ギーツⅨ妄想景和×TS英寿

ギーツⅨ妄想景和×TS英寿



「この前、ギーツⅨの力でどんなことができるのか試してみたことがあったんだが」

 待機期間中のサロン。唐突に、浮世英寿はそう切り出した。英寿の向かいにのソファに座っていた桜井景和は、突然なんだと首を傾げる。

「それって、確か女神の……」

「ああ、母さんから受け継いだ創世の力だ。言ってしまえばなんでもできる力なんだが、限界はある。使い手の発想力だ。実現できる能力があっても、元となるアイデアがなくちゃ意味が無い。だから、何かのタネが見つけられるかと思って、いろいろ試してたんだが……その中で、面白い使い方を見つけた。協力してジャマトと戦うんだったら、把握しといてもらった方が良いだろ」

 お前もこれ見て何か思いついたことがあったら言ってくれ。そう呟いた英寿はすっと立ち上がり、景和の隣に腰を下ろした。

 英寿は身を乗り出し、じっと景和の顔を覗き込む。端正な美貌が自分のすぐ近くに寄せられていて、座りが悪い。でもなぜだかそれを指摘する気にはなれなくて、なんならずっとこのままでもいいくらいで。

 心地良いけど落ち着かない時間。しばらくの間、英寿の視線に耐える。すると彼はふっと笑い、ぽつりと呟いた。

「目を瞑っておいた方がいいかもな」

 それは、どういう。

 そう景和が考えるよりも早く、ぱんという乾いた音がサロンに響き渡る。びちゃり。どさり。不快な水音が鼓膜を揺らした。先ほどまで、隣に座っていたはずの英寿がいない。代わりに、赤い脳漿や筋肉のかけら、大量の体液。おそらく、浮世英寿を構成していたもの──が、ソファや床、景和の服や頬にまで飛び散り、ほのかな蒸気を放っている。遅れて、むせかえるような血の匂い。鼻をつんざく刺激的なそれに目の前が真っ暗になる。


浮世英寿が、弾けて飛んだ。血と肉だけをこの世界に残して消えてしまった。


 突然のことに思考が追いつかない。顔見知りの突然の破裂というあまりにもショッキングな出来事は、かえって現実味がなくて。え?何これこれ夢?と茫然とした景和の耳元で、荘厳な鐘の音が響き渡る。錆びついた脳がぐらぐら揺れた。


 ──気づけば、目の前に大層美しい女が立っていた。艶やかな長い黒髪に、豊かな胸部。きゅっと引き締まったくびれから伸びるなだらかなヒップラインに長い足。小さな顔に行儀良く収まったパーツのひとつひとつは異常なまでに整っていて、伏せられた目元に長いまつ毛の影が落ちてる。

 女は白かった。いや、白、というのは正確でないかもしれない。女の全身は浮世英寿の血で濡れているからだ。しかし、その鮮やかな朱色が女の白磁のような柔肌を輝かせ、白を一掃際立たせていた。

 髪の黒、肌の白、血の赤。思考の端を気高く強い狐がよぎる。桜井景和にとって、見慣れたカラーリング。

 そのこの世のものとは思えない美しい光景に、思わずごくりと唾を飲む。身体が、熱い。どうしょうもなく、煮えたぎるように熱い。思わず汗が噴き出し、喉がカラカラに乾く。目の前の女に視線を縫い付けられている。目が離せない。

女がゆっくりと瞼を開く。


黒曜石のような瞳。目が、合った。


「英寿、なの」

「ああ、そうだ」

 産まれたままの姿で、女は微笑んだ。

 蝶が蛹から羽化するように。卵から雛が孵るように。体液に塗れたその女は、一度弾け、壊れ。巻き戻し、再構成され、元通り──いや、今この瞬間創り出された。他ならぬ浮世英寿自身によって産まれ直したと言えるだろう。

 清々しいほどに無邪気で、狂おしいほどに淫靡。無垢であり妖艶。純真であり円熟。桜井景和の目の前の女は、そのような形をしていた。

 周囲に飛び散っていた赤──男の英寿の欠片──が、じわじわと世界から消えていくのが、視界の端に見えた。聞き慣れたテノールより幾分高い声。しかし、その口角の上げ方と息のつき方、呼吸の仕方はまさしくよく知る浮世英寿のもので、脳が混乱する。言われてみれば顔つきも、英寿に似ている。姉や妹だと言われたら信じてしまうだろう。だが目の前の女は紛れもなくかのスターオブザスターズオブザスターズ。デザ神にして創世神、浮世英寿であるらしい。

「どうだ?すごいだろ。母さんの力。肉体変化も思いのままだ。動物にだって小人にだってなれる。まだ試してないけど、巨大化できたらきっとバッファのサポータのお嬢さんなんかともサシで戦え──タイクーン?」

 硬直して動かない、いや動けない景和に、女の英寿は訝し気な視線を向ける。しまったな……タイクーンも相当修羅場くぐってきたから大丈夫かと思ったが、やっぱりちょっと血しぶきは刺激が強かったか?

 観察する意図で、英寿は景和を上から下まで眺める。そして彼の下半身で熱を示す中心に気づき、得心したように頷いた。

「ああ、なるほど。女の裸を見るのは初めてか?それは悪かったな」」

ずいと、その肢体を男に寄せる。

「で、どうだ?」

 どうって何が。

 桜井景和のその言葉は、声にはならなかった。

 口より先に身体が動く。

「おっと」

 景和は英寿の腕を引き、ソファに押し倒した。押さえつける、といった方が正確な勢いに、英寿はぱちりと目を瞬かせた。からかうのはちょっとだけにするつもりだったのだが。思った以上にタイクーンは、この身体にキているようだ。

 そっと、サロンの壁に視線を向ける。周囲に飛び散った血しぶきはすっかり無くなったものの、まだ英寿自身の身体には付着している。赤に反応するのは牛だけだと思っていたのだが。いやあれはヒラヒラするものに反応してるんだっけ──ともかく、初心なタイクーンにあの光景は、いささか刺激が強かったらしい。

「ッ……ごめん、俺、こんなこと」

 はっと我に返った景和は、英寿の腕から手を放し、身を起こす。やばい最低だ俺、女の人いきなり押し倒すなんて、いや女の人じゃなくて英寿なんだけどでもでも知り合いをいきなり──

「うわっ!?」

 すっと手を引かれ、体勢が崩れる。気づけば、元の姿勢に逆戻り。伸ばされた腕は、先ほどまで組み敷かれていた英寿からのものだった。

「いいよ、神様の肉だ。──たんとお食べ」

 ──神託が下った。

 女はうっそりと笑い、そっと、景和の頬に飛び散った、まだ消えていなかった血を親指で拭う。そしてその赤で、自らのくちびるに紅を引いた。

 鮮烈な色味が脳に焼き付けられる。肌と口元のコントラストに目が眩む。喉がカラカラと、どうしょうもなく乾いている。

 欲しい。

 景和は堰を切ったように、その果実のようなくちびるに、貪るように、噛み付くように口付けた。

 なぜだか、柘榴のような味がした。

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