キスキル

キスキル


 キスキルが変。そう思ったのはほんの数日前のことでした。


「んぅー配信終わりっと! おつかれー」

「お疲れ様。コーヒー淹れるね」

「ありがと、って言いたいんだけど、ごめーん! 今日はこの後用があるからまた明日貰うわ! 打ち合わせは夜でオッケー?」

「そうだけど……」

「りょーかい! じゃ、また明日!」

「あ、ちょっとキスキル!」


 止める声も届かないくらいに早くキスキルの足音が遠ざかっていく。呆然と見送る私の伸ばした手が宙を漂って、行く当てもなく端末を取った。

 怪盗として、あるいは配信者として。膨大な情報が流れるのを処理する私はきっと固い表情をしているのだろう。豊かな香りのコーヒーも、集中力を保ってはくれない。柔らかなソファだって今の私の心を受け止めるには不十分だ。

 最近のキスキルはおかしい。仕事はする、配信はいつも通り。でもそれ以外の時間ではどこか呆けたように外を見ていたり、ショッピングサイトの閲覧履歴に強烈なプロテクトを付けていたり。私が聞いても誤魔化してばかりで……はっきり言って、不愉快だ。


「足跡も全部消してる。消し過ぎてかえって不自然なくらいだっていつものキスキルならわかるはずなのに」


 監視カメラやネットワークを使っての追跡から逃れるのは不自然なことじゃない。私たちはお尋ね者なんだから、普段から意識していて当然だ。でも今のキスキルは明らかにやりすぎている。顔を見られたくないからって集合写真の自分だけを黒く塗るのと同じように、明らかな空白の痕跡はセキュリティフォースの目に留まれば怪しまれてしまうだろう。


「キスキル……なんでこんなこと」


 考えられるとしたらなんだろうか。

 端末はキスキルについての情報を流し続けている。度々みられるのは、私や彼女に恋人がいるかという疑問、猥談、願望。下卑たものばかりだけれど、そんなものが目に付くということは、私自身脳裏にソレがあるということだ。

 深く、深く息を吐く。肺が重い。気分の重さを反映してるかのように身体がソファに沈み込んでいく。

 下らない情報ばかりだ。似ている女が風俗にいたとか、配信の私たちしか知らないくせによく言える。似ている女がパパ活をしていた、似ている女がビルの屋上にいた……これは消しておいたけど。


「けもの……じゅうかん? 動物とシてたって、そんなの頭がおかしいでしょ」


 反吐が出る。反吐が出るけど、こんなくだらない言葉が気になったのは近所だということと、一緒に投稿されていた画像。荒いうえに真っ暗で素人が弄ったくらいじゃわからないけれど。


「くだら、ない」


 ギシ、と端末が揺れた。

 解析と修正。私にはわかる、私にしかわからないかもしれないシルエット。

 

「キスキル!」


 普段よりずっと勢いよく飛び出した私自身が焦燥を物語っている。すれ違う人たちの驚いた顔も気にならず、私は駆けていく。






 キスキルを見つけることは簡単だった。痕跡を消して移動する彼女を追うには、消された跡を追えばいい。今の彼女はそれをカバーすることすらできていなかった。

 ……後姿を見ても、彼女の浮かれ具合はわかってしまう。鼻歌すら聞こえてきそうなほど柔らかく揺れる髪、一瞬の横顔は乙女のように輝いて見える。


「嘘、でしょ」


 呆然としながらも彼女を見失わなかった私は偉いと思う。どうやって移動したかも覚えていないけれど、普段の習慣も手伝ってか、気付いた時にも不自然な点はなかった。

 キスキルは足を進めてどんどん人気のない方へと向かって行く。明かりさえ乏しい森の中じゃ、マップにも道は表示されない。そんな中を迷いなく歩けるということは、何度も来たに違いない。

 バレるわけにはいかない。疑念はどんどん膨らんでいるのだ。息を殺し、気配を殺してゆっくりと彼女の後を追う。

 十分ほどだろうか。歩き続けたキスキルは少し開けた場所に出ると、木の根元で腰を下ろした。


(疲れて座ったって感じじゃない。あれは何かを待っている?)


 キョロキョロと辺りを見回しながら手を重ね、もじもじと動かすキスキルの姿なんて初めて見た。本当に恋する乙女みたいで、私の心が一層沈んでいくのがわかる。

 しかも、それが。


「あっ!」


 キスキルの声にバレたのかと息を呑んだけれど、彼女の目は全く違う方へと向いている。

 葉を分ける音をさせながら現れた獣に、私は思わず口元を覆う。声を上げなかったのはたぶん、偶然か何かだ。だけどそれに救われたのは確かだろう。


「やっと来た! もぉ、いじわるぅ……」


 粘つくほど甘い声。聞いたことが無い、聞き慣れたその声に口の中が気持ち悪くなっていく。

 

「グ、グゥウ」


 おぞましい唸りに思わず身が縮こまってしまう。普段怖いもの知らずの怪盗だなんだと言っても関係ない。

 大きな獣だった。大きな犬とか、そういうレベルじゃない。頭からかぶりつかれたらそのまま餌として全て喰い尽くされてしまいそうなほどの巨怪。周囲で美しく鳴いていた虫や鳥達さえ水を打ったように押し黙っている。この場を邪魔すれば殺されてしまうと本能で理解しているのかもしれない。

 四肢と体には暴虐の筋肉を纏わせて、威圧するようにたてがみをなびかせた姿。ギラつく目は獣の王の如く高圧的で、威圧的だ。

 隙を見せれば殺される。そんな獣を相手に、キスキルは驚くべき行動に出た。


「んふふぅ💗レオグン、れおぐぅん💗」


 まるで最初からそういう生き方をしていたみたいに、キスキルはごく自然と四つん這いのまま獣へと向かって進んで行く。だらしなく口を開けて、上気した顔を淫靡に歪めたままに。

 キスキルと獣が近づいていく。止めなきゃいけないけれど、止める手立てもない。あっという間にその鼻先が触れ合うと、荒い息を吐きながらキスキルの舌がダラリと伸びた。


「んぅ、おっ💗はぁう、きす、キスぅ💗レオグンのお口臭くて好きぃ💗んぶっ💗ふぅうう💗」

「グル……」

「あぁうんっ💗今日はレオグンのために牛乳にしたの💗コーヒーの味嫌いでしょ?」


 吐き気がした。ううん、実際吐いたのかもしれないけれど、そんなことは気にもならなかった。

 生臭そうな獣の口に喜んでむしゃぶりつくキスキルの言葉に、嫌な汗がとめどなく流れていく。


「レグオンはどう? 私の味は好き?」

「グルァ!」

「ひゃっ、あん、もぉ……ごめんなさい💗メスが調子に乗ってごめんなさい💗」


 プライドも無く、キスキルは身体を伏せる。土下座じゃない。それこそ犬がするみたいに腕を投げ出した姿だ。

 そんなキスキルの背中に獣は前脚を乗せた。きっと、獣にとってそれはとても慎重な動きだったのだろう。傍目から見てもゆっくりと動かしたのがわかる。


「うん、うんっ💗そうだよね、レオグンの恋人なのに服を着てるなんてダメだよね💗ふふ、レオグンってば優しい💗」


 ……吐き気が、した。

 キスキルの目は美しく輝いていて、とても幸福そうに緩む口元からは愛情が言葉として紡がれている。

 キスキルは一瞬の戸惑いすらなく服を脱いでいく。はぎ取る、とさえ言えるくらい乱暴に一糸纏わぬ姿になって、その肢体を晒す。

 健康的な肌、しなやかな手足は染み一つ無く、張りのある胸とお尻は確かに存在を主張している。きっとネットの男性達が彼女の今の姿を見れば見惚れてしまうほど美しい裸体だと確信できる。

 でも、でも。

 

「あぁ……💗レオグン、今日も私を愛して? 貴方の恋人、ううん、貴方のつがいのメスを、貴方だけのモノにして……」


 手を地面について、うっとりとたてがみに頬ずりをする彼女を愛おしいと思える人が、どれくらいいるだろうか。



3 


 一瞬だけ、ある種の絵画にも見えたかもしれない。巨大な獣に身を委ねる全裸の女性というのはいかにも題材になりそうだ。

 でも直後にそんな雰囲気は霧散する。


「すぅ、はぁあ……んご、ふっ💗すっごく素敵な臭いがする……私の大好きなレオグンの雄の臭い💗はぁ、はぁう💗臭くて、鼻がおかしくなっちゃうぅ💗」


 四つん這いのまま、キスキルはだらしなく出した舌から唾液を垂らしていた。鼻と口からいっぱいに息を吸い込んだと思ったらムセながら鼻水を噴きだして、それさえ嬉しそうに腰を揺らしている。

 私は反射的に鼻を摘まんでいた。すえた臭い、と表現すればいいのか、獣臭と生臭さが入り混じり、一瞬嗅いだだけで嘔吐物がせり上がって来る感覚がする。

 それを間近で、しかも何度も深呼吸するなど常軌を逸している。

 怖気を隠すように縮こまる私の視線の先で獣が動く。足音も静かにキスキルを跨ぐように動いて、その、おぞましい、モノを。


「ぁ💗っはぁああ💗きた、きたぁ💗レオグンの勃起ちんぽっ💗おっきくてくっさいケダモノちんぽぉ💗こんなにガチガチにして、メスのおまんこズコズコしたくてしょうがないのね💗すん……ふ、ぁ💗くさぁ、すぅうううううう💗はぁああああああ💗」


 おぞましい嬌声が暗い森に響く。その声を上げているのがキスキルだという事実が、目の前で繰り広げられているのに、私の心は未だに信じ切れていない。

 その……肉棒。いくら私でも普通の人間のソレくらいで赤面するような初心じゃない。

 問題はそれが獣のモノだということ。赤黒く、人間とは違う異質な形。血管が浮き出て一部が捻じれており、どくんどくんと脈動している。そしてひと際恐ろしいのが太さで、女性の腕並みに太いのではないだろうか。キスキルの頭の先から顎までよりも更に長く、肉棒と呼ぶにはあまりにも凶悪だ。そしてその先からは、黄みがかった白濁液が滲んでいる。

 キスキルは、躊躇なくその白濁液に鼻を突っ込んだ。


「ん、ぐ💗ずる、ずるうううぅううううう💗げ、ほっ!ごほっ、お、えへえ💗鼻の中までレグオンのザーメンだらけになっちゃったぁ💗ふぅ、はぁ💗こんなにしちゃってぇ……仕方ないから掃除してあげるぅ💗」


 顔は見えない。暴力的な肉棒に夢中なキスキルは、でも、何をしているかはわかる。

 突き出した舌をべっとりと肉棒の先に当てて、綺麗な唇を肉棒の先に当てて、じゅるじゅると淫猥な音を立てて啜っている。

 腕を肉棒に絡ませて、繊細かつ大胆な手つきで扱いていく。獣の唸り声に合わせて強くして、時々いたずらに引っ掻いて。腕と手で獣を翻弄しながら、口を一生懸命に使って奉仕している。



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「んっ💗はぁ、あぁあ💗レオグンのちんぽ好きぃ💗ねえレオグン、見てぇ、嗅いでぇ……私の愛液でドロドロのメスまんこ💗レオグンのための交尾穴ぁ💗おっ💗んぉおお💗だめだめだめぇっ💗あっ、あっ、勝手にイクっ💗ふ、っぐぅうううううイグイグイグぅうううううう💗」


 キスキルの普段のとは全く違う濁声に、私の頭がぐちゃぐちゃにかき乱されていく。つらい? 気持ち悪い? 怒り? どれでもない、頭蓋骨が割れて脳みそが飛び出しそうだ。目の前の景色は、本当に現実?

 獣の肉棒に跪いていたキスキルの顔は見えない。でも、後ろ側はわかる。彼女はお尻を、男を……ううん、オスを誘うように淫らに振って、その合間の……大事な場所は驚くほどぱっくりと開いている。暗視ゴーグルでもわかるほどに多量の愛液が地面に小さな水たまりを作っている。

 そして身体を震わせながら絶頂を迎えるような、特別汚い嬌声を上げるキスキルを。


「んぶぅっ! ぐ、ぶぅううぅっ⁉」


 野太い獣の肉棒が文字通り跳ね上がる。

 それは男性のイチモツが射精のために跳ねるのとはわけが違った。細い丸太を振りかぶるような勢いで絡みついていたキスキルを跳ね飛ばし、びっくりした顔のキスキルに向けて射精を始めた。

 ……あれを射精を言えるのだろうか。ごぷり、とただでさえ太い肉棒の中を何かの塊が音を立てて先端へと移動していくのが見えた、気がした。ソレが先端にたどり着くと勢いよく飛び出し、キスキルの顔へと叩きつけられる。


「ぶはっ! んぶ、ぐぅう⁉ げほ、ごめっ💗がっ、ごほっ……はぁ、はあっ! ま、まって、死んじゃう、ぎゃっ💗」


 どぷん、どぷん。そんな音が聞こえるくらいの多量の射精が合計六回キスキルの顔へ吸い込まれていく。

 一帯がこれまでより遥かに強烈な獣の性臭に満ちていく。呼吸さえままならず、私は浅い呼吸を繰り返す。それが臭いのせいなのか……繰り広げられる光景のせいかはわからない。

 どうにか呼吸を整えようとキスキルは顔を覆う精液を手で拭い、深く息をして。

 すぐに目の前の獣に向けて、蕩ける目を向けた。


「ん……うん、わかった💗」


 なにが分かったのだろう。あんな獣の濁った眼に、何があるというのか。

 キスキルは白濁溜まりを覗き込むように四つん這いになった。その後頭部に獣の前脚が乗って。


「はっ、はっ……い、行くね💗レオグンが良いって思うまで、身勝手なメスのお仕置きが終わるまでいじめていいから……💗」


 何があるのか、私は少し怪訝な思いを抱く。

 これまでのキスキルは私の全く知らない顔をしていたけれど、今の瞬間の顔は見たことがある。

 あれは、確か、命の危機を。

 

 獣の前脚に力が入り、キスキルの顔が白濁に沈む。

 少しの静寂のはずなのに、長く感じる。繰り広げられていた狂った光景とは違うモノだということが肌でわかる。

 そして何秒かした後、キスキルの頭が上がろうとして。


「ん……んん、んんー! んぐっ、んんんん! がほっ!」


 空気を求めてがむしゃらに手足をばたつかせ、どうにか白濁から逃れようとするキスキルの頭。それ獣の前脚が押さえ続け、決して逃がそうとしない。


(た、助けなきゃ……)


 ただ見ている場合じゃない。なのに、私の身体は動いてくれない。異常な光景に脳を砕かれたように手足に命令が伝わらない。

 そのうちにもキスキルは暴れ、けれど獣はキスキルを沈め続けている。やがてキスキルの動きが弱くなり、ぐったりとし始め、その手が止まる。その瞬間。


「グガアアアッ!」


 獣は器用にキスキルを仰向けに転がし、胸へと脚を叩きつけた。


「……が、はっ!ごほっ、げほっ! か、は……はっ……はああ……あ、は💗死んじゃうかと思ったぁ……💗」


 どうしてそんな顔ができるのだろう。

 呼吸すら不安定な真っ青な顔で、顔中が汚濁に汚れたままで。

 自分を殺しかけた獣へと溢れんばかりの愛情に満ちた瞳を向けることができるのだろうか。

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