に嫌な気分にはならないわ」

フェリジットの言葉の棘は彼女の照れを少しだけ見せていた。

「そうか」

「ネックレスにするには錐が必要ね。キットのところにあるかしら」

 フェリジットは明らかにそわそわとしていた。つい先程まで浮気を疑っていた彼女とは真逆である。

「それ、どういう意味があるんだ?」

「うーん、なんていうか恋愛成就みたいな意味かな。部族にいた期間は長くなかったけど、そういう品よね。シュライグ、ここの部分を噛んでくれないかしら」

 言われるがままに根の端をシュライグは噛んだ。浮気を疑われていた状況を脱することが出来たことは分かった。しかし今の儀式のような行動になんの意味があるのかは、フェリジットが語るまで分からないだろう。


「リズ姉、結婚するの?」

 キットはまたたびの枝を見ながら言った。とっくの昔に離れた部族の結納品である。

 キットの部屋にフェリジットは訪れた。そしてまたたびの枝を誇らしげに妹に見せつけたのだ。

「しないわよ。そこまで部族の伝統を大事にする柄に見える? シュライグとはまだ恋人でいたいし」

「これ、シュライグに迫れるんじゃない。リズ姉に求婚しているだぞ。責任取れって。歯型までつけてあるよ」

 キットは錐を使って穴を開け始めた。この役割をする者は仲人になる。

「そんなことしたら面倒くさい女だって思われちゃうでしょ。ちょっと今日のシュライグが怪しかったから、使い方知っているのかなーってカマかけただけよ」

とは言いつつも、今夜はシュライグの部屋に行くつもりであった。種明かしをしてから、からかうのも悪くない。それにしても……

(シュライグの香りいつもと違ってたな。なんでだろう。エクレシアの匂いじゃない。猫カフェでお香でも焚いてたのかしら)

 シュライグはフルルドリスの石鹸を使った話をしていなかった。


 夕食時に珍しくフェリジットはフルルドリスと同席になった。

「おや、そのネックレスは見たことがありませんね。誰かからの貰い物でしょうか」

「ええ。そうよ。またたびの枝。シュライグから貰ったの」

 フェリジットは気がつく。彼女の匂いこそシュライグから仄かに香ったメスの匂いであると。そして同じ石鹸の匂いがした。

 フェリジットは冷静になろうとした。まだシュライグが浮気をしたと言うわけではないのだ。

「なるほど。その香りで彼女はその柔らかい体を許し、シュライグは欲望のままに貪ったということですね」

 ピキピキ、とフェリジットに青筋が立つ。この女はわざと言っているのだろうか。猫カフェのようにも取れるが背後にあるなにかを語っているような口振りだ。

「ところで、珍しく石鹸の香りよね。どこで買ったのかしら」

「椿の香油を混ぜてあるものです。教導から逃亡する際に持っていきました。ああ、そう言えばシュライグも同じものを使いましたね」

不安が確信に変わる。この女こそ、泥棒猫だ。


 エクレシアは立ち上がる目の前の争いを止めるために。この話のオチをつけるために。

「なにやらすごく勘違いしているようなので、私が説明します!

猫カフェから出た後、襲ってきたドラグマの暗殺者をシュライグさんとお姉さまで撃退しました。その後、汚れを落とすことになり、シュライグさんは石鹸をお姉さまから貰ったんですよ。

それとお姉さまもお姉さまです。猫と戯れることが出来なかったことがショックなのはわかりますが、相手の表情をよく観察しましょう。

あと、フェリジットさん、ご結婚おめでとうございます! またたびの枝をネックレスにするのは求婚に答えた証ですものね!」


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