ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー 

ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー 

ハロウィンの人

 余りにもリバティアイランドが駄々をこねるので、ほんの少しだけ中央宙域に向けて艦を進めることにした。

 とはいっても、リバティのための燃料補給とユーガのための食糧補充を済ませるだけのことだ。端の端の中立地帯、間違っても連合王国や同盟の管轄域には入らない──そう念押しするユーガに対し、我の強い少女艦は不満げに声をあげた。

〈本当になんでですか、ユーガさんのケチ〉

「ケチじゃない。……レジスタンスメンバーに立ち会う可能性のあるところまでは戻らない。それでもいい言ったのは自分やで、リバティ」

〈………………うーーー〉

 納得いかないというようにリバティが鳴く。ユーガは愛機の手綱を握りながら短く息を吐いた。

 連合王国にはサンデーから逃れてすぐに1度だけ連絡を送った。力及ばずサンデーの手中に落ちたことへの謝罪、このまま中央を離れること、かけてもらった期待と信頼を裏切ることへの謝罪、そして、Dの称号を返上したいという申し出。簡潔に、しかし必要なことは全て述べたそのメッセージに王国からの返信はなかった。所属ライダーのみに許された専用回線で送ったため届かなかったとは考え辛い。答えのないことが答えだったのだろうと解釈している。

 彼らが今さら自分を探しているとは思わないが、もしも探知されたらという不安はある。連合王国側に用はなくとも、U-1から依頼されたノースヒルズ同盟が連合王国に捜索協力を頼んでいて……という可能性が十分にあるのだ。私用もいいところだと思うがあの同盟は首脳部がとにかくU-1に甘い。彼が頼めば頷くだろうという確信があった。

 それはつまり、U-1は自分を探しているだろうという確信でもある。見捨ててくれていたらいいと思う。忘れていてほしいと願う。けれど、そんな風に切り捨ててくれる人ではないなという信頼がある。きっとショックを受けているだろうに、それでもU-1は自分を諦めてくれないのだろう。そういう人だから、仕方ないなと笑って傍にいた。

 ユースケだってきっとそうだ。分かっている。洗脳された後の戦いで自分は何度も彼を傷つけたが、ユースケはそれで嫌ってはくれないだろう。

 レジスタンスのメンバーに、あの闘いを共に過ごした仲間を見捨てるような者は誰一人としていない。ライダーは共に宇宙を駆け、共に命を守り合う者だからだ。あの心地よい団結を知っている彼らが仲間の手を離すことなどないだろう。

 要するに、だからこそユーガはこれ以上中央に近づきたくないのだ。レジスタンスメンバーの所属は広範に渡りすぎていて、どこで網に引っ掛かるか分からない。

〈……戦時中は中立地帯にもレジスタンスの簡易拠点があったそうですね。私のサーチによれば今も機能を残しているところもあります〉

 考え込んでいたユーガの思考をリバティの声がさらう。最近とみに知恵のついた少女がよからぬことを考えていると気づいて、ユーガはすぐに止めた。

「お嬢さん」

〈それを言えば私がご機嫌になると思わないでください!嬉しいですけど!でもダメです!〉

「あなたが旅の間に色んなことを学んで成長してるのは嬉しい。本当にいつもよく頑張ってくれとる」

〈そうでしょう!私はN・Mインダストリーズの期待艦ですから。先生もメカニックの皆さんも沢山可愛がってくれました〉

「うん。皆の期待に応えてよく走ってくれてる。リバティは教えたことをちゃんと守って頑張ってくれる子や」

〈えっへん、ありがとうございます〉

「じゃあ復習しよか。N・Mの皆や俺と約束したことは?」

〈基本じゃないですか、メカニックやライダーとの約束は守……………………まも……〉

 るんるんと声を弾ませていたリバティが黙り込む。どさくさ紛れにリバティが変えていた航路を修正しながら、ユーガは追撃を入れた。

「お嬢さん、航路は俺が決める約束をしましたね?」

 柔らかな口調で、けれどしっかりと言い聞かせるように。ユーガのさした釘に、自由で自我がしっかりしていて、それでも人間が好きで甘えたで素直な少女艦は、たっぷり10秒の沈黙を挟んでから降参した。

〈分かりました!もうっ!〉

「ん、堪忍な」

〈しょうがないですね、ユーガさんは。いいです、私がいっぱい一緒に走ってあげます。危なっかしくて私以外の艦に任せる方が今は不安ですからね!〉

 文句を言いつつも聞き入れてくれるところは可愛らしいものだ。ぷんぷん怒ってみせるリバティに労いの言葉をかけて、ユーガは少しだけ口もとをゆるめた。

 サンデー時代、イケゾエ1世の鶴の一声で任されたのが彼女だった。

 より詳細には

──レジスタンスのエースが折角ウチに来たんやで?良い艦に乗せて活躍してもらうのが力と正統性を兼ね備えるサンデーキングダムとしての振る舞いやろ。サンデーにはあんな凄い艦があるんやって宣伝にもなるしな!

 という、調子に乗っていたのか打算なのかいまいち判断に困る国王命令により、当時処女航海を待っていた新造艦の中から任されたのがリバティアイランド号だ。

 洗脳状態にあったせいで、正直に言えばユーガはサンデー在籍中のきちんとした記憶がほとんどない。ある時はどろどろと微睡んでいるようで、ある時は頭の割れるような痛みに押し潰されるような、そんな時間に晒されていた。

 ただ唯一、宙に上がる時だけは。リバティアイランド号とともに駆ける時とそれに関わることの時間だけは、自分が"ユーガというライダー"であることを鮮明に意識していられた。あの泥のような微睡みの中で、リバティと過ごす時間は全て特別だった。 

「リバティアイランド」

〈なんですか?〉

「ありがとうな、……いつも、ずっと」

 リバティがついてきてくれたから、自分は孤独になりきれなかった。独りにならなかった。背を向けて自分を責めて悔いて怒って、それでも、この広い宇宙を生きてこれた。遠い仲間たちの無事を祈りながら、行く先も定まらぬ旅を続けてこられた。

〈今更じゃないですか〉

 リバティアイランドが笑った。いつの間にか大人になったのだろうかと思うほど軽やかで悠々とした調子だった。

〈先生に「お前のライダーやで」って紹介された時から、私はユーガさんとどこまで走れるかなって演算してるんですよ?あなたとの答えが出るまでいてくれないと、私だって困ります〉

「………………おとなになるんやなあ、こうやって」

 旅をして自我を豊かにして成長していくリバティの、今の姿を改めて見せつけられたような心地だった。足踏みする自分の前で、彼女はこんなにも。


 《《──………………ガ、……──ユーガやんな?》》


「──────ッ……!」

 1人と1隻の間に割り込んできたのは、ひどく不安定な無線だった。

「リバティっ」

〈オープンチャンネルじゃありません!非公開の……これは…………私に搭載された……………………〉

 発信源をチェックしたリバティの音声が止まる。まさか異常がとコントロールパネルに手を伸ばしたユーガの耳に、愛機の揺れる声が落ちる。

〈……………………せんせい……?〉

 嘘だ、と漏らした声をひどく間抜けだなとユーガは他人事のように思った。当然つまらない逃避だ。

 リバティアイランドが先生と呼ぶ人物など1人しかいない。リバティにとってもユーガにとっても大切で、ユーガにとっては兄のように慕ってきたひと唯1人だ。

「………………みーくん」

 喉が震える。咄嗟に返した返答にまずいと逆らう理性が個人回線を閉じてしまう前に、向こうが畳み掛けてくる。

《やっぱりユーガや。良かった。リバティに乗ってへん訳ない思て、近く通らんかなって色んなとこでチャンネル開けてたんや。良かった。やっと》

〈先生、先生!私です、リバティアイランドですよ〉

《うん、うん。聞こえとるよリバティ。元気そうやな。俺な、いま近くの旧レジスタンス拠点から通信してんねん。座標送るから、もうちょい通信安定させられるか?》

〈もちろんです、すぐに〉

「待て!!…………まって、みーくん、……待って」

 喜びに満ちたリバティアイランドと安堵を広げるミツマサの間に、ユーガの悲鳴じみた制止が飛び込む。ハッとしたようにユーガさんと呼んでくる愛機に待てと合図をし手綱を握りながら、ユーガは眉間にぎゅっとシワを寄せて口を開いた。

「……みーくん、なんで」

 何に対するなんでなのか自分でも判断がついていなかった。なんでここにおるん?なんでいつ返信がくるかも分からんプライベートチャンネルをずっと試してたん?なんで、なんで待ってたん?

《……ユーガ、元気か?》

 ミツマサの声は穏やかだった。

《リバティはバイタルチェックもしっかりできるよう設計してある子やから滅多なことあらへん思うけど。元気か?病気してへん?怪我は?》

「だいじょうぶ………………大丈夫、やから」

《そっかぁ、大丈夫か。な、ユーガ。俺らも元気しとるよ。うちの皆も、レジスタンスの皆も》

「………………良かった」

 眉間に籠る力がどんどん強くなる。つくった拳が震えて、頭のなかに色んなものがよぎる。

「……みーくんたちも、無事で、良かった」

《あはは、まあなあ。サンデー崩壊のどさくさに紛れてなんとか皆で脱出したんや。決戦直後のバタバタしてた時期は連合王国やキャロット宇宙警備隊が仕事回してくれて、無事に立て直したよ》

 ミツマサとはサンデーに連れ去られる前からの交流がある。ユーガがレジスタンスに加わったのは連合王国からの指令の他にも、彼らの支配域に留められていたミツマサたちを救いたいという個人的な目的もあった。結果的には自分も司祭の洗脳でサンデーに行ったのだが。ユーガはあの頃じぶんがミツマサたちとどんな会話をしてどう接していたのか、まるで覚えていない。

《ユーガ》

「……うん」

《後のことは自分で決めたらええよ。それでええから、もっかいだけ、俺らを手伝ってくれへんかな》

 ミツマサは相変わらず穏やかで優しくて、けれど今はそこに僅かばかりの焦燥が滲み始めているような、そんな気がしてユーガは思わず聞き返した。

「……何があった?」

《ちょっとな、困ってんねん。ほんまは、ユーガに聞かせる話じゃないかもしれへんけど》

 ミツマサがぽつぽつと語り出したのはユーガにとって悪夢の再来のような話だった。

  中央宙域の各地でライダーたちが襲われるという事件が発生し始めていること。犯人たちがサンデーの勝負服を纏っており、新生サンデーキングダムが再び宇宙征服に乗り出したのだと噂され始めていること。だが肝心の前国王であるイケゾエ1世は現在放浪の旅に出ておりどこにいるか分からないこと。

「………………サンデーが」

《うん。そう言われてる。今日もな、俺がここに来たんはもしまた戦いになったらこの拠点も再稼働するやろな思て先に見に来てん。ここ割とおっきな整備施設あるし。たぶん、そろそろ同盟や警備隊がレジスタンスに話通すんちゃうかなあ》

 ミツマサの話を聞きながらユーガは沈黙する。自分をつくった組織がまた悪事を働いているなんて話をリバティに聞かせて良かっただろうかと懸念しながら、彼は頭の片隅でどこか冷静になり始めていた。

「………………みーくん」

《うん》

「それ、ほんまにサンデーなんか」

《…………ユーガもそう思う?》

 やっぱなぁ、あの王様や秘書官さんがこんなことする思えへんよな。

 ミツマサがあっさりと言う。ユーガは同意を示し、静かに言葉を添えた。

「記憶なんかほとんどあらへんから、俺の感じた人柄なんて間違えとるかもしれん。やけど、微かに覚えてる……リバティについて話してたときの感触を信じるなら、あのとき最後まで残ってたサンデー幹部に今更こんなやり方をとるような人は、おらん」

《俺もそう思てる。前国王時代のサンデーは確かにあちこちに迷惑かけたよ。でもこれはな、違う。……やけど、いまサンデーを名乗る集団によって被害を受けてるライダーたちが出てるのは事実やねん。さっきも言ったけど、このままだと確実にレジスタンスとぶつかる》

 ユースケやキャロット仮面や宝塚トップスター仮面が、また宇宙戦に飛び立つことになる。教壇に活躍の場を移したU-1がまた本分と違う役目を負うことになる。

「──嫌や」

 それは違う。そんな未来は望んでいない。

「無事でおってくれたら、それで良かったのに」

《……な、ユーガ。もっかいだけ、俺らを助けてくれ。この事件だけは、俺らは逃げたらアカン。旧サンデーにおったものとしての責任がある》

「うん。……うん、分かってる」

 ユーガは頷いた。何度も首を縦に振って、そっと目の前のコントロールパネルに視線を落とし、指先で撫でた。ディスプレイに表示されるリバティからの〈一緒にいきましょう〉。

 1度だけ目を瞑って、息を吐く。震えそうになる背筋を伸ばして、手足に力を込めた。

「──分かった、俺が、リバティと闘う」

《ユーガ、やったら》

「でも一緒にはおれへん。俺たちだけで動く」

《ユーガ》

〈ユーガさん〉

 リバティとミツマサの声が重なる。ユーガはゆるゆると首を振った。

「いま動きを派手にして向こうに勘づかれたらまずい。警戒されてもっと深くに潜られたら?中央宙域のライダーにはほとんどコネクションのない辺境に根を張られたら?……旅をして分かった、あっちとこっちは世界が1つ違う。暮らしてる人が同じようで違って、敷かれた常識も良識も差異がある。良い悪いじゃない、ただ事実として違いがある。黒幕に辺境まで逃げられたら間違いなく泥沼になる」

 サンデーを名乗る意味。それを画策しそうな人物。いまはまだ当てずっぽうでも、ユーガには1人だけ心当たりがあった。言いがかりに近い疑念でも、お前はまだ沈んでないんだろうと言い切れる相手がいた。

「やから身軽なまま動かせてほしい。何か分かったら必ずみーくんに知らせるし、それをレジスタンスに伝えるのも警備隊や同盟に知らせるのも好きにしてくれて良い。そっちに何かあったら必ず駆けつける。今度こそ助ける」

 単騎ならば自分に何かあってもレジスタンスや主要組織には迷惑がかからない、という魂胆は飲み込んだ。ミツマサにそんなこと聞かせられないという理性はある。

「頼む、みーくん。俺とリバティはこのまま行かせてくれ」

 論破しようとすれば幾らでもできる我儘だと分かっている。それでもユーガは、ミツマサに甘えて、頼み込んだ。

《……………………》

 長い沈黙が落ちる。ユーガもなにも言わず待った。

 何分も何分も経って、やがてミツマサがこう尋ねた。

《リバティは、それでええ?》

〈いいですよ〉

 リバティの答えはいつものように軽やかだった。

〈だって先生たちと約束したじゃないですか。ユーガさんともしました。私、この人の相棒なんです〉

 少女の声が笑う。悪戯っぽくて甘えん坊で気ままな、チームの皆が可愛がってきた愛らしさで。

 困ったように、ミツマサが笑った。

《知らん間に仲良しになられてもうたなあ》

「ごめんな」

《…………んん、ええよ。ユーガが頑固なん今に始まったことちゃうやん。俺も別に100%飲んでもらえる思て交渉してへんねん、実は》

 ありがとう、頼むな。

 ミツマサの声音はすっかり平静で嬉しそうで、ユーガは少しだけ微笑んだ。彼のこうした姿も守りたいと誓う。

《これまでの情報、圧縮データで送っとくな。自由に飛んでくれたらいいから、どこ行くかと帰ってきたかは教えて。……あらぁ、嫌だ、保護者みたいなこと言うてもうた》

「ふはっ。……みー兄ちゃんでリバティお嬢さんの先生やもんなあ」

《せやね。ユーガ、リバティ、元気に帰っといで。次は会わしてな》

 返答に迷ってすぐに答えなかったユーガをミツマサは責めなかった。リバティも仕方ないですねえと大人ぶってみせる。

 ミツマサから送られてきたデータをすぐに展開してくれる愛機に礼を言いながら、ユーガは素早く情報を洗いだし、ひとまずの調査地点を定める。

 行き先を伝えるとミツマサが分かった気を付けてなと頷いて、ユーガはすぐさま艦を動かし始める。

「じゃあごめん、すぐ行くから」

《──あ、ユーガ、いっこだけ》 

「……ん?」

《ユースケやU-1先生にも言わへんからな。自分で会いや》

「……………………ん」

〈歯切れが悪い!もう、任せてください先生。いざとなったら私がデリバリーします〉

「お嬢さん」

《うんうん、リバティは賢いなあ。頼むな》

「みーくんまで…………認識阻害、復習しとかな」

〈ユーガさん!〉

 リバティがまたぷんぷん怒り、ミツマサがまた笑う。俺はこれを守らなければと強く思いながら、ユーガは一言、随分と久しぶりの言葉を発した。

「みーくん」

《うん》

「…………いってきます」

《────いってらっしゃい、俺らのエース》

 

 


ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー

かくて旅人は




 黒い宇宙を艦が進む。煌めく星々を縫って、人々の町並みを見下ろして、日常を営む宇宙港を遠目に、リバティアイランドが駆けていく。

 ユーガは星明かりを見つめながら、昔のことを思い出す。

──ユーガがおるから後は任せられるしな。あとのこと、頼むな

 傷つけたくない。U-1もユースケもミツマサもレジスタンスの仲間たちも今度こそ。簡単な事件にならないことはもう予想できている。だからこそ、例えそこに己の存在がまた帰れなくとも彼らが無事でいてくれるならそれはユーガにとっての希望だ。

──お前になんかあったら俺が助けたる。俺が困ったらお前が助けてくれ。それでええ

「………………わかっとるよ、ユースケ。……分かってる」


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