コウノトリは運んでこない

コウノトリは運んでこない


 太陽が西に沈んでいく。橙色の空に藍色が溶け込んで、月が薄っすらと輝き始める。

 誰そ彼時。足元に覚束なさを感じるほど薄暗くなった頃、まだ一人の青年が道を歩いていた。そして彼はポツンと温かな灯りが溢れる一軒家に近付くにつれて、早足になっていく。

 抱えていた農具を倉庫へと片付け、玄関の前で土汚れを払うと、青年は玄関の扉を開けて明るい家の中へと足を踏み入れる。

「ただいま、スレッタ」

「エランさん! おかえりなさい」

 青年改め、エランを出迎えてくれたのは同年代もしくは少し歳下にみえる女性であった。食事の準備中だったのだろう、スレッタと呼ばれた彼女はエプロンをつけていた。

「もうすぐ夕食が出来ますので、先にお風呂はどうですか? 沸かし立てですよ」

「うん、ありがとう。そうすることにするよ」

 エランがスレッタの頬に唇を落とした。続いてスレッタもエランの頬に唇を寄せようとして、片手で制止されてしまった。

「むっ、なんでですか」

「汚れているから」

「それでもいいんです!」

 スレッタは微笑みながら土で汚れているエランの手を両手で掴む。「あっ」とエランが声を洩らしても、もう遅い。

「おかえりなさいのキス、なんですから!」

 ちゅっ、と。エランの頬にキスをしたスレッタは満足気に笑ってキッチンへと戻っていく。

 そんなスレッタの背中を見つめるエランも満更でもない微笑みを浮かべてしまうのは、本人も自覚している照れの一つであった。



 お風呂で農作業での汚れを綺麗さっぱり落としたエランがそのまままっすぐキッチンへと向かう。廊下に漏れる香りを嗅ぎながらキッチンに入ると、いっぱいに広がる優しいミルクの香りが鼻を擽った。

「今夜はミルクスープ?」

 エランはキッチンに立つスレッタの隣に並び立つ。すると、振り向いたスレッタは笑顔で頷いた。

「はい。今日はティティがいっぱい出してくれたので」

 エランは「確かに、」と今朝の光景を思い出す。飼育している山羊のティティの搾乳量がいつもより多かったような気がしていた。

 昼間にチーズへと加工したけれどそれでも多く余ったのだ、とスレッタは笑う。

 お玉でスープを掬い、器へ流し入れる。エランも手伝って、それらをテーブルに並べれば夕食の完成だ。

 温め立てのパンに朝採れ野菜のサラダ、具沢山のミルクスープ。これだけで立派なご馳走である。

「「いただきます」」

 両手を合わせて呪いを唱えるのは、エランはスレッタから、スレッタは地球寮の皆から教わったことだ。スレッタも、エランも、最初はよく分からずに見様見真似で行っていた。けれども、命を頂くことに感謝する文言だと教わってからは、きちんと心を込めて自主的に行うようになっていたのだ。

 スプーンを手に取ったエランがスープを一口飲んで、

「美味しいよ」

と口を緩めた。すると、パンをちぎりスープに浸して頬張っていたスレッタも嬉しそうに、

「ふふっ、良かったです」

と顔を綻ばせる。

 言葉通り、コンソメの旨みとミルクや野菜の甘さが溶け込んだスープは身体が芯から温まる美味しさである。だが、昼間に焼いたもっちりと香ばしい石窯パンも、シャキシャキと新鮮な歯応えのサラダもスープに劣らない美味しさだ。

 こんな風に食事を楽しむなど、栄養食やサプリメントを摂っていた学生時代の自分を思い返すと信じられないとエランは思う。

 『食の楽しさ』をエランに教えてくれたのはスレッタだった。

 元々水星で暮らしていたスレッタも主食がレーションなどで似たような食生活であった。まぁ、かたや無気力ゆえに、かたや必然ゆえに、は大きな違いではあるけれど。

 そんなスレッタは学園でも自給自足をしている地球寮に所属してたので、生活に必要な能力を身につけていくことを求められた。そこで見つけた様々な楽しみをスレッタは惜しげもなくエランへと共有してくれたのだ。それがエランにとってどんなに貴重で、嬉しいものだったか。でもきっと、それはスレッタが地球寮の皆に教わったときと同じなのだろう。

 エランは再びミルクスープを口に運ぶ。

 優しい香りが鼻を通り、口の中いっぱいにミルクやコンソメ、野菜の味が広がっていく。そして、じんわりとした温かさが身体に沁みる。

 スレッタの好物の一つである山羊のミルクスープは、いつの間にかエランにとっての好物にもなっていた。

「おかわりもありますよ」

「うん、ありがとう」

 スレッタもいつの間にか食べ切っていたらしい。伸ばされた手に器を差し出すと、空っぽになった器が再び満たされる。

 ――あぁ、なんと幸せなことか。

 食事を交えながら二人は今日あった出来事について各々話し始める。笑いながら、時にはムッとした表情を浮かべながら、会話は進んでいく。

 そうして、ゆっくりと夜は更けていった。


 ◇◇◇


 窓の外では、藍が深まった濃紺一色の空に満月が昇っている。

 青白い月明かりとアルコールランプの温かみのある仄かな光が暗い寝室で溶け合って、ベッドの上に座る二人をうっすらと照らしていた。

「エランさん、お話があります」

 普段よりも可愛らしい寝間着に身を包まれているスレッタが居住まいを正す。なので思わず、向かい合うエランもそれに倣って正座になる。

「どうしたの?」

 スレッタがその服を着るのは、所謂、夜のお誘いであった。エランも了承の合図としてタッセルピアスを外した。

 だが、妙に気まずそうな顔を浮かべているスレッタにエランは首を傾げた。すると視線を右往左往させてから、ゆっくりと翡翠の瞳を見つめたスレッタはおずおずと口を開く。

「……その、私に遠慮していませんか?」

「…………え?」

 何のことだろうか、と。思い当たる節が見当たらないエランが顎に手を添えると、スレッタはジィっと顔を近付けてきた。

「この間、見ちゃったんです。……二人でシた後、一人でお風呂場でシているところ」

「あれは、スレッタが疲れているみたいだったから……」

「でもっ! 一回だけじゃないですよね?」

「……それは、」

 スレッタが膝の上に置いた手をギュッと握り締める。その目にはうっすらと涙が浮かんでいて、ずっと言おうか言わないか悩んでいただろうことが窺えた。

 確かにスレッタの言う通り、エランはスレッタに負担を掛けすぎまいと、事後に一人で興奮を抑えているときがあった。たった数回、されど数回。それがいつの間にかスレッタの気掛かりになっていたのだろう。

「私じゃ、エランさんを満足に出来ませんか……?」

「そんなことないっ!」

 気を遣ってるつもりだった。だが、それがスレッタを悩ませているなどとエランは思ってもいなかったのだ。

「ワガママだって分かってます。……でも、私がいるんですから、一人だけでシないで。私だって、もっとエランさんとシたいんです」

 ポロポロと涙が頬を伝って落ちていく。その雫を掬いながら、エランは固く結ばれた唇に口吻した。

「……ごめん。あれ以上したら歯止めが効かなそうで、君に負担を掛けすぎたくなかったんだ」

「エランさんは優しいから、そうだろうなって思っていました。……でも、やっぱり寂しくて」

 エランはふわふわとした長い赤髪を撫でながら、再び唇を落とす。

 ペロリ、と。ふっくらとした赤い花弁を舐めて、僅かに咲いた隙間に舌先を忍ばせた。少し肉厚の舌先を絡ませて、エナメル質の羅列をなぞる。熱い吐息と共に離れた舌先には銀糸が繋がり、垂れ落ちた。

「……今日は、遠慮しないで」

 スレッタはエランの胸元で握り締める。

「やめてって言っても、やめないでください……」

 拳はカタカタと震えており、相当勇気を出したであろうことが伝わってきた。エランはその手にゆっくりと自分の手を重ねて、包み込む。

「……本当に、いいの?」

 だから――スレッタの覚悟を受け取った――これが、エランの最初で最後の確認で、

「はいっ!」

――安心したように、嬉しそうにスレッタは目を細めて頷く――それが答えだった。

「手加減はしないよ」

 そう宣言したエランは、優しくスレッタの身体をベッドへと押し倒したのであった。




 プチ、プチッ、と。丁寧な手つきでボタンが外されていく。

 このときばかりは互いに静かなのでスレッタは変に緊張してしまうのだけれど、エランは至って涼しげな表情のまま。それがさらにスレッタの羞恥心を煽るのだ。

 だんだんと肌蹴けていくと、その布の下に隠れてていたレースが顔を覗かせた。ホワイトレースのランジェリーにローズピンクのリボンが愛らしいランジェリーは小麦色のスレッタの肌によく似合っている。

「今日のも可愛いね」

「えへへっ……ありがとう、ございます」

 エランの率直な言葉に、スレッタは既に火照ったように肌をさらに赤らめた。

 そんなスレッタが愛おしくて、エランは頬に唇を落とす。止まらぬキスの雨にスレッタは上擦った声で「え、エランさんも脱いでくださいっ!」とエランの唇に手を押し当てる。

「……じゃあ、今日は脱がしてくれる?」

「ひょえっ」

「嫌?」

「いえ、嫌じゃないです!」

 エランから何かを強請ることは少ない。だからこそスレッタは急に襲い掛かってくる『お願い』にいつも緊張してしまうのだ。

 抱き抱えられて起こされたスレッタは甘い誘いにゴクリと唾を呑み込んで、ボタンに手を掛ける。

 ……ぷち、ぷち。どうにも覚束ない手つきでスレッタはボタンを外していく。

 原因は分かっていた。赤い髪をクルクルと弄る、服を脱がされるのを待つエランこそがスレッタの緊張の元なのだ。何度も身体を重ねてはいるが、いつだってスレッタはエランの裸に慣れない。白く透き通った陶器のような肌に、予想以上にしっかりと筋肉のついた身体。そこに残る小さな跡を見るたび、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになってしまうのだ。

「スレッタ」

「は、はいっ」

「もうちょっとだよ。頑張って」

 指先がカタカタと震えて、ボタンがうまく掴めない。そんなスレッタをエランはゆったりとした姿勢で待っていた。「頑張って」と言いながら、指差は髪先やレースの端で手遊びをして、時々素肌を掠める。

 ――ちょっぴり意地悪をしたい、そんな気分だった。

「うっ……うぅ」

 ポロリ、と碧い瞳から雫が落ちて、シャツに模様を作った。

 その涙に、エランは微かに胸を高鳴らせる。早く食べてしまいたい、と本能が騒ぐのを水面下で堪え忍ばせる。

「……で、出来ました!」

「よく出来たね」

 エランが頭を撫でれば、スレッタはうっとりと目を細めた。

 そして、もっと、と押しつけてくる頭を撫で続けながらエランは、ぷっくりとした唇を喰んだ。控えめに差し込んだ舌先が奥へと進んでいく。交わった箇所から熱が灯っていくようで、じりじりと火傷をしそうなほど熱い。

「んっ、……ふぁ、ぅ」

ぬるりとどちらのか分からない唾液が溢れて、舌の凹凸を擦り合わさるたびに水音が聞こえる。柔らかな口腔をなぞるたびに身が震えて、スレッタの口に収まりきらない液体が零れ落ちていった。もっと、と誘われるように蠢く舌先を追って、捕まえて、乱して。添えた手に力が入り、内から熱が疼く。

 重なり合う肌はしっとりとしており、いつから浮かんでいた汗なのかも分からない。

 熱い甘露に浸りながら、白い指先はレースを捲りあげる。汗ばんだ小麦色の肌をつぅー、と撫でた。驚きに飛び上がる声を呑み込んで、肌を伝い上げていく指先がホックを外した。

 肌蹴るランジェリーからたわわと溢れる胸元。

「…………っ、はぁ!」

 離れる舌先。垂れ落ちる糸をそのままにエランは柔らかな谷間へと顔を沈める。酸素を求める荒い呼吸を聞きながら、ちゅうっ、と目の前の肌に痕を残した。

「っん! ……そんなところ、ぁンッ」

 首筋、腹、腰、太腿。場所を変えながら何度も吸い上げていれば、ペシペシと頭を叩かれる。しかし引く気はないようで今度はカプカプと齧り付く始末だ。だから、その抵抗は無意味だった。

「ふぁっ、ぅ! ンン〜ッ」

 今夜のエランさんは普段より優しいのに意地悪だ、とスレッタは涙を浮かべていた。繊細なものを触るような手つきで触るくせに、熱くて痛い痕を残していく。まるで、じっくりと下ごしらえをされているかのような気分だ。

 もう既に身体の芯が、奥が、ずっと疼いているのに、頑なにそこへと触れてくれないのが恨めしい。耐えるように膝を擦り合わせても、波のような快楽が止め処なく襲ってくる。

「エランさんっ、……」

「……どうしたの?」

 太腿へと手が降りてくるのに、その奥へと触ってくれないのがもどかしくて仕方ない。

 翡翠の瞳からは真意が読み取れないけれども、ジリジリとした熱だけは伝わってくる。その熱が身を焦がしていくようで、早く、はやく、と碧の瞳は涙を零す。

「――触ってっ、ください!」

 その手を掴んで、引き寄せた。

 秘部は、もう既にシトシトと濡れており、布越しにくちゅりと音を立てる。掴んでいた手の、指先の腹が突起に押し当てられる。

「うん、いいよ」

 そう言って、布の隙間から指先が侵入してきた。

 どれだけ濡れていたのか。クチュクチュとした厭らしい水音が寝室に響きわたる。

「すごく濡れてるね」

「〜っ、エランさんのせいです!」

「……そうだね」

 「僕のせいだね」と、指先が突起を摘んで擦った。

「ひゃぁッ、ん、ん〜っ、ア」

 摘まれて、擦られて、やさしく撫でられて。

 痴態を隠そうとスレッタは手元にあった枕を抱こうとするが、それは簡単に取り上げられてしまう。拠り所を無くした腕は、エランの首元へと縋りつく。

「そんっぁ、触っちゃっ……!」

 指先は固く結んでいた蕾にも迫る。何度も、何度も縁をゆっくりと解して、ぬぷぬぷと蕾を広げていった。一本、二本、と浅い箇所を刺激しながら進んでいく指先に、

「はやっ、早く、……挿れて、くださいっ」

と懇願するも、

「まだダメだよ。ちゃんと解さないと」

と却下されてしまう。

 後で苦しいのは分かっているのに、ジワジワと身を焦がす快楽がもどかしい。彷徨い狂う感情のまま、スレッタは思わずエランの背を引っ掻く。

 チリチリとした痛みが襲った。その痛みにエランはうっそりと口元に笑みを浮かべる。心中を占めるのは優越感と独占欲だった。スレッタはエランを傷付けるのを厭うが、エランはこの傷が嬉しいのだ。

 痛みを甘受しながらも、その指先は止めない。突起と蕾を両方弄れば、荒い呼吸を繰り返しながらスレッタは身を震わせる。

「イッちゃっ……! イッちゃぅ♡」

「うん、一回イこうか」

「ひゃ♡ っ、ぁ♡ あ、あッ〜〜!!」

 一際甲高い嬌声が響きわたった。

 トロリとした愛液が溢れて、指先をさらに濡らす。

「今日のエランさん、……なんだかイジワルです」

 瞳から涙を零しながら唇を尖らせるスレッタに、エランはそっと口吻して満足気に微笑む。

「今日は手加減しないって決めたからね」

 そうして再び指先を進めた。蕾の淵をゆっくりとなぞり、咲きかけた先へと三本の指先を進ませていく。何度も解されている隘路は歓迎するようにすっぽりと呑みこんで、奥へ奥へと導いていった。

 隘路を進むたびに、背中に傷が増える。

 一度指先を引き抜けば、ヒクリ、と咲いた淵は蠢く。それはまるで隘路を進んだ先で待つ蜜壺が、早く、と訴えているかのようだ。

「っもう……いいですか?」

 息も絶え絶えに見つめてくるスレッタに、エランは軽く額にキスをした。

「うんッ、そろそろ……僕も我慢の限界だ」




 レースのパンツが膝下までずり降ろされる。それは透明な液でビッショリと汚れており、どれだけ丹念に愛撫されていたのかが窺えた。

 エランはパンツごとズボンを下ろす。布を取り払ったことで飛び出た男の欲。その昂ぶりはいつもより大きく膨らんでいて、スレッタは思わず息を呑んだ。エランはその昂ぶりを数回しごいて、ゴムを被せる。そのまま、ヒクヒク、と痙攣する淵へとあてがう。

「あぅッ……」

「大丈夫。優しくするよ」

 その言葉通り、エランはゆっくりと、もどかしいほど優しく昂ぶりを挿入していく。

「……アッ、……アッ♡!!」

 浅い箇所を何度も擦り上げてくる度に、甘い毒が回る。普段よりもじっくりと解されて、下腹部の奥がより疼くのに、なかなか奥へと来てくれない。

 ――どうして、どうして。

 スレッタがエランへと目線を移せば、視線がかち合う。

 ――あぁ、見られてる。

 視線が熱い。こんなにも喘ぐ姿を、痴態を、じっと見られている。それが恥ずかしいのに、どうしようもなく感じてしまっていた。

「そんなにッ、見ないで、ください……!!」

「どうして? こんなに可愛いのに」

 既に真っ赤なスレッタは「ひゅっ……」と息を呑む。いつもより止め処なく注がれる愛に、溺れてしまいそうだった。

「でもっ、……はやく、奥まで欲しい、です」

「もう欲しいの? ……わるい子だね」

 エランはスレッタの頬を挟んで、じぃっと視線を合わせてくる。そうして、耳元で「でも、素直におねだりできたのはエライね」と囁く。

 そして次の瞬間、ぐぐぐっ、とした圧迫感がスレッタを襲う。

「……っぁ♡!」

 太腿を抱えるように持ち上げられる。その度に、奥へ、奥へと昂ぶりが卑猥な水音と共に沈み込んでいく――苦しくて、気持ち良い。

 ぎゅっと丸まっていた足の爪先が、ピンと伸びる。それでも快楽は逃げ場もなく、胎内をのたうち回るだけだ。

 くぷ、くぷぷ。ぐちゅり、ぐちゅ、と。緩やかなストローク。昂ぶりが丹念に浅瀬と深瀬を突き動いている。その度にイイトコロを掠めていくので、甲高い嬌声が漏れ出てしまう。それを抑えようとしても、両手はいつの間にか掴まれていて動かせない。

 スレッタは身を捩らせて、ただただ喘ぐ姿をエランへと晒すことしか出来なかった。

 そんな姿をエランは「可愛いね」と囁きながら見つめている。

「アッ♡ ……もう、もぉ♡♡」

「『もう』? どうしたの?」

 ゴツリ、と。一際激しく奥へと突き立てられた。翡翠の瞳が細まっていく。

 碧い瞳に映る姿は、まるで獣のようで、恐ろしさすら感じた。

 一気に押し寄せる苦しさと酷い快楽に、スレッタはピンと張った足の爪先を丸めて言葉にならぬ声をあげて、じんわりと広がる甘さに瞳を潤ませる。しかし、甘美な余韻に浸る暇を与えることなく、エランは熱い切っ先で何度も蜜壺を抉るように腰を引いては押し込んでいく。

「ンあ♡ アっ♡♡ えりゃんさぁ♡ ぃ……つよ、ァ♡!」

「っ、そんなに、煽らないでっ」

「ぅあ♡ あおって、……あおって、にゃ、ぁっ♡ ぃ、れすぅ♡♡」

 何かが奥で爆ぜた。

 一気に引き抜かれた、まだ硬さのある昂ぶり。しかし寂しいと思う間もなく、ゴムを換えて再び挿入された。

 普段のエランからは想像できないほどの、自分だけが知る表情でひたすらに攻め立てられている。いつもより優しくて、激しくて、気持ち良くて。チカチカと視界が瞬くなかでスレッタは逃げられない快楽の海に溺れ続ける。

 ふと、蕩けて一つになったのでないかと錯覚しそうな結合部が視界に入った。

 真っ赤だった小麦色の肌がさらに赤らむ。そこは、あられもない様子を晒していた。激しく絡む水音と共に痺れる下腹部。その奥が疼いて、びりびりとした刺激が全身を巡る。

 駆け巡る痺れを緩和しようと、――その人こそが絶え間ない快楽を与えてくるのだということを忘れて――スレッタはエランの首筋に縋り付く。汗の匂いの奥に香る微かなお揃いのボディーソープの香りが、僅かに心を落ち着かせてくれた。しかし繋がりは深くなるばかりだ。

「あッ♡ ぁ……っ♡」

「……ん、クッ!」

「ぁんっ♡ んぅっ〜〜♡♡ ……――っ!」

 ベッドのスプリングが激しく軋む。イイトコロを的確に擦り当てられて、トントンと奥を突かれる。穿たれるたびに、思考が真っ白になっていく。

 節くれ立つ指先は、――互いにイッて、イッて、何度果てても――跡が残ってしまうほどに、細い腰を掴んで離さずにいた。




 テーブルサイドに置いておいた水差しはすっかり汗をかいていた。水滴を垂らしながらグラスに水を注ぎ入れて、エランは乾いた喉を潤す。

 チラリとベッドの上を見やれば、そこには波打つシーツに沈んだまま呼吸を繰り返すスレッタの姿がある。乱れた赤い髪と真白なシーツ、横たわる小麦色の四肢が蠱惑的で喉が渇きそうになった。

 エランは再びグラスに水を注いで、水を口に含む。そして、荒く呼吸する口へと唇を重ねた。生温くなった水をスレッタへと分け与えれば、多少口端から溢れさせながらも、ゆっくりと水分を享受してくれる。少しだけひんやりと落ち着いた口腔が気持ち良くて長居していると、ツンツン、と背を突かれる。名残惜しげに口を離せば、スレッタが、

「……もっと、おみず、ほしいです」

と上目遣いで見つめてくる。そんな可愛らしいおねだりにエランは、顔を緩めた。

「お望みのままに」

 再びエランはスレッタへと口移しで水分を給餌する。スレッタが満足するまで分け与えつづけて、顎を伝い落ちた水分もエランは綺麗に舐め取る。

「くすぐったいです」

「そうかな?」

「ふふっ、じゃあ仕返しです」

 小休憩で元気を取り戻したスレッタがゆっくりと起き上がり、エランに凭れかかった。そして、首元に舌先を這わせて、ちゅぅっ、と痕を残す。

「くすぐったいね」

「でしょう?」

 くふくふと笑うスレッタをエランは両手で抱き締めた。そして、ふわりとした赤髪に顔を埋めて、暫し黙った後に呟く。

「……辛くない?」

「っ!? 全然、辛くないです! むしろ、もっと……」

 腕の中で真っ赤に熟れる姿にエランは安心したように微笑みを浮かべた。

「もっと、シてもいいんだ」

「はいっ」

 二人は優しく口づけを交わして笑い合う。

 エランがスレッタの内太腿へと手を這わせる。そして、耳元でそっと「休憩は、もういいかな?」と囁く。

 その言葉に宿る優しさに、スレッタは自分を思い遣るエランの気遣いを感じて、ドクンと胸を高鳴らせた。

 ――こんなにも大切にされて、なんて幸せなんだろう。

 自分も貴方が好きだ、と。大切だ、と。伝えたくて、スレッタはエランをぎゅうっと胸へと抱きしめた。

「私、エランさんが大好きです」

 髪質の違うサラサラとした髪に手を置いて、撫でる。それを享受するエランは気持ち良さそうに目を閉じた。

「僕もスレッタが大好きだよ」

「むっ! 私のほうがいっぱい、いーっぱい大好きです」

「じゃあ僕はその数百、いや数千倍大好きだよ」

 そんな子供らしい言い争いをしながら二人はじっと睨め合って、苦笑する。そして、仲直りに子供じゃないキスを交わした。

 再びゴムを手に取ろうとしたエランの手が阻まれる。はて、とエランが口を開く前に、制止させたスレッタがおずおずと耳元で囁いた。

「……一度だけでいいので、その、…………家族、頑張ってみませんか?」


 ◇◇◇


 家族になる、エランの姓が『マーキュリー』へと代わる際に、二人は真剣に話し合ったことがある。

 レプリチャイルドのことや強化人士のこと、これまでのこと。それらを踏まえて、これからのことも少しだけ話していた。

『子供は出来ないかもしれない』

 それは互いの生殖機能についてだった。

 まだスレッタには可能性がある。しかし、神経を何度も弄られて不安定な状態だったことがあるエランには、望みの低いことだったのだ。それは、もう、致し方のないことだった。「期待できない」と伝えたとき、スレッタは何も言わずにただ抱きしめてくれたことを、今もエランは覚えている。

「…………スレッタ。前にも伝えたけど、僕の生殖機能は、」

「覚えています! 忘れてなんていません!」

「じゃあどうして、」

 スレッタがエランの頬を優しく包んだ。

「この間、ティティが出産しましたよね。……そのときのエランさんの顔を見て、『欲しいな』って思っていたんです」

 エランがハッとしたような表情を浮かべるが、スレッタは「そんな悲しそうな顔をしないでください」と苦笑した。

「……私も、ずっと諦めてました。二人でも充分幸せだって。でも、あのとき」

 スレッタは萌黄の眼差しから溢れる涙を掬って「ごめんなさい」と、視線を逸らす。

「やっぱり、何でもないです。気にしないで、「続けて」……え、」

 いつの間にかエランがスレッタの手に自分の手のひらを重ねていた。

「君の思いを最後まで聞かせてほしい」

 その言葉にスレッタも涙が伝染しそうだった。「っ、はい」と返事をしたスレッタは、再びエランと向き合う。

「あのとき……私やエランさんが祝える家族を、エランさんを祝ってくれる家族が欲しいなって、思ったんです。それくらい、エランさんの眼差しが綺麗だったんです」

 アルコールランプは既に尽きており、月明かりだけの真っ暗な寝室に沈黙が降りている。

 スレッタが、やめておけばよかった、と自己嫌悪に陥りそうになったとき。ようやくエランが口を開いた。

「……気付かずに、我慢させていてごめん」

「そんなっ!? 違うんです! 私が、わたしがワガママで」

「でも、そんなワガママが、意地の悪さが僕を助けてくれている。そんな君も僕は大好きなんだ」

 「ありがとう」とエランはスレッタにキスをした。それは酷く繊細な口吻だった。

「僕も、……本当は欲しかったんだと思う。いや、欲しくて、諦めてたんだ」

 互いに泣きそうな表情で見つめ合いながら、背に手を回して抱き合う。脈打つ心臓の音が聞こえそうなほど強く、壊れないよう優しく。

「今度は僕から言わせて欲しい」

 エランがスレッタの涙を拭う。

「スレッタ。君との子供が欲しい」

 スレッタの返事は決まっていた。

「はい、エランさん! ……私もです!」


 ◇◇◇


 誘うようにひくつかせる咲きかける蕾に欲で濡れた昂ぶりをあてがった。

 そして先程までよりも熱い、まるで焼け爛れそうなほどの灼熱が、収縮し蠕動する胎内を押しつぶしながらゆっくりと進んでいく。

「ァッ♡ ……ん、っぁ♡!」

 境目を失くした熱が溶け合い、聞くに堪えない水音を響かせて、混ざり合う。

 体勢を変えたことで深く押し込まれた昂ぶりはゆっくりと長いストロークを続けて、今までとは違う箇所を抉っていく。熱が落ち着いていたはずのスレッタの身体は期待でさらに奥が疼いて、呑みこんでいる熱を奥へと誘導するように、キュウ、キュウ、と締め付けた。

「……っ!」

 一方でエランも、己を喰らうかのごとく離さない柔らかくて熱い胎内で、気を抜けば一瞬で果ててしまいそうな快楽に歯を食いしばっていた。

 腰がぶつかる音が激しさを増して、ストロークの間隔が短くなっていく。

 のたうちまわる甘い痺れに耐えるようにスレッタは手を握りしめて大きなシワを作る。その手首に大きな手が重なって、ギュウッ、と力強く握り締められた。

「ん♡ ンっ、えりゃんしゃ♡♡」

「っ……どうしたの?」

「ちゅぅ、してっ♡」

 薄い舌先が、はしたなく開いた口へと潜りこむ。真っ赤な舌先を吸い上げて、エナメル質の歯列をなぞった。溢れる涎をそのままに、口腔を激しく乱していく。

「ふぁっ、ぅ♡ ぅう♡ んっ♡」

 求めるまま、求められるがまま。深い口づけは酸素を奪っていく。頭がだんだんとボヤけて、視界が霞む。それでふわふわとした心地良さが身を包んでいた。その熱に身を任せていたら、突然の衝撃が襲う。

「ぁっ♡ ん♡ ンッ――……♡♡!!」

「ッ!」

 しかし、それはスレッタだけでなくエランも同じであった。

 舌先に軽く齧りついただけだった。しかし同時に胎内が搾り取るようにキツく収縮して、耐える間もなく昂ぶりの熱が爆ぜたのだ。

 噛まれた衝撃といきなりの射精。同時に襲った快楽の暴力にスレッタの視界に光が走る。離れた唇からは銀色の糸が引き垂れて、一気に肺へと送り込まれる酸素が徐々に視界を戻していくが、それどころではなかった。

 噛まれたと同時に達してしまった恥ずかしさ。そして今この瞬間、自分の腹にはエランの精が注ぎ込まれたのだと思うとスレッタの身体は歓喜に震えていた。



 だが、まだ満足感に浸りきれないのがエランである。スレッタの舌を噛んだのは自分だけれども、思いの外、強い胎内の締め付けに我慢できずに吐精してしまったのが不服でしょうがなかったのだ。

少し拗ねたように唇を尖らせている姿がかわいいな、とぼんやりとした意識でスレッタが見つめていれば、その視線に気付いたエランは力の入っていない腰を掴んだ。

「まだ、出来るよね?」

「……ふぇ? っ、ぁあ、ひゃっ!」

 再び腰を穿たれて、ぐちゅりと音を立てた結合部からは白濁が溢れて脚を伝う。イッたばかりの身体には強い刺激にスレッタが身をくねらせれば、エランはスレッタの耳元で低く囁いた。

「手加減しないって言ったよね?」

「んっ、ひゃい……もっと、……もっとください♡」

「まったく君って奴は……!!」

 エランの「そう煽らないで、」なんて蜜のように甘く痺れる声音に再び奥がきゅんと疼く。そんなことしてない、とスレッタは言いたいのに声を出せずに首を横に振ることしか出来ない。

 スレッタの片脚が持ち上げられ、角度を深めて下生えが触れるほど入ってくる。これ以上なんてない筈なのに、何かを探るかのようにエランは激しく腰を穿ち、幾度も奥を突いた。

「ぅあっ♡ ……お、くっ! 奥、まで、……♡♡ はいっ、てぇ、ぅ♡!」

「……そこがイイんだね?」

 ちゃんと奥に注がないと、とエランが一際深く揺さぶってくる。

 だめ、なんて呂律の回っていないスレッタの身体の最奥、柔らかくも固く閉じられた蜜壺を、ごつごつと当たっていた昂ぶりが抉じ開けるように突き上げた。

「――ひぃッ、ぁ♡!?」

 抉られるたびに逃げ場もない甘い毒がのたうちまわる。過ぎた快楽が悲鳴のような嬌声を作り上げる。

 本能のままにスレッタは白魚のような美しく筋張った肌に再び爪を立てるが、それでもエランは止まらない。

「ひ♡ あ♡♡! ああっ……♡ や、らぁ♡ ……ぇっ!」

 限界に近く張り詰めた怒張に、律動が早まる。

 狂気にも似た快楽の渦に呑まれて脳が麻痺したように、二人は獣のように呻き声をあげて組交した身体を揺さぶりあった。

「……っ! もぉ、ぉ♡ イッちゃ♡ ぁ、イッ、ぁひっ♡ あ、あ、あああっ♡♡♡」

「僕もッ、……もうっ、……ッ!!」

 ひと際に鋭い一撃で、胎の最奥の果てに灼熱の欲が勢いよく注ぎ込まれる。

 終わらない絶頂感、どくどくと注ぎ込まれた熱が脳髄を揺さぶり、スレッタの身体が弓のようにしなった。

 快楽に溺れた肉体の結合部が熱くて、果てて重なり合った身体は境界など溶けて失くしてしまっているのではないかと錯覚する。止めどない快楽のなか揺蕩うままに、降り注ぐキスをぼんやりと受け止めながらスレッタは重い瞼を閉じる。

 しかし胎内に入ったままの昂ぶりは、いまだ大きい。敏感になるナカをゆるゆると擦っていた。

 もはや思考を手放したスレッタはうっそりとした笑みを浮かべて、エランに抱きついた。

「…………エランさんで、いっぱいです」

「――スレッタ、これ以上煽らないでくれるかな」

「ふぇっ!? 煽ってなんか……っ」

「煽ってるよ」

 エランが起き上がって、汗に濡れた長い髪を耳に掛ける。そして獣にも似た表情でスレッタを見下ろしながら、薄く膨らんだ腹を撫でた。

「だから、もう少し付き合ってもらうよ。スレッタ」


 ことさらに乱れていくシーツ。ゴミ箱に捨てられた使用済みのゴム、乱雑に放り出されたランジェリーや寝間着。

 はしたない水音に嬌声とも言えぬ音を部屋に木霊させながらお互いに夢中になっている二人の夜は、未だ明けそうになかった。


 ◇◇◇


 行為が落ち着き、改めて風呂で身体を清めたのは翌日の早朝のことだった。

 エランは足元が覚束ないスレッタを風呂場まで抱き上げて一緒に入ったが、ベッドシーツを片付けるまでの気力はなく、リビングの大きなソファで二人で横になれば、いつの間にか太陽は真上より西に傾いていた。

 ここまでくれば、今日はもう何もしない休日にしてしまおう、と決めこんだ。昼食に近い朝食をとり、再び二人はソファへと落ち着く。テレビを付けて、二人は寄り添いながら、笑い合う。


 ――こんな日々が長く続けばいいのに。


 数ヶ月後、そんな二人の元へ嬉しい知らせが届くのだが。それはまた別の話である。




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