サクラソウの季節に
近頃、よく視線を感じる。だが、嫌な感じはしない。
なんだかこう、答え合わせをしたくて機会を窺っているような感じだ。
(まあ、いつかはバレる日が来るとは思っていたが)
この際だから、きちんと清算しておくのもいいだろう。
その前に、邪魔が入らないようにしておかないと。
「呼び出して悪いな」
「いえ、俺1人でよかったのでしょうか?」
「答え合わせをするのに大人数は必要ない…結論だけ言うなら俺はおまえに会ったことがある。越後でな」
「……そうでしたか。あれはずっと夢か、妖の類だと思っていました」
まあそう思うのも仕方ない。あそこにいたのはほんの短い間だけ。秋から冬になって雪が解ける前にはいなくなってしまった相手など、瞬きの間に消えてしまう陽炎のような存在だっただろう。
「あそこにいた理由だが、まあ、色々あってな。詳細は伏せさせてくれ…あいつの為にも」
こう言えばきっと理解するだろう。聡い子だから自分の中の記憶と照らし合わせて、いつ頃起きたことかくらいは察しがつくと思う。
「戦の最中は皆、いつもとは違います。ですので、そこで何かが起きたとしても、それほどおかしなことではないのかもしれません」
「一時の高揚の結果、ああなったのでしたら、その…人質のようなものだと思えば……」
「いや、そこまで真面目に考えなくても大丈夫だからな!?」
どちらかというと子供が好きなものを独り占めしたくて、離したがらないのに近かった気がする。
答えを聞いてすっきりした顔をしてくれたのは嬉しかった。どこかで不安に思っていた部分もあったから。
「俺が見ていたことを気づいていらしてたんですよね。それで今日、こうして機会を作っていただいた」
「ずっと隠し通せるものでもないからな」
「これは義母上にだけお話しますが、菊を見た時『同じ色だ』と思ったんです…『この色は本当にある色だったのか』と」
「油川はうちの一族だから、そこの血を継ぐ子たちは、俺の子供たちの中でも見た目がよく似ているほうだと思う」
「でも、それを直接言ってしまうのはよくないと思っていました。子供の頃に出会った、とあるお方の話として話すくらいが精一杯で」
「それでも、やきもちは焼いただろう?」
それを聞いて苦い顔をしたのが可笑しかった。平手打ちされるのを見たぞ、俺は。
「『しろがねの君』か。風流な名前を頂戴して、感謝している」
「…揶揄わないでください」
今度は照れてしまった。あまりやりすぎると菊に怒られるのでこれくらいにしておこう。
「いい時間だ。戻ろうか」
「はい」
借りていた小部屋を出て廊下を見れば、向こうから見覚えのある姿。
「答え合わせは済みましたの?」
「ああ」
「景勝さまはこの色、お好き?」
そう言って自分の髪をちょんと引っ張った。
「…好きだ。菊の色、だから」
「とあるお方ではなく?」
「俺にとってその色は、菊を思い出す色だよ」
ぱっと顔が明るくなった。それを見てなんだかこう、2人まとめて抱きしめたい気分になる。
(可愛い…あれか、少納言殿が言っていたエモいとかいうやつか…!)
顔が緩みそうになるのを耐えてみるものの、今の俺にはちょっと難しい。
「にやにやしないでください。母上」
「すまん。エモいという言葉をかみしめていた」
「エモ…?」
「いいタイミングだったが、もしかして迎えに来てくれたのか?」
そのまま3人で歩き出す。
「謙信公がしびれを切らしそうなご様子だったのでまだかかるようなら…と思ったのですけれど、心配いりませんでしたわね」
「あいつ…本当に堪え性がないな」
「やはり、叔父上は1度くらい、腹を切ったほうがいいのでは…?」
「うちの叔父上たちが喜んで介錯を引き受けそうな気が……」
真剣な顔で話し出すので、止めておく。そのうち実現しそうで怖い。
「あまり物騒な方向に持っていこうとするな…禁酒でもさせるか?」
「川中島禁止とか?」
「武田の子になろうかな…」
なにはともあれ、この件に関してはけりがついたと見ていいだろう。まだ山積みの問題からは目を逸らしつつ、自分を納得させた。