サヨナラノツバサ

サヨナラノツバサ


「やってくれましたねぇ、ナギサ様?」


浦和ハナコは床に座らされているナギサに笑顔で語りかける。


「貴女のおかげで我々アビドスの補給網はズタズタです。これでは前線を後退させざるを得ません。」

「おめでとうございます。貴女は見事に私の顔に泥を塗ったのです。もっと勝ち誇られては如何ですか?」


「…」


称賛されるナギサ。だが、彼女の目は絶望に染まっている。


「まあ、私としては最重要目標を達成出来たので戦線の維持は割とどうでも良いのですが♡」


ナギサの絶望とは何か。

それは、彼女の大切な幼馴染である聖園ミカが目の前の砂漠の魔女、浦和ハナコに大事そうに腰を抱かれているからに他ならなかった。

一度は誘拐されたミカを奪還したのだが、その撤退途中に戦線を崩壊させてでも追撃に動かれ、共々に捕虜になってしまったのだ。

ミカはまだ砂糖が抜けきっておらず呆けているため戦力として期待できず、自身も戦闘では全く自信が無い。完全に詰みであった。


「…さて、与太話はこの程度にしましょう。」

「ミカさんを、あんな地獄にまたも引きずり込もうとした咎人には反省の意を示してもらわなければなりませんね?」


言葉の内に激しい怒りを滲ませるハナコ。

彼女はある物を持っていた配下を呼び寄せた。

そのある物を見てナギサは思わず小さな悲鳴を上げる。


「ヒッ…!?」


人の首すら落とせそうな、大きな鉈だった。

その刀身はロクに手入れされていないのか、一部に錆すら見受けられる。

切れ味も恐らく酷いものだろう。

その鉈は座り込むナギサの前に無造作に投げ捨てられ、ガランガランと音を立てながら横たわる。


「百鬼夜行の自治区では、古来より責任を取る際に自らの腹を切る文化があるそうです。たしか、セップク…と言いましたかね?」

「腹は切られても遺体になるだけで処分が手間なので結構です。ですが代わりに──」


ハナコはナギサの真っ白で立派な翼を撫でながら告げる。


「この翼を、お願いします♡」


ナギサは自らの血の気が引いていくのを感じた。


「ちゃんとできましたら、トリニティへの侵攻の一切を止めましょう。」

「その上でトリニティへの返還は致しませんが、ミカさんと同じ部屋での生活と身の安全を保障致します。」

「我々からの赦しを得て、身の安全まで手に入る。悪い取引ではないでしょう?」


「わか、り…ました…。」


ハナコが交換条件をつらつらと述べ、それにナギサは了承する。

条件の是非はここでは何の意味も無いことをナギサは理解している。

何せ自身が選べる立場に無いのだ。それに相手はトリニティを憎悪する浦和ハナコ。

早い段階で要求を吞まなければ状況が悪化することが目に見えていた。


「ふふっ流石ナギサ様、懸命な判断です。では一思いに、どうぞ♡」


「はぁー…っはぁー…っ!」


震える手で鉈を手に取り自らの翼に向かって構える。

生まれてこの方、自らと共にあった翼。

髪と同じく毎日手入れを欠かさず、褒められることもあった純白の羽。

それを今、自らの手で、断ち切ろうとしている。怖い、怖い、怖い!

でも、やらなくては、ならない。私は、もう、逃げられない。

竦む心を、奥歯を必死に噛みしめて押し殺す。


「──!!!!」


自身の手が、鉈を振り下ろした。その瞬間はとてもゆっくり見えた。

鉈が翼の皮膚を、肉を、切り裂く感触。骨に当たり、骨を破断する感触。切れ味の悪い鉈が、その破断を骨に受け止められる感触。

そして、想像を絶する激痛を感じた。


後のことはあまり覚えていない。喉から声が一切出なくなるまで叫び、失禁しながら、言われるがままに、切断が完了するまでその鉈を何度も振り下ろし続けた。

今はミカさんがずっと側にいる。それだけでいい。ミカさんは私が抱き締めているのだから、もうどこにもいかない。これで安心だ。


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「うーん…少し遊びすぎましたかね?」


等身大の人形を抱きしめたままピクリとも動かないナギサをハナコは嗤う。


「ねえ、ミカさん?」


「んー?よくわかんないや☆」

「ハナちゃん!私、今日はハナちゃんが作ったスコーンでお茶したいな!」


「うふふ、わかりました。とびっきりのをご用意しますね♡」


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