何で本編(幻覚)後の幻覚見てるんです?
〜残り六日、月曜日〜
虚討伐任務は滞りなく、早く終わってしまった。それは褒められるべきことであろうが、五番隊副隊長は曇り顔であった。それもそのはず、任務中も頭の片隅には昨日の悩みが残り続けていたのだ。
悩み抜いた結果、彼が出した答えは、
「よし、白哉に相談しよう。」
友人に頼ることだった。
六番隊隊長朽木白哉。言わずと知れた貴族であり、規律を重んじながらも情に溢れた人物。出会いから今まで、すれ違うこともあったが、現在は友と言って差し支えない存在だろう。大切な家族のいる彼からなら、良い情報が得られるかもしれない。そう考えると、自然と足が動いていた。
六番隊舎前にて、
「白哉クンいますかーー?びゃーくーやーくーんー。」
いつもならばコレで(苛立ち半分で)出てくるのだが、今日は返事すら無い。
もう一度、より大きい声で呼んでやろうか、と息を吸ったところで、扉が開いた。
「朽木隊長は任務で今居ないですよ。」
「…マジか。俺大分恥ずいやつじゃん。ありがとね阿散井くん。」
「隊長は任務後は屋敷に戻るんで明日まで不在っすね。隊長に何か用すか?急ぎじゃなければ俺が言伝を…」
「あーごめんね。そういうのじゃないんだ。ガッツリ私情の話。お悩み相談、的な?」
「というと?」
「うーん…えっとね…『感謝の品』ってどういうの贈れば良いと思う?って話」
「『感謝の品』っすか。」
「うん、相手が欲しい物をあげるべきなんだろうけど、それが何なのか分かんなくてさ。」
「その相手には聞いてみたんすか?」
「『そういうのいい』って言われちゃってね。…もしかして贈ること自体迷惑なのかな?」
「それは無いんじゃないっすか?」
「え?」
〜〜
「相談にのってくれてありがとうね。仕事中だったよね?」
「いや!気にしないでください!でもそろそろ俺も仕事に戻りますんで!」
「本当にありがとう」
本来の相談相手ではなかったが、十分に実りある時間となった。
阿散井副隊長に重ね重ね礼を述べ、隊舎を後にした。
「白哉にはまた今度行くか。」
〜残り五日、火曜日〜
五番隊舎にて、
「…そして、一寸法師は姫と両親といつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」
自室で子供たちに読み聞かせをしていると、隊長が入ってきた。
「お、全員おるな。お前ら、おやつの時間や。」
「やったー!」「はやくたべよー」
「急ぐな急ぐな。手洗ってこい。ほれ、お前も一緒に。」
「俺もですか?」
「ええやろ、息抜きや息抜き。」
「息抜きするほど仕事(ソレ)も育児(コレ)も立て込んでないですけど。」
「なんやいらんのか?」
「食べます。」
「じゃあちゃんと手洗ってこい。早よせんとあの子らに全部食べられてまうで。」
そう急かされ、手を洗い、戻ると既に菓子が広げられていた。しかしまだ手はつけられていない。子供たちも我慢ができるようになったのである。
自身が着席したことを確認すると、隊長が号令をとった。
「はいじゃあ手ぇ合わせて」
「「「いただきまーす!」」」
「いただきます。…柏餅ですか。」
「せや、美味いやろ?老舗ってだけあるわ。わざわざ足運んだ甲斐あったわ。」
「え、隊長が買ってきたんですか?」
「たまには自分で選びたくてな。」
隊長が購入した、と言う事実に驚く。これには訳がある。
育児頻度の低いある隊士が何か隊に貢献しようと甘味を差し入れした結果、子供たちは大層喜び、差し入れた隊士に名前を呼ぶほどに懐いた。それを見た一部の隊士達が自分も自分も、と同種の手段を取るようになった。以降子供たちのおやつは手作りから駄菓子、洋菓子和菓子と多様なデザートの『差し入れ大会』と化している。(全て隊士の自腹である)───ちなみに子供達の反応、もとい菓子の評価は甘いようで結構シビアである───そのため、隊長が自ら購入することは滅多にない。
その事実に驚きつつも、前から取り付けていた『約束』を確認する。
「そうだ、日曜日、ちゃんと帰ってきてくださいね。」
「分かっとる分かっとる。」
これで、確実に日曜日に隊長に贈ることができる。残り四日。何としても隊長の望むものを贈ってみせる、と決意を新たにした。
〜残り四日、水曜日〜
夜、とある料亭にて、
「ふむ…そもそも浦原喜助(ヤツ)の言葉が切っ掛けなのが腹立たしいな。」
「うーん仰る通り。」
二番隊隊長と五番隊副隊長が密談を交わしていた。
百年前の事件以来、互いに嫉妬などでいがみ合うこともあったが、現在は共通の『敵』を持つ者同士、時折食事を共にする仲となっている。
「しかし『感謝の品』か…」
「砕蜂ならどうする?」
「私が夜一様に?当然、夜一様が望む物全てを捧げる。」
「言うと思ってたよ。俺だってそうしたいんだけどさぁ。」
「『けど』何だ?」
「『何が欲しいですか?』って聞いても躱される…」
「…成程な。」
砕蜂も思わず共感してしまう。自身も夜一を問い詰めようとしても、良いように流されてしまうことが殆どであるからだ。
「砕蜂。隠密貸してくれない?」
「阿呆が。」
「だよね〜。」
「そもそも自分で調べてみればいいだろう。」
「隊長に隠術秒でバレた話する?」
「構わんが、そんなにニヤつきながら話すことではないだろう。」
そう、そもそも今日は夜まで隊長を観察しようとしていた。しかし、曲がり角をひとつ抜けたところで───ズパァッと───術を破られ、「あんま隊長の後コソコソ尾けるもんちゃうぞ」と、やんわり(真顔で)注意されてしまった。朝方の話だ。
「いやーやっぱり平子隊長は凄い人なんだよ。」
「何を言う。夜一様などこの間…」
終わりだ。この食事会───誰が呼んだか「浦原絶許同盟会合」───は互いの尊敬対象の自慢話を始めるともう話が戻ることは無い。
一応弁明しておくと、この二人以外に誰かがいれば、二人とも(ある程度は)自制が効くのだ。
が、無情。そんな人物はここには居ない。
そして、
「「おのれ浦原喜助…!!!」」
本当に終わりである。
この言葉の後硬い握手を交わし解散する。そして清々しい顔でそれぞれの隊舎に帰って行くのだ。
この瞬間においては、彼は贈り物に関する悩みなど吹き飛んでいた。
そして就寝前に気づく。
「何も解決してない…だ…と…?」
〜残り三日、木曜日〜
「という訳だ朽木白哉クン。」
「何がだ。」
「贈り物だよ。白哉なら何渡す?ってかこれウマっ」
朽木邸、勝手知ったる朽木白哉の私室にて。相も変わらずこうした急な来客にも菓子付きで茶を出す朽木家の対応力には驚くばかりである。
「ふむ…やはり新たな着物や髪飾りなどだろうか、あるいは気になっていたと言っていた書物を…」
「お前の言うそれらは値が違いすぎるんだよ。全然参考にならね〜〜!!金と人脈有効活用し過ぎだろお前〜!阿散井くんの方がよっぽどマトモな返答だったぞ。この金持ち隊長がよ〜〜!!」
「おいやめろ執拗に右肩を殴るな」
「俺だってそういうの贈りたいよ。でも隊長は高価な(そういう)のあんま反応良くないんだよ。経験上分かるんだよ。」
公私共に長く傍にいると、隊長の様々な反応を見ることになる。任務への返礼品を受け取ることもしばしばあったが、消え物じゃない高価な品は反応が良くないことが多かった。
「なるほど、では手近な物を贈ってはどうだ?」
「というと?」
「例えば、ルキアが一番喜んでいたものでな…」
「それ!そういうの!何贈ったの!?」
「特製のワカメ大使の…」
「お邪魔しましたァ!!」
彼の敗因は親友およびその妹の独特な感性を甘くみていたこと。ただ一つである。
〜残り二日、金曜日〜
「ハァ?ハゲシンジに贈り物ぉ?」
「平子隊長はハゲてないです俺がいる限りハゲさせません絶対に。…リサさん達にも聞いてみたかったんですけど、予定が合わなくて…」
「ウチらが暇みたいな言い方すな!」
「痛い!でも現にひよ里さんここにいるじゃないですか!?」
「うっさいわ!今日はたまたま仕事なかっただけや!」
「ひよ里さんだけ?」
「ウチは今日料理当番じゃボケ!」
「二度目!」
現世、仮面の軍勢、元十二番隊副隊長であり、姉のような存在である猿柿ひよ里に相談することとなった。早速二発ツッコミを食らったが、これが通常運転である。
「にしてもシンジが欲しがる物なぁ…トリートメントとかでええんちゃう?」
「毎年贈ってます。」
「えぇ…じゃあファッション雑誌とか」
「そういうのはリサさんから隊長が直に入手してるので被る可能性あります。ダメですね。」
「うぐ…そうやCDとかはどうや!?なんやけったいなやつよく聞いとったわ!」
「現世に来る度購入してます。ハァ…だからそういうの以外のを聞きたいんですよ。百年近く一緒に生活してたんですよね?何か知ってますよね?別に勿体ぶらなくていいんですよ?」
「っの知るかこのクソガキーーーッ!!!」
スパァーンッ、と今年一鋭いツッコミが決まった。
「藍染みたいな雑な挑発しやがってボケが!!」
「あの人ならもっとちゃんと的確に煽るので…」
「そういう話ちゃうわ!てか煽っとる自覚あったんかい!」
四度目。流石にダメージがキツい。
「だって…だって…本当に知りたかったんですもん…ひよ里さんなら知ってると思ったんですもん…乗せたら喋ってくれると思ったんです…」
「なんっやそれ!…ハァ…ウチは知らんで。そもそも、シンジが自分語りベラベラするタイプちゃうのお前も知っとるやろ。」
「うぐ…」
「まあ自分で頑張りや。…て訳ではよ帰れ。ウチ料理作らなアカンねん。」
「え、ちょ、もうちょっと話聞いてくださいよ!?ちょっと!?」
ゲシゲシと蹴り出され帰路につく。
もう残り時間は少ない。
「…現世(こっち)でお前の好みばっか喋っとったんやからアイツの好みなんざ知るかいな」
〜残り一日、土曜日〜
五番隊舎にて、
「ヤバい…何も決まっていない…!!」
時間とは残酷である。
「一週間あったのに!あったのに!あったのに…」
項垂れる。
ここまで様々な人に相談したが、結局具体的に「これだ!」と思うものは得られなかった。
「明日…あした…?えぇ…」
もはや明日が憂鬱である。
さてどうしようかと意識を巡らせたところに、
「にーさん?」「どうしたのー?」「これおちゃ!」
「!?」
バンっと勢いよく湯呑みと茶托、お盆をそれぞれ机に置いたり顔を覗き込んだりする子供達がいた。それを追うように雛森参席が入室してきた。
「わー!すみません!お茶を差し入れようと思ったら、この子達が手伝うって言って先に行っちゃって…」
「だからそんな急須だけ持った愉快な状態に…ありがとう雛森ちゃん。」
「いえいえ。あの、結構項垂れてましたけど…どうされました?」
「雛森ちゃん…平子隊長が欲しい物って分かる?」
「平子隊長の…?ああ、なるほど。明日ですもんね。」
「あー…それもあるんだけどね?」
「なになにー?」「おなやみー?」
「平子隊長に『それ』とは別に『感謝の品』っていうのを渡したくて…でも何を渡そうか決まってなくてね」
「感謝の品…ですか?」
「うん。現世では明日は『親に感謝を伝える日』らしくて…」
「なるほど。」
「マッッジでどうしよう…」
「うーん、何を贈るかってそんなに重要でしょうか?」
「え?」
「だってそれって『感謝を伝える』日なんですよね?じゃあ『何を贈るか』より『何を伝える』かが重要じゃないんでしょうか?」
「…!!」
「それに、大切な人から貰う物なら、心を込もっていれば、どんな物でも嬉しいと思います。」
「…はは。阿散井くんにも言われたなぁそれ。」
「そうなんですか?」
「…二人に言われたなら納得するしかないかなぁ。ありがとう…うん。決めたよ。」
「それなら良かったです。」
「わたしたちもやるー!」「ぼくたちもありがとーっていいたい!」
「あ…そうだね、一緒に準備しよっか。」
「わーい!」「たのしみー!」
「ふふ、じゃあ明日の仕事は任せてください!」
「本当にありがとう雛森ちゃん。」
「いえいえ、明日、楽しんでください。」
店が閉まる前に、子供達と買い物に出かける。
憂鬱さは晴れ、寧ろ楽しみになってきた。
「ついでにおかしかって!」「ももにはひみつで!」「『けいひ』でかってー」
「雛森ちゃんに怒られるからダメ。俺も怒るよ?」
「ちぇー」「けちー」
「…ひとり一個までね。」
「「「やったー!!」」」
〜当日、日曜日〜
平子家。それぞれが手入れや任務との兼ね合いの為に帰ることはあるが、隊長・副隊長という身分上、それなりに多忙であるため全員がここに揃うことは、特別なことでもない限り殆どない。
そう、今日はそんな『特別な』日である。
「平子隊長。誕生日おめでとうごさいます。」
「おめでとー!」「ケーキ!」「あまいやつ!」
「ありがとさん。…また爺さんに近づいてもうたなぁ…」
「もうそろそろ高校生のコスプレがキツくなってきたんじゃないですか?」
「コスプレ言うなや、まだまだイケますぅー!」
「歳と世帯考えてください。」
「辛辣やな…」
飾りつけられた部屋で、軽口を言いながら子供達にケーキを切り分ける。
こうして隊長の誕生日を祝うようになったのは藍染との決着がついた後からで、───ここでも一悶着あったが、それはまた別の話───ケーキを用意するようになったのは子供達が『生み出て』からである。
ケーキを程よく食べ進んだ頃、一つの箱を取り出す。
「これ、誕生日プレゼントです。」
「ありがとさん。これは…また『育毛セット』(コレ)かいな…全部一緒ちゃうんか」
「ちがうぞー」「これだからしろーとはー!」「もっとよくみて!」
「説明します。今回のコンセプトは『艶髪第一主義』として初めにこの櫛は昨年と同じ素材ですがこれはまた別の希少な部位を使用しており不均等に見える間隔も絶妙に計算されていて髪通りもよく次にこっちのトリートメントは…」
「ウワーッ!!分かった分かった!ありがとうな!」
「ち ゃ ん と 使 っ て く れ ま す よ ね ?」
「…ハイ…」
「よろしい。」
「何でオレ誕生日にこんな脅されてんの…?」
ここまでは昨年までと同じ流れだ。
しかし今年は『もうひとつ』用意がある。
「隊長。」
「なんや?」
「…」
「どうした急にかしこまって。」
「現世では今日は『親に感謝を伝える日』でもあるそうで…」
「…うん?」
「…その、何を渡そうか迷ったんですけど…現世ではこれが『定番』だと聞きました。…『俺』が生まれてこれたこと、『俺』に向き合えたこと、俺がここまで成長できたこと…全部隊長のおかげです。感謝してもしきれないです。ありがとうごさいます。…大好きです。」
「しんじーぼくたちもー!」「ありがとー!!」「だいすきー!」
「…なんや、照れるな」
「隊長が欲しい物とかよく分からなかったんで…もっと言ってくれても良かったんですよ?」
「ああ、あの質問そういうことやったんか。そんなんいっつも新譜買うてきてって言うてるやん。」
「それ、俺に現世を見せる為の言い分ですよね?」
「…気づいてたんか」
「ハイ…毎回あの男と会うのが嫌ですけど…楽しませてもらってますし…そういう話じゃなくて!もっと…こう…アレソレが欲しいとか…」
「もっとぉ?…別にないしな…そういうのええって…」
「俺は!もっと!隊長のわがままを聞いてみたいんです!」
「うぉ勢い凄…」
またはぐらかされそうになる。少しだけ、不安が過ぎる。
「それとも…やっぱり、迷惑、ですか?」
「アホか。そうは言うとらんやろ」
呆れ混じりに小さく溜息一つ。
「…そもそもな、お前達が元気に過ごしてくれてたら、『親』としてはそれ以上のものはないんや。他はなーんも要らん。」
「平子隊長…」
「お前も平子やろ。ほんまデカなりおって…ありがとうな」
微笑んで頭を撫でられる。
ああ、やっぱりこの人には敵わない。結局こちらが喜んでしまうんだから。
「…ついでにジャズにハマってくれたらええわ」
「ロックもなかなかいいですよ」
「お、興味持ったんか!じゃあ曲かけるか!」
誕生日にも感謝の日にもおよそ相応しくないロックナンバーが流れ始める。残ったケーキに夢中な子や、隊長の膝の上で眠ったりする子。割と場が混沌としてきたけれど、きっとこれが自分達らしい日常なのだろう。
有り得ざる奇跡に、
ありふれた思い出をひとつ、またひとつ。
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おまけ
〜翌日〜
「良い日を過ごされたようで。良かったですね平子隊長。」
「なあ桃。」
「どうしました?」
「俺現世に結構長くおったからその日のこと知っとるけど」
「はい…?」
「それ『母の日』やでってツッコんだった方が良かったんか…?」
「…え?」
五月十一日、月曜日。机の上のカーネーションが赤く、白く、部屋を色付けていた。