サイコメトラーロレンツォ
ドン・ロレンツォにとって、世界は音で満ちていた。
小鳥のささやきのような小さなものから、怒鳴り、叫び、喚く大きなものまで。様々な音がひっきりなしに彼の耳には届いていた。
いや、ひっきりなしというのは誇張した表現かもしれない。なにもしないでも聞こえたわけではなかった。触れたものが意思をもつ程度に年月を重ねていた場合、ロレンツォの意思など関係なしに耳に、正確には精神に乗り込んでくるのだ。心の柔らかいところを無遠慮に踏みにじられるのと似ていた。
感応能力が高い、と言えたかもしれない。ちょっと見ないほどに突出したそれは、時代と場所が異なれば巫覡の一種として敬われただろうが、科学と魔術が袂を分かってから数百年がすぎた時代に、神秘などとは欠片も付き合いのない家庭では気味が悪いと思われるのも当然だ。
当然だと、ロレンツォは考えていた。それは心を守るための詭弁だったかもしれないが、ゴミ捨て場で空を見上げていても驚くほど恨みは湧いてはこなかった。砂を噛むような、なにかが砕けるような、虚しさに似た失望は抱えていたけれども。
スナッフィーに拾われ、その足で歯医者に連れていかれ、ぼろぼろの歯をすべて金歯に変えられてから、ゆっくりと信頼を積み重ねていった。自身の力についてスナッフィーに伝えたのは、信頼の表れというよりも試し行動の一環だった。また捨てられたくはないな、という思いと捨てられてもいいか、という思いがぐちゃぐちゃになっていたことを成人した後でも覚えている。
スナッフィーは、ロレンツォを否定しなかった。けして同調したわけでも、安易に同情したわけでもなく、ただ否定せずに受け入れた。それがどれほど救いになったか、きっとスナッフィーは知らないだろう。ロレンツォも伝えるつもりは今のところない。ただ、ロレンツォがスナッフィーを本当の意味で信用し、信頼するようになったのはこのときからだ。
成長に従い、能力ともうまく付き合えるようになっていた。あくまで人間である自分と違って魔女の血を引いていたり、なりかけの精霊であったりする同世代の面々と知り合えたことは精神の安定に役立った。
引退後、そうした面子で探偵事務所を開くことになるのは──また、別の話。
首の後ろに刻んだタトゥーのように消えることのない体質は、そのときに。