カミツレ
>>1パルデア地方屈指の都会であるハッコウシティ。
季節は夏だというのにじめじめした湿気満載の蒸し暑さはなく、むしろカラッとした乾燥具合が心地よい。以前に連れて行った貰ったサザナミシティを思い出す。
夏場に避暑地の別荘で過ごすなんて、今後俺は知ることのできない光景だろうな。
額から眉間を伝って降りてくる汗をタオルでふき取り、ふと隣に視線を逸らすと、黒ぶちサングラスに帽子をかぶったお忍びスタイルのカミツレがスマホを操作し、なんとも楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「ご機嫌だな」
「え、そう?」
少しだけ見えたスマホの画面。おそらくは友達であるフウロとメッセージでやりとりをしていたんだろう。この人が上機嫌になるのは面白いダジャレ(当人比)が思いついたか、フウロとやり取りをしているかが大半だ。そこまで親友と言えるほどの間柄の人間がいるのは素直に羨ましい。羨ましいついでにどんなやり取りをしていたのか質問してみる。
「相手…フウロだろ?どうだ、当たってるか?」
「正解。っていうか画面見たでしょ?」
なんというか、カミツレは俺の視線に対しての勘が鋭い。どこをどういう視点や視線で見ているかをすぐに当ててしまう。もしかして:エスパー。
「バレたか。それで、どういうやりとりしてたんだ?」
「秘密よ」
俺の鼻先を薄い鍾乳石のような人差し指でツンと突つき、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。本当にどういうやり取りをしていたんだろう。具合が悪く感じつい目を逸らしてしまった。
逸らした先がいけなかったのだろうか、彼女の背中側にある巨大な電光掲示板に映っている水着の美女に目を奪われた。健康的な褐色肌の女性が片手にラベルのはったペットボトルの水を持っている。彼女はたしかガラルジムリーダーのルリナさんだったはず。
『おいしい水、飲んでる?』
その一言とともにCMが終わった。もっと見たかったのにと思ってしまったのは内緒だ。というか男という生物の都合上、セクシーな水着の美女に目を奪われるのは仕方のないことなんだ。
そうやって内心で言い訳をつらつら並べていると、カミツレの手が俺の鼻に伸び
「いでででで!!」
「いーまー、どーこー見ーてーたーのー?」
つままれた。割と痛い。しばらく俺の鼻にダメージを与えたところで、どうにか機嫌を持ち直したのか放してくれた。もぎ取られる覚悟をしていたが、よかった。
「まったく、もう」
色々言い訳を垂れそうになったがなんとか堪え、俺の視線からは見言えないが恐らく真っ赤になった鼻をさする。そんなくだらないやり取りをしていると、カミツレが何かに気が付いたのか、電光掲示板の方へと視線を向けた。
「やっぱり、私のやつだ」
私のやつとは恐らく今流れはじめた日焼け止めのCMだろう。
何を思ったのかサングラスと帽子を外し、その場でルンルンと鼻歌を歌いモデルウォークを披露する。CMと動きが連動している。思わず息をのみ、見とれていた。煌びやかに動く姿はまるで雷光。捉えられて離れることのできない、エレキネット。
広告と目の前にいるカミツレの双眸がまっすぐに俺を見つめる。
『「あなたの夏 わたしにくれない?」』
十万ボルトの痺れに背をうたれた。