コユキの中を見てみたい。

コユキの中を見てみたい。

#こんなもん書いてる暇はないのに! #こんなもん読んでる暇あるの!?

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 四肢を拘束され、手術のために頭部を固定されたコユキは遅すぎる後悔をする。拘束ピンが骨にまで食い込んでいるというのに、麻酔が回った表情筋は脱力し緩んだ口からは唾液が垂れ流しになり、床に水溜りを作っていた。

 眠たそうにも見えるが、筋肉をこわばらせ、恐怖に全身を震えさせている。そんな少女の胸の内なぞ知ったことかと、元ミレニアムの二人は着々と準備を進める。

「やっちゃおうか!やっちゃおうかなぁ!」

「先生の!ちょっといいとこ見てみたいハイ一気一気一気!」

「術中は静粛に願います」

「はい」

 手術着に着替えた二人は大声を出しても唾が飛ばないよう大仰なマスクをしてじゃれ合っている。ずいぶんと息苦しそうなマスクだが、彼女たちにとって黙るよりは楽なことらしい。

「では、今回調べたいのは幻覚作用ということで、視覚野のある後頭部を広めに開頭したいと思います。体位は腹臥位!」

「早くしろぉ!待ちきれねえぜ!」

「21番!」

「はぁい!」

 ぶるぶると震える手にメスが握られるとピタリと震えが治まる。そのまま吸い込まれるように銀色の刃が後頭部に押し当てられ、スッと皮膚に赤い線が浮かび上がる。

 刃先に骨を撫でられるゾリゾリという音がコユキの頭蓋に響く。痛みはないが、却ってそれが恐ろしく、まだぼんやりと残る圧感覚が純粋に皮膚の裂けるのを知覚させる。

「開けるぜ開けるぜ開けるぜ!」

「止血クリップ用意ありまぁす!」

「くださぁい!」

「はぁい!」

「次い!」

「はぁい!」

 綺麗に円弧状に刃が走ったかと思うと手際よく止血を済まされ、ベロンと皮膚が捲られる。その動きに追従して、捲られた皮膚に生えている髪の毛がコユキの視界の隅で動いた。

「……ま、こんなもんでしょう。後頭筋剥離します。電気メス」

「どうぞ」

 頭蓋骨と筋肉の間に電気メスが差し込まれ肉の焦げる匂いが立ち昇る。1人が鉗子で筋肉を引っ張りながら、もう1人が焼き切りって剥離する。煙を探知したロボットアームが自動で吸煙機を作動させ、煙が吸い込まれる音と腹のなる音が無菌室に響いた。

「焼肉食いてえ〜」

「集中してください」

────

「おし、綺麗に剥がせました。パーフォレーター」

「はい」

 ドリルの先端が頭蓋骨に触れガリガリと削れていく。急ぎすぎず怠けすぎず、適度な速さで頭蓋に穴が開けられ、硬膜の手前、薄皮一枚残して自動で停止する。

「やー、便利でごぜーますなー」

「そーですなー」

 二人が頭蓋骨に開いた小窓から覗き込むと、張りのある白い硬膜が顔をのぞかせている。この向こうに、目的の後頭葉が潜んでいる。

 情事に及ぶ際に、相手の服を脱がせていくような、暗い熱情を二人は感じていた。目配せをしてマスクを着けていてもわかるくらいにニヤリと笑い合う。

「剥離子ちょーだい」

「あいよ」

 先端がL字になった剥離子を先ほど開けた小窓に差し込み、頭蓋骨の内側に張り付いている硬膜を丁寧に剥がしていく。

 ぺりぺり、しょりしょり、丁寧に、脳の実質を損傷しないように着実に。開頭する範囲、最小限に収めて剥がしていく。特に言葉も交わされず黙々と進む作業。一歩間違えれば大事故である上、手ごたえのある硬い骨を相手にするわけでもないので、楽しくはあるが退屈でもあった。

「ふぅ」

「おわり!」

 ややもしてから膿盆に剥離子が投げ置かれ、金属同士がぶつかる軽薄なカランという音が鳴る。

 くたびれた様子の二人だが、すぐにウキウキと小躍りしながら穴あけドリル(パーフォレーター)を回転ノコギリ(クラニオトーム)に付け替る。

「んだば、だばだ、切っていきましょうじゃないの!」

「いえーい!本命だぜ!」

 クラニトオトームの先端にある、細い金属の棒が回転し骨を削り切る。L字型の覆いで妙なところを切らないようにカバーし、少し傾けてそのカバーを骨の裏側に擦る感覚で切り進める。押し付けすぎると止まってしまうので、軽めの力でジワリと手を動かし、先ほど開けた穴同士を繋げていく。

 金属部品が高速で回転する音と骨が削れる音が奏でるハーモニー。点と点が線で繋がれて、一枚の骨を切り出してゆく。

 やがて、最後の穴が繋がれ、骨の削れる音は途切れ、虚しく金属部品が空転する音だけが残される。その残った回転音も動力を切られ鳴りを潜めた。

「エレバト!」

「どぞ」

「うりゃりゃりゃ。……おっ、取れた。はい骨弁」

 骨起子(エレバトリウム)でテコの原理で骨を引っぺがし、まだくっついたままの硬膜も傷つけぬように剥がして無菌状態で保存しておく。

 さて、最後にペンチのような骨切り用の鉗子。リュエル鉗子で余計な出っ張りや切り足りない部分を削り足して終わりである。ばきり、ばきり、強引に骨が砕かれるのを、コユキは頭部全体の振動で感じていた。

「じゃあ、硬膜切開しよっか!!!」

「髄液の水槽に浮かぶ脳とご対面だねえ!!!」

 なんのことはない。相手はただの膜だ。小さなハサミでちゃきちゃきと最後の一枚を脱がされ、彼女の最も大切な深い部分。静脈が絡みついた、桃色の脳が露わになった。

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