サキ 再起SS
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
「……ねえ」
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
「ねえってば! さっきからうるさいわよ、RABBIT2!」
指揮所の一角、人気の少ないそこに立ち寄ったクルミが声を張り上げた。
視線の先にいるのは、一心不乱に腕立て伏せに励むサキ。
普段なら気にも留めないその姿も、この状況下では明らかに異様だった。
「気に、しないで、くれ! 気晴らし、だから、な!」
「だからうるさいって言ってるの! ……そんなに失敗したのを気に病んでるわけ?」
「っ……!」
「はんっ、図星なのね。一回躓いたくらいで情けない」
「一回、そうだな一回だ。先生に、血を流させた一回だッ!!」
クルミの声をかき消すかの如く、絶叫とも言える声量でサキが叫ぶ。
立ち上がってクルミに詰め寄る彼女の顔は、焦燥感に満ちていた。
「考えても考えても! 霞む視界に滲むんだ!! 先生が撃たれて崩れ落ちる姿が、焼き付いて離れない!!」
体が動かない中で、それでも必死に見続けた先生の姿。
血を流して地面に倒れる小柄なその姿を忘れることなどできない。
まして、この学園都市でそんな姿を見ることなどほぼないと言っていいはずだった。
『死』という逃れえない結末を、否応なく想起させるその姿が、サキの心を責め苛んでいた。
「なあ先輩、貴女にわかるか!? 目の前で、守るはずだった人がなすすべなく倒れる姿を見せつけられる私の気持ちが!!」
「──わかるわよ」
絶叫が、ぴたりと止まる。
強く、強く意思の籠ったクルミの瞳が、サキの瞳に向いていた。
「私が先走って、バカなミスしたせいで、オトギを本当に失いかけたことがあった」
「私のミスをカバーするために、ユキノが、ニコが、危ない橋を渡ることもあった」
「そういう時はいっつも自分に怒鳴ってる。なにやってるんだこの無能、って」
それは、クルミの体験だった。
一年の頃から積み上げてきたのは、エリートとしての素晴らしい実績だけではない。
その裏には、同じほどに積み上げられた失敗の歴史もある。
特にクルミは、サキと同じポイントマン。危険な場所を一番に切り開く斥候である。
そのミスは部隊の全滅に繋がりかねないものであり、それ故にクルミは場面こそ違えど、サキの抱える気持ちが理解できた。
「自分が情けなくて、ぶつけようのない怒りと後悔でいっぱいなんでしょ。いっそ自分の頭を撃ち抜けたら楽になるんじゃないかってくらい」
「…………」
「でもね、それは抱えて進むしかないの。どうしようもなく重荷でしかなくても、それでも歯を食いしばって踏ん張って、いつかその重荷を重荷と感じなくなるまで歩き続けるしかない」
「……先輩は、どうなんだ。重荷は、軽くなったのか?」
「なったと思ったらまた重荷が増えるだけよ。私たちはこの制服を脱ぐ日まで、掲げた正義を肩から降ろすその日まで、そうあり続けなきゃいけないの。……それが、あんたの選んだ『規範』なのよ」
サキは、気づけばクルミのことをまっすぐに見つめていた。
胸の中にあるどうしようもない曇りは、まだ変わることなくそこにある。
それでも。
「先輩」
「なに」
「次は、必ず守り通す」
「ふん、ちょっとはマシな顔に戻ったわね」
「支度しなさい、後輩。ブリーフィングよ」