サボがいなくなった日

サボがいなくなった日


「マキノ!急いで!」

 

私とマキノがダダンの家へ向かって夜の森の中を進む。

先ほど、グレイターミナルの方が燃えているのが見え、フーシャ村も騒いでいた。

ダダン達にエース、ルフィに何かあったかもしれない。そう考えた私はすぐに飛び出した。しかし夜の森だ、危険も伴う。火事の現場に向かうのもそれ以上に危険だ。そのためマキノもついてくると言い、まずはダダンの家に向かうことになった。無事に避難しているとしたらそこのはずだ。

 

私は普段はルフィ達と一緒にダダンから独立した家に居た。だがせっかく部屋まで用意してくれているマキノに悪いとサボとエースに説得され、何日かに一度はマキノの家に戻っていた。つい昨日サボが連れていかれた日はルフィ達の家に泊まり、今日は予定通りマキノの家に戻っていた。それがこんなことになるなんて!

 

ダダンの家に近づいた時、家の中から泣き声が聞こえた。ルフィだ。

すぐにマキノと共にダダンの家に入る。

 

「ルフィ!」

「え…ウタ!?」

 

ボロボロと泣いているルフィと、山賊の皆がいた。事情を聴くと火事が起こったのはブルージャムたちのせい、そしてエースとダダンは残ってブルージャムと戦っているらしい。私はすぐに飛び出そうとしたが山賊のドグラとマグラに止められた。

 

「放して!私が行って歌えばエースもダダンもすぐに逃げられるでしょう!?」

「バカ野郎!!お前をあんな大火事の中に行かせられるわけニーだろ!」

「どっちが勝ったにしろもう今から行ってもまーまー間に合わねえ!…いや、お頭とエースが勝つに決まってるけどよ!」

「放してってば!」

 

振りほどこうとしていたその時、マキノが私の両肩を掴んだ。見ると、マキノはとても真剣な表情でこっちを見ていた。今まで見たこと無いような真剣な顔。

 

「お願いウタちゃん…ここにいて!」

 

その真剣な顔と、私の肩を掴む震えた手を跳ねのけられなかった。

 

 

次の日の朝、私はルフィの看病を手伝っていた。結局昨日はマキノを振り払えず、ダダンの家にいた。マキノも今、エースとダダンが心配だからと言ってダダンの家に残っている。

しかし、今度はルフィがエース達の所へ行くと聞かない。

 

「まーまー待てルフィ!そんな体でどこ行くんだ!」

「エースとダダンを探しに行く!」

「無茶言うな!傷が深い!まーまー安静にしてろ!」

「そうだよルフィ!今は落ち着いて!」

 

私は包帯まみれで寝かされているルフィの手を握って説得する。

 

「今ゴミ山の方では火事の後処理で軍隊が大勢ディ回っている。「後処理」っチーのは焼けたゴミの一掃と…生き残りの処理も含まりてるんだ。今行けば殺さりるぞ!」

「ルフィが行ってもし何かあったらどうするの!?エース君とダダンさんが帰ってきてもそれじゃダメでしょう!?」

 

ドグラとマキノも説得するが、ルフィは行きたいと言い続けた。

 

「…でも…!エースに会いたい…!きっとサボも心配してる…!ウタだってそうだろ!?」

「うん…うん…!私も行きたいよ!でも…今は二人を信じよう!エースはすっごく強いし、ダダンだっているんだから!」

 

私は自分に言い聞かせるようにルフィに言った。

 

 

 

その次の日、立てるようになったからエースを探しに行くと言うルフィを山賊やマキノ、皆が再び説得していた。今、ドグラが様子を見に行ってるから待つようにと。

いくら立てるようになったからってまだ完治してない。この状況でルフィを行かせられないと私もルフィの説得に参加していた。

 

「ルフィ、私だって探しに行きたいよ!でも…ドグラを信じよう!?今は安静にしてて!」

 

私の叫びにルフィは拳を握りしめて俯いていた。

 

 


そしてその日の昼だった。

 

「おい!みんな!二人が帰ってきたぞ!」

 

山賊の一人の声が響く。見ると、エースがダダンを背負って帰ってきていた。

 

「エース!」「お頭!」「良かった!二人とも無事だったんだな~!」

 

『エース~~!!!』

 

皆が喜びの声を上げる中、私とルフィは二人揃ってエースに抱きついた。

 

「お前ら…おれが死んだと思ったのか?」

「だっで…」

「すごい火事って聞いたから…もしかしたらって…」

「何泣いてんだよ!人を勝手に殺すなバカ!!ウタもそうだ!あんな火事でおれが死ぬか!」

 

泣いている私達にエースが叫び返す。いつもの元気なエースがいた。

 

その後のエースの話によるとブルージャムには勝ったらしい。さすがだ。

しかし炎に囲まれてしまい、ダダンが全身に火傷を負いながらもエースと共に脱出した。そして今まで街に薬品を盗みに行きながらダダンを守っていたそうだ。

 

 

その日の夕方、私はルフィと外で遊んでいた。ダダンは今山賊の皆とマキノが看病中、エースも中で休んでいる。二人が戻ってきてルフィもすっかり体も心も元気になって安心だ。…体の方は傷の治りが早過ぎてちょっと怖いぐらいだが。

今は二人で取ってきたカブトムシで相撲をさせている。

その最中、ずっと思っていたことをルフィに言った。

 

「やっぱり一昨日、私もルフィ達といればよかった」

「なんでだよ?」

「だって…私がウタウタの力を使えばブルージャム達全員寝かせて、皆怪我せずに逃げれたじゃない」

「おれは、ウタはいなくてよかったって思ってるぞ」

「…なんでよ?」

「だってよ、もしウタがあそこにいたら全員助けようとするじゃねえか。そんなことしてたら逃げられねェよ」

「それは…」

 

想像してみる。もし私が大火事の中にいて、どこかから助けを呼ぶ声が聞こえてしまったら。

……見捨てられない。

 

「そうかもしれないけど…」

 

そう呟いてそっぽを向く。その時、森の中から来る人影が見えた。ドグラだ。

 

「ドグラ!」

「お、ほんとだ!おーいドグラ!エース達を探しに行ってたんだろ!?二人とももう帰って来たぞ!」

「ダダンは火傷が酷いけど大丈夫!早く会ってあげなよ!」

 

すぐにダダン達が戻って来たことを伝える。しかし——

 

「あ…そうなのか。それは本当に良かった…」

「ドグラ…?」

 

何やら、ドグラの様子がおかしかった。

 

 

 

 

 

「ウソつけてめェ!!冗談でも許さねェぞ!!」

 

ダダンの家の中、ドグラの胸倉を掴んだエースの怒号が響く。

先ほどドグラが言った。

サボが殺された。

小さい船で海へ出て、政府の船に撃たれたらしい。

嘘だと思いたかった。でもドグラがサボを見間違えるはずがない。

 

「冗談でもウソでもニーんだ!おりにとっても唐突すぎて…この目を疑った!夢か幻を見たんじゃニーかと!!」

 

ドグラがエースに捕まれながら叫び続ける。

 

「サボは貴族の両親に連れて帰らりたって…ルフィ言っティたなァ…おり達みティーなゴロつきにはよく分かる、帰りたくニー場所もある!あいつが幸せだったなら…!海へ出る事があっただろうか!!海賊旗を掲げて一人で海へ出る事があっただろうか!!」

 

「サボ…幸せじゃなかったんだ…!」

ルフィが泣きながらつぶやく。

 

「何で奪い返しに行かなかったんだおれ達は…!」

エースが頭を抱えて言う。

 

「私…なんであの時…」

 

立ち尽くしながら私はあの時のことを思い出していた。

サボが親に無理矢理連れて帰られた日、私もその場にいた。

そして私はブルージャムもサボの父親も、全員眠らせて逃げるために歌おうとした。

しかしそれはサボの「やめろウタッ!!」という叫びで止められてしまった。あの状況で能力を、それも貴族相手に使えばその後どうなるかサボは考えたんだろう。

でも、私は使うべきだった…サボが死ぬぐらいなら…!

そう考えたその時だった。

 

「サボを殺した奴はどこにいる!!おれがそいつをブッ殺してやる!!」

 

エースが再びドグラの胸倉を掴んで叫ぶ。しかし答えられないドグラを乱暴に突き放した。

「待ってエース君!」と言ってエースの腕を掴んだマキノを振りほどいて、エースは叫び続ける。

 

「あいつの仇を取ってやる!!」

 

そう叫んでエースが武器の鉄パイプを掴んで部屋を飛び出そうとした時、「やめねェかクソガキがァ!!」と叫んだダダンに床に叩きつけられた。

 

「どけてめェ!!」

「ろくな力もねェクセに威勢ばかり張り上げやがって!行ってお前に何ができんだァ!?死ぬだけさ!死んで明日にゃ忘れられる!それくらいの人間だお前はまだ!!」

 

エースを押さえつけながらダダンは叫び続ける。

 

「サボを殺したのはこの国だ!世界だ!!お前なんかに何が出来る!お前の親父は死んで時代を変えた!!それくらいの男になってから死ぬも生きるも好きにしやがれ!!」

「ッ…!…うるせェ!!おれは行くぞ!!」

「やめてエース!!」

「…ウタ…?」

 

なお食い下がるエースに向かって叫んだ。驚いた表情でエースがこっちを見る。

 

「行かないで…」

「ウタ…お前だって!サボの仇を討ちた…」

「もう誰もいなくならないでッ!!」

 

まだ叫ぶエースの言葉をさえぎって叫ぶ。

 

「お願い…お願いだから…」

 

落ちそうになる涙を必死に堪えながらエースを見る。エースは歯を食いしばりながら顔を背けた。

 

「おい!このバカを縛り付けときな!!」

「ヘ…ヘイ!」

 

ダダンの言葉を聞いてドグラたちがエースを外へ、木へと連れていく。

私はそれをただ見ていた。

 

「サボーーー!!!」

 

突然背後からルフィの大きな声が聞こえて振り向くと、ルフィが大声を上げて泣いていた。

 

「ルフィ…」

 

私はそのルフィに近づいて、そっと抱きしめた。ルフィは私に縋りながら泣き続けている。

自分も泣き叫びたかった、でも今のルフィを見て、私まで泣いちゃいけない、支えてあげないといけないと思い、必死に堪えながらルフィを抱きしめ、頭を撫で続けた。

 

 

 

次の日の朝、泣き疲れて寝ているルフィを置いてマキノと共に部屋を出る。ルフィの傍にずっとマキノと一緒にいて、夜にマキノから休んでもいいと何度も言われた。けどルフィを見ていてそんな気分にはなれなかった。

 

「ねえ、ルフィも寝たんだし、ウタちゃんも休んだら…」

「大丈夫…ちょっと外の空気吸って来るね」

 

マキノにそう返してダダンの家を出る。扉を開けた時、木に縛られたエースと目が合った。

何を言えばいいか分からなくて、目を逸らして逃げるように走った。後ろからエースが「おい!」と言って来るがそれに答えず家の裏へ逃げ込み、膝を抱えて俯く。

 

今エースに近づいたら泣いてしまいそうだった。エースだって辛いのに、今すぐ仇討ちに行きたいぐらいなのに。

そんなエースに私が泣きついても、きっと迷惑をかけてしまう。

マキノやダダンたちもそうだ。ルフィとエース二人でも大変なのに、私までなんて…

 

そう考えながら俯いていると、こんな時でも眠気を感じた。思えば昨日はほとんど寝てない。

このままここで寝てしまおうかと考えた。

今の”現実(こっち)”の世界はとても苦しいけど、良い夢を見れれば少しは気が晴れるだろうか…

もしかしたら、夢に元気なサボが出てきたりして…

 

 

 

そこまで考えた瞬間勢いよく頭を上げた。

今思いついたことが頭でぐるぐると回っている。

心臓がドクンドクンとうるさい、息も勝手に荒くなっていく。

 

“夢”なら、サボに会えるかもしれない。

“夢の世界”なら、サボに会えるかもしれない。

 

ゴクリと固唾を呑む。

自分の思いつきがどこかいけないことだというのは直感で理解している。それでも頭の中でそのアイデアが離れない、“会いたい”という思いもどんどん大きくなっていく。

数秒悩み…私は口を開いた。

 

『この風は…どこから来た…のと…』

 

決して周りを巻き込むことが無いように、小さい声で歌う。

赤髪海賊団にいた頃、船室で何度もやったことだ。

それなのに、今日の歌声は今までに無いほど震えていた。

 

 

 

一人で入ったウタワールド、その目の前に広がるのは大きな家がある巨木。

ダダンから独立したルフィ達が作った家。私も作るのに協力し、何度も泊まったことがある家。思い出の場所だ。

そこで膝をつき、神に祈るように手を組ませる。

 

「サボ…」

 

名前を呟いた。やることは今まで何度もウタワールドでやったこと、望みのものを生み出すことだ。

今までは生き物は動物や鳥ぐらいしか作ってない。人だって、ガープさん相手に頭が音符の兵士を作ったぐらい、それらだって自分の意思なんてまるで無かった。

だから、意思を持つ人間が作れるかどうかなんて分からない。成功したなら嬉しい。でも、失敗したってそれは仕方ない、それがウタワールドの限界だったということだ。…だから、一度試すぐらい許してほしい。

 

迷いを振り切って、サボとの思い出を頭に描く。

中心街で食い逃げして一緒に逃げた。捕まりそうになった時助けてくれた。

雪の降る中、つり橋から落ちそうになったルフィを皆で助けた。

皆で一緒に猛獣を倒した。一緒にガープさんに立ち向かった。

三人が独立するための家を一緒に作って、ずっと皆と一緒にいた。

そして…“広い世界を見てそれを伝える本を書きたい”そう夢を語るサボの姿。

その皆との思い出の中、鮮明にサボをイメージし続ける。

 

しかし、全く手ごたえを感じなかった。今まで何か作る時はもっと簡単に、すぐに出来たのに。

やはり無理だったらしい。ウタワールドでも作れないものはあるんだ。そう諦めて組んでいた手を解く。

 

これからどうしようか…せっかく作ったウタワールドだ、適当に能力を使ってとっとと寝てしまおう。そう考え立ち上がった。

 

 

 

 

 

「よお、どうしたんだ?ウタ」

「……え?」

 

 

 

聞こえてきた声に顔を上げる。

そこには子供がいた。私より少し背が大きい男の子。

何度も見た帽子とゴーグル。何度も見た服装。何度も見たその顔。

間違うはずがない。

 

「サボ…?」

「ああ、サボだよ。おれを忘れちゃったのか?」

 

成功…してしまった。

驚きと、自分の能力の底知れなさへの恐怖を少し感じたが、そんなもの一瞬で流すほどに心に別の感情が、喜びが膨れ上がっていく。

会えた。ずっと会いたかったサボに会えた!

 

「サボ…サボ!!」

 

名前を呼びながら私はサボに抱きついた。サボが支え切れずに尻もちを付く。

そのまま私はサボをぎゅっと抱きしめ続けた。涙が溢れて止まらない。

 

「サボ!サボ!…会いたかったよ…サボォ…!」

「おいおいそんなに泣いて…」

 

そう言ってサボが私を撫でてくれる。暖かい。サボの手からも、私が抱きしめている体からも暖かさを感じる。

サボがここにいる、ウタワールドに、私の世界にサボがいてくれる。

嬉しさで涙が止まらない。

 

「もう…どこにも行かないで!ずっとずっと私の傍にいてよ!!置いて行かないで!!」

 

心の思いをそのままぶつける。

でも、サボがそれを良しとしないことなんて分かってる。今だけはいてくれるかもしれないが、サボの夢は世界を見ることだ、ずっと私の傍になんて——

 

「ああもちろんだ!ずっとウタと一緒にいるさ!」

「………え?」

 

思わず顔を上げてサボを見る。何を言ったのか、頭では分かっていてもちゃんと心に入ってこない。

 

「お前を置いてどこかに行ったりなんてしない!」

「待って」

「これからも今みたいに4人一緒に暮らせばいい!」

「違う」

「妹分を泣かせるぐらいならおれの夢なんて」

 

 

 

「やめてっ!!!」

 

叫びながら無理矢理ウタワールドを閉じた。

今、何が起きた?違う、サボじゃない。サボはあんなこと言うはずがない。じゃあ誰が言わせた?ウタワールドでそんなこと言わせられるのは…私しかいない。じゃあ私がサボにあんなこと言わせようと…違う!そんなの望んでない!望んでない…はずだ。

 

「違う…違う…!」

 

蹲って、頭を抱えながらつぶやき続ける。必死に自分に言い聞かせ続ける。あれはサボじゃない、あんなの私は望んでない!!

 

「ウタちゃん!?どうしたの!?」

 

突然かけられた声に頭を上げると、マキノと目が合った。その後ろにはドグラとマグラも見える。

私の声が家の中にまで届いていたらしい。

 

「私…私…!サボに、会いたくて…ウタワールドならって…でも、でも!…あんなの…違…違うの!」

 

何をしてしまったのか伝えようとしたが、上手く言葉にできない。でもマキノは何かに気付いたように息を呑んだ。私の能力を知っているから分かったんだろうか、でもあのサボは違う、私はあんなの望んでない、それをなんとか言い続けようとした時だった。

 

「ウタちゃん…!」

 

マキノの声が聞こえて、ふわりと暖かさに包まれた。

マキノが私を強く抱きしめてくれていた。先ほどウタワールドで感じた暖かさと同じはずなのに、何か違う暖かさ。ポロリと涙がこぼれた。溢れて止まらない。

私はマキノに縋るように抱きつき、泣き叫び続けた。

サボがいない。私の世界にももういない。会えない。それが心の奥に突き刺さって涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 

 

気が付いたら、私は布団に寝かされていた。

いつの間にか泣き疲れて寝てしまっていたらしい。サボが死んだこと、ウタワールドで起こったこと、それぞれ思い出していって…一つ、改めて決心したことがあった。

それをルフィとエースに伝えようと身を起こした時、マキノ達がこっちを見た。

 

「お、おはよう…」

「ウタちゃん、大丈夫?しんどかったらまだ寝てても…」

「ううん、もう大丈夫。…ルフィは?」

 

エースはまだ木に縛り付けられているだろうが、ルフィが見当たらない。

私の問いにダダンが答えてくれる。

 

「ルフィならどっか行っちまったよ。エースも縄解いたらどっか行った」

「そっか…」

 

二人が行く場所なら、皆で作った家か…あそこだ。

 

「私、ルフィ達の所行ってくるね。」

「分かったわ…いってらっしゃい」

「いってきます」

 

マキノにそう返して、ルフィ達を探しに行った。

 

 

森の端、崖の方へ歩いていく。そこはエース達が自分の夢を宣言した場所。思い出の場所だ。なんとなく、二人はそこにいる気がした。

森を抜けた時、立っている子供と地面に倒れている子供が見えた。エースとルフィだ。

そこへ歩いて行った時、ルフィが叫んだ。

 

「もっと!!強くなりたい!!!」

 

「もっと!もっと!!もっともっともっともっともっと!!もっともっともっともっと!!もっともっと!!もっと強くなって!!…そしたらなんでも守れる、誰もいなくならなくて済む…!!」

 

ルフィの涙声の叫びが続く。

 

「お願いだからよ…エースは死なねェでくれよ…!」

「バカ言ってんじゃねェよ!おれの前にてめェの心配しやがれ!おれより遥かに弱ェくせによ!」

 

「エース…ルフィ…」

「!…ウタ」

「ウタ!起きたのか!?」

 

呼びかけながら二人の元へと歩いていく。

 

「お前、もう大丈夫なのか?昨日泣き叫んでんの聞こえたぞ」

「え!?ウタ泣いてたのか!?」

「エースにまで聞こえてたんだ…うん、もう大丈夫。」

 

エース、そしてまだボロボロと泣いたままのルフィに答えながら私は二人の傍に立つ。一つ伝えたいことがあった。

 

「エース、ルフィ…私ね、絶対に何があっても私の歌で”新時代”を作ってみせる。」

 

「どう作るかってのは、ちょっと分からなくなっちゃったけど。でも、絶対にやり遂げて見せる。”夢(あっち)”じゃなくて、ちゃんと”現実(こっち)”で、皆が幸せになれる世界を、絶対に作るから…サボが驚くくらいのすごい”新時代”、絶対作るから!」

 

今まで私が作ろうとしていた新時代、作り方なんて具体的に考えられていなくて、ただウタワールドのように皆が幸せになれるようなものなら、とあやふやに考えていた。

でも痛感した。ウタワールドでの理想も幸せも、きっと現実と違う。限界がある。今の私が知ってる世界じゃ夢までは足りない。でも歌で皆が幸せになれる”新時代”、絶対にそれを作る方法があるはずだ。諦めない。諦めたくない。

そしてもう一つ、この宣言と別に伝えたいことを言いたくて、ルフィとエースの方を見る。

 

「だから、二人とも…”現実(こっち)”で待っててよ…私の新時代!二人とも…絶対…いなく、ならないで…」

 

ちゃんと言いたかったのに、最後は涙がまたポロポロと流れてしまった。

そんな私を見て、まだ涙が止まってないルフィがすぐに返した。

 

「当たり前だろ!おれは絶対いなくならねェ!ウタの”新時代”、絶対見てやる!」

 

エースは短くため息を吐きながら話し始めた。

 

「お前ら二人揃って…いいか覚えとけルフィ!ウタ!おれは死なねェ!サボからもおれは頼まれてんだ…約束だ!おれは絶対に死なねェ!お前らみたいな泣き虫を残して死ねるか!」

「うん…!」「分かった…!」

 

エースの宣言にルフィは泣いたまま、私は涙を袖で拭きながら答える。

エースは強い目で、叫び続けた。

 

「おれは頭が悪ィからサボが一体何に殺されたのか分からねェ。でもきっと”自由”とは反対の何かだ!自由を掴めずにサボは死んだけど、サボと盃を交わしたおれ達が生きてる!サボの想いを聞いたウタだっている!だからいいかお前ら、おれ達は絶対に”くい”のない様に生きるんだ!」

「うん…!」

 

エースの言葉に私とルフィが強く頷く。

 

「いつか必ず海へ出て!思いのままに生きよう!誰よりも自由に!それはきっと色んな奴らを敵に回すことだ…ジジイも敵になる!命懸けだ!出航は17歳!おれ達は海賊になるんだ!」

 

エースの誓いが海へ響いた。

 

 

 

 

「ウタはおれが出航するまでにどっちの船に乗るか決めとけよ?」

「うん、分かった。ちゃんと考えとくよ…”新時代”をどう作るかもちゃんと考えないとね」

 

エースの誓いの後、ルフィが泣き止むまで待っていた私とエースが話していた。その時、泣き止んだがまだ鼻水を垂らしてるルフィが突然言った。

 

「あ!でもおれの方がウタより先に”新時代”を作るぞ!」

「…はあ!?待ちなさい、私が先だから!」

 

聞き捨てならなくて私も思わず叫び返す。

 

「おれが先だ!おれだってゴムゴムの実で強くなったからな!」

「能力に振り回されてばっかりじゃない!強くなる前に私みたいにもっと使いこなせるようになりなさいよヘッポコ能力者!」

「ウタはずっと前から食べてたんじゃねえか!おれだって同じぐらい経ったらすっげー使いこなしてるからな!」

「出た!負け惜しみ―!アンタが練習してる間に私はもーっと上手くなってすごいことしちゃうもんね!」

「なんだとー!?」

 

さっきまで泣いてた姿はどこへやら、ルフィは地団太を踏んで怒っていた。

その姿を見ながら思う。負け惜しみと言ったが…たぶんルフィはすぐ能力を使いこなして、あっという間に強くなるんだろうな、と

それに引き換え私はどうだ。昨日ウタワールドで起こったことが何か、落ち着いて考えてなんとなく分かった。

あの時、ろくに眠らず、心も疲れ切った状態で無理矢理ウタワールドを開いた。そしてこれまでやったことのない心を持った人を作る、間違いなく繊細な操作が必要で負担も大きいことをやろうとした。その結果、制御が上手くいかず、パニックになってる内にウタワールドが私の理想を、心の奥底にあったものまでそのまま再現し続けた。つまりあのサボを作ってしまったのは私だ。

ルフィにはああ言ったが、結局私も能力に振り回されている。ルフィとは能力者の年季が違うのに、だ。

でも落ち込んでられない、ルフィが、私のライバルが成長するなら、私も置いて行かれるわけにはいかない。さっき言った通り、もっと使いこなして強くなろう。

 

そう思っているとエースが森の奥、ダダンの家の方向へ歩きながら言った。

 

「どっちが能力上手く使えようが、結局二人ともおれに勝てねえじゃねェか」

 

その言葉を聞いてルフィの怒りがスン…と収まり私の方を見る。私もルフィの方を見る。考えていることは同じだろう。

 

「なあウタ、二人でエースに勝とう」

「そうね、じゃあ私が歌うから耳を塞いでるエースを攻撃するってことで」

「じゃあおれ足伸ばして遠くから蹴るよ」

「全部聞こえてんぞ!?それになんでそんな卑怯な作戦を考えてんだ!!」

 

私達の作戦会議にエースが抗議するが、私も負けてられず反論する。

 

「能力を上手く使ってるって言ってよ!」

「そーだそーだ!」

「それに卑怯な作戦なんて海賊の戦いなら当然よ!」

「そーだそー…いや、卑怯なのは駄目じゃねーか?」

「ルフィ!?なんで急に裏切んのよ!?」

 

突然ルフィに梯子を外され、また二人でギャーギャーと言い争う。その姿をエースがため息をついて眺め、一人でダダンの家へと戻っていく。それに気付いて、私とルフィは慌ててエースを追いかける。

いつもの光景、ただし一人だけいない。

ここ数日とても辛い日々だった。それでもいなくなったサボのことを忘れず、夢に向かって進み続ける、そう心に決めたのだった。

 

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