グリーンビットへ

グリーンビットへ


あからさまに溜息を吐いた私を、サンジ君が困ったように見てる。

活気のない市場に並んだ食材は、品が悪いわけじゃないけどどれもこれも割高。昼のことを考えたらもう外食なんてしたくないし、食糧を本格的に買い込むのもヤーナムに行ってからで決まりね。

「ナミさん、確かに軒並みひと回り以上は値が張るが、まだ余裕がありそうなモンを選ぶことはできそうだ。野菜、果物、近海産の魚介類に食材を絞れば、グラン・テゾーロに乗るまでにそうそう酷ェ額にはならねえさ」

「別にサンジ君に何か言いたいわけじゃないわよ。ここまでの事になってるって先に知ってたら、絶対ルフィを別行動させたりしなかったのに!」

ウソップに追いかけさせたとはいえ、二人の手持ちを合わせても一食分にも足りないはず。船に予備の食糧も無いんだから、今ここで騒ぎを起こされたら相当まずいわ。

ゾロにはロビンとフランキーがついてるし、チョッパーはローと一緒だからまず問題ないとして、やっぱりルフィだけは早めに見つけないと。私のお金のためにも。

「お二人とも、あちらの小さな方、もしや"妖精"では?」

声を落としたブルックが指差すその先で、本人よりもよっぽど大きな袋を背負った"妖精"が、立ち並ぶ脚の間をすり抜けどこかへと向かっていた。

「アホ剣士の刀を盗んだ連中の仲間か…?」

「何か背負っているようですが…」

ふーん?

小さな体で一生懸命、ご苦労さま。

それで擦れる金貨の音を、私が聞き逃すとでも思ってるのかしら。

「後をつけるわよ」


「これはカボチャと交換した"べりー"なのれす!ホントれすよ!」

「嘘つけ!この盗っ人ども!!」

"妖精"の尾行は、盗品をたんまり貯め込んだ根城でもアジトでもなんでもない、ごく普通の石鹼屋に辿り着いて幕を閉じた。

「…ひどく揉めてますね」

「市の目玉商品に"妖精のカボチャ"ってのがあった。あれが連中の栽培したモンだとすりゃあ、あんだけの金貨に化けるのも頷けるが…」

「あ~らチャンスね」

何がウソでもホントでも、お金の気配に近付くチャンスに違いなんてない。

サンジ君とブルックをおいて、金貨を"貰い渋る"勿体ない店主に近付いていく。

「ちょっと売ってあげなさいよ!あんたが損するわけでもないでしょ?」

「そりゃそうだが…嬢ちゃん旅の人か」

事情も何も知らんぷりの私を見て、店主は上手い具合に勘違いしてくれたみたい。

か弱い女の子ってステイタス、こういう時に便利よね。

「!べりーと石鹸、交換してくれるのれすか!?」

「嬢ちゃんの言う通り、おれが損するわけじゃねえからな。……みっともねえトコ見せちまったな、旅の人」

妖精は袋の中身の価値が分かってないのか、店主の前にせっせと金貨を積もらせていく。ばつの悪い顔できっちり石鹸分の代金だけを受け取ったおじさんに、ウインクをひとつ。思ったよりはいい男じゃない。

「よかったわね。妖精さん」

「ありがとうなのれす!ぼくはトンタッタ族の戦士、レオれす!あなたたちとっても良い大人間なのれすね!」

"妖精"は少し前までの呼び名なのだと訂正しながら、小さな戦士はなあんにも疑わずに私たちについてきた。

「どういたしまして。お礼はそうね…あなたたちが育ててる野菜でどう?」

「いいれすよ!美味しい闘魚シチューもごちそうするのれす!」

「へえ…!!この国じゃ闘魚が獲れるのか!」

「ヨホホホ!ごちそうの予感に胸が高鳴りますね!」

高鳴る胸ないんですけどなんてお決まりのジョークを飛ばすブルックに、妖精改め、トンタッタ族のレオは小さな子どもみたいに純粋な顔で楽しそうに笑う。

「…あ、でも、大人間がぼくらの王国に来るのは大変れすね」

レオの話によると、グリーンビットの地下にある王国に向かうには、長い長い鉄橋を渡らないといけないみたい。

「闘魚がたくさん住んでて危ないれすから、大人間は連れていけないのれす……」

「そんなこと?なら問題ないわ。海王類でもあるまいし、二人とも魚なんて目じゃないでしょ?」

「もっちろんさ~♡ナミさァ~ん♡♡」

「ヨホホホホ!サンジさんお墨付きの野菜に闘魚のシチュー!!楽しみですねえ!」

「良い人な上に強いのれすね!それなら一緒にグリーンビットへ向かうのれす!」

丸い尻尾をぴこぴこと動かす様子に、自然とにっこり笑顔が浮かぶ。

昼間のお店じゃ散々な言われようだった"妖精"が、こんなに信じやすい性格をしてるなんてね。

さてと、ここから王国にお呼ばれして、この国じゃどうしたってお高くつく食費を誤魔化して、盗みの話を聞いてあわよくばちょこっと問題解決の手助けもして分け前を頂いて…。

予想を大きく上回る成果に、浮足立ってグリーンビットに繋がる鉄橋を目指した。

まず私たちを出迎えるのが、そんじょそこらの海獣も真っ青な巨大闘魚の群れだなんてこと、想像もできないままに。






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