グエル・ジェタークは鈍い男
ペイルグレードに優秀だと評価されたエランにとって、世界は退屈でつまらないものだった。
自分の感情や欲望に踊らされて暴走して破滅する人間達は愚かで、自分以外の人間は全員バカに見える。バカが失敗して慌てる様子を見るのは見世物としてはそれなりに楽しめるが、それだけだ。
ループする前の昔に仕事上の付き合いがあったグエルにポロリとそんな言葉を零したことがある。何故そのような話をしたのかは思い出せないが、グエルには人の心を解かして本音を引き出させるような才能がある。グエルは口達者ではないが聞き上手なのだ。「この人ならば自分の話を否定せずに聞いてくれる」と相手に安心感を抱かせる魅力がある。自分もその包容力に魔が差したのかもしれなかった。
何で仕事上の取引相手にこんな話しちまったんだ…と内心後悔しつつあるのを隠すために仏頂面を作るエランの横顔をグエルは少し興味深そうに眺めた後に、前を向いた。
「そうですね。ケレスさんのような優秀で先が見通せる方にとっては、予想できることばかりで面白くないのかもしれませんが…」
そしてフッと笑う声がした。意思の籠った青い瞳が穏やかに先を見つめる様子を、よく覚えている。
「俺は、この世界は結構好きですよ。父さんが残した会社があるし、ラウダもいる。俺が守りたいものがある」
落ち目のある会社をどうにか守り抜きながらも決して絶望せずに前を向き続けるグエルの姿勢に、エランは好感を持っていた。
多くの受難を経験し、それでも膝を折らずに立ち向かい続ける。グエル・ジェタークはエラン・ケレスにはない善性と不屈の精神を持ち合わせていた。優秀で弁舌が立ち、危険には始めから近寄らずに回避する自分とこの男は何もかもが違う。だからこそ見ていて飽きない。
「……あー、全部つまらないっていうのは違ったかもな。少なくとも今は面白いモン見れてるし」
「?…そうなんですか?」
キョトンとした表情でこちらを見るグエルは鈍感な男だと思う。なんだか腹が立ったので肩を軽く小突いてやった。恥ずかしいことを言わされてしまった意趣返しのようなものだ。
銃撃音が鳴り響いた。
嫌な予感がして胸がざわめく。いつかのループで回収したアイツの遺体を思い出す。「最悪」という二文字が脳裏に浮かんでは消え、また浮かんで点滅する。
護衛を連れて行くことも忘れ、音がした方へ一心不乱に走ったエランが見たものは。
それは。
「…ぁ、……」
―――――凶弾に倒れて伏し、血だまりの中に浮かぶグエル・ジェタークだった。
「何でだ」
どこかで声がする。
「何でお前倒れてるんだ」
震えたようなか細い声だ。情けなくて耳を塞ぎたくなるようなこの声は誰のものだろう。
手で傷口を抑えても、出血は止まらず血だまりが大きくなっていく。
「目ぇ開けろ。起きてるんだろ、オイ」
何で答えねぇんだ。なに寝てるんだ。
なんで血まみれなんだ。
なに死にかけてるんだよ。
「…ぁ……、エラン…?」
「グエル!おい、しっかりしろ!聞こえるか、俺だ!」
瞼が億劫そうに持ち上がり、力を失った青い瞳がこちらをぼんやりと見つめる。震えた腕がゆったりと持ちあがり、何とかこちらへと手を伸ばそうとするのを掴み、きつく握りしめる。
「ラウダ…父さん…ダメな兄で、息子で、ごめんな……これからの…ジェターク…を…たの…ん…だ……」
虚空を見てそんな謝罪を口にし、そして力が抜けた腕がダラリと下がった。
何だこれは。理解ができない。何も理解したくもない。
コイツは、ずっとそんなこと考えていたのか。獅子のように気高く生きながら、泥の中で必死に上を向きながらも、頭の中ではずっと、ダメな兄だなんて、ダメ息子だったなんてそんなこと…。
そんなこと、なかったのに。俺はお前のことをすごい奴だって、俺の友人だって、ずっと前から認めていたのに。
やっぱりグエル・ジェタークは鈍い男だ。