カンタレラ
高いところに立ってみると、常々思うことがある。
あまりにも高い塔の上からでは見下ろす先はミニチュアのようで、そこに自らが普段生きているという実感が持てないが、例えば校舎の屋上くらいの高さなら日頃そこにいる自分が想定できる。
この差異は、境界線は、一体どこに。
そうやって益体もない思考ばかりぐるぐる巡って、結局一歩を踏み出す強さのない自分と。
「待って、だめ、それだけは──」
そんな自分を蒼白なかんばせで引き留める彼女。
その差異も、一体どこから来ているのだろうか。
屋上の外縁、フェンスの外から内側へ。
冷ややかな視線そのままに、いつも心はそこにはない。
「……大丈夫ですよ。どうせ度胸もないんだから、イメージだけしてそれっきり」
「だったら早くこちらに戻って……いいから、早く!」
ぐい、と手を引く力もどこか気遣いが滲んだもので、陽の当たるように暖かかった。
彼の手を引いたときに酷く冷たいものを感じたことを、彼女はきっといつまでも忘れないだろう。
指先から皮膚を通じて骨格まで染み込むようなその寒気は、それだけ長い時間をコートも着込まずに冷えた風の吹く屋上の片隅に立っていたからか、それとも彼の色のない眼つき、抑揚の失せた声がそう思わせているだけなのか。
それを理解することこそが何よりも恐ろしいような、きっとその意味を知るときには、取り返しがつかないことになっているような、そういう類の予感がした。
「なんのために、こんなことを?」
その問いかけの意味すらもわからない。
ガラス玉を嵌め込んだような澄んだ色の瞳で静かに発されたその音が、どのような問いを内包していて、どのような答えが求められているのか、理解できないまま硬直しているうちに、ああ、言葉が足りませんでしたか。と補足説明が差し込まれる。
「僕が云うのも奇妙ですが、あそこで僕が思い切り引っ張っていたら、おそらく2人揃って真っ逆さまでしたよ」
「それが理解できていて、どうして」
「実行に移せる度胸があったら、あんなところで考え事なんてしてないですからね」
結局痛いのも苦しいのも嫌だから、一瞬で一生分全部貰ってそれっきりか、それともちょっとづつズルズルやっていくかって考えると、結局後者の方が耐えられるんですよねぇ、なんて他人事のような語り口も、いたずらが見つかった子供のような苦笑いも、現状の深刻さとのバランスが壊れていて。
それが一見普通なように見えることこそが、あるいはそれが“普通”になってしまったことが、一番の異常ではないだろうかと思えた。