シャーベットレモンキャンディー

シャーベットレモンキャンディー




僕は得意科目である変身術の授業を終え、その後も特にやることもないからと窓際の壁に寄りかかってぼうっと暇を潰していた。とある理由から自分からあまり人に関わることは極力避けていたけれど、それでも学校生活が刺激的なものに変わりなかったのには理由があった。


そう、それはしょっちゅう僕に突っかかってくる七年の先輩の存在。入学して間もなく声を掛けられ、無礼にならないよう耳あたりの良い返答を繰り返す内に気に入られてしまったのか度々顔を見せにくる。最初は授業の合間に少し話す程度だったが、ここ最近は先輩の妙案に引っ張り回されることが増えてきた。命の危険も伴う危険区域に行った…というより行かされたこともあり、毎度先輩の破天荒ぶりに心身共に苦労が絶えないがそれでもそんな非日常がなんだか楽しくもある。


「や、アルバス!」


先輩はコツコツと乾いた足音を響かせ歩み寄り、僕のすぐ隣にもたれるといつものお決まり文句を口走った。


「はぁ、いつにも増して元気そうですね」


今日は先輩が提案するであろう珍妙な誘いに気乗りできないくらいに何故か心の中が荒れてしまっているようだ。いつもより更に素っ気なく返事をしてしまった。


「わかっちゃう?実はこれ、やっと買えたんだよね」


先輩はくいっと度の入っていない奇天烈なメガネの位置を調節した後、僕の声の調子には目もくれず待ってましたと言わんばかりに大きな笑みを浮かべた。ローブの袖からガラスの瓶を取り出すと中身を鳴らすように軽く振りながらそれを見せびらかしてくる。瓶の中いっぱいに詰まった黄色い粒がカラカラと小気味よい音を奏でていた。


「それは?」

「もしかして初めて?シャーベットレモンキャンディーだよ、これのためだけにハニーデュークスに行ってると言っても過言ではないくらいに美味しくてね。食べてみる?」

「お墨付きなようでしたら、いただきます」


先輩は瓶の蓋を開け、飴玉を一粒手のひらに転がし僕へ差し出した。それを人差し指と親指でつまみ、小さな飴玉をじっと観察してみる。窓から差し込む光が飴玉にまぶされた砂糖に反射し、まるで砂浜に散らばる石英のように微かな光を映しだしていた。


飴玉を口の中で転がした。真っ先に溶け出した砂糖の甘さとじんわり溢れ出るレモンの甘酸っぱさが調和し、今までに味わったことのない甘露が口内で広がってくる。思わず顔が綻んでしまい、それを先輩がニヤニヤしながら見つめてきたせいで咄嗟に口元を手で覆い隠してしまった。


「どう?美味しいでしょ?」

「……えぇ、まあ。美味しいです」

「よかった!いやー、このキャンディー大人気なんだってさ、売り切れる前に変えてよかったよ。あ!今度一緒にハニーデュークス行こうよ」

「まだ一年生ですけど?」

「大丈夫!隻眼の魔女の像ってのがあるんだけど裏に秘密の通路が隠されててさ、そこを通ればバレずに行けるよ!」


ああ、面倒なことが起こる予感が残念なことに的中してしまったようだ。


「その抜け道、自分で見つけたんですか?それとも誰かに教わったか」

「僕の友人に教えてもらってね。言外無用だけどアルバスなら大丈夫かなって思って」


友人という一言に、先輩は僕とは対称的にかなり顔が広い事を思い返させられた。誰にでも優しく接し、進んで善行を積むこの人を尊敬し親しむ人は多い。そんな中時々なりふり構わず奇行や突拍子もない計画を立てて周りを巻き込むこともあるが、むしろそこが先輩の良さになっていた。勿論自分も先輩を敬う一人だ。


自分は他の生徒達には『犯罪者の息子』としてしか見らているのにも関わらず僕に平等に接してくれる先輩の存在は、なんやかんや救いになっているのかもしれない。


「僕なら、ですか」


脳内でその言葉を反芻していたと思いきや口ずさんでしまっていた。先輩は特に何も思っていないのだろう、ただ浅く首肯を返した。一体どういう意味なのか、つまり僕以外だったら教えなかったのか──そんな質問は先輩の幸せそうな横顔を見ているとどうにも馬鹿らしく思えた。少しして飴を一粒口の中に放った先輩は僕の肩に手を乗せ、微笑みながら返答した。


「君は僕の後輩だからね」


僕はそれにどう返せばいいかわからず沈黙を貫いてしまった。先輩は一拍置いた後、また別の友人と待ち合わせをしていると謝ると僕の手のひらを持ち上げ強引に開かせそこにシャーベットレモンキャンディーを何粒か注いだ。去り際に手を振って背を向け歩いていってしまった。


口の中に残ったレモンの味はやけに甘かった。


Report Page