ケイの夢

ケイの夢


「ミドリ、これで大丈夫そうか?」

「うん、バッチリ」


ミドリがスマホを構え、写真を撮る。レンズの先には壁にかけられた絵画がある。


この前ミドリが「背景に何かしらの美術品を描きたい」と言っていたから、どこかの美術館に行くことを提案したら乗ってきた。ネットで写真撮影OKな展覧会を調べた所、ちょうど俺が行ったことのあるワイルドハント自治区の美術館でいい感じの展覧会が開催されていたため、そこにミドリを連れて行くことにした。


そしたらケイが自分も行くと言い出し、それを聞いていたモモイもその場のノリで参加を表明。人数が多くなったため護衛も兼ねて東雲も同行が決定、外に出たくないユズを除いた6人(アリスとケイを二人として数える)で行くことになった。


「ってあれ、モモイどこ行った?」


「モモイちゃんならあっちだね」


「え?うわ、もうあそこまで行ってんのか」


「ロクに作品も解説文も見てなさそう…。モモイちゃんらしいと言うかなんと言うか…」


「お姉ちゃんが美術作品に興味持つわけないし…何で来たんだろう」


東雲とミドリが苦笑している。にしたってアイツ何やってんだ?入館料だってタダじゃないのに、勿体無い。


「追う?一応護衛でもあるし」


「ゲヘナじゃあるまいし、流石に大丈夫だろ。周りに気を配りつつ好きに楽しんでくれ」


「了解」


モモイに防犯ブザーでも持たせておくべきだったかな?


『17世紀の絵画ですか』


気を取り直してミドリが熱心に資料写真を撮る横で、ケイが話しかけてくる。


「だな。解説文曰くネーデルラントの絵画らしい。いいよねぇこの時期のネーデルラント絵画」


この時期のオランダ絵画は他のヨーロッパ諸国に比べ宗教画が少なく、歴史画や風俗画、静物画が多い。それはスペインから独立し、新たに海上の覇権国として台頭するオランダの気風、先進性…というわけではなくオランダで強かったカルヴァン派の影響である。教会に宗教画を飾ることを禁止していたからな。


「フランドル派から引き継いだ写実主義と、あの地方の綺麗な風景が合わさって良い作品が本当に多いんだよな。もちろん人物画や静物画も好きだけど」


『まあ私の方が上手く描けますが』


「いや何に張り合ってんだ…あと、プリンターに接続して写真を現像するのは絵を描くとは言わんだろう」


『人間が手を使って対象物を描く。私がインクジェットを使って対象物を描く。根本的には同じだと思いますが?』


「確かにそうなんだが何か違う気がする…」


『ガイノイド差別ですか?』


「違う…はず、多分。それに、人の絵画には写真とは別の良さがあるからな」


『…よく分かりません』


「うーん…ここら辺の話は本当に感性の話だからなあ。ケイの言うような『写真で良いじゃん』という意見もわかるんだが…」


特に写実主義が好きな俺からすると中々反論が難しい問題だ。だが、ケイのこういう感覚は聞いているとかなり面白い。俺とは全く感覚が違う。


「…そういや、それなら何でついてきたんだ?」


『今更それを聞きますか?「人の事を知ってほしい」と言ったのはあなたでしょう?』


「別につまらないなら無理して付き合わなくてもいいんだぞ?」


『つまらなくはありませんよ。理解できないことは理解できないことで楽しいものです』


「アリスが寝取られた時も?」


『また殴られたいみたいですね?』


「すいませんでした」


『全く…「ケイ、そういう時は【覚悟してください 拳を打ち込みますッ】って言うと良いですよ」…やっぱり殴って良いですか?』


「今のは俺悪くないだろ。アリスが知識をスポンジみたいに吸収するのが悪い」


ケイがジト目で俺を見つめてくる。アリスに素質があっただけって、それ一番言われてるから。


──────────────────────


それから3時間ぐらいかけ、展覧会も最後の方までやってきた。じっくり見てるとどうしても時間がかかる。


「うん、好みの絵が多い展覧会だった。来てよかった」


『良かったですね。私としては次は現代アート、前衛美術系の展覧会を見たいですね』


「ケイって現代アート好きだよな。ちょっと羨ましいぞ」


『先ほども言いましたが、写実画なら写真で良いと思えてしまうので。それに比べ、キュビズム以降の前衛芸術は作者の哲学や人生が表れます。私からするとそちらの方が興味深く思えます』


「人を知る、という意味でも良い機会か。ああいう人種はちょっと例外な気もするが」


それにしても…


「随分と熱心に色々学ぼうとしてるな。勤勉なタイプだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった」


『…』


ケイが、少し微妙な表情をする。


『別に、それほど勤勉なわけではありませんよ。王女の願いだから、こうしているだけです』


「アリスの?」


『…私は、あの事件の後、王女と話し合った時に王女に「なりたい自分になって良い」と言われました』


「あ〜、何かそんなこと言ってたな」


『王女は、別に私が何者かになることを強制しているわけではありません。しかし、同時に私が鍵、従者以外の何かになりたい、と思えるようになることを望んでいます。王女がアリスに、そして勇者になる事を望み、使命から解き放たれたように』


「…」


『しかし、私は王女を支え、世界を滅ぼすために作られた存在。それ以外に、なりたい存在などありません』


「うん」


『だから、知らなければならないのです。私は何がしたいと思えるのか、何になりたいと思えるのか。そのために…』


「色々見て回ってるってことか。またバカ真面目な」


アリスの言葉や願いをだいぶ重く受け止めているようだ。まあケイにとっては主の言葉なのだから当然か。ついでに言えば、俺がケイを「王女の従者としての使命だけでも果たさないか」という方向で説得した結果なのか、未だにケイはアリスの事をアリスではなく王女と呼ぶぐらいにはアリスに対して親愛とは別に忠誠心を持っている。こうなるのも仕方ないっちゃ仕方ないが…。


『…あなたは』


「?」


『あなたは、私は何になれると思いますか?』


「…俺は、ケイのなりたいものを決めることはできんぞ?」


『あくまで何になれると思うかというだけで、参考です。選択肢は多い方が良いですから』


「…そうだなぁ…ゲーム開発部のマネージャー?」


『真面目に答えてください。既に似たようなものでしょう』


「でも実際楽しいだろ?」


『居心地が悪くないことは認めますが…なりたい存在かと言われると…』


まあ半分冗談だ。ケイのなれるものか…


「じゃあ、軍人とか良いんじゃないか?」


『…勧誘ですか?』


「違う違う。純粋に適性があると思っただけだ」


今はまだ勧誘する気はない。


「真面目、そして使命、言いかえれば責務に忠実。王女をはじめ誰かを守りたいという意識もある。アトラ・ハシース運用のためにある程度の戦術、戦略、作戦術に関する知識も備わっている。軍人適正はかなり高いと思うぞ?」


結構本気で向いてると思う。


「アリス風に言えば…騎士かな?王女を、そしてついでに民間人を守る存在。ケイにとっても受け入れやすいんじゃないか?」


『民間人を守るのはともかく、それ以外は今とあまり変わらない気がするのですが』


「結構大きな違いじゃないか?王女以外見ず知らずの存在を守るために戦うとか、前のケイには考えられなかっただろ?」


『…』


「ま、軍人、騎士と言っても全員がそんな使命感を持って戦ってるわけじゃない。俺もどこまで本気になれるのかと言われりゃそこまで自信はない。ケイが無辜の市民を守るという使命感を持てるか、あるいは守りたいと思えるかは別の話だが…そうでなくとも見ず知らずの誰かを助けるために戦えるというだけで大きな進歩だ」


『…参考程度にはしておきます』


「ああそれと、自分探しなんてそうそう成功するもんじゃない。時間はあるんだから、ゆっくり考えれば良い」


『…はい』


「大抵の人間は「何になりたいか」を考えずに生きていない。なんとなく勉強して、なんとなく自分の進む方向を決めて、なんとなく生きていく、そんな学生が大多数だ。別にケイがおかしいわけじゃないから安心しろ。さっき「ゲーム開発部のマネージャー」なんて言ったが、「皆とこれからも楽しく生きていきたい」ぐらいの夢とも言えないような夢だって十分アリだ。アリスの願いを叶えられなくて焦るのはわかるが、アリスはできない奴の方が多数派の事を無理に求める人間じゃない」


『…はい』


ケイも色々悩んでるんだなあ…原作に比べりゃマシだろうが。なんやかんやアリスと仲良くやってるようで何よりだ。


「そういえば、アリスはどうした?」


『見始めてから30分ぐらいで眠り始めましたよ』


「アリスらしいっちゃらしいが…やっぱ子は親に似るんだなぁ…」


そのまま後ろを見ると、モモイが展示室内のベンチに腰掛けて俺たちを待っていた。ただし…


『これと王女を一緒にされると困るのですが…』


「まあうん、気持ちはわかるが…ケイが来る前のアリスもこんな感じの寝方してる時あったぞ」


見事な寝落ちを決めながらだが。コイツ本当に何しに来たんだ?ヨダレを垂らしながら幸せそうに眠ってる。ベンチについたらどうすんだ。


『はあ…』


そのままケイがスタスタとモモイに近づき、頭をそれなりの強さではたく。


「痛っ!?ってケイ?何すんのさ!?」


『展示室では静かにしてください。それとこっちのセリフです。わざわざ美術館に来て爆睡など…王女に恥をかかせる気ですか?』


「どうせアリスだって寝てるんでしょ?」


『王女は私がいるから良いのです』


「やっぱり寝てるんじゃん」


ケイとモモイが静かに騒いでいるのを後ろから見守る。こちらも仲が良さそうで何よりだ。そうこうしている内に資料写真の撮影で時間を食ってたミドリと、付き添っていた東雲が追いついてきた。そろそろ帰るか。


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「あ、そうだケイ」


『何ですか?』


帰りの電車の中でケイに声をかける。開発部はミレニアム、俺たちは学園で帰る場所は違うが、途中までのルートは同じだ。


「お前が好きそうな展覧会が今度トリニティであるってよ。また行くか?」


『そうですか、ボンノウも行くつもりなのですか?』


「ケイが行くならな。前衛美術は一人で見てもつまらん。それを面白いと思えるやつの意見とかうんちく聞きながらじゃないと何見てんのかわからなくなる」


『なら、また今度行きますか。ちなみにテーマは?』


「マティスとかのフォーヴィスム、いわゆる野獣h「❗️」お、アリス、目が覚めたか」


例のワードに反応してアリスが目を覚ます。目の色が変わる(文字通り)からわかりやすい。人格がケイに戻ると同時にため息を吐き、苦虫を噛み潰したような表情になる。


『やはり私と王女だけで行きます。あなたと王女を同時に連れて行くと碌なことにならない気がします』


「でもそれってあなたの感想ですよね?」


「なにかそういうデータあるんですか、ケイ?」


『そういうところですよ…』


それはそれとしてケイを美術館や博物館、動物園、水族館とかの文化系施設にばっかり連れて行くのも問題だな…知識が偏りそうだ。かといって遊園地や映画館とかの一般的な娯楽施設は俺本当に疎いからなあ…どこかで先生に頼むか。


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「…はい、以上で報告を終わります。特に問題行動は見られませんでした」


『“お疲れ様。悪いね、任せちゃって“』


「いえいえ、私のわがままでもありますし、楽しめましたから」


『こちらのセンサーでも特に怪しい動きは感知できませんでした。現時点で問題はないと思います』


『私も報告書を読ませてもらいましが、こちらでも問題は確認できませんでした。、警戒体制の変更は必要なさそうです』


その日の夜、俺はケイの言動を先生、ユウカ、副会長にオンラインで報告していた。いくら説得に成功したように見えるとはいえ、ケイは元々キヴォトスを滅ぼそうとしてた存在である。最低限の警戒は必要だ。俺としても、説得方法が原作と変わってしまった以上、ケイが心の底で何を考えているのかはわからない。勝手に首突っ込んでおいて何言ってんだという話だが。俺個人としては今までのやり取りからケイを信頼しているし、ケイを疑いたくはないが、最悪を考える必要がある。そのため、ケイと出かけている時の俺と東雲はケイの動きを監視するためのセンサーや、俺自身の生体反応を検知する機器を身につけるようにしている。もしケイが何かしらの行動を起こした場合はシャーレ、ミレニアム、学園の共同作戦によりアトラ・ハシースが起動する前にケイ、そしてアリスを制圧する計画を立てていた。


…まあ具体的な制圧の方法が決まっていないという問題があるが。一応、巡航ミサイルの飽和攻撃による制圧を提案したのだが、先生とユウカ、ノアが反対意見を示した。他校の領域でやると学園のみならずミレニアムの責任問題にもなりかねんし、最悪死人が出る。アリスもどうなるかわからんし、俺も多分無事ではすまん。まあこの処置が必要になる時点で俺が無事かどうかはだいぶ怪しいが。それでも、彼女らからすれば反対して当然だろう。俺や副会長としても最終編でアリスとケイが絶対に必要になるため、破壊は避けたいから強くは進言しなかった。結局今回はASSとC&Cのメンバー(誰なのかは知らない)の合同作戦による尾行で落ち着いた。


それと、俺と副会長、及び学園幹部陣の間では「最終編まで変な行動を起こさなければ、ケイを完全に信用する(というよりせざるを得ない)」ということで合意している。そこまで何も起こらないことを祈るばかりだ。ケイと仲違いはしたくない。


『せっかくアリスちゃんを助けられたのにこんなことをしないといけないなんて…』


『“私もこんな事はしたくないんだけどね。様子を見る限り、もう心配しなくて良さそうな気がするけど?“』


『少なくとも、最初に決めた期間の間は警戒を続けた方が良いと思います。それだけケイというのは本来脅威となる存在です。私たちの学園の三軍を合わせても勝てるかどうか…』


というか、無理だろうな。一応技研を中心に解析を進めながら対抗手段を検討中だが、現時点では勝算はほぼない。ミレニアムと共同で研究を始めることも考えないといけない。


それにしても、先生がケイを生徒と認めてくれたのは僥倖だった。先生の性格上、ほぼ認めてくれるとは思っていたが、もし認めずにアリスを守るため排除を考えるようならシャーレとの衝突も考えなければならなかった。俺も更迭じゃすまんな。多分軍法会議にかけられていただろう。


「すいません、私がわがままを通したばっかりに」


『“大丈夫大丈夫、必要なことだったんでしょ?それに、ケイがアリスの中に居続けるならどっちにせよ同じことだよ。むしろ、アリスの精神の奥に潜ってこちらから何もできなくなっちゃう方が困る“』


『また先生は…まあ、それはその通りですね。ボンノウさんの行動を咎めるつもりはセミナー、ミレニアムとしてもありません』


「ありがとうございます」


『私からも、ありがとうございます。ここでWIDの臨時委員長を交代させると、ただでさえ混乱気味の人事がさらに混乱するので助かりました』


その後細々とした連絡をした後、通信を終える。ケイがミレニアム自治区の外に出ることを、セミナーが認めるぐらいには経過は良好。このまま進めたいところだ。


…っと、電話か。ん?アリスから?


「もしもし?どうしたアリス?」


『夜遅くにごめんなさい、今、お話しできますか?』


「いいぞ。ちょうどこっちも野暮用が終わったところだ」


ちょくちょくアリスも夜更かししてゲームしていることはあるが、こんな時間に電話とは珍しい。


「というか、俺が言えたことじゃないが寝なくていいのか?早瀬さんに怒られるぞ?」


『部屋の電気は消してるのでバレません。それに、美術館でたっぷり寝てきたので』


「そういやそうだったな。ケイは?」


『もう寝ています。だいぶ疲れていたみたいです』


「ケイが?そうは見えなかったが」


立ちっぱなしになるとはいえ美術館。そんなに疲れるものだろうか。


『ボンノウにはわからなかったかもしれませんが、ケイ、すっごくはしゃいでたんですよ?』


「え、マジで?」


『ユズは一緒に来れませんでしたが、パーティーメンバー皆で一緒に自治区の外に行くのは初めてでしたから。初めてのマップ移動がボンノウとイクノも一緒になって、とても喜んでました』


「へー、ケイにもそんな子供っぽいところが…」


『モモイに怒ってたのも、本当は一緒に見て欲しかったからだと思います。ケイ、寂しがり屋なんです』


うーんあざとい。


『…アリスは、一度ケイを拒絶して、一人にしてしまいましたから。それの反動だと思います』


「あー…。まあケイにはしっかり休んでもらうとして、何か用か?」


『あ、そうでした。ボンノウにお礼を言いたかったんです』


「ん?何のだ?」


『ケイの相談に乗ってくれたことです』


「あ〜、あの、何になりたいのかって話か。っていうか、起きてたのか」


『はい。ケイと一緒に過ごすようになってから、新たに寝たふりスキルを獲得したので』


「なるほど、流石は勇者。新たなスキルの習得に余念がない」


勇者にしては色々とみみっちいスキルだが。


『…ありがとうございました』


アリスが静かに語りかけてくる。


『だいぶ悩んでしまっていたみたいなので。ボンノウが色々言ってくれたおかげで、だいぶ楽になったみたいです』


「どういたしまして。といっても、無難に当然の事を言っただけだがな」


『いえ、それでむしろ良かったです。ボンノウは理屈で喋るタイプですから。ケイからすると受け入れやすかったみたいですし、ただの慰めではないと伝わったと思います。アリスからも何回か考えすぎないように言ったのですが…』


「そりゃ良かった。まあ、確かに当事者のアリスが言うと、どちらかというと気遣いに聞こえても不思議じゃないか」


アリスがちゃんとお姉ちゃんっぽいことしてる…。無邪気なクソガキっぽい側面をよく見ていたから中々新鮮だ。


『…アリスは、ケイに重荷を背負わせてしまったのかもしれません』


「…」


『ケイに、苦しんでほしくなかっただけなんです。世界を滅ぼす使命にも、アリスにも縛られず、自由に、ケイの生きたいように生きてほしいと、思ったんです』


「…」


『アリスは、ボンノウにケイとアリスの在り方は違うと言われても、それがよくわかっていなかったのでしょう。だから、ケイにアリスの思う幸せな在り方を押し付けてしまいました』


「…」


『ケイは、まだ使命への未練を捨てられていません。アリスがこうして皆と過ごしているのを見て、辛い思いをしていてもおかしくないです』


「…」


『ケイを苦しめてばかりですね…ケイの立場を考えずに拒絶して、考えを押し付けて…』


「アリス」


別にアリスの言うことも間違っちゃいないが…。


「ケイにとって、使命の達成以外の在り方を定めることは遅かれ早かれ必要なことだ。別にそれを気に病む必要はない」


『…』


「それにケイを一度拒絶したのも、悪いことじゃない。ケイにとっては辛かっただろうが、それであいつは使命の達成を一度諦めた。アリスのおかげでゲーム開発部とミレニアム、ついでに俺たちやキヴォトスが救われたのは疑いようもない事実だ」


『…』


「だから、こちらこそ礼を言わせてほしい。あの時、俺たちを救ってくれて、ありがとう」


本来、ケイを切り捨てなかった時点で温情とも言える。ケイのやらかした事を考えれば、何らかの手段を以ってアリスの中で追い詰められてそのままデータ削除されたとしても不思議ではない。だから、アリスが気に病む必要は論理的に考えればほとんどない。


『…』


「ま、負い目を感じるのもわかるが…皆が100%ハッピーになれるルートなんてまずない。だがその中でも、アリスは最善に近い道を選べた。これ以上ない結果だ」


『…』


「月並みな言葉になるが、あまり思い悩むな。そんなことを考えていたら、ケイも自分がアリスの負担になっていると思いかねない」


『…はい』


「それに、俺は結構楽しみにしてるんだ。アイツが何になりたいと言うのか、アイツが、新たな夢を持つ時が」


『…』


「だから、一緒に待とう。もちろん、ケイが道を見失いかけたら一緒に手助けするし、悩みだっていくらでも聞く。アリスも、悩みを抱え込まないでくれ。ケイ関係で悩み事があったらいつでも…ってのはケイが同じ体にいるから難しいだろうが、機会があったら今回みたいにいつでも話しに来てくれ」


『…ありがとうございます。でも、ボンノウも忙しいんじゃ…』


「別にそこまで切羽詰まってねーよ。しょっちゅうお前らの所遊びに行けるぐらいには時間あるからな」


ケイの懐柔及びメンタルケアは現時点で何よりも優先されるべき仕事だから、それに関する時間を増やしているというのもあるが。


『ふふ…そうですね。その時は、相談させてください』


「おう。あ、そうだ。今ケイ寝てるんだよな?」


『?はい?』


「ユズは?」


『ユズももう寝ています』


「上々、それじゃあ…」





「ニヤニヤ動画で一緒に動画でも見るか!」


『❗️』

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