※サラダをデリバリーしに行ったサンジに蹴り起こされます
「トラ男がパンダだ」
「何その情報の渋滞」
「うちのキャプテンが一人でだいぶ動物園になってんぞ」
航路が重なったのか立ち寄った島で見つけた見慣れた潜水艦に、いつものように一人で乗り込み、顔パスでそのまま居住区域までやって来たルフィが、お目当ての人物を見て率直な感想を述べた。
その発言に、ハートのクルーたちは緩く突っ込む。
彼女の率直なのに訳のわからん発言に突っ込んでも、もう同盟ではなくなり敵のはずの少女が普通に入り込んでいることに疑問がわかないのは、毒されているというべきか、信用されているというべきか微妙なところ。
そんなある意味彼の自称通り「ドライ」なやりとりをしているルフィとポーラータング号船員たちを見やり、船長たるローは言う。
「……どうした麦わら屋。……もうドレスローザについたのか?」
「はいはい、キャプテン。ドレスローザの件はもう終わってんでしょ」
「……次あったら敵だからな」
「今度はいきなりワノ国まで飛んだな」
頭どころか上半身を前後左右に揺らしながら、ルフィに向かって時系列がメチャクチャなことを言って、クルー達からやっぱり彼も緩く突っ込まれていた。
その言動と、自分が言い放った「パンダ」の原因、目の下の真っ黒い隈にルフィは珍しく呆れたような顔と声音でローを指差してベポに尋ねる。
「トラ男、どうしたの?辻医者でもやって寝てないの?」
「だいたい合ってるけど、辻医者って何?」
「辻斬りの医者バージョン」
「全部合ってたわ」
どうやらハートの海賊団はルフィ達よりだいぶ前からこの島に滞在しており、この国は非加盟国なせいか全体的に貧しく、衛生状態が悪くて病人だらけだったらしい。
そんな状態の人々を、頂上戦争でまだ顔見知り程度でしかなかったルフィを助けて治療し、そのことは「気まぐれ」と言い切って恩に着せる気皆無だった男と、その男に惚れ込んで集まった船員達が放っておける訳がない。
建前としては「ログが溜まるまで嫌でも滞在しなくちゃならねえのに、こんな感染病の巣窟のままにしておけるか!!」と、あくまで「自分たちが病気になりたくないというこちらの都合」と言い張っていたらしいが、もうとっくにログが溜まっているのにまだここにいる時点でそんな建前は模造紙レベルのハリボテである。
「もー、キャプテン。いい加減ちゃんと寝ましょーや」
「最後にちゃんと寝たの、一ヶ月前でしょ」
「……まだ、ここらで有効な感染予防対策をまとめてない」
「……トラ男、ロビンでも解読できない文字になってるよ」
そんな理由で自ら忙殺して、まだお人好し全開に働こうとする船長を皆は呆れつつ心配して寝るように促すが、眠さのせいかローは妙な駄々っ子モードになっており、意地を張ってまだ働く気しかない。
だがルフィからも突っ込まれた通り、ローが島民達のために書いてやっているであろう情報は見事にミミズのワルツになっており、これはロビンも笑顔でお手上げ。
「……そうか、これがポーネグリフ……」
「んな訳ないから。もー!トラ男!寝なさい!!」
そしてルフィの珍しいが切れ味あるツッコミに更なる寝ボケを重ねてきたので、もう彼女からも「これはあかん」認定され、ルフィは実力行使に出た。
「よっと」
「え?ちょっ、麦わら!」
「……これが、お姫様が抱っこ!」
「うわーっ!麦わらが羨ましい!!」
良くも悪くもハートの海賊団はローのワンマンな所が強い為、強硬手段を取れるものがいなかったが、そんなのルフィには関係ない。
なので彼女は遠慮も躊躇も相手への配慮もなく、ヒョイっと軽々ローをお姫様抱っこ。
ところでハートクルー達よ、羨ましがる対象逆じゃね?
「……誰だ?ベポか?ジャンバールか?シャチかペンギンなら殴る」
「「何で!?」」
「わたしだよー」
そしてローもいつもなら一瞬宇宙猫になってから、能力を使ってでも抵抗して逃げ出す体勢に、ぼへーと虚ろな視線で天井を見上げたまま、呑気に自分を抱える相手が誰かを尋ねる。名指しで殴ると言われたら二人は、最古参クルーだからこそ出した茶目っ気だろう。たぶん。
「……ほんとうだ。むぎわらや。ふわふわしてない。もちもちしてる」
「あひゃひゃ、くすぐったいよトラ男。んじゃ、トラ男寝かして来るねー」
ルフィだとわかっても、やはり抵抗せず妙な素直さで納得し、彼女の頬を手で触れて撫でたり揉んだりしているローの言葉はだいぶ舌っ足らずで、睡魔は限界であることが明白。
なのでルフィはそのままローを抱えて、誰に訊かずとも知ってるローの部屋まで歩き慣れた足取りで連れていった。
「おー、頼むわー」
「キャプテン、しっかり一ヶ月分寝ろよー」
「おにぎり作って置いとくから、起きたら食べてくださいねー」
その背中を見送りながら、船員達も各々声をかけるが、思っていることは皆一致していた。
その一致していることをわざわざ口に出したのはベポ。
「……なんでキャプテンと麦わら、あれで付き合ってないの?」
その答えも口に出すまでもなく一致している。
(((キャプテンがクソボケだから)))
* * *
ローの部屋を両手が塞がっているのでちょっと行儀が悪いが足で扉を開けて入り、ベッドの上にローを下ろす。
「はい。もう今日はグッスリ寝なさい!」
「ん〜」
ローからトレードマークの帽子を脱がしてやりながらルフィが言うと、ローは唸るようなむずがるような声で返事をして、毛布をめくって横になろうとする。
いつもなら「俺に命令するな」とでも言って睨みつけるであろう男の、あまりに素直で幼く無防備なその言動に、恋する乙女の欲目を抜いても可愛いと思ってキュンキュンときめいた。
もうこのまま寝顔を眺めたい欲求が湧き上がるが、流石に先ほど聞いたここ一ヶ月のトラ男が自主的に行った激務からして、誰にも邪魔されずしっかりゆっくり休息をとってほしいという気持ちが勝り、珍しくルフィは大人しく今日はもう帰ろうと決めた。
「じゃ、トラ男。また明日ね……!?」
だが、最後にいつも通り別れではなく再会の約束を一方的に交わすつもりが、それは果たされないことが決定した。
「!?!?と、トラ男???」
「……ん〜」
ルフィが帰る為にベットから離れようとした瞬間、ローは彼女の腕を掴んで引き寄せ、バランスを崩して倒れたらその腰をもう片方の腕でしっかり絡め取り、そのまま自分のベットに引き摺り込んで抱きかかえた。
ただ普通に腕を掴んで引いただけなら、ゴム人間のルフィなら腕が伸びるだけだったので、この男、寝ぼけていながらしっかり覇気を使っている。才能の無駄遣いここに極まる。
普通なら片思いしてる男が寝ぼけているとはいえ、自分を抱き込んで同衾は、色々と期待するか逆に危機感を抱くかだろうが、既に「一緒に寝たい」以外の下心なしで何度も潜り込んでいるルフィにとって、それは唐突だからビックリしただけ。
なのでルフィは、思い人の腕の中で無防備に、無邪気に笑って囁くように言う。
「……ししっ、今日のトラ男は甘えん坊だ」
「……あまえてなんかねぇ……」
もう目を閉ざしているが、まだかろうじて意識を夢の世界に沈めきっていないローが、ようやくいつもの彼らしい発言をした。
しかしルフィを抱き枕よろしく抱え込み、自分の頬を彼女の髪に擦り付ける動作が、その発言の説得力を皆殺しにしている。
「……むぎわらやが、かってにどっか……いかないように……してるだけだ……」
「はいはい。わたしはどこにも行きませんよー。一緒に寝てあげるから、ちゃんと寝なさい」
そんな言葉と行動が全てチグハグなローを面白がって、可愛いと思いながらルフィはローの頭をかき混ぜるように頭を撫で、もう片方の手で彼の背中をポンポンと軽く叩き、寝かしつけようとする。
もう完全に、愛しい異性ではなく母性本能による赤ん坊扱いをしていた。
「うそだ」
静かに、力なく、けれどはっきりと言い切られるまで。
「おまえは……すぐに、どこかへいく。……おれのてが、とどかない、ところまで。
…………みんな、そうだった。
とおさまも、かあさまも、……コラさんも、おれよりつよいひとたちは、……おれよりつよいから、おれなんかをまもろうとして……みんな、おれからはなれていって……いなくなった」
ルフィの細い腰に回る腕の力が強くなる。
瞼は固く閉ざしたまま、眉間に深い皺が刻まれる。
その瞼の裏に映る光景は誰の背中か、ルフィは知らない。
「……だから、はなさない。
おれは、つよいから。つよくなるから。……おまえよりつよくなるから……いなくならないでくれ」
意識を夢に沈める狭間に浮かび上がった本音。
小さくてささやかで、だからこそ手離せない、叶えたい願い。
「……トラ男」
その願いに、ルフィは応えた。
「帰って来るよ」
どこにも行かないは約束できない。
ローの「自分なんか守らなくていい」という望みをきくことなどできない。
「わたしは絶対に帰って来る。トラ男が許してくれるなら、サニー号だけじゃなくてここもわたしの家ってことにして、絶対に帰って来るよ」
だからせめて、自分ができる約束を勝手に交わす。
「離れる時はある。一緒にいられる時の方がきっと少ないけど……でも、トラ男。
わたしはいなくならないよ」
彼の願いを自分の都合で勝手に色々変えて、それでも確かに応えてルフィは頭を上げて首をちょっと伸ばす。
ちゅっ
触れるだけの口付けを、その眉間に落とす。
「……そう、か」
ルフィの答えか、その幼く拙い口付けか。
ローの眉間の皺を解きほぐしたのはどちらかなんて、ルフィはもちろんロー本人もきっとわからない。
ただ、縋るような力加減の腕から緩やかに力は抜け、ルフィの頭上から聞こえるのは安らかな寝息になったのは確か。
安心しきった寝顔に、ルフィは笑って自分も目を閉じる。
同じ夢が見れたらいいな、と思いながらルフィは家でも自分の仲間でもない相手の腕の中で、同じく安心しきって眠りについた。
* * *
翌日、日課の筋トレメニューを終えて、さてさらに筋トレを行うか、それとも気分転換に散歩でもするかとゾロが思っていたところで、サニー号の電伝虫が鳴る。
電伝虫が鳴る心当たりがなかったので、一瞬警戒したが、そういえばルフィがまたトラ男の所に行って、昨日は帰ってこなかったなと思い出し、ポーラータングからの連絡かと納得して彼は出た。
ちなみにルフィが帰ってこなかったことに関して、色っぽい出来事があったとはゾロ含めて誰も思っていない。
あの二人の同衾は、悲しいことに健全しかないことは、ハト麦クルー一同共通の認識かつ悩みの種である。
「おう、どうし『あっもしもし!私モンキー・D、』
「おうルフィ、どうした」
ゾロの言葉に被せてルフィが名乗り、ゾロはさっさと話を促したが、ゾロ自身もトラ男か彼の所の船員からだと思っていたので、少々困惑した。
電伝虫越しのルフィが、明らかに戸惑い、テンパってる様子だったのなら、なおのこと。
『ゾロ!!!ゾロ~~~~助けて!!』
「あ?」
『トラ男が!トラ男が寝てなくて!くまがすごくて!それで私の腰ぎゅってして!寝るのにひとつき分で、もう昨日からずっと…!!!』
とりあえず別に海軍だの厄介な敵に襲われたというわけではなさそうなので安心したが、話を聞いてみても意味がわからなかった。
パニクって大声で話すのでゾロだけではなく他の一味も集まって来たので、まあ自分が理解できなくても他の奴が解読するだろうと思いながら、ゾロはひとまずもう一度最初から話を聞いた。
「話が見えねェ。落ち着いて話せ」
『だから!私のことぎゅってしたまんまひとつき分寝てるの!お腹減った!サラダ食べたい!離れなくなっちゃ、わ!トラ男!ひっぱりこんだら電伝虫おっこちる!トラ男!起きろバカーーーーーー!』ガチャ
「「「………………」」」
集まって電伝虫から話を聞いていた連中が皆、ポカンと目を丸くしてそれぞれ顔を見合わせる。
ゾロはボリボリと頭を書いて、一言。
「……寝るか」
朝っぱらから盛大な惚気を聞かされて、色んな意味でやる気を失ったゾロはそのまま甲板で二度寝をはじめた。
今日も、サニー号とポーラータング号は平和である。