サンジが朝ごはんを作る話

 サンジが朝ごはんを作る話



トントントン。一定のリズムで包丁がまな板を叩く音が鼓膜を揺らす。オーブンからはバターをたっぷり含んだクロワッサンの香ばしい香りが漂い始めた。鼻腔をくすぐる香りにうっすらと笑みを浮かべて、サンジはふつふつと沸き立つお湯の中に刻んだ野菜を放り込んでいく。少しだけ待つとクツクツと音を立てながら鍋の中で野菜が踊り始めた。それを確認して蓋を締め、火力を弱火に変えると、かたかたと小さく踊る蓋が大人しくなる。


沈黙が音になって聞こえそうな夜明け前のしんとした空気がサンジは好きだ。自身の腕が振るう通りに食材と調理器具が世界から音と匂いを取り戻し、食材が鮮やかに色付くことで、明るい色彩が目を覚ます。朝食を準備するこの僅かな時間だけ、サンジは世界の支配者になる。


そうしてサンジが世界を作って遊んでいるうち、夜の見張りを終えた者が朝を引き連れて部屋に入ってくる。さて今日は、と盛り付けていたサラダから視線を向けて、サンジは思わず眉を寄せた。

「……おはようクソマリモ。随分早いな」

「おはよーさん。ウソップが交代に来なかったんで完徹だ。昨日遅くまでフランキーとなんかやってたから寝過ごしたんだろ。ロビンは日の出見てるから先行けってよ」

くわ、と欠伸を漏らしながらそう言ってゾロは席についた。本来ならば二人で交代制の見張り番を、宵っ張りの剣士が毎日一枠を埋めている。ただし彼が眠りにつく最後の交代の時間だけは他の誰かが担当するはずなのだが、どうやら今日の当番であるウソップは役割を放棄したらしい。


仕方のない奴だ、とサンジは溜息を吐いて、調理台に手をついてゾロに向き直った。

「オムレツ、スクランブルエッグ、卵焼き」

「今日はパンだよな。じゃあオムレツ」

くん、と鼻を鳴らしてゾロが言う。あいよ、と返事をしてボウルに卵を割り入れた。

朝食のちょっとした選択権が得られるのが夜明け前の見張りを終えた者の特権だ。ロビンはおそらく労いの意味を込めて彼に選択権を譲ったのだろう。女神のような優しさにサンジは胸を打たれた。今日のおやつは彼女好みのケーキにしようと密かに決めながら、卵に塩胡椒を加えて混ぜ合わせる。


バターを溶かしたフライパンに卵を流し入れる。ジュワリと大きな音が鳴るので、宥めるようにフライパンを揺らしながらかき混ぜた。半熟に固まり始めたら手首を使って形を整え、白い皿の上に着地させる。

別のフライパンで焼いていたカリカリのベーコンと拍子切りしたじゃがいもを一緒に乗せて、彩りを加えるために茹でたブロッコリーを並べた。


一皿目を完成させたところで視線を食卓で待つ男に向ければ、彼は無言で立ち上がりサンジの方に近づいてきた。領分というものを存外わきまえているこの男は、サンジが厨房に立っている時だけは素直に従う。

「棚の一番手前にあるスープカップ」

「ん」

サンジの指示に従い動く男を横目で確認しながら、二つ目のオムレツの作成に取り掛かった。バターが黄色い液体になるのを待ってから卵を投入。ロビン、ナミ、ブルック、チョッパー。ゾロがこれから朝食に来るであろう船員の名前を指折り確認している間に形を整えにかかった。二皿目。


「どうせルフィも起き出すだろうし、そしたらウソップも目ェ覚ますだろ。ジンベエとフランキー以外の分出しとけ」

「まあそうすっか」

カチャカチャと音を立てて追加で取り出した食器を重ね、サンジの元に運んでくる。サンジの作業の邪魔にならないところに食器を置いて、変わりに完成した皿を食卓へと運んでいった。

そうして今度ははしごを登り、上半身だけを甲板に乗り出して、ロビン、ブルック、と声をかけている。どうやら起き出したブルックともすれ違っていたらしい。三皿目。


ゾロが外にいる二人と会話をしている間にもサンジは作業を淡々と進め、再び部屋へとゾロが戻ってきた頃には五皿目を作り終えていた。手元に溜まっていた完成品を再び給仕し始めるのを任せて、残りの二人分も作り始める。そうこうしている内に騒がしい声が近付いてきて、朝が遅い二人を除いたメンバーが集まってきた。


おはよう。おはよ。んまほー!良い匂い!ゾロー寝過ごしちまってごめんな~!!言葉が飛び交い食堂が一気に騒がしさをます。物静かな剣士と二人だった時は聞こえていた調理音が音の洪水に流されて遠くの方へと押しやられる。日中はずっとこの騒がしさが続くので、サンジが世界の支配者になれるのはまた翌朝までのお預けだ。


銜え煙草を上下に揺らしながら、スープをカップに注いでいく。レディー二人分のクロワッサンだけ皿に乗せ、残りは全てバスケットの中に放り込んだ。ドン、と机の中央に置けば四方からきらきらとした視線が集中する。

「クロワッサン、サラダ、ミネストローネのスープ、オムレツとカリカリベーコンと彩り野菜。以上が今日の朝食メニュー。クロワッサンはおかわりありだ、味わって食え!」

「「いただきます!」」


合唱のような挨拶を最後に、一斉に料理に手を伸ばし、思い思いに口に運んでいく。パッと顔が明るくなるのを見回して、サンジもゆるりと笑みを浮かべた。カチャカチャとなる食器の音、クロワッサンを取り合って争う声、それを横目に優雅に食事を取るレディーたち。

サンジの愛する日常が、賑やかな朝食と共に始まった。

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