ザラ兄弟の機械工作
「ラクスさんへのプレゼント?」
何事も自分でやろうとする弟が珍しく頼ってきたのは婚約者への贈り物の相談であった。
「何を贈ってもよろこんでくれるんですが、いつも花やメッセージカードというのも味気ない気がして」
浮かない顔でアスランはため息を吐いていた。
婚姻統制で決まった婚約者とはいえまだ十代前半の若者同士のデートなんだからもっと気楽に過ごせばいいとついアムロは思ってしまう。人生二度目となって少し枯れた考え方だろうかと自嘲しながらも、会うたびに律義に何かしらを用意したいと考えるこの生真面目な弟の“らしさ”を尊重しようと向き合った。
「そうだな、せっかくだからアスランらしい物を贈ってあげたらどうだ?」
「俺らしいもの?」
「たとえば機械で小物を自作してあげるとか。得意だろ?」
きっかけになれば、程度の例であったがアスランは思考を巡らせ始めた。
「……女の子が喜びそうな機械……ペットロボとか?」
自律型の愛玩ロボット、確かにアスランの得意分野である。小型機械の設計や作成は前世から機械弄りを得意としてきたアムロの視点からも太鼓判を押せる。
小さい頃から前世の記憶を有していたアムロは自分の記憶にあった世界とは異なる様相の機械に興味を持ち、分解して遊んでいた。それを見たアスランも機械工作に興味を持ちはじめたのでアムロは少しずつ機械の弄り方を教えていった。頭が良いアスランがどんどん複雑な構造や作業を覚えていくのが楽しくて、両親が忙しく留守にしがちだったこともあり弟の面倒を見るという名目でこっそりと大人顔負けの技術を伝授してしまったりもしたが、それも兄弟の思い出の一つだ。
とはいえ頭は良くとも少しばかり思考の堅いところのある弟は、ペットロボットを作ると思いついても何をモチーフにしようかまとまらない様子だった。おおかた、恋人の一番好きそうなものにしないといけないとでも考えているのだろう。アムロは肩を竦めて助け舟を出す事にした。
「ペットロボなら昔試しに図面だけ引いたものがあるな。今のアスランなら作れると思うが要るかい?」
「せっかくの兄さんの作品ですし参考にさせてもらいます」
アスランは少し考えたようだったが頷いた。凝り性な彼のこと、本当は自分で一からデザインしてあげたかったのかもしれない。兄の顔を立ててくれたのだろうか。
「わかった、端末に送るよ」
アムロはさっそく自分のパソコンの端に入れてあったデータを転送した。
「HA……ハロ、か。かわいらしいデザインだ、ラクスも気に入ると思います。ありがとう兄さん。」
ようやく笑顔を見せた弟に、アムロも少し安心しがんばれと伝えた。
(前世の記憶を基に手慰みで作ったハロの設計図だが、まさかこんなところで役に立つとはな)
・・・・・・
「ずいぶんコンパクトになったね」
ハロがようやく1機完成したと聞き、見せてもらったアムロは目を丸くした。
「兄さんの設計だと抱えるくらいありましたけど、ラクスが持つならあまり重すぎるのはどうかと思ってできるだけ小さく収めました。せっかく兄さんにもらった設計図だったのにすいません。」
アスランは設計変更に少々ばつが悪そうな顔をするが、元々のアムロの起こした図面、というよりアムロの記憶の中にあるハロと比較して大幅に小型化された完成品は前世と今世の技術系統が違う事を加味しても画期的な改良が施されたとみて間違いないだろう。機械工学で小型化軽量化というのは難易度が高い項目であるが、その改良の大本がラクスへの思いやりというのはアスランの優しい性格が表れている。
「いや、これだけのアレンジを加えて完成させたのはアスランの技術だよ。マイクロユニットに関してはもうアスランの方が上かもしれないな。良かったら改良後の図面も見せてもらえるかい?」
「そんな俺はまだまだ……小型化に伴って本来の機能すべてを持たせられなかったので、用途に絞って搭載することで強引に解決する形になりましたし。複数機で運用しないと万全とは言えません。」
「そういうところで融通を利かせられるのは良い技術屋の証拠だよ」
アスランの端末に入った資料を見せてもらい、自分のものと比較していく。ハロらしいデザインや会話機能はそのままに、バイタルチェック機能の代わりに持たせた機能に目が留まる。他の候補らしきメモも付随しておりその中から選んだようだった。
「電子ロックの解錠機能か。他は催眠ガスや警報機、スタンガン……ペットロボに積むには穏やかじゃないね。」
「ラクスの家に置いておいてもらえるなら防犯や護衛にもなればと思って。」
アスランはいたって真剣な表情であった。
コーディネーターへの弾圧やテロはアムロの記憶にあるスペースノイドへのそれと比較しても過激に見えるほどで、ザラ家やクライン家のような高官の子供たちとなれば誘拐や暗殺の対象となりやすいだろうことをアスランは恐れているのだろう。
「彼女の事、大事にしてるんだな。」
ちょっと冷やかすような物言いをされ、アスランは僅かに頬を染めた。
「きっと気に入ってもらえるさ。」
「そうだと、嬉しいです。」
現状のプラントは多くの問題を抱えているのは事実だが、弟をはじめこういった小さな幸せが長く続く事を、前の世界では最期まで戦争と隣り合わせで過ごしてきたアムロとしては願わずにはいられなかった。