キャラメルティー
「ねぇ、クロ。ここは人が多いね」
「あァ?」
クロスギルドのおれの執務室で勝手に寛ぎながら、窓の外に見える人間達を横目で見下している。
片手にはキャラメルティーが入ったカップ、もう片手には食べかけの焼き菓子。
いつもなら目を輝かせる大好物の甘味を頬張っている癖に、普段見ないほど、その目はひどく冷たく億劫そうだった。
「群れていて騒がしいし」
「煩わしくて」
「くだらない」
独りごちる声は段々低くなっていく。比例するようにおれの胸が重くなる。
恐らくだが、兄は人間嫌いなのだろう。
女は嫌いと聞いた。男も、気に入ってない奴に対しては無関心だ。その鋏の獲物とならない限りは。
ただ、おれは弟というだけでその目を向けられたことはない。幼い頃から、1度たりとも。
……これからも決してない、などとは言えないが。
「……アニキ」
「なんだい?」
おれがたった一言呼びかけるだけでそれまで億劫さは消え、にこにこと穏やかな微笑みに戻る。
おれの兄としての、弟を愛でる為の、笑顔。
「無駄口叩く暇があるなら書類手伝え」
「えっ」
途端に慌てて踵を返して部屋を出ようとする兄の腕を、砂にした手を伸ばしフックで捕らえる。
「逃げるなよ、なァ、アニキ」
「……わかったよ。逃げないから離しておくれ、紅茶が零れてしまう」
「いつものキャラメルラテじゃねェのか、珍しい」
「この菓子には紅茶の方があうからね。クロも飲むかい?」
「いらねェ」
すげなく断られたことには特に落胆した風でもなく笑った兄に、容赦なく束になった書類を押し付けた。