カミキヒカルは2児のパパ (芸能界への一歩)

カミキヒカルは2児のパパ (芸能界への一歩)



───あれから1年。


俺達は立ったり喋ったりしても怪しまれない程度には大きくなり……


「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」


妹はアイドルをママ呼ばわりして甘えるヤバいファンを見事に体現していた。いや事実ではあるのだが、中身は幼児じゃない。


「は~~極楽浄土~♥️」


「……ルビー」


「極楽浄土なんて難しい言葉どこで覚えたんだい……?」


……もしかして、アイとヒカルは俺達を怪しいと───


「ヤバい位の天才っぽいな…」ゴクリ…


「神童ってやつかもね…」


思う事も無く平穏に日々を過ごしている。あと2人とも超が付く程の親バカになった。


モデルにラジオアシスタントと、アイは着実に仕事を増やしている。

ヒカルの方もいちごプロに役者として所属し、基本的には事務仕事やアイのマネージャーであるミヤコさんの補佐といった仕事をしている。


今日はその集大成とも言える仕事の日───


「ママの初ドラマ楽しみだねぇ」


「ちょい役だけどね」


「いい、2人とも。どーしてもって言うから連れていくけど……。現場でアイの事ママなんて呼ばないでちょうだいね?

現場では私の子供って設定を忘れないでよ?」


「はいはいママ、ママ。なでなでしてー」


「私もしてママー」


「ママお小遣いちょうだいー」


「くっ……」


ミヤコさんが運転する車に乗って撮影現場へと向かう。アイのドラマ初出演の撮影とあって当然ヒカルも来たがっていたのだが…


「お前はまだここで覚えなきゃなんねぇ仕事が山ほどあんだよ。社長の俺直々にしっかり教えてやっから……逃げんなよ?」


「えっ……と、僕もミヤコさんのサポートに……」


「ん?」


「アッ…ガンバリマス…」


生来のやる気と責任感目を付けた悪い大人に捕まり、あえなくドナドナと相成った。


……ヒカルの分までしっかり見てくるから、土産話を楽しみに頑張ってほしい。南無。



───ロケ地・学校


「いちごプロのアイです。本日はよろしくお願いします」


アイが現場入りしてスタッフの人達に挨拶をする。簡単な挨拶が返される中、無精髭を生やした強面の男がアイを見つめる。


「……」ジィィィィィ…


「ど、どうかしました監督…?」


「いや別に」


「なんか怖いね」ヒソヒソ


「顔がな」ヒソヒソ


「この子供は?」


監督と呼ばれた強面が俺達の存在に気付き、ミヤコさんに問い詰める。


「あっ、この子達は私の子で」


「マネージャーが子連れで現場にねぇ」ギロ…



「働き方改革ってやつか?時代だなぁ、まぁ現場に犬連れてくる人も居るしなぁ」


全員が胸を撫で下ろした。よく分からないが良い方向に解釈してくれたらしく、俺とルビーが現場から追い出されることはなかった。顔に似合わず、そこそこ寛大なのかもしれない。



◇◆◇◆◇◆



「双子ちゃん!!かわいーっ」


撮影の合間の休憩時間、俺達双子は出演者に可愛がられていた。


おおっ、俺を撫でてるこの子たしかグラビアの子で……


こっちのルビーを抱っこしてる子は『可愛すぎる演技派』とか言われてる若手女優…


「ばぶぅ、ばぶぅ」


かわい子ぶってんじゃねぇよ。



(だめだ……体が持たねえ……)


もみくちゃにされるのがキツくなってきたので、一旦部屋を出て廊下へ避難した。


すると


「ん、マネージャーのガキじゃねえか」


強面監督に遭遇した。


「居るのは構わねぇが、泣き出して収録止めたら締め出すからな」ギロ…



「あっいえ我々赤ん坊ですがそのような粗相はしないよう努めますので!現場の進行を妨げないのは最低限のルールと認識しております弊社のアイを今後とも何卒ご贔屓に……」ペコペコ


「めちゃくちゃ喋るなこの赤子!」



監督がなぜか俺のことを気に入り、名刺を渡してきた。仕事なら俺よりアイの方に振ってほしいんだが……


その後は役者の種類とそれぞれに求められる役割、そしてその役者達が売れるか否かといった業界のシビアな話をいくつか聞いた。


「……つまり、生き残るのは何かしらの一流だけだ」


ふーん、それなら問題ない。平気だ。


「アイはアイドルとして一流だから」


「いや…アイドルとして一流でも仕方ないだろ」


そんなやり取りをしていたら次シーンの撮影準備が出来たらしく、スタッフと出演者が撮影モードに入る。


カチンコの音が鳴り響き、撮影が始まると監督の視線は自然とアイに惹き付けられていた。


「演技は並だが……いやに目を引く」


「でしょ、さっきこんな事言ってた」


ステージの上だとどの角度からも皆に可愛くしなきゃいけない。


けど。


ここではカメラ(たった1人)に可愛く思ってもらえばいい。


MVと同じ要領でいいならむしろ得意分野。


「…って」


「MV感覚かよ…時代だなぁ」


「めっちゃ出来良いから絶対見た方が良いよ!なんなら貸すから!」



───1ヶ月後


結論から言うと、先日撮影されたアイのシーンはほぼ使われず、ワンシーンちょびっとだけだった。


こっそりとアイの携帯を手に取り、とある番号に電話を掛ける。


プルルルル  ピッ


「おー早熟ベイビー…」


『ちょっと監督!アイ全然使ってないじゃん!』


「あーあれなぁ。良い仕上がりだったのに残念だったな」


『じゃあどうして!!』


監督曰く、アイが可愛すぎたが為に今回の出番を削られたとの事だった。


今回のドラマの主演は、『可愛すぎる演技派女優』で売り出してた子。そんな子よりも可愛い子が同じフレーム内に居た場合、イメージ戦略上問題が発生するから上の指示で限りなく削ることになったと告げられた。


「まぁ今回は事故にあったと思って受け入れろ」


そんな事を言われても、納得行かない。


「芸能界を夢見るのは良いけど、芸能界に夢を見るのはよした方が良い」


……。


「…だがまぁ、そっちの主張も分かるし悪いとも思ってる。替わりにと言っちゃ何だが」


「アイに映画の仕事を振りたい」


『えっ、マジで!?』


ただし、と監督は前置きを言ってから、想像もしていなかった交換条件を提示してきた。



「──お前も出るのが条件だ」



◇◆◇◆◇◆



意図の掴めない交換条件を飲むために、俺はアイと一緒に映画へ出演するハメになった。

それに伴って俺はいちごプロに子役として所属。監督曰く、事務所に入っていない子役を起用すると問題が発生する…らしい。


俺は別に演技が出来るわけじゃないから未だに納得はしていないんだが……


「…演技なら多分あそこで寝てるウチの妹の方が上手いですよ。どうせならそっちに……」


「いや、お前だ。お前の出演と引き替えにアイを使う、これを業界ではバーターっつうんだ。基本だから覚えておけ」


ホント、この監督は俺の何にそんな期待してるだか。


「アイが息子のバーターって……」


「あの怖そうな監督、大分アクアのこと気に入ってるわね。一体何をしたらこういうことになるのかしら?」


「別に大した事してないよ。じじいは若者にくだけた態度取られるのを何故か喜ぶ傾向にあるから、あえて仰々しく接してないだけ」


「すげー嫌な赤ちゃん…」


前世では総合病院でじじばばも相手に仕事してたから年配の扱いは心得てる。妙なスキルがここに来て活きるとは…



───撮影現場・控え室


「ママぁああ!ママぁあああ!!ママのどごがえりだい!!なんでママいないの!!」ビェェェェン


「アイとは撮影日が違うんだよ」


「早く帰ってバブりたい!!ママの前でオギャりたいよぉーー!!私をオギャバブランドに返してー!!」


良い年して恥ずかしくないのかこいつは?中身何歳なのか知らんけど…


幼児が幼児退行している姿に呆れていたら、同じ控え室に居た赤髪の少女が立ち上がった。


「ここはプロの現場なんだけど!遊びに来てるんなら帰りなさい!」


気の強いやつだな。えと…なんて名前だったかな。


「私は有馬かな、今日の共演者よ」


有馬かな…どこかで聞いたような名前だな。


「……あ、この子あれじゃない?えっとなんだっけ……」


「重曹を舐める天才子役…?」


「10秒で泣ける天才子役!!」


ああ、最近テレビで時々見るな。なんでもドラマでの泣きっぷりが凄いと評判らしい。


「私この子あんま好きじゃないのよねー……なんか作り物っぽくて生理的に無理」


たまに子役に対して異様にキビシー奴っているよな。なんでなん?


「知ってるわよ、あなたコネの子でしょ!」


「本読みの段階じゃ出番なんてなかったのに、監督のごり押しってママも言ってた!そういうのいけない事なんだから!」


「いやそういうわけじゃ……」


確かにアイには仕事を振るよう頼んだが、俺は出たくて出るわけじゃない。むしろ監督都合のごり押しなんだけどな。


「こないだ監督が撮ったドラマ見たけど、全然出番なかったじゃん」


「どうせカットしなきゃいけないほどへったくそな演技したんでしょ?媚び売るのだけは上手みたいだけど!」


そう言うと有馬かなは部屋を出ていった


……………………………………。



「お兄ちゃん」ビキビキッ


「分かってる相手はガキだ……殺しはしない……」ビキビキッ


あのクソガキ…いつか痛い目に遭わせてやろうか…



◇◆◇◆◇◆



「じゃあ撮るぞー」


撮影準備が整い、俺が出演するシーンの撮影が始まった。


映画のあらすじをざっくり言うと、自分の容姿にとことん自信の無い女がなぜか山奥にある怪しい病院で整形を受ける……って話。


俺と重曹子役は、その村の入り口で出会う気味の悪い子供達。


「ようこそおきゃくさん。かんげいします……どうぞゆっくりしていってください……」


さすがに天才子役、演技が上手い。


同じ事しても実力差で目も当てられない事になるだろうことは、ズブの素人の俺でも分かる。


ならどうする?普通に気味の悪い子供の演技をすればいい。



……けど、求められてるのそれじゃないよな。


「監督が欲しい画」はきっと……



「この村に民宿は1つしかありません。一度チェックインしてから村を散策するといいでしょう」


この台本は急遽追加された部分、俺の事を知ってから監督が加筆した当て書きだ。


その意図を汲むなら……



むしろ演じないで良い



演出の意図に忠実に応えればそれで十分。


言葉にはしなかったけど、つまるところ監督が言いたいのは……



『演じなくてもお前は十分気味が悪い』───


─────────。


「カット、OKだ!」


撮影が終わり、俺は一息つく。


「凄いねー、お姉さんぞくってきちゃった」


「そうですか?良かったー」


主人公役の女優さんと話していると、重曹子役が口を開いた。


「……良くないわ」


一言そう呟いて監督の側に寄る。


「監督、撮り直して」


「ん?いや問題なかったから」


「問題大ありよ!」


「今のかな……!あの子より全然だめだった……!」


何度も何度も、監督に先ほどのシーンの撮り直しを懇願する。


その目から、演技ではない涙を流しながら。



◇◆◇◆◇◆



「早熟、役者に一番大事な要素は何だと思う?」


「んー……実力とかセンス?やる気と努力の量?」


「まぁそれも大事だけどな。だが結局の所、本当に必要なのはコミュ力だ」


「他の役者やスタッフに嫌われたら仕事なんてすぐなくなる。小さいウチから天狗になって大御所気取りしてたら、未来はねぇ」


なるほど確かに。あいつは他の役者に横柄な物言いをするし、ADの人にカバンを持つようにと高圧的な態度を取っていた。


それを理解している上でこの状況を作り出したってことは、この人もしかして……


「あの子にお灸を据えたかったの?」


「そんな偉そうな事は考えちゃいねぇけどよ、こういうのも栄養だ」


「お前の演技、俺の想像にぴったりの演技だったぜ」


褒められているのだろうが、演技なら向こうの方が断然凄いハズだ。実際、俺自身は今回何もしていない。


「でも俺はそうしろとは一言も言ってない。俺の意図を読み取るのも1つのコミュ力だ」


「もちろん、演出や意図を理解して演じるのは役者の基本だ。だけど言語化出来ない意図まで読み取ってくれる役者ってのは貴重なんだ。こっちからしたら喉から手が出る程欲しい。演出家の頭の中には正解の画があるんだからな」


「お前は、『すごい演技』より『ぴったりの演技』が出来る役者になれ」


監督は俺の頭を撫でながら、素人の俺に対して最大限であろう評価をしてくれた。


「……いや、役者にならないし」


こうして、俺はこの業界に片足を突っ込んだ。


後日、この映画はそこそこ評価をされたらしく、あのカントクはなんかの賞の監督賞にノミネートされたらしい。



だが結局、内容はアイが全部持っていった。流石としか言えない。



◇◆◇◆◇◆


おまけ


───いちごプロ事務所


「───だからその書類はそっちじゃねぇ!イベントの物販の在庫管理はどうなってる!?あっちのスタジオとのリハの日は確認出来てんだろうなぁ!?おいこの見積書のここの部分、数字違げぇぞ!」


いちごプロに壱護の怒声が響き渡る。事務仕事が大変なのは聞いていたけど、まさかここまで首も手も回らないとは思わなかった。


「はいこちらいちごプロ…何ぃ!?ウチはいちご農園じゃなくて芸プロだ!しっかり確認してから電話しやがれ!」


こんなにドタバタしてる中、電話対応までしなきゃならないのか…。いつか倒れるかもしれない。


「ヒカル!!」


「は、はい!」


社長が大声で僕の名を呼ぶ。嗚呼、また仕事が増えるのかな…?アイ、アクア、ルビー、ごめんね…今僕の目の前に川が見えてきたよ。


そんなことを考えていると、頬に冷たいものが当たった。


「休憩だ、やる」


「え、あ、ありがとうございます…」


──────。


「大変ですね、アイドル事務所の仕事って」


社長からいただいた缶コーヒーをチビチビ飲みながら、僕はぼやく。


「そりゃそうだ。各スタジオへの手配やらグッズの発注から在庫管理、所属アイドルやらへのケアとか数えたらキリがねぇ」


「まだまだ覚えなきゃいけないこと、山積みですね…」


「……」


グイッ、と社長が缶コーヒーを飲み干し、僕に向き直る。


「いいか、俺は出来もしねぇことを押し付ける程上に立つ人間として朦朧しちゃいねぇ。お前なら出来ると踏んで教えてるんだ」


「期待してるぜ?ヒカル」ニッ


「社長……」



「ちなみにミヤコはこんくらい当然のようにこなす。まずはそのレベルくらいまでは鍛えてやるからな」ニヤッ


「えっ」



その夜、僕は泥のように眠った。社長とその夫人は凄いと心の底から尊敬する。


夢の中でも事務仕事に追われて魘されたのは、アイ達には内緒だ。

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