カンネ「水走り、人魚は跳ねる」
「ねえ、あれラオフェンじゃない?」
ある日の昼下がり、魔法都市オイサーストの街中で
短めのツインテを揺らしたオレンジに近い茶髪の三級魔法使いの少女、カンネは特徴的な後ろ姿を見つけ、
並んで歩いていた銀灰色のストレートロングヘアーをなびかせた三級魔法使いの少女、ラヴィーネに声をかけた
やや薄い茶色の髪を頭の左右にお団子の様にまとめ白く細かいシュシュで括り、シュシュからは赤いボタンの様な留め具で結んだ紐の束の様な髪飾りを垂らし、
服装も首元と肩と脇の肌を晒して魔法使いよりも武闘家や軽業師の様な、一見膝下までの長さのタイトスカートも腰元までのスリットが前後に左右の脚のラインに沿う様に入っており、
戦いなどで活発な動き回ると前・後ろ・腰の左右の4枚の布地となって舞いはためく独特のローブを身に付けている
…かつて一級魔法使い選抜試験で一時的に敵対も共闘もした三級魔法使いの少女、ラオフェンで間違いなかった
どうやらお菓子を売っている屋台でどれを買おうかと籠を片手に品定めをしている様だ
「ラオフェーン!久しぶり!」
声をかけつつ駆け寄ると、カンネ達に気づいたラオフェンは振り向いた
「おお…カンネ、それにラヴィーネ」
ラオフェンも二人の姿に気づくと、すぐに名前を思い出す
「久しぶりだね、ラオフェン。元気?」
「よっ」
ワンテンポ遅れて来たラヴィーネはラオフェンに簡素に挨拶する
「よっ」
ラオフェンも同じ様な挨拶を返す
「…相変わらず一緒だね。二人は」
久しぶりに同世代で同性の魔法使いと出会えたためか、ラオフェンの表情はどことなく嬉しそうだ
「別にいいだろ。それよりラオフェンは何してんだ?」
「何って、おやつのお菓子を選んでるんだ」
「へぇー。ねえ、私が選んでもいい?」
「カンネが?…別にいいけど」
屋台には多数のお菓子が並んでいて迷うのも無理はない。それを察してか申し出てきたのでラオフェンはカンネに任せる事にした
「それじゃお言葉に甘えて…。これとこれとこれと…」
カンネはヒョイヒョイとお菓子を手に取り、ラオフェンの籠に入れていく
「…こんなもんかな?」
「こんくらいでいいな。ありがと」
「このお店の私達のオススメだよ」
「そうなんだ」
「ね。ラヴィーネ。私達の分も買ってこうよ」
「割り勘だぞ」
「えー。ケチ」
ラオフェンが会計を済ませている間にカンネ達も言い合いながらお菓子を籠に加えていった
オイサースト内の広場のベンチにて…
そこにラオフェンと、彼女を挟むようにカンネとラヴィーネが左右に座り、お菓子を広げてつまんでいた
「ラオフェン、試験の後、見かけなかったから故郷に帰ったのかと思ってたよ」
「故郷?」
「フリーレンから聞いたぜ。ラオフェンのジルヴェーア(高速で移動する魔法)って南部諸国の山岳民族の民間魔法だってな。だからそこの出身じゃないのか?」
「まぁ、一応ね。でも田舎には長らく帰ってないよ」
もふもふと、手のひらサイズに膨らんだ菓子を啄みながらラオフェンは答える
「そうなんだ」
「修行中だからね。それに、故郷の近くで試験受けたい、って思ってたならここ(オイサースト)じゃなくて聖都(シュトラール)で受けてたよ」
「確かに、あっちの方が近いもんな」
ラヴィーネは小さい焼き菓子を口の中に放り込みながら納得する
「じゃあしばらくここにいるんだ?旅に出たりしないの?」
「魔法協会の依頼とかで結構外には出てるぞ。けど当面の拠点はここだね。この街は魔法使いが住みやすい」
「うん。分かるよ」
カンネは棒状のお菓子を口先で摘まみ、ポリポリと口の中に入れながら相槌をうつ
「出かけてった爺さんについてきたかったんだけどね…。実力不足ってはっきりいわれちゃった」
「そうなんだ…」
言ってラオフェンは寂しげな表情を浮かべる
「おいおい、真っ昼間からしょげてどうすんだよ」
「そうだよ。そうだラオフェン!ラオフェンの故郷の話してよ。ラオフェンの故郷ってどんなところなの?」
アンニュイになりかけたところをラヴィーネ達がフォローにかかる
「私の故郷?」
「そうそう。私達ってこの街と魔法学校関係の場所以外にはほとんど出かけないからね。外の話も聞いてみたいな」
「無理に話してもらうつもりはねえぞ。嫌なら美味い菓子の話でもしよーぜ」
「うんうん」
「…そーはいっても…私の故郷ねえ」
ラオフェンは人差し指をアゴに当てて、考え始める
「名所とか、有名人とか、特産品とか、生き物とか、ダンジョンとか…何かない?」
カンネがカテゴリーを挙げラオフェンからの情報を引き出そうとする
「う~ん…」
そうはいってもラオフェンは地理学者でも吟遊詩人でもましてや観光大使でもない。何をどこから話せばいいのか分からない
(どうしよう…そうだ。この街に無さそうな事を話してみるか。まずは地形の話をしてみよう)
ラオフェンは方針を決めてカンネ達に話し始めた
「…うちの故郷ってさ。山岳地帯って言われてるところにあるんだけど地形が急な所が多くてね、どこも高低差が激しいんだ」
手を上に下に動かしてジェスチャーをする
「だからジルヴェーアが便利だったりするんだけど。それでも移動が大変な谷とか急流もいっぱいあってさ、ところどころに滝もあって…」
「滝!?」
滝、という単語が出た瞬間にカンネが喰いついてきた
「お、おぅ。滝だよ。こっちにもあるだろ?それがどうした?」
「いやこっちの方にも滝はあるけどさ、ちょっとした段差が続いてるだけのだったり、高さも大体が人の背くらいでね、
高くても二階建てくらいのもあるにはあるけどそういうのに限って幅が狭いんだよ」
急に語り始めるカンネにラオフェンはあっけにとられる
「こいつ水の事になるとちょいと五月蠅くてな。水が関係する地形の話は大好物なんだ」
「そうなんだ…」
(確かカンネは水を操る魔法使い…だからって水が大好きなのは分かりやすというか…カンネらしいな)
フフと声が聞こえてきそうなかすかな笑みをラオフェンは浮かべ、話を続ける
「うちの方の滝ででっかいのだとあの大聖堂…」
ラオフェンはオイサーストの中央部に聳え立つ魔法協会の建物を指差す
「…の半分くらいの高さだったと思う。横幅はどれくらいだったかなぁ」
「半分!?それでも凄いよ」
「おう。それ以外にも高さは今言ったのより低くても岩がたくさん突き出してて水の流れがメチャクチャなのとか、
幾つもの滝が合流している滝とかあったなぁ」
「おおーいいねいいねー…いつかはそんな滝の水をドーンと操れるようになりたいなあ」
「大きく出たな、カンネ」
「ラヴィーネだって、常に流れ続ける滝の水を凍らせてやる!とか考えないの?」
「お前に今言われちまったよ。でも、まあその通りだな」
「そんなことしなくても冬になると凍る事はあるぞ」
「えぇ、滝が?」
「そう、滝ごと凍るんだ。あまり大きくない滝に限るけどね」
「へぇー。興味深いぜ。しかし滝ごと凍るとは寒そうだな…」
「滝壺までまとめて凍結するからな。そうそう、滝壺と言えば…大きい滝だと結構深くてさ、潜ると滝の下の水泡がすっごくて人がすっぽり入れるくらい白いんだ」
「おー、凄そうだね。…あれ、そういえば、ラオフェンって泳げるんだ」
「一応ね」
「てっきり水の上を魔法で走ってたりするとばかり」
カンネのズレたイメージにラオフェンはあっけにとられた顔になる
「…何かと勘違いしてないか?ジルヴェーアはあくまで速く動く魔法だから水の上を走ろうとしても足から沈んでいくぞ」
「悪ぃな、コイツちょっとバカなんだ」
「何か言った?」
「バカと言ってあげたが」
「何だと!」
「落ち着けよ、そこの二人」
自分を挟んで二人が口喧嘩を始めようとしてたので思わずツッコミを入れる
「まあ水面移動する時は飛行魔法を使うよ」
「だよねえ」
「だけど…滝壺にしろ池や泉にしろ、全然広くないから長距離を泳げるかは分からないね」
「川を上り下りしたりしないの?」
言われてラオフェンはパタパタと手を振る
「だめだめ。流れが急すぎるし岩場だらけだからとても人が泳げる流れじゃないね」
「そっかぁ」
残念そうに呟く
「どうしたカンネ、もしかして」
(私がどれだけ泳げるか知りたいのか?)
そう続けて聞こうとしたが、急に目を輝かせたカンネの言葉に遮られた
「じゃあさ!明日、湖で一緒に泳ごうよ」
ラオフェンとラヴィーネの目が点になった
「息抜きにいいでしょ?ついでに魔法の特訓もしようよ」
「ついで、はねえだろ。というか、その前にラオフェンの予定を聞けよ。なあ?」
ラヴィーネはどうにも気が乗らないのか、ぶっきらぼうにラオフェンに聞くと
「あ…うん。明日なら…大丈夫だ」
ラオフェンはちょっとだけ顔を伏せて控え気味に答えた
(もしかして満更でもないなこいつ)
まあカンネにこう誘われてはな、とラヴィーネは心の中で同意する
「じゃあ決定だね。ラオフェン。水着って持ってる?」
「え?み、水着?いやそんなの持ってないよ」
「じゃあ今から買いに行こうよ」
「え ええ?」
慌てるラオフェン。グイグイするカンネに対して助けを求める様にラヴィーネの方に顔を向けるが
「諦めろ。こうなったらしつこいぞ」
と、幼馴染を良く知るラヴィーネはそう言って首を横に振った
おやつタイムの後、三人は水の装備の専門店に行きラオフェンの水着を探し、購入した
水着と言っても、ラオフェンのいつもの服装の腰から下のスカート部分を省いた様な見た目で、布地の色も同じ黒なのであまり外観的な印象は変わらなかった
あとはブーツの代わりのサンダルを用意したくらいである
「お前たちはいいのか?」
「私は大丈夫だよ」
「私もだ」
ラオフェンは二人に聞いたが、もう準備できてるような返事が返ってきたため、一行は店を後にした
「それじゃあ明日、さっきお菓子食べたベンチに集合ね」
待ち合わせ場所を確認し、ラオフェンは二人と別れた
(今のうちに着替え慣れとかないといけないかな…?)
ラオフェンは自室に戻ると早速、試着を繰り返した
翌日、オイサーストの湖のとある湖畔に三人は到着した
テントと結界を張って、さあ着替える準備ができたところで、テントにはラオフェンしか入ろうとしなかった
「カンネとラヴィーネは着替えないのか?」
「私はこのまま泳ぐからいいよ」
と、カンネはいつもの格好のまま言った
「え」
「水陸両用ってやつだね。安心して、水は魔法ですぐ乾かせるから濡れても全然大丈夫っ」
腰に手を当てニッと笑うカンネ
言われてみると下手な水着より露出面積がある服装ではあるが、まさかそのまま水着代わりにもするとはラオフェンには予想外だった
「ラヴィーネは…」
「アタシは泳がん」
いつぞやの試験の休日中にお披露目したカンネ曰く『いつにも増して可愛い格好』でやって来たラヴィーネはきっぱりと言い切る
パラソルを担いで、書物を抱えたその姿から、浜辺で読書する以外の絵面が見えてこない
「言っとくが泳げないわけじゃねえぞ。安心しな、もし溺れても助けに行ってやるぜ」
言ってラヴィーネはパラソルを刺す場所をキョロキョロと探し始める。その様子を見ながらカンネは
「いつもは水着持ってくるんだけどね」
と、口を滑らした
「いつもの服の色みたいな青い水着でさ…うわっ、痛ててて!痛い痛い!取れちゃう!」
その先の言葉をしゃべらせまいとラヴィーネが急速接近してカンネを押し倒しツインテールを引っ張るといつものマウント状態になった
「……」
ラヴィーネは無言のままお仕置きを続行、カンネの足のジタバタが治まったところでカンネはラヴィーネを解放した
「なんで~?」
カンネの疑問に答えず、ラヴィーネはキッと一瞬ラオフェンに鋭い視線を向けると、パラソルの方へ戻っていった
(なるほど…カンネと二人きりの時はちゃんと水着に着替えるってことだな。まあ聞かなかったことにしよう)
ラヴィーネの願い虚しくカンネの失言から導き出される情報をラオフェンは察してしまったのだった
ラオフェンが水着に着替えると、早速ラオフェンとカンネの二人は湖に向かって走り、ジャバジャバと身体を水に浸していく
腰のあたりまで水に浸かったところで一旦止まって顔を合わせる
「ん~~!冷たいけどいい気持ち!」
「おぉ…でも思ったよりあったかいな」
「そーお?」
「うん」
「ラオフェン、それっ!」
バシャ!
「おっやったなカンネ」
バシャ!
お下げや髪飾りを揺らし、二人はお約束の様にお互いに水をかけあいながら、徐々に沖に進む
じきに足の届かぬところまで到達した二人は首から上を水面から出して泳ぎ始めた
「ん~。泳ぐのは本当に久しぶりだな」
「上手じゃんラオフェン」
「まぁ泳ぐだけならなんとか身体が覚えてたみたいだ」
「これなら溺れる事もなさそうだね」
と、カンネは浜辺でパラソルの影のもと読書にふけるラヴィーネを遠目から見つめる
「勉強熱心だねえ。せっかくだからラヴィーネも泳げばいいのに」
「そうだね。けど、ちゃんと私たちに何かあったら文字通りすっ飛んできてくれるから、ラヴィーネは」
ラヴィーネを見つめるカンネの瞳は優しい
(信頼してるね。けどこれラヴィーネの方は集中できてるのか…?)
ラオフェンもラヴィーネに余計な心配をしつつ、優し気な視線をカンネに向けていた
「そうそうラオフェン、すっ飛んでくるといえばさあ。…ジルヴェーアって水中でも使えるの?」
「ジルヴェーア?…うん、一応使えるよ…たぶん」
「自信なさげだね。試したことあるんでしょ?」
「それがね、昨日も言ったけど、うちの故郷の泳げるところって狭いんだよ。だから試しづらくてね…失敗すると頭から岩にぶつかるからほとんど使ったことないんだ」
「そうなんだ、怖…けど、ほとんどって…?」
「深い水底から水面に向かって使ってみたんだ。それなら飛び出してもぶつからないからね。成功したよ。高速で浮上できた」
「じゃあ大丈夫じゃん。それにここならぶつかるところは無いから横方向にも使えるでしょ」
「うん。カンネの言う通りだ。ここなら試せるからちょっとやってみるよ」
「うんうん」
カンネはワクワクして事の成り行きを見守る。ラオフェンは泳ぎ始めの体勢になり…
「ジルヴェーア」
シュパァン!!
ラオフェンが魔法を唱えると、目に負えない程の速さで水面をすっ飛んでいき、その勢いで盛大な水柱が立ち昇る
バシャァァァ
水柱が崩れカンネを巻き込む
ラオフェンの通ったルートに水柱がどんどん出現するが、すぐに出なくなった。ラオフェンがストップしたのだろう
「おいカンネ大丈夫か!何があった!」
盛大な水柱の出現と着水音にラヴィーネが気づきすっ飛んできた
「あ~。大丈夫だよラヴィーネ。ラオフェンがジルヴェーアを使っただけ」
カンネの説明をラヴィーネはすぐに理解して真剣な表情を安堵の表情に変えた
「あー…そういうことか」
少し先で水柱の逆襲に合ったラオフェンは普通に泳いで戻ってる最中だ
「…ラヴィーネ…」
「どした」
「隕鉄鳥の時を思い出したよ」
「あー!それだ!」
かつての一次試験、初めて見つけた隕鉄鳥が連携で固めたはずの氷を突破し、逃げる際の衝撃で起きた水しぶきで二人ともビショ濡れになった出来事。今となってはいい思い出だ
「ふふ…あははは」
「くくく…あっははは」
どちらからともなく笑い声が上がる、そこに
「ずいぶん楽しいそうだな」
ジト目のラオフェンが戻って来た
「ああ、ごめんごめん。ちょっと思い出したことがあってね。それはともかく、水中でもジルヴェーアが使えるってわかってよかったじゃん」
「だいぶ地上の時と使い勝手が変わってる気がするんだけど…」
「まあまあすぐに慣れるって。さあ、それじゃあ次!私と勝負しよう!」
「カンネと?」
「そう」
「おっ、そいつは楽しみだ」
水面上に浮きながらラヴィーネはニヤリと笑みを浮かべる
(ジルヴェーアのスピードに勝てるわけないのに…)
「ラオフェン。知っての通りカンネは水を操る魔法使いだ。ところが大体のヤツはカンネの魔法を水玉をヒュンヒュン飛ばすだけの魔法と考えてやがる、
が、そんなもんは序の口の技よ。リームシュトローアの真骨頂、それはカンネが水を自身に纏った時に拝めるんだぜ」
ラヴィーネは自信満々にカンネの魔法の隠されて強さを話す
「何かすごそうだね」
「まぁ体感すりゃ分かるさ。よし、じゃあさっさとやるか…カンネ!」
「はーい」
ラヴィーネの呼びかけに応えたカンネは深呼吸して集中すると、近くに水の柱を出現させる。すかさず、それをラヴィーネが凍らせて氷柱が完成する
続けて視界の奥の方の水面にカンネが水の柱を出現させるとラヴィーネがそれを凍らせて二本目の氷柱を完成させる
「もしかして、ここがスタートで、あれがゴール?」
二人の連携の様子を見守っていたラオフェンが質問する
「正解。それでいいな?」
「分かった」
「よーし、じゃあ早速始めるぞ。準備はいいか?」
氷柱の左右にラオフェンとカンネが漂い、ラヴィーネは二人の後ろでフワフワ浮いている
「私が一本だけネフティーア(氷の矢を放つ魔法)を撃つからな。それが水面に落ちた瞬間がスタートだ」
「オッケー」
「分かった」
ラオフェンは首から上、カンネは目元ギリギリまで水に浸かっている
「それじゃあいくぞ…ネフティーア」
ヒュン…放たれた氷の矢がラオフェンとカンネの前のスペースに…ピチャン、と音を立てて水の中に落ちた
「ジルヴェーア」
ラオフェンはすぐさまロケットスタートを決めると、カンネは
「リームシュトローア」
ワンテンポ遅らせて水中に潜りながら魔法を発動。すぐさま前後上下左右の水を操り自身を速く先に進ませる水流を構築、水の中を弾丸の様に進み始める
水しぶきを上げながら突き進むラオフェン
水しぶきのせいで周りが見えないがひたすら前進するしかない。しかしゴールの氷柱は見えた。もうすぐだ
ラオフェンはその氷柱の手前でジルヴェーアを解除し、減速しながら氷柱の横を通過する
(私はこれでゴール!カンネは…?)
振り向くラオフェン。水しぶきがまだ収まってないため視界はほぼ閉ざされた状況だが近くに魔力の反応があった
凄まじいスピードで水中からこちらに向かってくる。間もなく、氷柱の横にカンネが浮上してきた
「プハァッ!!あ~~…負けちゃった。ラオフェンの勝ちだね」
先に氷柱に到達していたラオフェンに気づき、カンネは負けを認める
「あ、ああ…私の勝ちだね」
(いや、ちょっと、カンネ速くないか?それほど差はなかったぞ?)
自分の様に派手に水しぶきをあげるわけでもなく自分に近い速さを出していたカンネにラオフェンは内心驚きを隠せない
「ん~。悔しいなあ、もっと上手く水を操れないと……よし、じゃあ、戻ろっか」
カンネは魔法で氷柱を倒す。ドバァンと氷柱が水面に倒れ込むと、スタート地点でも同じ音がした。ラヴィーネが勝負を見届けたと氷柱を倒したのだ
カンネは浜辺に戻るラヴィーネの後ろ姿を眺めながらのんびり泳いで戻ろうとすると、ラオフェンが横から声をかけてきた
「…あの、カンネ」
「?何?」
「あのさ…私を連れて泳げたりする?魔法、使いながら」
「ラオフェンを連れて?うん、できるよ。スピードは落ちるけど…ラヴィーネを抱えながら泳いだこともあるしね」
「どうやってあんなに速く泳いだのか見てみたいんだ」
「見るっていっても分かんないよ?目に見えない水の流れ操ってるだけだからさ。けど、高速で動く水中の景色は面白いかもね」
「そ…そうそう。いいだろ?」
「うん、いいよ。それで戻ろう。じゃあこっちきて、ラオフェン」
呼ばれてラオフェンがカンネの横に並ぶとカンネはラオフェンの腰に手を回して体を寄せる。自然とカンネのお下げとラオフェンのお団子が密着する
(!)
「それじゃあ潜るからね、しっかりつかまってて」
カンネに言われてラオフェンもカンネの腰に手を回す。ひっかけた肘の内側に腰の肉の柔らかさが伝わってくる
カンネは再びリームシュトローアを発動させ、ラオフェンを連れてすぐにスタート地点に戻っていった
スタート地点に戻ったカンネは浮上し、ラオフェンを離した
「どうだった?」
「速くてよく分かんなかった。けど私のジルヴェーアより全然静かで良かったよ」
「それはよかった。まあ、周りの景色は…分かんないよね」
カンネが眉を下げながらも笑み浮かべるとラオフェンもつられて同じような表情をしてしまう
「それじゃあ、次は高さ対決といきますか」
「高さ対決?」
「うん。どれだけ水面から飛び上がれるか。ほら、魚がこう、跳ねたりするでしょ?」
手で飛び跳ねる魚のジェスチャーをするカンネ。ラオフェンは意味は理解するが対決できるような事なのかと疑問符が浮かぶ
「水の上に飛び出すってこと?…できないよ。ジルヴェーアでも水面にはすぐ出られるけど、その先は飛行魔法の範疇だよ」
「そうなんだ。うーん。じゃあしょうがないか…でも…せっかくだから私のヤツを見てってよ」
「いいのか?」
「もちろん!じゃあ待っててね。一旦潜らないといけないからね。そしたら潜った場所を見てて、そっから跳ねるから」
言ってカンネはラオフェンから少し距離を置いて、魔法の杖を呼び寄せ手に取ると、トプン、と水中に潜っていった
「…」
沈黙が流れる。その間、ラオフェンはカンネがどれだけの高さまで跳ねるのか考えていたが、まるで予想できなかった
少しして、
パッシャァン!
カンネが水面から飛び出した
腕を脇に添え、足を揃えてまっすぐの姿勢で天を向いたカンネはどんどん上昇していく
前を向いていたラオフェンの視界からはすぐに外れたのでラオフェンは慌てては上を向く
上昇中もカンネから水の雫があたりにばら撒かれ、その水粒は太陽の光を受けてキラキラと輝く
上昇の勢いが弱まるにつれ、カンネは体を徐々に反らす
そして重力には勝てず上昇の勢いがほぼ無くなったところで、
カンネは足は揃えたまま体を『く』の字に反らし、
そこから杖を片手に両手を広げて顔を前に向けると
パァッと弾けた笑顔を咲かせた
───海神の槍にも見える杖。
上昇の勢いの置き土産の様に跳ねる左右のお下げ。
反らした体勢のうえに装飾品を身に付けて無いのでハッキリと分かる、
首、鎖骨、肩から、白い布に覆われた膨らみの分かる胸元、素肌が露になっている腰のくびれ、おへそ、鼠径部に肉付きの良い太ももへと繋がる、魅惑のボディライン。
すべすべの白い肌の様にも見える揃えた両脚を膝まで覆うブーツ。
尾ひれの様にピンと伸びる左右のつま先───
太陽の光を受け、雫のプリズムを纏い、全てを眩く輝かせたカンネの姿は…
まるで…
絵本に描かれた人魚のように、いや、それよりも、美しくて……
「ラヴィーネー!見えてるー?」
カンネが最高地点から声を上げた
その声にラオフェンはハッと我に返った
「見えてるぞー!」
と、後方からラヴィーネの声が返ってくる
ラオフェンは、なんとなく、口を結んでしまう
カンネは杖を掲げて消す(収納させる)と、
空中で体をくるりと上下反転させ、つま先を天に、頭を水面に向かせる
続けて両腕を水面側に伸ばして両手のひらをその先で合わせ飛び込みの体勢を整える
そして、ラオフェンの視線の高さにカンネが近づいたその瞬間
パチリ、とカンネはラオフェンの方を一瞬向いてウインクを飛ばした
(!!)
ラオフェンが目を見開いて驚いている隙に、カンネはパシャンと水面下に消えていった
「………」
(…見惚れたな…ま、気持ちは分かるぜ)
その様子を後方から見ていたラヴィーネは心の中で幼馴染の魅力に理解を示しながら、二人の元に向かっていった
その後、しばらくして水遊びを終えたラオフェンは着替え、カンネは濡れた服の水分を魔法ですっ飛ばすと
三人は一休みを兼ねて浜辺に座り夕陽が映る湖面を眺めていた
「あー。楽しかった」
真ん中に脚を伸ばして座るカンネが口を開いた
「ずいぶんはしゃいでたもんな」
カンネの左にはラヴィーネがお嬢様座りをしている
「…まあ、私も楽しかった」
カンネの右にはラオフェンが片足を曲げ、もう片方を伸ばして座っている
「たまには気分転換もいいだろ?」
「また気が向いたら声かけてよ!」
「たまには、っつってんだろ」
「痛たたた、ひっぱらないで!とれちゃうよ!」
カンネのお下げを引っ張るラヴィーネ。その様子を見てラオフェンが、フ、と笑みを浮かべる
「なあ、二人とも」
「なに?」
「何だ」
ラオフェンはどこからともなく小さい、石の様なものを取り出して二人に見せた
「これ…なんだか分かるか?」
丸い石だ。その直径は彼女らの指を二本並べた横幅より少し小さい…くらいだろうか
わずかに灰がかっている白色の下地に、不規則としか思えない黒や青い曲線が走っている
「なんだろう…石だよね」
「すげえ形整ってるな…」
ラオフェンはカンネに石を渡す。カンネは石を摘まんでラヴィーネともども覗き込む
「ヒントは…今日の話」
「ふむ…」
「どういうことなんだろ…」
「……」
ラオフェンは黙り込む。対してカンネとラヴィーネは意見を交わす
「魔力は感じないから魔道具ってわけじゃなさそうだな」
「けどキレイだよね、これ」
「ああ、なかなかここまで正確な球体にはできねえぞ。何か特殊な技術でこう…あ、そうか!」
「分かったの?ラヴィーネ」
「ヒントは今日の話っつったな。ラオフェン。つまり…これはお前の故郷の特産品だろ」
ラヴィーネが石を指差して回答する
「…ハズレ」
「はぁ?違うのかよ…」
ラヴィーネは頭をかく仕草をする
「けど、かなり近いよ。あとラヴィーネの考え方もヒントだね」
「う~~~~ん。何だろ」
「…カンネ。あたしの考え方って、どうやってこの形にしたっ、てことか?」
「そうかもね…でも…あっ、もしかして…」
「おっ、何か閃いたか?」
「うん…自信なんてないけど…これ…ラオフェンの故郷で…故郷のどこかの滝の下で拾った石…とか?」
「………正解」
ラオフェンは表情を変えず、判定を告げる
「なんだよ…そんなもんかよ」
「そんなこと言っちゃだめだよラヴィーネ。こんなに綺麗に自然に磨かれた石なんて…見たことないよ」
カンネは石をまじまじと見つめる
石や岩、もちろん土も、金属でさえも、水の流れに晒される部分は少しづつ少しづつであるが削り取られていく
だが、どこを削られるかは地形と水の流れによって決まるので、生き物の手が加えられない限り、短い時の中ではそれが変わる事はない
つまり、この石が極めて正確な球体となったのは偶然の産物だ
「…すごいね、よく見つけたね。この石」
「故郷の方のとある滝の滝壺で偶然見つけてね。見たことなかったからついつい拾っちゃったんだけど、なんか捨てる気にならなくってね」
「…まぁ分からんでもないぜ」
「自然のものでもこんなに綺麗な丸になれると思うと、何か地道にでも頑張れる気がしてね。気が付いたらずっと持ってた」
「そうなんだ」
「で…これが何だ?これを私たちに見せてどういうつもりだ?」
「ちょっとラヴィーネ」
「…ん」
デリカシー低めなラヴィーネの問いかけに、ラオフェンはカンネの指から石を取り返す。そして同じ様に摘まみ、石を覗き込む
「…カンネは正解に辿り着いた。カンネなら分かってくれると期待してた。だから…」
ラオフェンはカンネに視線を向ける
「カンネ…。一度、私の故郷の方に来てくれないか?」
「えっ?」
「はぁ!?何言いだすんだてめぇ」
ラヴィーネの抗議は流してラオフェンは続ける
「昨日も話しただろ?うちの故郷の方って滝とか渓流とか沢山あるって。だから…興味あるなら見に来て欲しいな、って」
「うっ…」
誘う理由をはっきり言われては、ラヴィーネも無暗に言い返せない
「でも…南部諸国でしょ?ラオフェンの故郷って。かなり遠いよね」
「道は案内するよ。一緒に行こうよ」
「でもなぁ…ラヴィーネは長期間家を空けても大丈夫なの?」
自然と、当然の工程の様に、カンネは隣にいる幼馴染の方を向いて問いかける
「えっ、あ、あたしは…大丈夫だろ、たぶん」
(お前と一緒ならな。いくらでも説得に懸けてやる)
出掛かった心の声は飲み込んだ
「だってさ。じゃあ大丈夫じゃないかな」
「そうか…」
(やっぱり…そうだよな)
「なんだよ、揃って行けるかもしんねぇんだから喜べよ」
「そうはいってもさぁラヴィーネ。路銀はどうするのさ。ラヴィーネはともかく私そんなにお金持ってないよ」
「あぁ?んなの心配いらねえよ」
「大丈夫だよ、カンネ」
「「わたしが出すから」」
…ラオフェンとラヴィーネの声が重なった
「………えっと…」
困惑するカンネを挟み、両者ムッとしてラオフェンとラヴィーネが顔を突き合わせる
「いいか、カンネの路銀は私が貸す。いずれ少しづつでも返して貰うつもりだから問題ねえ」
「爺さんから魔法のためなら使ってもいいって言われてる蓄えがあるから、そこから出す」
「全額奢りなんて教育に悪ぃ!」
「お金の貸し借りは人間関係によくない!」
「そもそも魔法のためって、魔法のためじゃないだろカンネの路銀は!」
「魔法使いのためだから魔法のためだ!お前こそ実家とかのお金じゃないのか?」
「横領するわけじゃねーよ!家の金をちゃんとした理由で使って何が悪ぃ!」
「家のお金貸してる貸されてるって事でカンネが気を遣うだろ?お前はいいのかそれで?」
「あのー…私の意見は…」
「「黙ってろ!」」
「えー…」
再び二人の罵声がハモる
ぎゃいぎゃいと始まってしまった口論はカンネの声では止められなるほどヒートアップし続け、結局…
「いい加減にしろぉぉ!リームシュトローア!」
バッシャン!!
カンネがキレて二人に水を浴びせるまで続いたのだった
そのあと…
文字通り頭を冷やした二人は話し合い、もし、ラオフェンの故郷へと旅することになった時、
カンネの路銀を行きはラヴィーネ、帰りはラオフェンが受け持つ、という取り決めがなされた
おわり