ガトートカチャ「そうして俺が生まれたってわけ」

ガトートカチャ「そうして俺が生まれたってわけ」




最初は命乞いか何かと思った。実際、彼の血縁は俺が殺して見せたわけだし。

人を食った羅刹。それが俺に求婚を? 馬鹿げてる。命乞い、ないしは隙を見せた所を攻撃してくるつもりとしか思えない。

しかし「そんなら俺の魅力でも話してみろ」と鼻で笑うと、出るわ出るわ称賛の山! どこからそんなんが出てくるのやら不思議で仕方がない。羅刹って奴は口も上手いんだな、と思いながら聞いてやっていた。


……全くふざけている。俺のどこに女としての魅力があるというのだろう?

そこらの男を捻り潰すのが得意で、巨木を振り回す女だぞ。世間一般が求めるような淑やかさだの美しさだの、そういうのとは無縁なのが俺だぞ。

しかし目の前の羅刹の言葉は止まらない。そうかそうかありがとうなと聞き流してやっている内に、どんどん内容が深くなって来ている気がする。黙ってやってれば調子に乗るな。


「おい」

「! もしや返事をしてくれる気に!?」

「人を食った身で何を言うか。お前の言葉など聞く気もない」

「そ……そうか。……だが、お前のような美しい女に殺されるのであればそれもまた良いかもしれない」

「……あっのなあ」

呆れ果てる。ここまで行くと尊敬する。コイツも舞台に立っていれば大成しただろう。

ため息をつきながら拳を握った所で、「おーい!」と聞き覚えのある声がして振り返る。


「ビーマ! いやあ凄いね、ここに向かう途中でも彼の声が聞こえて来たよ。熱烈じゃないか」

「あ、姉貴!? な、何でわざわざ……俺一人でも問題ないぞ? あ、待たせすぎたか? ちゃんと今折るからな?」

「いや待って待って! 余りにもそれは無情というモノだよビーマ、彼はこんなにも思いを伝えているというのに。それに応えないままというのは道理に反するんじゃないか?」

「は? 道理!? コイツは人を食っているんだぞ!」

「何も死のみが償いではないよ、ビーマ。現世で罪を雪ぐというのも大切なことだ」

何を言い出すのか。何を言い出すのか!? 時々姉の発言には驚かされるが、今回もまた凄まじいことを言い出している。

わざわざここまでやって来たのも意味がわからないが、向こうの肩を持つのも意味がわからない。


「どうだろう、一つ、彼の言葉を真面目に受け止めてみては」

「はぁ!?!? 正気か姉貴、いくら何でも」

「ほら、貴方も。まずはしっかりと伝える努力をして下さい、それではただの独り言だよ。ちゃんと会話になっていません」

「これはこれはかたじけない。では改めて……」

「おいコラ俺のユディ姉と仲良くすんな!!」

同じように聞き流そうにも、その度に姉貴がじっと見てくる。ちゃんと人の話は聞かないと、と諌めてくる。

……その目には弱い。仕方なく、本当に仕方なく聞いてやる。お前のためじゃなく、姉貴のためだからな!


またも羅刹は語り出す。滔々と、まるで大河か何かのように俺への賞賛を吐き出し続ける。


………。……………。……!? …………。

……………………………ッ、……………!!


「ま、待った!!!!!!!!!」

「もしや返事を!?」

「思い上がんなボケ」

「ビーマ! 会話だよ、会話! 肉体言語じゃなく口頭で!」

「姉貴ィ!!!! っじゃなくて貴様!!」

「はい!!」

「その嬉しそうな顔やめろ!!」

……ずつうがいたくなってきた。早く話を切り上げたい。この奇妙な状況から解放されたい。


「……今の言葉、嘘偽りはないな?」

「ああ! ない!」

「なら、あー、その方面については受け入れてやる……。好きにしろ。嘘八百並べやがって、命乞いかよ情けねえ、とか疑うのはやめといてやるよ」

「!」

「今ので喜ぶなコラ」

何なんだコイツ。


「それで……それで……」


殴れ、というなら大得意だ。懲らしめろ、というなら任せてほしい。

だが色恋沙汰というのは、本当によく分からない。

自分では、相手の求めるものを与えられる気がしない。だって、こんな女だぞ。

散々女らしくないと言われて来た身だ。それだけ家族を受け止めてやれている、守ってやれているという誇りでもあるが、いやしかし。

自らの女を求められるのは初めてだ。勝手がわからん。


「それで……あー……?」

これは、どこに着地させればいいんだ?


「ねえビーマ。私はね、君はもっと自分に自信を持っていいと思うんだ」

「……へ?」

「この状況で、君が出来る最も正しいことは何だろうか? それは、彼を殺すことではない。同時に、これ以上の悪を見逃すことでもないよ」

「や、でも」

「自信を持ちなさい。私たちの自慢のビーマなんだから、ね!」

姉貴は軽く俺の背を押したと思うと、そのまま後ろに下がった。そのまま見守る方向に移ったらしい。

腕っぷしは弱いくせに、こういう所では敵いそうもない。

これを伝えたらもう大丈夫だ、と信頼されている……らしい……!? いやしかし彼女の信頼は裏切りたくない。


「いいか、二度と人を害さないと誓え。それが出来るならば、」

出来るならば? 咄嗟に、何が対価として払えるのを考える。


……。

これを言ったら、外見の割に女々しいと落胆されるだろうか。そんな対価では頷けないと激昂されるだろうか。

しかし俺には未知のことばかりで、これ以上の支払いが出来そうもない! これで無理というなら大人しく死んでいただこう。うん。ボキッと背骨を折ろう。


「い……いい景色の山を知ってる! 酷く険しい山だ、誰も踏み入らねえから花やらが綺麗で、ええと……そ、そこで、会ってやる約束くらいなら」

「誓います!」

「ま、まだ会う約束だけだ!! その後はお前の行動次第なんだぞ!?」

「誓います!!」

「迷いねえなぁ!?」

その程度でいいのかよ。そんなんでお前、喜んじまうのかよ。

欲がないのか馬鹿なのか。


そうして心底呆れ果てているはずなのに、馬鹿にしているはずなのに。

どうして俺は、こんな気分になっているんだろう?

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