キッド×廃車

キッド×廃車


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※R18

・対物性愛

・性描写有

・めっちゃ外

・細けえことは雰囲気で流せ




 ※


 その島に一泊滞在することになり、船員たちは補給や船番、または昼前から酒場に出掛けるなど、各々の仕事をしている。特にやることも無く時間を持て余したキッドは、ひとり街外れを散策していた。

 人気のない海沿いの道を山のある方へ歩いていると、ふと何かに引き寄せられる感覚がした。

 見れば、折り重なる錆びついた鉄の塊。廃品置場のようだ。

 そこにあるまだ錆びきっていない鉄が、キッドの磁気に反応したらしい。


「ってことは、まだ使える部品もありそうだな」


 キッドは『立入禁止』の柵を乗り越えて、廃品を物色することにした。

 工業機械の一部、家具の脚、どこかから抜け落ちた釘、鉄柱を留めるナット……反応のあったものを拾っては、気に入った鉄を引きずっていく。

 スクラップを踏み分けて進むと、山裾の崖際にひときわ大きな塊が──廃車が並んでいた。

 側面に大きく傷がついていたり、正面が潰れていたりと、もう壊れてしまった車たちを、キッドはひとつひとつなぞるように見て回った。


 そうしてひとつだけ、目が止まる。


 表面は埃を被っていて、放っていただろう光沢は隠れてしまっている。天板は元々無いようで、風雨に晒されたのか、中のシートは色あせ、革製の背もたれはささくれている。タイヤもだいぶすり減っていて、一つは無くなっていた。

 けれどその車は、どこも崩すことなくその形をしっかりと残している。


「…………」


 外から腕を伸ばして、ハンドルやギアに手をかける。僅かに軋む感覚はあるものの、動かせそうだった。

 ボンネットを軽く右手で掃くと、塗装の艶が掠れて覗く。ロックを外してガコンッとそこを開けば、部品はひととおりそのままになっている。いくらか壊れて錆びついているようだったが、これなら治せるかもしれない。


「お前、まだ走る気はあるか?」


 蓋を下して尋ねる。

 車はガコンと音を立てて、埃まみれのフロントガラスに、太陽の光が鈍く光った。


 ※


 船から機材を運んできたキッドは、積み重なった車を一台ずつ確認していった。

 死んだ車から、まだ辛うじて生きている部品を取り出す。蓋を閉じて、指先で軽く叩いた。


「貰ってくぞ」


 集めた部品をあの廃車のものと差し替える。完全に同じものを集めきることはできなかったが、いくらか代用は利くだろう。

 給油口を開けて、持ってきた燃料を入れる。

 車内に鍵は見当たらない。けれどその程度なら問題無い。キッドは指先で鍵穴に触れると、中の部品を磁気で無理矢理回した。

 ふすん、と空気の抜けるような音がして──徐々に車が震え始める。ドクドクと大きく鼓動を刻んで、エンジンが熱を上げていく。

 その様子に、キッドの口角も思わず上がった。


「寝起きのわりに威勢がいいじゃねェか」


 だが、とエンジンを止めて、シートの背を掃う。


「もう少し我慢してろ」


 作業員が使うのだろう、近くの手洗い場から水を拝借する。鉄の肌を磨いていくと、だんだんと光沢が戻ってくる。

 纏った埃を落としたことで、つるつるとした身体に、浅い傷跡がいくつも刻まれているのが見えた。捨てられてからできたのか、走っていたときについた傷かもしれない。

 錆びついた扉の留め具に油を刺す。車内の汚れも拭って、シートのささくれには布を被せる。

 そうして身支度を整え終えた頃には、太陽はすっかりと山の向こうに消えて、赤い空にその影を黒く浮かび上がらせていた。


 ※


 崖上の山道は、車が通るにも申し分ない広さがあった。キッドは能力を使って下の廃品置場から車を運び上げ、運転席に乗り込んだ。

 無い鍵を刺せば、やがて油の血潮が音を立てて、鉄の身体を滾らせる。

 座席から、足元から、触れる掌から、車の熱がその内に乗せたキッドの全身に伝わっていく。


「ハ、いい子だ」


 キッドは目を伏せて、車が完全に起きるのを待った。がさついたダッシュボードを撫でて、小さく息を吐く。車の振動に合わせて、己の胸が打つのを感じた。

 日はもう落ちきった。月は出ていない。木々が遮る朧げな星明りの下、手探りでライトのスイッチを付ける。目の覚める光が道の先を照らした。


「行くぞ」


 ギアを入れて、ブレーキを離す。アクセルをゆっくりと沈めると、舗装されていない土の道を蹴って、車が動き出した。

 アクセルを踏みつける。小石を蹴り飛ばして、車は山道を駆け登っていく。

 道は山の中へ入っていった。森からはみ出した木の根にタイヤが乗り上げる。ぐらりと車体が跳ねるも、その重心はブレることなくしっかりと着地して、車は止まることなく前を向いた。

 ガタゴトと、駆動と悪路とが車とキッドを大きく揺さぶる。


「随分なはしゃぎっぷりだなァ!」


 車以上に息を弾ませてキッドが叫んだ。小枝を踏み越えて進んでいく。枝先が車に当たって、カリカリ塗装の削れる音がしたが、車の歓声に掻き消えた。

 クラッチを踏み込んでギアを上げる。闇を割いて車が一段と加速した。

 揺れる振動で、シートとキッドに挟まれた当て布が擦れて、ささくれた革きれが布に突き刺さった。キッドの身体が跳ねるたびに、首や背中が軽く引っかかれて、細く痛みが走る。

 またがくんと揺さぶられて、キッドは舌先を噛み潰してしまった。口の中に鉄の味が広がった。


「ッ……ああ、最高の乗り心地だ」


 左の義手にハンドルを任せて、振動に痺れた右手で、吊り上がった口元を拭う。

 鼻先に擦れた右手からも、仄かに鉄の匂いがした。血とも、義手の鉄とも違う、先ほど車を磨いたときに染みて移った匂いだった。


 ※


 道は山頂まで続いているようだったが、車で通れる場所は中腹で限界らしい。次第に狭まってきた道幅にキッドは舌打ちして、ブレーキをかけて車を止めた。

 ギアを入れ変えて、ハンドルに寄りかかりながら道の先を睨む。

 車はまだ鼓動を響かせている。


「……まだ足りねェのに。なあ」


 車を反転させて今度は山を下っていくか。それとも一度車を降りて、道の先にまだ車が通れる幅が無いか確認して登り続けてみようか。

 そう思案しながら、キッドはその右手を下腹部に這わせた。


 車も、キッドも、この熱はまだ止められそうにない。


 ギシリと軋む扉を開けて、痺れにふらつきながらキッドは車を降りた。

 辺りは暗闇で、ただライトの先だけが照らされている。スイッチを切ってライトを消すと、視界にぼやけた残像だけを留めて、何も見えなくなった。

 闇の中で、ドクドクと車の動悸だけが聞こえている。

 キッドは車に寄りかかって、その音を身体で聞いた。車の体温と振動が、芯に響いて熱を受ける。目の奥にチカチカと光がちらついている。

 手探りに硬い肌を撫でると、機械の内臓を携えた部分と裏腹に、夜風を受けた側面はひんやりとして、掌の熱を飲み込んだ。


「は……」


 夜闇に目が慣れてきて、車の輪郭がぼんやりと視界に映る。

 キッドは腰のベルトを外して、そこをくつろげた。

 己の熱を晒して、硬い身体へ擦り付ける。触れた冷たさに一瞬腰を引くが、何度か触れるうちに、鉄の肌はキッドの熱を移して、ほのかに温もりを帯びた。鳴り止まない重低音が、ずくりと臍の下に響く。

 熱と共に濡れていく欲から、触れた先の曲面を、粘ついた雫が伝い落ちる。溢れた雫が細い傷に溜まり、振動に震えてまた下へと伝っていくのを、キッドは目線でなぞった。

 上気した身体を夜風が掠めた。擦りむいた首がヒリつく。


「ふ……はは、クソ、痛ェな……ん、」


 左腕を伸ばして、バンパーに手をかける。ゴリゴリと抉るように腰を引き寄せて、その鉄肌へ、水気を借りて熱を滑らせる。

 車は身に纏った浅い傷で時折キッドを甘く掻いて、鉄の身体を高鳴らせて震わせた。


「ぐ、ッんん゛っ」


 思わず左腕に力が入り、ガリッと鉄の擦れる音がした。弾みで車がガタリと揺れた。


「ッあ゛……そう文句言うなよ。お相子だろ……?」


 身体を押し付けながら、キッドは右手でボンネットを撫でた。掌に、熱と鼓動が返される。

 額に滲んだ汗が、打ち付ける度にはたはたと車の上に垂れ落ちて、踊るように震えて跳ねている。唇で追いかけて、痺れた舌先で仕留める。塩水と車の傷が噛み跡にじくりと滲みて、飲み込めば鉄の匂いが腹の奥まで満ちた。


「クソッも、イ……っぅ゛あ……ッッ」


 左手で強く身を寄せて、ギッと爪を立てる。どろどろと吐き出された熱を、硬い鉄肌が受けとめた。


「……ぁ、はッ、はあ」


 キッドは震える右手でエンジンを止めた。

 鳴り響いた低音が消えて、辺りはしんと静まり返る。ただキッドの吐息だけが空気を揺らしていた。


「っは……あ、はぁ、……ふ……」


 車の熱がゆっくり引いていくのを感じながら、呼吸を整える。

 シートから穴だらけの布を剥がして、互いの情事を拭う。布を丸めて助手席に放り投げ、ベルトを締めて、ふう、と一息ついた。

 ふと周囲に目をやると、木々の隙間から、ちらりとだけ、光の粒が覗いている。僅かに見える星空と、その下の点々と落ちる街灯りに、キッドは眠気を誘われた。

 車に乗り込んで、背中を刺すシートに構わず寄りかかる。


「……どうせなら……こんな狭い空より、頂上の景色でも拝みたかったもんだな」


 ハンドルを撫でて、目を閉じた。


 ※


 瞼に刺激を受けた気がして、キッドは目を覚ました。

 山の中はまだ薄暗いが、夜よりは明るさを取り戻し、闇一色だった木々が元の色を見せ始めている。

 上体を起こそうとして──後髪の先が裂けたシートに絡まっていたのか、くんと軽く引き留められた。


「おう、おはよう」


 髪を外しながら応える。

 キッドは一旦車を下りて、身体を伸ばした。コキリと肩を鳴らし、顔を上げると、眩しい光が瞳孔を刺す。

 明るくなっていく景色は、夜のそれよりも、広く遠くまで見えた。

 木々の間から、奥の空が白んでいくのが見える。少しずつ昇る太陽が、紫色の雲を透かして、まだ灯りの残る街の影を薄めていく。向こうには海が覗いて、水平線にきらきらと波が立っている。


「へェ。悪くはねェな」


 キッドは車に寄り添いながら、空が薄青く色づいていくのをしばらく眺めた。


 ※


 山道を車がカタカタとゆっくり下っていく。道の上から木の葉が緑の影を落として、合間から光が差し込んでいる。

 向かい風が登る。朝露の滲んだ土の匂いと、それから微かに、鉄の焼ける匂いがしていた。

 道脇の木がだんだんと減っていき、やがて道は開けた崖の上に出た。車を止めて、身を乗り出す。眼下には元の廃品置場が見える。

 キッドは車に乗ったまま、車を浮かせて崖をふわふわと下りた。

 地面に着いて、仄かに揺れる鼓動を受けながらギアを撫でる。

 車に入れた燃料は一晩分。残ったこの熱も、じきに尽きるだろう。


 ※


 冷えた車の中で、キッドは小さく息をついた。鍵穴に触れて、その中を元の形に戻す。

 車の扉に手をかけて開くと、ガキン、と甲高い音を立てて、扉が車から外れた。錆びついていた留め具が壊れた音だった。

 車を降りて、扉を立て掛ける。

 端の焦げたボンネットを開く。置いていた工具を手に取って、焼けた部品を外して水に晒す。

 布を濡らして、土埃と、昨夜の跡を拭っていく。

 蓋を閉じて、キッドは車を軽く叩いた。

 コン、と軽い音がする。もう、身を響かせるあの鼓動は聞こえない。


「お前も楽しめたか?」


 右手に感じる冷たい金属の肌を、するりと撫で上げる。なめらかな塗装に刻まれた傷跡たちが、指先を淡く引っかけた。


 ※


 荷物をしまって、帰る準備を済ませる。日はもうだいぶ昇った。そろそろ出航の時間も近いようだった。

 振り返ると、山裾の崖際に廃車が並んでいる。

 側面に大きく傷がついていたり、正面が潰れたりと、埃を被り、もう壊れてしまった車たち。

 その中に並んで、昨夜の車が、少しだけ強く光を反射している。

 キッドは目を細めた。


「──ああ。じゃあな」


 背を向けて、軽く手を振る。鉄の腕が一瞬、光を受けて輝いた。


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