端切れ話(グリーン アイズ モンスター)
地球降下編
※リクエストSSです
予約した宿へと向かう途中、駅から出てすぐの所で、スレッタが興味深げにとある看板の前で足を止めた。
「エランさん、これって、もしかして『映画』ですか?」
「そうみたいだね。昔の映画を再上映しているみたいだ。アド・ステラ暦になる前のものだから、そうとう古いみたいだけど」
見れば以前の暦で20世紀から21世紀ごろの映画を集めたものらしい。ジャンルごとに時期をずらして公開するらしく、今はホラー…怖い内容のものを中心に上映しているようだ。
現在の地球では遊園地などの大掛かりなレジャー施設は無くなっているが、それでも少しばかりの娯楽施設はある。映画館などはその典型だ。
これはその中でもクラシックなもののようで、映像を立体的に見せたり匂いや感触を再現したりする事のない、昔の作品を中心に公開している専用施設のようだった。
スレッタはそわそわと映画館の中をのぞき込んだり、作品を宣伝する看板を見たりしている。
ホラーなのでたまに恐ろしい外見の看板もあったが、スレッタは少し驚いたように体を浮かせたあとも、恐々としながらもそっと看板を盗み見ていた。
「もしかして、興味ある?」
「アニメ映画はよくライブラリで見てましたけど、実写映画は見たことないんです。映画館って、すごく大きい画像で見れるんですよね?たくさんの人が一度に見れるって聞いたことがあります」
「今上映している映画は怖いもの中心みたいだけど、きみ、見たいの?」
「ホラーですよね?今は怖いのでも見れるようになりましたよ!コミックですけど、人と戦ったり、化け物と戦ったり、そういう刺激的なものも見れるようになりました!」
そこまで言うと、スレッタはきょろきょろと周りを見回してからこっそりとエランに耳打ちしてきた。
「…それにフロントで遊園地に行った時、ホラーハウスも平気だったじゃないですか。なので大丈夫です」
「つまり、見たいんだ?」
「えへへ、見たいです」
照れたように笑うスレッタは、未知のものに目がキラキラしている。エランとしては普段ワガママを言わない彼女がしたいと思うことを、出来るだけ叶えてあげたかった。つまりは、映画鑑賞である。
「予約している宿に荷物を置いたらもう一度来ようか。上映時間もあるから、見たいものを決めてから行こう」
「はい!実は…もう決めてあるんです!…これです!」
そう言って指さしたのは、穴の開いた白い仮面をつけた男の姿を描いた看板だった。『フライデーザサーティーンス』…『13日の金曜日』という映画らしい。
「これってきっと、じぇいそんさんです!コミックやアニメでたまに登場するんです。不死身の怪物さんなんですよ!」
どうやら他の物語にも登場するくらい有名なキャラクターのようだ。けれどスレッタの親し気な口ぶりからは、恐ろしい怪物としてではなく、親しみやすいコミカルな怪物として描かれていたように思える。
「………」
看板を見上げる。薄汚れた白い仮面を被った男は、陰鬱そうな眼差しで前を見ている。
キャラクター性が強調された他作品と比べて、こちらは原作───純粋なるホラー作品になる。たぶん、スレッタが想像するよりも、恐ろしい展開になる気がするのだが…。
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫ですよっ!本物のじぇいそんさんです!チェーンソーでブンブンするんですよ!」
楽し気に『じぇいそんさん』の知識を披露するスレッタの姿を見て、エランは黙ることにした。
───そして現在。スレッタはぶるぶると震えていた。
映画が始まる前、周囲が暗くなった所まではとても楽しげにしていたのだ。
キャンプに来た男女が羽目を外して色っぽいシーンになると、アワアワと左右を見回して慌ててもいた。これもある意味楽しそうだった。
けれどキャンプに来た若者が1人、また1人とズタ袋を被った男に襲われ始めると、様子は一変した。肩をビクッと跳ねさせて、微かに震えているようだった。
小さく「えっ」と言っていたので、予想外だったのだろう。残念ながらこれはホラー映画で、映画の中の男は殺人鬼ジェイソンであり、彼女の『じぇいそんさん』ではないのである。
エランは冷静に映像を見ていた。特殊メイクを施した死にざまは真に迫っていて、この過激さが当時の世間に受けた理由だろうかと分析する余裕すらあった。…スレッタには受け入れられていないようだが。
恐怖を煽るようなBGMと、逃げる時の呼吸音、襲われた時の悲鳴、武器を叩きつけられる音。それらが大音量となって左右から響いてくる。これは映画館ならではの音響効果だろう。いまだに映画館が娯楽施設として続いている理由が分かる気がした。…スレッタは大きい音が苦手のようだったが。
エランは映写幕に目を向けながらも、スレッタの様子を確認していた。
恐ろしい思いをしながらも、スレッタは一生懸命見ているようだ。自分で見たいと言った手前、目をつぶる事も耳を塞ぐことも出来なかったのだろう。
「……よければ手を握る?」
他の人の迷惑にならないくらいの微かな声で、片手を提供できることを伝えてみる。するとスレッタは肘掛けに置いたエランの片手をぎゅうっと、まるで命綱を掴むような必死さで握りしめてきた。
エランは緑の目をふっと細めて、そんな彼女の様子を最後まで見ていた。
「怖かった……ですッ!!」
「だろうね」
開口一番のスレッタの言葉にエランは深く頷いた。映画館には他にも人がいたが、たぶん彼女が一番怖がっていた。
「じぇいそんさんは…怖い人でした」
「そうだね」
「最初はズタ袋さんだったなんて…」
「そうだね」
「チェーンソーも使いませんでした」
「それはよかったと思うよ」
多分チェーンソーの使い道は人体の切断である。木を切るようにポンポンと人の体が切られて飛ぶ所を見たら、スレッタは卒倒していたかもしれない。
「エランさんも返事ばっかりじゃなくて何か感想を言ってくださいよ!」
適当な相槌ばかり打つエランにスレッタが突っ込んできた。少し怒っている。
「あまり山間部には入らない方がいいとは思う。殺人鬼とは限らないけど、変な輩がいる場合があるから」
「それじゃ、物語が始まらないじゃないですか」
「僕ならどうしたかって考えただけだから。これだって立派な感想だよ」
「でも、じぇいそんさんはお構いなしですよ。もしかしたら普通に過ごしていても襲ってくるかも…」
ぷるぷる震えながら周りを警戒している。相当怖かったらしい。
「…そうしたら、きみを逃がすために戦う事にしようかな」
「あ、危ないですよっ!それに、たぶん私の方が先に脱落する気がします。動けなくなっちゃいそうなので…」
「じゃあきみが脱落したら、犯人を殺してから死ぬことにするよ。この場合も3日間の約束は有効だし」
「ふぁっ、こ、怖いこと冗談めかして言わないでくださいっ!」
「きみが先に言い始めたことなのに…」
スレッタは冗談だと言ったが、エランはたぶん本気で戦う。彼女が生きていたら逃がす為に。彼女が先に死んだら、彼女の体と尊厳を守る為に死力を尽くすだろう。
自分が居なくなった後、スレッタの体がたとえ抜け殻でも他人に好き勝手される可能性があるなんて、それこそ冗談ではない。エランはうっすらと緑の目を細めて微笑んだ。
彼女を攫った怪物は、他の怪物に彼女を明け渡す気なんてさらさらないのだ。
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