クリスカウンセリング

クリスカウンセリング

頑張れクリス

「では最後に。凪誠士郎」


イングランド棟ミーティングルーム。凪は、イングランドマンシャイン・C指導者のクリス・プリンスにこう問いかけられた。


「”理想”のキミは、どんなフットボールを望んでる?」


理想のジブン。

これまで、凪は理想になるため、そこそこ頑張ってきたつもりだ。でも、凪1人の頑張りじゃ、とても『天才』に届かなかった。


「(クリス・プリンスに教えてもらえるチャンスだし、いい加減、俺も『凡才』として答えなきゃ)」


……と思うのに、染み付いた言動は抜けない。


「……潔に、勝ちたい」


それも本心だけど。それだけじゃないのに。


「”青い監獄”の看板・潔世一か。奴はキミのライバルか?」

「……ま、そんなトコ」


ああ違う。まだアイツには全然届かない。


「具体的には? どーやって勝つイメージだい?」

「…………。イメージ……」


無いよ。だって、考え方、わかんない。

これまで、どれだけ勝ち進んでも、御影や潔に勝てる気がしない。これまでたまたまでやってきたのだ。運を引き寄せる実力が少しは付いたのかもしれないけれど、届かないのだ。


「……わからんです。とりあえず、アイツには……。…………」

「……凪誠士郎?」

「(ヤダな)」


いっつも理想ばかり言って。サッカーのことすらあんまり知らないクセに。


「……どした?」


不審に思ったのであろう千切が聞いてくる。

染み付いているのも本当だけど、それだけじゃない。怖いんだ。

どうして、こんなに本音を言うのが怖いんだろう。こんなんじゃ、御影と世界一になるなんて、夢のまた夢なのに。


「……俺、は、……サッカーのコト、あんまり知らないけど、潔に勝ちたい」


首をさする。


「……なるほど。奇才か変人か……OK」


プリンスは、何かを察したように凪を見た。


「データを取ろう、凪誠士郎」




「どぉ? プリンス」

「面白い結果が出たよ」


色々やらされて、息も絶え絶えの凪に、プリンスはそう答えた。


「キミの最大の武器『トラップ』に必要なのは、瞬間的な肉体の”脱力”。ボールを受け止めるために全身をクッションにする……。筋肉の流動性、しなやかさにおいては、俺よりも上か……」

「……ども」


ストレッチをやった成果かな、と凪は思う。プリンスより上はお世辞かもしれないけれど。


「……しかし」

「(ん?)」


声色が変わったのに気づいて振り向くと、真剣な顔をしたプリンスが、凪の目を見つめた。


「凪誠士郎。キミは、何か言おうとしていたね。ここでも言えないかい?」

「……!」


見抜いていたのか。凪は目を見開く。


「自身を把握することから、肉体や精神は理想に一歩近付く。それは、言葉に出すことで明確になるんだ。言ってごらん?」

「…………、え……っと」


口を何度も開け閉めする。


「(これは、チャンスだ)」


そう思うのに、言葉が、出てこない。何度も母音を発しながら、凪は言葉を絞り出す。


「お、俺、は……。……理想の、『凪誠士郎(てんさい)』に、なりたい」

「……そうなのか?」

「『天才』って、何回も言われたこと、あるけど……、そ、それは、俺がそれっぽく、振る舞ってたからで」

「うん」

「本当は……才能なんて、無い」


声が震える。言葉が詰まる。こんなこと、経験したことが無くて、もどかしさに顔が歪んだ気がした。


「『天才』って、なりたくて、なれる……ものじゃ、ないけど。……変わりたいから」

「そうか……」


自分のことを言うって、こんなキツいんだ。精神力を消費した気がする凪は、目線を下に向けた。

プリンスは口に手を当て、思案していたが、ややあって視線を凪に戻した。


「キミは、そう思ってたんだな」

「……うん」

「そうか。……キミは、自分のことを『天才』ではないというけれど、俺はそう思わない」

「え」

「キミは、創造性(クリエイティブ)能力に関してはほぼ0点だ。パートナーに依存している。でも、ゲームの中で瞬間瞬間に天才的な反応(リアクション)をしてきたから、ここにいるんじゃないか?」


頭をガン、と殴られた気分だ。

何も言えないでいる凪に、プリンスは続ける。


「それに、さっき言ったことを忘れたかい? 瞬間的な肉体の”脱力”の能力。これは、サッカーを知らないとしたら、……いや、肉体の鍛え方を知っていても、これまでの数値を出すのは稀だ」

「いや、でも……」

「これを、『天賦の才』と言わずになんと言う?」


揺れる凪の目を見透かすように、プリンスは言った。


「誰もができないからこそ、皆が凪誠士郎を『天才』と呼ぶんだ。まずは、キミがキミの才能(ギフト)を理解するところから。才能を認めるところから、”理想”に近づけよう」


絶句する。


「(認める……って?)」


でも、だって、たまたまでこれまでやってきていて。


「(っだから、それが認めてないってコト?)」


目を白黒させる凪。どうしても、認めたくなくて、でも、プリンスが言うくらいなら、真実かもしれなくて。


「……これはカウンセリングが必要だな」


本当は能動的なフットボールを教えようと思っていたんだけど、それは後だ。

プリンスは思わぬ障害にそう呟いて、苦笑いした。

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