カモシカの双子である二匹の子鹿
華美ではないが上品に落ち着いた明るい茶系統の調度品で統一された室内。
音量を抑えたBGMはクラシック。
調和のとれた室内に不協和音を奏でるように壁にポツポツと二つ空いた穴。
その穴から覗く艶めいた乳首。調和の中の異物にもかかわらず、それを気にとめることもなく乳首に向かって話し掛け続けている身なりの良い女性。
一人掛けのソファに身を預け、やや物憂げな様子で語り掛けている。
「私も自分なりに頑張っているつもりなんです……でも……」
「いえ、至らないのは分かっているのですが……」
「そんな……優しいんですね…お世辞でも嬉しいです、ありがとう……」
響くのは女性の語る声のみ。一方的な会話が進むにつれ女性から気鬱な曇りは消えていき、控え目な笑い声をその唇から奏でるようになっていった。
一通り奇妙な談笑を終え、乳首に退室の挨拶を告げ部屋を後にした女性がドアを閉めてから、壁の向こうの部屋のシャディク・ゼネリは密着していた壁から離れ傍らのソファに疲れ果てたように着席する。
彼は壁によって刻まれた自らの胸の鬱血痕を一瞥したのち、ため息を吐いてうつ向いた。
「俺がこう言うのはなんだけど……物言わぬ乳首と語り合う(?)より彼女達には然るべきカウンセラーを紹介した方がいいのでは……?」
「彼女達はシャディちくの内なる声を求めて来ている。シャディクの乳首を介在しなければ満たされない虚ろを抱えている。彼女達にそれを与えられるのはその乳首だけだ、シャディク」
淡々とした口調で告げながらザビーナはシャディクにドリンクを差し出した。
「俺の乳首は異次元チャンネルか何かなの!?虚ろを満たす機能なんて無いし、そもそもシャディちくの内なる声って何なんだ!?」
「語っても良いが……長くなるぞ?」
そうこうしているうちに次の予約客が現れたとレネが告げに来る。顧客はグラスレーへの融資を行っているお歴々に連なるご婦人方。
今の所はまだ、無下にする訳にはいかない。
仕方なくも、シャディク・ゼネリは再び壁に向かうのだ。顧客が満ち足り席を立つまで。