ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー いつか来る赦し

ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー いつか来る赦し

サンデーキングダムの人

「今日は携帯食料が安いよ!さあ買った買った!」

「今固形燃料を買うとおまけがついてくるよ〜」

ユニヴァースを放浪中のユーガがやって来たのは、入り組んだ路地に所狭しと屋台が並ぶスペースキャラバンであった。この定期市は辺境において中央の物資が安く手に入る貴重な機会であり、ユーガがここを訪れたのはそのためであった。それに、市はすれ違うだけで肩と肩とがぶつかり自分の進路を確保するのがやっとの混み具合で、互いの顔など見ている余裕がない。仮面で顔を隠しているとはいえ素性を知られたくないユーガにとって、このようなごちゃついた場所はうってつけであった。

物資の購入てがら小腹を満たすため屋台で軽食を買い、飲食のため設けられたベンチに腰掛ける。一口齧ると甘いソースの風味が口いっぱいに広がった。

そういえば携帯食料とサプリメント以外の物を食べるのも久しぶりだ。ユーガは軽食を齧りながらそんな事を思った。人助けの礼にと食事に誘われた事も一度や二度ではないが、道を踏み外し仲間を傷つけた自分に暖かな人の輪に加わる資格はないと、適当な理由をつけて断ってきた。


『栄養バランスは取れてるのでまだいいですけどー……たまにはちゃんとした食事を摂ったらどうですか?』と事あるごとに苦言を呈してくる愛機は今も自分の行動を感知しているのだろう。これで小言も減るだろうか、と珍しく俗っぽいことを考えていたユーガは、いつの間にか自分の隣に1人の若者が座っていたことに気づいた。

「いつからおったんや」

ユーガは気配をまるで感じさせなかった若者に警戒しながら声を掛けた。若者は威圧感を出してきたユーガに一瞬怯んだが、すぐにむっとした顔でこう答えた。

「いやだって、『お隣いいですか』って聞いたら『ああ』って言ってくれたじゃないですか」

「記憶にない」

「いやいや本当ですって!何か上の空な返事でしたけど」

若者の言を信じれば、考え事をしているうちに話しかけられ、反射的に返事をしたのだろう。食事ですっかり気が抜けてしまったことにユーガは大いに反省した。この調子ではいつか正体を晒してしまうかもしれない。

怪しまれないよう横目で若者を観察する。パイロットスーツの上からでも分かる鍛え上げられた身体、使い込まれているが手入れのきちんとされたライダーブーツ、そして所属を表す勝負服は、

(……ノースヒルズ同盟の防衛部隊か。こんな辺境で何を)

そう心の中で呟いた。ノースヒルズ同盟。ユニヴァースいち美しいとも言われるノースヒルズ高原を首都とする惑星同盟で、ユタカナンバーズのひとりであるタケユタカ44号の所属先であり、何よりユーガの尊敬するU-1はこの同盟の出身であった。

余計なことを言わないよう一心不乱に軽食をぱくつくユーガに向かって、「聞きたいことがあるんです」と若者が話しかけてきた。

「俺、人探しのためにあちこち回ってるんです。キャラバンなら色んな所から人が来るから、何か手がかりが見つからないかなって」

まさかU-1が同盟の上層部に掛け合って捜索願でも出したのだろうか、とユーガの身体に緊張が走った。まだ自分で自分を許せていないのに、まだ気持ちの整理ができていないのに、皆の前に引きずり出されたらどうすればいいのだろう。

ユーガの焦燥は表に出ずに済んだらしく、若者はこちらの様子を気にする素振りもない。

「この人なんですけど、何か知りませんか」

そう言って若者が差し出してきた写真に写っていたのは、ユーガにとって想定外の人物だった。コイツは確か、と口をついて出かかったのをどうにか飲み込み、写真をまじまじと見つめる。

「本当にどんなことでもいいんです。一瞬見かけたとかでも。俺、ううん、俺たちみんなアイツの帰りを待ってるんです」

写真の中で爽やかな笑顔を浮かべているのは、各地で反乱分子の情報を集めて回っていたサンデーキングダムのスパイにして遊撃隊員、スタニング=メテオ=ローズに他ならなかった。


若者とメテオはどのような関係なのか、自分のように後ろめたいことがないはずの彼がなぜ行方知れずなのだろうと頭の中が疑問符でいっぱいになったユーガだったが、その疑問はすぐに解消された。

「コイツ……メテオは学校の同期なんです。卒業してしばらくは2人で一緒に仕事してたんですけど、アイツが都会に出たっきり連絡がつかなくなってしまって。度々目撃情報はもらえるんですけど、結構な頻度であちこち動き回ってるみたいで中々出会えないんです」

あの競走艦マニアのことだ、おおかた連絡そっちのけで各地で艦を見て回るうちにサンデーキングダムにスカウトでもされ、今は好奇心の赴くままユニヴァース中を旅しているのだろう。ユーガには洗脳されている間の記憶は朧げにしか残っていないが、サンデーキングダムが保有する宇宙艦の性能をやたら熱く語っていたことだけは何となく覚えている。

ユーガは若者の悲痛な様子に思う所があったようで、長いため息をつくと、ついに口を開いた。

「知っとる。知っとるが、最後に会ったのはかなり前や」

それを聞いた若者はぱあっと顔を輝かせ、矢継ぎ早に質問をしてきた。

「本当ですか!かなり前って具体的にどのくらい前ですか?どこで見たんですか?アイツ何してました?」

「サンデーキングダムの崩壊直後にサンデーの王都で見かけた。あんまり関わらんかったけど、やたらと競走艦のスペックについて語っとったのは覚えとる」

流石にメテオが悪の王国の手先であったことと自分の素性がばれかねない情報は伏せたが、それ以外はすべて事実だ。

「大した情報やなくてすまん」

あまりにざっくりした情報で申し訳ないとユーガは若者に謝罪したが、若者は思いがけない収穫に嬉しそうな表情を浮かべている。

「いえいえ!地名が出ただけでも儲け物です!とりあえず旧王都まで行って、他にアイツを見た人がいないか聞き込みしてみます」

話し終えたところでちょうどよく軽食を食べ終わった。ユーガは軽食の入っていた包みを小さく畳んでゴミ箱に捨てると、リバティアイランドを停泊させている港に足を向けた。

じゃあな、とその場から立ち去ろうとするユーガの背に向かって若者が叫んだ。

「あの!もしメテオを見かけたら伝えてくれませんか!同期みんな、お前が帰ってくるのを待ってるって!俺……ジャン野がそう言ってたって!」

「ああ分かった。もし会えたら伝えておく」

ユーガは若者——ジャン野に背を向けたまま手を振り、リバティアイランドが停泊しているドックへと向かって歩き始めた。


〈お帰りなさいユーガさん。久しぶりのちゃんとしたご飯はどうでしたか?〉

艦に帰るやいなや、リバティアイランドは軽食の感想を求めてきた。ちゃんとした、を強調してくる辺り、ここ最近ユーガがまともな食事を口にしていなかったことをよほど心配していたようだ。

「なかなか美味かった。たまに食う甘いもんはやっぱりええな」

〈それは良かった!ユーガさんも久しぶりに嬉しそうな顔してましたよ〉

ウキウキとそう話すリバティアイランド号は、少女のような声も相まってまるで心の底から喜んでいるようだ。その様子にユーガも思わず口元に笑みを浮かべる。

談笑ののち、やや間を置いてリバティアイランドは別の話題を切り出した。

〈あの男の人……ジャン野さんでしたっけ、メテオさんのこと探してましたね〉

会えるといいんですが、とリバティアイランド号は心配そうだ。先程までの楽しげな様子は鳴りをひそめ、声のトーンが数段下がった。

「ああ、でもアイツはサンデーの所属やったから、旧王都まで辿り着けば誰かしら何か知っとるやろ。それにミユ=ピーさんとかひとが良いから手伝ってくれるやろうし、連絡先だって分かるかもしれん」

悪の王国として君臨していたサンデーキングダムの所業は許される物ではないが、そこに所属する人々が悪人ばかりではないことをユーガは知っている。きっとジャン野の目的に快く協力してくれるだろう。

「そろそろ出るぞ」

〈次はどこへ向かいましょうか?最近色んな事に巻き込まれて大変だったので、たまには人の少ない場所に行くのもありだと思うんです〉

リバティアイランドは近隣の宙域地図をモニターに表示し、めぼしい惑星をいくつかピックアップした。ここまでの旅で多くの情報を収集できたことで、以前の宙域地図よりもデータが増えている。

彼女の言うことも一理ある。ここの所ごろつきをとっ捕まえては保安官に突き出すのを繰り返してきたが、さすがに心身ともに疲労が溜まっている。一度人里を離れて休養に充てるのも悪くない。

「そうやな、少し休むか」

宙域地図の中にめぼしい惑星を見つけた。港街をはじめ小さな集落は点在しているものの、地上の大半は森林だという。ここならこの間のようにごろつきが来る事もないだろうし、人目につかずゆっくり休めるはずだ。ここへ行こう、とユーガはリバティアイランドが示してくれた惑星の一つを指すリバティアイランドは分かりました、と言って離陸シークエンスに入り、ユーガも離陸準備を始めた。


『俺たちみんなアイツの帰りを待ってるんです』

離陸準備のさなか、ユーガはふとジャン野のことを思い出した。いつまでも帰らない同胞を待ち続ける辛さはよく理解しているつもりだったが、いざああいう状況に置かれた人間を見ると心苦しい。今ごろ仲間達はあんな風に自分を待ち続けているのだろうと思うと胸が痛む。

(……それでも、俺は戻れん)

王都を離れてからというもの、光に向かって歩を進めようとするたびお前の罪を赦すまいと、どろどろした闇が身体に纏わりついては動きを阻んできた。あの優しい人々のもとにこんなものを連れて行くことなどできず、逃げるように辺境へとやって来てしまった。

仲間達が自分の不在をどう思っていようと、彼らが幸せであってくれるなら十分で、そこに自分のような咎人がいるべきではない。ただ、ユーガの頭の中には、行方の知れぬ友を思うジャン野の悲痛な顔がいつまでもこびりついていた。




Report Page