クリスマスって――

クリスマスって――


「今日はクリスマスね、私にプレゼントを渡したい人はいるかしら〜?」


「はっ」「ここに!」「いますぜ!」


(くだらねぇ寸劇だ…)


 聖夜の昼間ではあるが、ハイバニア隊は集まってワイワイ楽しんでいた。三人がそれぞれ用意した宝石は、通常であればそこそこの価値を誇っているがそこは"宝石狂"の彼女である。


「う〜ん全員不合格っ!」

「「「ガーン!」」」

「でも貰えるものは貰っておくわね」


 ドレッドノートは初参加であるが、これも毎度の流れである。ハイバニアを満足させたら彼女からプレゼントを貰えるという約束だが、これまで三人が何かを受け取った試しはない。


「ならこいつはお眼鏡に叶うか?」


 そういってドレッドノートは玉虫色に輝く小さな鉱石を手に取る。


「そっそれは…!」「アダマンタイト!?」「どこからそんなものぉ!!」


 あまりの希少さに市場にはまず出回らないもので"幻の宝石"の異名を持つ。

しかし、その実態はあまりに有用な性質を沢山持っているため鑑賞用にすることを嫌った皇帝及び軍の開発局が独占しているのである。

 ドレッドノートの持つそれも"元大将"の肩書を利用してこっそり持ち出したものであった。


(正直に言えば小さい…欲しいのはもっと大きいものだけど)

「クリスマスプレゼントなら上等ね!遠慮なくいただくわ!」


 そういってご機嫌でアダマンタイトに手を伸ばすが――


「ただでやるわけじゃねぇよ」


 ドレッドノートは懐にそれをしまい込み、一気に不機嫌な顔になるハイバニアへ話を続ける。


「俺に今のお前の"価値"を示せ、俺が満足できたらくれてやる」


 彼の求める"価値"……すなわち強さである。ハイバニアに自分ともう一度決闘しろと暗に行っているのである。


(あんな小さいやつのために、またこの人と戦えと…?)


 はっきり言って割に合わないことはハイバニアも頭では理解していた。

 如何にアダマンタイトとはいえドレッドノートが正攻法で持ち出せる程度の大きさのものに彼女は用はない。よしんばここで無条件に貰えたとしてもいずれより大きな物を手に入れるつもりではあった。


 ……しかし、ハイバニアの脳味噌は自分がまだもっていない宝石を見せつけられて冷静な判断を下せるほど上等な作りをしていなかった。


「いいわ、今から闘技場の利用許可を取ってくるから準備なさい」


 ドレッドノートはニヤリと笑う。以前の戦闘では森への影響を考えて戦っていたので、思う存分今のハイバニアと戦うのはこれが初めてであった。


――――――――


「……おい、どういうことだ」

「どうもこうも、これも私の"価値"でしょう?」


 ハンデとして"体質無効の指輪"をはめたドレッドノートと対面するのは戦闘服に着替えたハイバニア……と親衛隊の三人が構えていた。


「俺にとっては都合がいいが…先に言っとくがあくまで"お前の価値"を見定めるぞ」

「どうぞお好きに」


 三人が臨戦態勢に入る。ドレッドノートも玉の枝を解放する。


「じゃ、いくわよ」


 ハイバニアが帝国硬貨を高く弾く……それが地面に付いた瞬間。


「雑魚は蹴散らす!R.R.R!!」


 先手必勝、いきなりの必殺技で邪魔な親衛隊を一手で終わらせようという魂胆だが……。


「行きなさい!タウランガ!!」

「ウオオオオオオオオ」


 バーシアンがタウランガにバフを掛けたかと思うとタウランガがその身をドレッドノートの前に滑らせる。


「グウウウウウアウウウウ」

(ほう……?思ったより持つな…?)


 ドレッドノートは万が一にも殺してしまわないように玉の枝の刃先を丸めており、指輪のハンデとは別にかなり威力が落ちているが、それにしても人類最強の男が放つ必殺技をここまで受けられるのは素直に感嘆する。


「フォートダイト!!」


 その隙にサイキィが板状の魔導道具を無数に展開する。これにより平地であった闘技場に一気に地形が産まれた。


「グアアッ!」


 ドレッドノートのRRRを受けきったタウランガが吹き飛ばされる。が、その頃にはサイキィによってハイバニア隊にとって都合の良い戦場のが構築されていた。


「……小賢しい…むぅっ!?」


 突如一方向から雨のような弾幕が放たれる。一撃一撃は大したことがないものの、これだけの量があれば流石に無視はできない。


「少しは効いてくれるようですね」


 高台にバーシアンの姿があった。彼は腰に6丁もの魔導拳銃を収めており、それぞれを超高速で早撃ちと装填をすることで1人で大量の弾幕を張っているのだ。


「うざってぇだけだ!!」


 ドレッドノートの一閃によりフォートダイトの高台は吹き飛ばされるが、バーシアンは目にも止まらぬ速さで移動し回避する。


(……速い!)


 彼の設定したハンデと先ほどからハイバニアが巻いている"フリーズスモーク"のデバフを考慮しても驚くべき速さであった。

 これがバーシアンが手動による弾幕に拘る二つ理由の内の一つである。今の彼のMPなら魔法によって十や二十の拳銃を並べて放つことも可能だが、結局は拳銃なのであまり火力に期待はできない。それよりも弾幕形成を自身で行い、MPをバフに回すことで強敵相手にも堅実に立ち回れる方を選択したのだ。

 余談ではあるが、もう一つの理由は拳銃の扱いをハイバニアに美しいと褒められたからである。


(鍛錬の成果というわけか…だが!)


 いくらバフを最大限にかけようともドレッドノート相手では分が悪く、すぐに捉えられ……


「オラァ!」

「グハッッ」


 強烈な拳で吹き飛ばされ、フォートダイトの瓦礫に埋もれる。


(……来る!)


 ドレッドノートが拳を振り抜いた瞬間を見計らっていたのかサイキィが飛び出して魔導バスターを発射する。


「これが最大出力ギガバスターだッッッッ!!」


 凄まじい閃光が流星の如くドレッドノートに襲いかかる。完全に体が伸び切っている彼は流石に回避するのは難しい。

 バーシアンとタウランガ、そしてサイキィはこの瞬間のために動いていたのだ。自分達の最大火力をドレッドノートに直撃させるために…。


(面白れェ……!)

「本来この程度なら食らっても問題はねぇが……」


 ドレッドノートが思案しながら閃光に飲まれた。巻き起こった粉塵をサイキィは高台の上から慎重に観察している。


「やったか…………!?」


 煙が晴れるとドレッドノートは全くの無傷でその場に立っていた。


「玉の枝の盾だ…あの程度は俺に取っちゃ隙にもならねぇよ」


 ただ食らうのは芸が無いと敢えて完全に防いでみせたのだ。それを確認したサイキィはフォートダイトの地形に紛れようとするが……。


「逃がすかよ!」


 追いかけてドレッドノートが仕留めようと踏み出した瞬間であった。


「なっぐぁ!?」


 踏み出したはずの彼は真横に吹き飛ばされる。派手にフォートダイトが散るが、思ったよりもダメージがない。それよりもドレッドノートは今日始めて本当に驚愕した。


「テメェ…何故動ける!?」

「ウッハハハハハハ」


 そこに居たのはタウランガであった。如何に手加減とデバフで本域ではないとは言え超越者の必殺技を正面から受けて戦闘できるはずがない。


「どういうトリックで……」


 次いでドレッドノートを弾幕が襲った。前段直撃したことでHPが大幅に削られる。闘技場にかかっている魔法によってHPが1になった瞬間に緊急装置が働いて全ての戦闘行為が中断されるものの、それはつまりドレッドノートの敗北を意味していた。


「テメェもか!!」


 バーシアンの姿を確認し、体勢を立て直して弾幕を回避する。先ほど余裕ぶって回避を疎かにしていたせいで、そろそろHPも気にしなくてはならない数値になっていた。


(クッ…どういうこった、なんでコイツらが…)


 攻撃をいなしながらバーシアンとタウランガをよく観察する。そして気づく。


(…?あいつら、腕や足にあんな細かい刺し傷があったか…?)


 そう、バーシアンもタウランガもどちらもドレッドノートから受けたのは打撃である。石が刺さったにしても鋭利な傷跡であった。


(……まさか!)


 瞬間、ドレッドノートの横っ面に蹴りが炸裂した。


「テメェの一撃が一番生っちょろいのはどういう了見だ…?」


 蹴りを放ったのはハイバニアであった。


「あら、あの子達を復活させたトリックには気付いたようですね」

「あぁ、お前があれを使えるとは驚いたぜ」


 ハイバニアが行ったのはクオンツ族に伝わる経絡の内"経天"を突く治療であった。


「あの里にはご丁寧に図案から人形から文献からそろっていましてね、どうせなら私だけで独占しようかと」


 彼女の得物であるクオンツ鉱石製のレイピアで突き刺すというなんともサディスティックな方法で経天を突き、肉体的なダメージを忘れさせ、気力で無理矢理起こしたのである。


「独占たぁ強欲なことだ……まずテメェから潰さねぇとならねぇわけだ!」


 ドレッドノートは目にも止まらぬ速さで右ストレートをハイバニアに振り抜く。しかし、拳に貫かれた彼女の輪郭がぼやけて煙と消えた。


「ダミースモーク……このためにわざわざ腹話術を練習したんですよ?」


 嘲笑しながらタネを明かす。


「チィ……いい加減に出て……あ?」


 その時、ドレッドノートの膝が折れ、腕が垂れ下がった。


「ダミーはパラライズミストで作りました、如何に貴方といえどその濃度なら膝も折れるようですね」


 ハンデとして体質無効の指輪を装備しているせいで今の彼にはデバフや状態異常が通用するのである。


「年貢の納めどきだ大将!!!」

「フルチャージ完了!これで決める」


 親衛隊がそれぞれ最大の力を持ってドレッドノートに襲いかかる。


「くっうおおおおおおお!!!」


 それに対してドレッドノートは"玉の枝の鎧"で受けて立つ。


「喰らえ!メテオストライク!!」

 タウランガ念願の炎属性を纏った全力テレフォンパンチである。


「最大パワー!!メガフレアキャノン!!」

 サイキィのMP全てを消費して放つ半ば自爆技と言えるものである。


「ぐぅぅぅ」

 

 しかし、その二つの技でもなお鎧は砕けず耐えていた。しかし、徐々に技の威力が上がり、ドレッドノートにダメージが入り始める。


「私を忘れては困りますよ!」

 バーシアンの強烈なバフが二人の攻撃を後押ししていたのだ。


(面白れェ!面白れェ!!)


 ドレッドノートが満足した瞬間、技の均衡が破られ辺りは閃光に包まれた…………。




「まぁ…テメェ等にしちゃ良くやったほうだ」

 

 案の定、立っていたのはドレッドノートだけであった。三人とも死力を尽くしたため地に倒れ伏し、もはやピクリとも動かなかった。


「後は引きこもりのあい……つ……を?………」

 

 ドレッドノートを抗いがたい強烈な眠気が襲った。耐えようとするが、体は勝手に地面に伏していく。


「全く…最初から撒いていたのに素の耐性もどれだけ高いというのかしら……ま、最後に笑うのは私なのだけど」


 ドレッドノートが最後に聞いたのはハイバニアの高笑いであった。


――――――


 全員の目が覚めたのは午後六時頃であった。


「さて、私が勝ったのだしアダマンタイトを……」

「テメェに渡すわけねぇだろ」


 そういうとドレッドノートは宝石をサイキィに弾いて渡した。


「今回はあの三人の方が面白かった……特にサイキィのやつのフォートダイトは目を見張るものがある、それはテメェのもんだ」


 アダマンタイトよりも、初めてドレッドノートに認められたことへの喜びで三人とも涙をこらえることができなかった。


――――――


午後0時を回った頃、ハイバニアの私室のドアが叩かれた。


「誰かしら?」

「俺だ」


 ドレッドノートが返事も待たずに入ってくる。流石に眉を潜めるハイバニアだが、彼はそれに一瞥もくれずテーブルに分厚い帝国史の本のように大きい宝石を置いた。


「ファイヤールビーね、こんな大きさは見たこと無いけど」

「テメェにやる」

「へ?」


 ファイヤールビー自体にはそこまでの価値は無い(ハイバニア比)が、ここまでの大きさは最早博物館などに展示されるべきものだ。


「あら?どういう風の吹き回しかしら?」

「俺なりのスジの通し方だ」

「ふーん…あ、もしかして部下にだけ報酬を渡したから私のメンツを気にしてるのかしら、いいわよ別に、あの子から巻き上げたし」


 そう言ってハイバニアは胸元からアダマンタイトの欠片を取り出す。間違いなく先程サイキィに渡したはずのものだ。


「そうなるだろうとは思ったが送り主の前に出すんじゃねぇよ」


 呆れるドレッドノートを余所目にハイバニアはもうファイヤールビーの塊を棚に飾っている。


「……じゃ、俺はもう寝るぜ」


 そう言ってハイバニアの私室を後にした。ドレッドノートが彼女に宝石を渡した理由はもちろん上下関係などではない。

 彼女の今回の行為によってドレッドノートの人生に一縷の希望を見出したからだ。それは"成長"である。これまで戦って負かした相手は基本的に殺害してきたドレッドノートではあるが、今回の親衛隊の動きには驚く事が多かった。


 今までは歯牙にもかけていなかった三人に、手加減付きの試合形式とは言え確実に追い詰められたのである。であればもっと強敵の矛先を自分に向けた状態で見逃せば、より強くなってまた自分の前に現れるという算段である。

 そうすればいつか自分より強い存在と戦える可能性が、より"強さ"の高みへと至る可能性が上がると考えたのだ。


(あの魔族の小娘は勿体ないことをした…)


 アドラメルクを殺したことを今更後悔するが、すぐにその考えを放棄する。彼には自分を超えるような強さを持ち得る人間に二人ほど心当たりがあったからだ。


(天界に選ばれたとかいう勇者……そしてあの時見逃したコハクの弟子とかいう面白れェガキ!)


 他にも堕天使族や魔王などもいるが、それらは実在すら怪しいのに対してこの二人は確実に存在している。

 今回の経験によって、これまで勝てばそれまでだった彼に明確に強さを求める方向性が定まったのだ。


「クッククク…ハーッハッハッハッ!!」

(磨くのは石だけじゃねぇってか……)


 珍しくドレッドノートは上機嫌に大声で笑ったのだった。


――――――


 少し時間を戻してハイバニアの私室では、珍しく彼女が敬虔な気持ちになっていた。


(三人も嬉しそうにしてたし、あの人も珍しく上機嫌だったし、上々ね!)


 ハイバニアは人間として外道の部類ではあるが、人の心が無いわけではない。身内が喜んでいればそれで喜ぶ程度の感性は持ち合わせている。


(私も嬉しくなるわ……この私がこんなことを考えるなんてクリスマスって素晴ら―――)


『ハーッハッハッハッ!!』


(うわぁ…………やっぱりクリスマスってちょっと怖いかも)



〜Merry Christmas〜

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