シッテムの箱の

シッテムの箱の


「先生。アロナ先輩……」



シッテムの箱のメインOS、A.R.O.N.A……もとい、プラナは困惑していた。ただ困惑するだけではなく、かなり無力感に近いものも感じていたが。それも仕方ないことだと思う。目の前に繰り広げられている光景は、彼女にとっておそらく見るに堪えないものだったから。



「プラナちゃんも早く早く〜!甘くて美味しいですよ?」


“こっちのポテチもいい感じだよ。ね、どうかな?”



この世界のシッテムの箱にもともと常駐していたメインOSであるアロナ、そしてこの世界の先生が麻薬の中毒者となって、プラナを誘っている。二人ともその瞳はどうしようもなく堕ち切っていて、なんだか変な感じがする。彼らが堕落した経緯もプラナはしっかりと記録してしまっていたので、嫌でも思い出せる。



“え、えっと……みんな、ごめんなさい。私はアビドスのみんながくれる砂糖と塩がないと、生きていけなくなっちゃいました……私は、先生失格のダメな大人です……”



アロナとプラナがシッテムの箱の液晶から見ている前でそうやって先生が敗北宣言をさせられたことは記憶に新しい。端正な顔を後悔、懺悔、絶望、悦楽、期待、興奮、そのような数多の感情を複雑に混ぜ合わせた表情で歪めながら、拙く両手でピースを作り、先生として、大人として堕落したことを高らかに自身の声と動きで証明したのだ。この後に浦和ハナコと空崎ヒナに“ご褒美”を与えられ、語るに堕ちた惨めな姿を晒していたのは記憶に新しい。おそらく色褪せることはないだろう。アロナは涙を流していた。


その次に先生が取った行動は、「生徒であるアロナとプラナにもこの幸福を伝えたい」という善意からくる行動であった。しかしシッテムの箱にいるOSである二人にどう与えるか……そう考えた末にとった行動が、シッテムの箱を高濃度の砂糖水に浸けること。馬鹿らしい目論見のようだが、どういうわけかシッテムの箱の内側で食物を食したことのあるアロナならできるかもしれない、と考えたのだ。



「い、いや、嫌です!アロナは、プラナちゃんがいるのに、頑張らないといけないのにぃ……!

………プラナちゃん。ご、ごめんなさい……っ!」



結果、成功した。アロナは幸福感に震えながら、プラナの手を握って耐えていたが陥落した。……彼女は最後の最後まで、自分が堕ちることの恐怖ではなく、プラナが堕ちてしまうことに恐怖し、プラナを労り、プラナを遺して堕ちてしまうことに恐怖し、拒絶していた。なんとも形容し難い優しさである。


そして堕ち切った二人は、プラナを堕とすために様々な作戦を練るのだが……



「警告。シッテムの箱のメインOSである私にそのような干渉は無意味。先生につきましては体力の無駄な消耗、先輩は無駄な動作でデータ容量の圧迫を招きます」


“………美味しくないの?”


「甘味、塩味、その他味覚の味に分類するものは感じられます。しかし該当する麻薬の性質である幸福感は私には感じられません。意義がない行為ですのでおやめ下さい。……出来ればそのまま、先輩と先生はご自身の服用もやめてください」


「そんなのダメです!プラナちゃんにもこの幸せをお裾分けしないと……えっと……」



生身の人間である先生と自分の違いはわかる。ならば何故、自分と先輩は違うのか……と考えて浮かんだ答えはただ一つ。自分と先輩の性質の違いだ。

何故だかわからないが、A.R.O.N.A(私)と、アロナ。同じシッテムの箱のメインOSでありながら、ここにはどうしようもない違いがある。きっとそこの違いだろう。効くか、効かないか。そして自分は効かなくて、先輩は効いていたというだけ。おかげで自分だけはきっと、どれだけの量の麻薬を盛られても正気を保てるが……



“アロナ。一緒に行こうか?まだ使ってない生徒の子たちに幸せになってもらおうと思って。もちろん使いたくない子には使わないけど”


「はい!私は先生をお手伝いするのが役目ですから!」


「……………」



この地獄を、見続けなければならないということと同義であった。


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