カヨコケア

カヨコケア



「社長、こっちの収支報告書終わったよ」

「あ、ありがとう! カヨコ課長」


人差し指でのキーボード操作とは思えないくらい早いタイピング速度で報告書を書き上げるアルに、カヨコは声をかける。

いつもは賑やかな便利屋68の事務所だが、今はキーボードのタイピング音だけが響いている。事務所にはアルとカヨコしかいない。ムツキとハルカは今朝、依頼を処理するために二人だけで出かけた。

本来であれば四人で向かうべき案件だが、二人は事務所に残った。理由は書類の整理に専念するためだ。

アルが本来の便利屋68の依頼とは別の所でいろいろと……そう、それはもう本当にイロイロと活発に活動した結果、完全に放置されてきた書類たち。財務諸表、税務書類、取引先への報告書、契約書の作成等、コツコツと処理していれば問題のない書類たち。しかし、それらを放置してきた結果、今では膨大な量に膨れ上がっていた。

そろそろ現実から目をそむける余裕がなくなってきた頃、カヨコは無言の圧力でアルに訴えた。早く対処しろ、と。

結果、一日缶詰で書類格闘する日ができたのである。


「そういえば、そろそろ賃貸更新の時期じゃなかったっけ」

「そうだったわ! えーと、たしかここら辺に……」


汚部屋であってもその部屋の主は、物がどこに配置されているか把握しているらしい。そんなよく言われることを証明するかのように、書類で埋もれた机の上からピンポイントで目的の書類を見つけたアルは、満面の笑みでカヨコに差し出した。


「あったわ! 悪いけれど、カヨコ課長。必要事項を記入してもらえる?」

「了解」


封筒を受け取ったカヨコは、封を切った。

融資を受けながら、かなり無理をして借りた事務所の契約書を手に取り、内容に目を通し始める。ふと、事務所の住所に記載された『D.U.』の文字に視線が止まり、カヨコは心が揺さぶられた。


「……ねぇ社長。事務所移転は考えていないの?」

「へ? 考えていないわ。このまま更新でいくわ」

「それじゃあ、追加で事務所を設けたりしないの?」

「支店を作るということ? 四人だし、支店は必要ないんじゃないかしら」

「でも、ここだとゲヘナに行くの面倒でしょ」

「なんでゲヘナ? えぇと、それはそうね。立地的には面倒だとは思うけれど」

「あとはトリニティとか」

「なんでここでトリニティが出てくるのよ。とにかく、事務所を移転するつもりも、支店を設けるつもりもないわ」

「じゃあ……」

「……カヨコはこの事務所が嫌い?」

「そうじゃないけど……」


鈍いアルにだんだんと腹が立ってくる。

暗にカヨコは、各拠点に作った(作ってしまった)アルのハーレムに対して、どうするのかを問いただしていた。

かつては、便利屋68の社長という肩書だけが彼女の存在を示していた。しかし今、彼女は各学園の中心的存在として、その名を轟かせている。

指名手配されることもない、各学園に足を踏み入れれば即、歓迎される身であるのに、いつまで便利屋68の社長としてだけ存在するのか。いや、存在してくれるのか。

カヨコは薄暗い将来を予感し、それを振り払うように立ち上がった。


「アル、やろう」

「? やろう、ってなにを?」

「えっち。しよう」

「えぇ!?」


アルは書類の残量を見て、狼狽えた。

ムツキとハルカが依頼を終えて帰ってくる夕方までに書類整理を終わらせなければならない。さもなければ、翌日も引き続き書類作業は避けられないだろう。

確かに夜も作業を続ければ終わらせることはできるかもしれない。しかし、それは効率が大幅に低下してしまうのだ。なぜなら、猫のようにアルの邪魔をすることに命を懸けたムツキが事務所にいるせいだ。

十数分置きに「ねえ、アルちゃん、ひま~」「これ、何の書類?」「え~い(ボタン、ポチ)」と、自分に興味を持たない主人は存在するのか?いや、いない。我を見よ、と主張する猫のように、とにかくアルの作業を邪魔する。

毎回相手にしていたら、終わる作業も終わらない。

なお、そんなムツキも、年末書類のように切羽詰まった時であれば、ちょっかいをかけてこない。つまりは状況を見ているのだ。

結局、邪魔されることを許容して、厳しく叱りつけないアルの管理責任だと、カヨコは常に思っている。


「まって、そんなことしたら、絶対に片付けられない」

「一回で終わらせればいいよ」

「む、無理よ。一回で終わらすなんて無理」

「二回以上しそうになったら、私が本気で抵抗する。レイプ魔だと力の限り叫ぶから」

「ええぇ……私、一回だけだと満足できないし、それだと生殺しだし……」

「アル。いま、したい」

「はい……」


アルは観念したように席を立った。




――――――



アルの愛撫は優しい。鎖骨を撫でまわしていた手がゆっくりと下におりていく。最初はこそばゆさ、それから何とも言えない快楽へとつながっていく。

少し膨らんだ胸の頂きを優しい力で押し潰される。その後、温かいアルの口内に収納される。肌肉が空気と混ざり合って、水音が立つ。

手はいつの間にか薄いお腹の辺りまで降りていて、鳩尾を中心に撫でられていた。

中に存在する、女として大事な部分を確認しているような動きに、カヨコは昂ぶりを感じる。


「アル、もういいよ」


カヨコは自分からショーツを降ろして、十分に濡れたそこを突き出す。


「でも、まだあなたをイかせていないわ」

「時間ないし。早く入れて」


ぶっきらぼうな言い方になってしまっただろうか。

後悔してしまったが、訂正するのもどうだろうと逡巡していると、「じゃあ、ゆっくり慣らしていきましょう」とアルの優しい声が降ってきた。

壁と向かい合わせになるように、身体を回転させられる。

脚の付け根部分にアルの手が沿う。中心を開くように、左右にゆっくりと広げられ、アルの大きな肉棒が侵入してきた。


「んっ」


圧迫感がカヨコを襲う。まだ入り口付近だ。それでも、お腹の奥がキューと縮こまるのが分かる。

ゆっくり慣らす、という言葉通り、アルは少し挿入しては外に出し、秘所に擦りつけるようにしては、また少し挿入するというのを繰り返した。

まるで、カヨコの身体の準備が整うのを待っているような動きに、カヨコの秘所からは愛液が際限なく溢れる。膝を濡らすのに時間はそうかからなかった。


「入れるわ」


その言葉通り、今までよりも深い部分までアルの肉棒が侵入してくる。カヨコの膣中をめいいっぱい拡げて、内臓を押し上げてくる凶器に、カヨコはびくりと身体を震わす。

振動がアルに伝わって肉棒もわずかに揺れる。その振動が、カヨコをさらに昂らせる。


「ーーっッあ、はぁ……」

「大丈夫? カヨコ」


最奥までもう少し、というところでアルは進みをやめた。それはいつものことだった。

カヨコは、あまり奥は好きじゃない。

支配されている感があって子宮を叩かれるのが好きだという女性が多いということを知ったうえで、そこを執拗に攻められるのはどうしても好きじゃなかった。むしろ、怖いという感情が勝った。

アルと初めてをした時、女を喜ばせようと突き上げたアルに対して、カヨコは嫌だ、ときっぱり伝えた。それをしないで、怖い、と。

そう言われたアルは、機嫌を損ねることなく、ごめんなさいとカヨコに謝罪して。以来、奥まで挿入することはなくなった。

「いずれ好くなる。慣れるから」とよく分からない持論をもって、カヨコに行為を強制することもない。アルは常に紳士的にカヨコを扱ってくれる。


「だい、じょうぶ……」

「ん」


首筋に歯が当てられる。優しく噛まれながら、ストロークが始まった。

ゆっくりとした動きは、奥よりも少し前を抉るように、前後に繰り返される。

カヨコの好きな凹凸部分にアルの肉棒があたって、ぞくぞくと電流のような快感が駆け上がった。ゆっくりなスピード感はもどかしてく、厄介なくらい気持ちいい。


「ね、え……アル……正面から抱いてよ」

「今日はどうしたの? 甘えん坊ね」


中の肉棒は抜かれぬまま、身体が回転させられる。

アルを正面から見上げる。

肩に手をのせて、アルに向かって軽く開けた唇を近づければ、行動を読み取ってくれたアルが唇を落としてくれる。

そのまま舌が絡み合い、唾液の交換が行われる。長い口づけの後、はっ、とどちらともなく唇を放した。銀の糸が二人を結ぶ。



「……私、最近、役にたっているかな」


アルがあまりにも愛おしい笑みでカヨコを眺めるから。

カヨコは思わず本音を零してしまった。

言うつもりはなかった一言。ずっと心の中に閉まっておきたかった秘め事。


便利屋68を四人で回していたころは、毎日の食事すら満足にとれなくて苦労の連続だったが、とにかく自分の存在意義が感じられた。

今でも便利屋68は四人だが(よく分からないが、なぜかアルは社員を増やそうとはしない)、アルを囲む環境がガラリと変わってしまった。


アルが戦力を必要とした時、自分は必要ない。

ゲヘナ最凶のヒナがいる。アルが一度指令を出せば、その場はものの数分で焼け野原になる。


アルが指揮官を必要とした時、自分は必要ない。

ドローンを利用した索敵が得意なアヤネがいる。機動力でもって部隊を指揮するだろう。


アルが政治力を必要とした時、自分は必要ない。

ティーパーティーのナギサがいる。企み事が得意で政治的能力が高い彼女が、裏からアルをサポートするだろう。


アルを支える生徒は増えた。それこそ、性行為であっても、だ。

カヨコは自分自身を面倒な女だと自負している。

アルが気持ちよくなるだけ、それだけのために身体を渡す勇気はない。相変わらず奥は怖いままだし、他者よりテクニックが勝っているとは思えない。

身体も貧相で面白味はない。あばらがうっすらと浮き出た身体で、女性らしい柔らかな部位も少ない。


アルがモモトークで呼びかければものの数分で集まってくる優秀な彼女たちに、自分が勝てる部分はあるのだろうか。



「役に立っているわよ。今、私を気持ちよくしてくれているじゃない」

「……そうじゃない」


下から睨みつければ、アルはなにもかも分かっているかのように優しく笑った。


「冗談よ。なによ、かわいい顔して。どうしたの?」

「……もう、いいよ。わすれて」

「ごめんなさい。揶揄いすぎたわ」



結合部はそのままに、ぐいっと身体を持ち上げられて、カヨコは息を呑む。

固定するように背中を壁に密着させられた。

カヨコの顔の正面にはアルの顔。

まっすぐ、自分の奥を見通すような、アルの真剣な瞳に、カヨコは視線を逸らすことができない。





「あなたが必ず支えてくれると分かっているから、私は前に進むことができるわ」


「言葉にしなくても分かってもらえる、なんて驕った考えだったわね」


「カヨコ。いつもありがとう。あなたのおかげで私は、私のやりたいことをできているわ。本当にありがとう。これからもよろしくね。頼りにしているわ」





カヨコは、一瞬で顔が火照っていくのを感じた。ドクドクと心臓が早鐘を打つ。

それは自分が心の底から求めていた言葉だった。

自分はここにいて良い。便利屋68の課長として、社長をサポートし続けて良い。

思わぬ存在の証明に、目の奥が熱くなる。

たまらずに視線を下に向けてアルから目をそらした。するとすかさず、アルが身を乗り出すようにして、カヨコの視線を追いかけてくる。


「みないで」


そんなアルの顔を手で優しく押しのける。


「もう終わらせて。そろそろ書類整理再開しないと」

「はいはい」


カヨコの中にあった肉棒の動きが再開する。一回のストローク毎に身体が削られるようだ。それとは別に、カヨコの大事な部分、子宮が力強く鼓動して仕様がない。

それは決してアルとの性行為だけが理由ではないことを、カヨコは自覚していた。




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