ゲマトリアによる所感
先生、少々お時間いただきますね。
最近ある一人に熱を上げていると聞き及んでおりますよ?自身の足を使って調査しているほどだとか。・・・えぇ、アリウスの教官殿です。我々の方でも彼女についての考察もまとまってきましてね。情報共有でもと思い訪ねさせていただきました。あぁ、お構いなく、紅茶で大丈夫ですよ。
まぁそういった与太は置いておいても我々としても彼女について考えねばならないのですよ。なぜマダムがあそこまで彼女に熱を上げていたのか、彼女は至らぬところはあるといえどゲマトリア、優秀な学者であったはずなのです。「自身を崇高に至らしめる。唯一の存在となる。」彼女の持つテーマはそう表現すると分かりやすいでしょう。しかし彼女のやろうとしていたことは「教官という崇高なる死神を崇高に至らしめる。そしてともに新世界の神となる。」といったものです。どこまでも気位の高いベアトリーチェさえも教官を見上げていたとはなかなかに皮肉めいていますがね。ククッ・・・。
しかし、我々としても考えました。そんなことが可能なのかと。キヴォトス最高の神秘たる小鳥遊ホシノでさえ可能なのかどうかもわからないような行いです。単身で崇高に至り、そして唯一となる。そんな夢物語をなぜベアトリーチェは夢想出来たのか。彼女は教官に何を見出し、彼女を崇める、ええ崇めるといって差支えないでしょう。まるで親が子に無限の可能性を期待するように、なんにでもなれると期待するようにね。
単身で神に至れるような神秘を我々が見落としていたのか?教官殿の持つ神秘はとてつもなく大きなものなのではないか?と我々は考えておりました。しかしベアトリーチェの研究資料等を調べてもそういった事実の根拠は見出せませんでした。彼女の持つ神秘を端的に換言するのであれば「虚」、あるいは「無限」と表現されるものでしょう。際限なく成長する、生涯満たされることのない器。それが教官と呼ばれている少女の抱く神秘であるのでしょう。なるほど、それならば条件さえそろえば人を逸脱することも可能でしょう。えぇ、条件さえそろえば、ね。しかしその条件とはとてつもなく厳しいものとなっている。厳しい訓練を、狂ってしまうほどの実践を重ねてなお足りない。人の器とはそれほど大きなものなのですよ。あなたの御存じの生徒さんの中に人を逸脱した方はいらっしゃらないでしょう?どれほどの訓練を積んでも逸脱はできない物、それが人の、生徒として定められた彼女らの常識であり絶対の法則であるといえるでしょう。
しかしベアトリーチェは彼女にその法則は当てはまらないと信じていました。彼女の残した資料にもそういった旨がするされていました。「崇高なる死神を神としキヴォトスを支配する。」そのための目的として色彩なる物との接触を図っていました。・・・色彩とは何か、ですか?フフッ、それはまた然る時にお話ししましょう。今は無限の力を与える物、とでも認識していてください。我々も完璧に理解してはいないのですよ、かの色彩についてはね。虚の器に無限の力、なるほどそれが為れば単身崇高と至れるでしょう。しかし色彩とはなかなかに危険な代物。間諜なるものはその色彩との接触の故に多大な後遺症を抱くこととなりました。・・・カタコンベで聞いた。なるほど、ご本人と話されていましたか。少々どころではなく不安定なご様子だったでしょう?そんな危険な代物なのですよ色彩とは。
そこまでのリスクを彼女は娘に負わせるでしょうか?間諜を色彩に接触させた時期は定かではありませんが、今現在教官殿は色彩に触れていない。おかしいと思いませんか?接触できることは分かり、ベアトリーチェは教官の力を盲信していた。即座に接触させ、崇高に至ってもらうことも考えられたはずです。しかし為さなかった。時期を待っていたとも考えられますが、こうも考えられるでしょう?「本当に単身で崇高に至れると信じていた。」えぇ、我々もそう考えました。不可能であろうことを教官殿は可能とする力があるのではないか。彼女の持つ力は無限の器だけではないのではないか。もしかすると学習能力のようなもの持っているのでは?携帯端末が勝手にアップデートされるように、彼女自身がアップデートされるのではないか?などなど・・・直接調べなかったのか、ですか。そうしたい思いはありましたよもちろん。我々は学者、調査とは自身の手で行いたいものなのですが・・・はぁ・・・。
我々は教官殿に蛇蝎のごとく嫌われておりましてね。「次顔見せたら殺す。」とまで言われているのですよ。故に直接接触し調査することも難しく、彼女については伝聞とベアトリーチェの残した資料から考察するしかないのです。行き詰まり、適当に考察して次の興味に移ろうかと思っていた際にベアトリーチェの手記にある記述を見つけました。「教官殿には妹がいた。天真爛漫、明るく太陽のようであったとね。」どうやら教官殿から聞いた話のようで、確かなことでしょう。内乱によって命を落としてしまったとか。悲しい話ですね。しかし我々はそこに新しい可能性を見出しました。姉妹であれば神秘の譲渡が可能なのでは?あるいはその妹に譲渡することのできる神秘があれば?とね。・・・おやなんですかその目は。人が死んでいるのにそんなことを考えるなんて、と。ククッ、悲しんではいますよ。しかし我々の興味は、探究心はそんなものには抑えられないのですよ、先生。
ここからは妄想も含まれるような、世迷言なのかもしれません。ベアトリーチェは教官に「エルシャダイ」を見出していました。・・・聞いたことがありませんか?簡単に言えば全能なる神、とでも言いましょうか。もっと奥深いものではありますが、専門家ではない私は軽々に口を出せる物ではありません。それほどのものを教官殿は持っているとベアトリーチェは信じていました。しかし、我々にはそんなものの欠片も見出せなかった。我々は彼女にかの異端の民を率い楽園を目指した預言者の姿を幻視しました。・・・「異端の民を率い楽園を目指す。」心当たりはあるでしょう?正に、といったところですね。石板に戒律を刻み、あまねく艱難辛苦を受け入れ飲み込み、全てを背負い楽園には至れず、と。
少し話しがずれましたね。妹君のお話です。簡潔に言いましょう。恐らく妹君が「エルシャダイ」なのでしょうね。全ての願いをかなえ、全能たる存在となる、そんな運命を抱くのが妹君だったのでしょう。・・・えぇ、あり得ない。そう考えるでしょう。しかし、あなたの知る生徒さんにも神秘によって苦しむ方がいるのでは?人の、生徒の身には余る力なのでしょうね。そして教官殿の妹君はその最たる、であったのでしょうね。短命であるのならば「その程度」と表現できる程度の力を持っていた。えぇ、願望器とさえ言い表せるような力、まともに死ねれば幸いとさえ考えられるものです。しかし、彼女にはとてつもない幸運がありました。決して満ちぬ器たる姉がいた。であれば・・・おや、お気づきですか。
フフッ。こんなことが実際にあったとすれば、再現性など考えられず奇跡と呼ぶ事すらおこがましいのでしょうね。「無限の器を持つ願望器」それが実現するにはいくつもの奇跡が重なっても不可能であるといえるでしょうね。そんなことを可能にするのはきっと・・・「愛」というものなのですかね。・・・なんですか、そんなに私が愛を語ることが意外ですか。自分の事を顧みず、個人に対しての献身。我々には共感しえないモノですね。しかし、理解はできます。あなたはいかがですか先生。愛なるものを抱いたことは?たった一人のための献身、他の人なんてどうだっていい。この人の、この子の願いのためならばなんだってできるそういった思いは果てしなく純粋でどこまでも尊い物なのでしょうね。
もちろんこんなのはただの妄想です。信じるか信じないかはあなた次第、ですよ先生。しかし、我々ゲマトリアとしては、こうなのではないか、といったところですね。どうやら今日面会にいかれるとか。お話が弾む事を心より祈っておりますよ。
ではまた。何処かでお会いしましょう