シスターの包容力

シスターの包容力


 為政者が故の苦労と言うものがある。

 為政者とは時に人道を無視して冷酷な判断を下さなければならない立場である為、しばしば他人からは理解ができない人間であると解釈されることが多い。

 トリニティ総合学園のティーパーティー代理ホストである桐藤ナギサもまた、為政者として非情な決断を下そうとして失敗してしまった人間だった。いや、ナギサの場合はそれ以上に幼馴染である聖園ミカを守ろうとしたからこそとも捉えられるが、どちらにせよ彼女は生徒としてではなく、1人の為政者として非情な決断を下そうと決めて、失敗した。


「私は、間違いを犯してばかりです。こんな私が……果たしてトリニティ総合学園のトップであってもいいのでしょうか? 私は……自分がわからなくなってしまいました」

「ナギサさん……」


 告解室でもない場所で、桐藤ナギサは為政者としての仮面を脱ぎ捨ててシスターフッドの長である歌住サクラコに対して自らの心の内を曝け出していた。

 サクラコは、話があるとナギサに呼び出された時からどんな話を聞かされるのかと少し身構えていたが、ナギサの口から出てきた重苦しい後悔と罪悪感に潰されそうなか弱い声は、彼女の心を大きく揺さぶった。

 歌住サクラコにとって桐藤ナギサとは、同じトリニティ総合学園の3年生であり、今までの慣習ならば関わることもなかったティーパーティーとシスターフッドのトップ、という関係でしかなかった。エデン条約に関する様々な出来事の中で政治に対する不干渉を捨てたシスターフッドの長として、ナギサの口から出てくる言葉はしっかりと受け止めようと考えていただけに……サクラコは動揺してしまった。なにせ、サクラコの中に存在するナギサのイメージは、あくまでも為政者として正しくあろうとする気高い女性だったからだ。


「……ナギサさん、顔を上げてください」

「はい……え」


 心を擦り減らしてしまっているナギサに対して、サクラコは自分ができることはないだろうかと考え、シスターとして数々のことを考えてから……ただの同級生としての解決案を導き出した。


「抱擁することで、人のストレスを軽減できると聞きました。今のナギサさんに必要なのは、誰かに罰せられることではなく、誰かに癒されることではないかと考えて……その、突飛な行動なのは自分でも承知しているのですが、なんとかしないと、と考えてしまって……その、ナギサさん?」


 唐突にサクラコに抱きしめられたナギサは思考が停止していた。それは驚きからくるものであったが、優秀なナギサの頭脳は即座に自分がサクラコに抱擁されていることを理解して……再び停止した。


「あの……なにか言っていただけると、嬉しいのですが」

「は!? あ、いえ、その……いきなり、でしたので」

「嫌、でしたか?」

「そ、そんなことは!」


 誰かに抱擁されるなんていつぶりだろうかと考えているナギサは、無意識のうちにその大きな翼を動かし、自分と密着しているサクラコを包んでしまった。翼に包まれたサクラコは最初こそ何が起きているのか理解できていなかったが、安心した顔でサクラコに抱擁されているナギサが無意識に宇誤解していることに気が付いたのか、聖母のような微笑みを浮かべながらナギサの頭を抱え込むように抱きしめた。


 数分後、どちらともなく離れたサクラコとナギサは、互いをしっかりと見つめることができなくなっていた。


「…………その、これからも時々、サクラコさんとお話してもいいですか?」

「も、勿論です。いつでも、いいですから……溜め込まないようにしてくださいね、ナギサさん」

「ひぅ!?」


 翼をパタパタと動かしながら瞳を右往左往させながら小さな声で呟くナギサを見て、サクラコは少しの悪戯心に突き動かされるままナギサの手を取って正面から微笑んだ。

 それから数日、サクラコを遠目に見かける度に、ナギサは翼を動かしてしまうようになってしまった。

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