カミキヒカルは2児のパパ (疑惑と推察)

カミキヒカルは2児のパパ (疑惑と推察)




稽古の合間の休憩中。感情演技について悩んでいるアクアくんと一緒に居た私達2人のところに、かなちゃんが来た。

『10秒で泣ける天才子役』と呼ばれていたかなちゃんにアクアくんが助言を求めたところ、彼に何やら耳打ちをして少しした辺りで…


───突然、アクアくんが苦しそうにしながら倒れた。


「アクア!?」


「アクアくん!」


「……大丈夫、ただの立ちくらみだ。落ち着くまでちょっと休んで来る…悪いけど伝えといてくれ……」


絶対大丈夫なワケがない。気を失ってはいないようだけど、起き上がった後の足取りは覚束ない。フラフラと壁に寄り掛かりながらスタジオから出て、アクアくんは休めそうな場所へと向かっていった。


「アクアくん、大丈夫かな……」


「貧血?」


「二日酔いじゃねーの?」


鴨志田さんが冗談混じりに言っていたがそんなはずがない、雷田さんや金田一さんじゃあるまいし。何よりアクアくんはまだ高校生だよ?


「黒川、お前彼女だろ。そばに居てやんなって」


「は、はい」


内心ムッとしていると、同じララライ所属の船戸さんがそう声を掛けてくれたので、お言葉に甘えて彼の元へと足早に向かう事にした。

アクアくん、倒れてないと良いけど……。



「…………便利な設定」


─────────。


「はい、お水……」


「ありがとう…」


アクアくんは給湯室で休んでいたようで、部屋の隅に座り込んでいた。水は受け取ってくれたが、あまり飲めそうな様子ではなく、顔色もすこぶる悪い。


(発汗……ふらつき……。パニック発作かな……)


何が原因なのかは分からないけど、強いパニックから来る発作の症状に酷似している。


「顔真っ青だよ、ちょっと横になった方が……家の人かカミキさんに連絡して迎えに来てもら…「やめろ」


スマホを取り出していちごプロに連絡を入れようとしたら、アクアくんに止められた。それも必死な様子で。


「妹やヒカルさんには、知られたくない。あいつはもう前を見てるし、あの人も気に病む。余計な事を思い出させたくないんだ……」


「……?」


な、何の話なんだろう……過去に何かあったのかな?

でも流石にこの状態のままってワケにはいかないよね……。


「誰かに迎えに来て貰った方が……」


「だったら……」


─────────。


「いや、俺はお前の保護者じゃねーんだがな」


私とアクアくんは今、五反田監督のお宅にお邪魔させていただいてる。妹のルビーちゃんやカミキさん以外で指定した人物だけど、私は初対面。アクアくんとはどういう間柄なんだろう。


「ったく…。えーっと、君は……アクアの彼女かなんか?」


「っ……」


ベッドにアクアくんを寝かせて部屋を出てすぐ、五反田監督にそう尋ねられた。他の人に面と向かって改めて聞かれると少し顔が赤くなる。


「…」コクッ


「マジか……!俺はてっきり……。

ふーん、俺の知らない所ではやる事やってんのか」


や、やる事ってなんですか!?私達は健全でプラトニックなお付き合いを心掛けてるんです!……まぁまだビジネスですけど。それにてっきりって…?

聞きたい事はあるけど、今それは重要じゃないので置いておく。


「ごめんなさい、突然押し掛けてしまって」


「いや、良い。コイツの事情知ってるのは所属事務所の人間以外だと俺くらいだしな」シュボッ


五反田監督がタバコに火を点けながら言う。事情……アクアくんがさっき言ってた事と関係があるのかな。


「それに、別に今回が初めての事ってワケでもない」


「前にもこういう事あったんですか?」


「……まぁ、彼女っつうなら話して良いか。こいつは昔、まぁ結構な酷い事件に巻き込まれちまってよ…昔の事を思い出すとたまにこうなるんだ」


初めて耳にする話だった。どんな事件だったのかまでは分からないけど、こんな状態にまでなるって事はよほどの出来事だったんだろう。つまりは……


「PTSD……心的外傷のフラッシュバックって事ですか?」


「んだ。本当は一定期間のカウンセリングを受ける予定だったんだが…よっぽど家族に心配かけたくなかったんだろな、平気なフリしてよぉ。

まぁそりゃ忘れられねえよな、俺がこいつだったら耐えれる自信ねえんだから」


ピンポーン


そこまで聞き終わった所で、来客を知らせるチャイムが鳴り渡る。


「んだよ、今日は妙に来客が多いな。ったく今度は誰だよ…」スタスタ


面倒そうに後ろ頭を掻きながら、五反田監督が玄関の方へ向かっていく。誰だろう、ご家族の方ならチャイムを鳴らす事はあまり無いだろうし…。


「はい、どちら様……」ガチャ


「五反田監督!アクアは、アクアは大丈夫ですか!?」ハァ…ハァ…


「うおっ!と…なんだ誰かと思えばアンタか。今は奥の部屋で寝かせてるよ、にしてもすげぇな汗だくじゃねえか」


「か、カミキさん?」


訪れて来たのはカミキさんだった。どうやら稽古場から走って来たらしく、髪は乱れているし物凄く汗もかいていた。


でも私はそれ以上に気になる事がある、それは今のカミキさんの見た目だ。普段のララライや今回の舞台稽古の場で見かける時はオールバックに髪を後ろで纏めた姿だけど、今は振り乱した髪は全て下ろされており、どこかで見た事がある姿だった。それに、あの瞳……


「ああ、黒川さん…。ありがとう、アクアの介抱をしてくれて。アクアは無事みたいだね…」


「い、いえ!アクアくんの彼女として当然の事をしただけで……!」


「それでも、だよ。…あの子はよく無茶をするし自分の事は隠しがちだから、どうか今だけでも傍に居てあげてくれるかな?」


「はい、勿論です!」


そう答えるとカミキさんは心底安心した表情になって、この場を後にした。どうやら本当はマネージャーのお仕事に向かおうとしていたけど、アクアくんが倒れた事を他のララライのメンバーから聞いて急遽駆けつけたらしい。アクアくんはカミキさんの事をお兄さんのように思ってるって言ってたけど、同じようにカミキさんもアクアくんの事を大切に思ってるんだ……。


兄弟、兄弟かぁ…本当に……?


「あいつも随分と忙しい奴だな、わざわざ少ない時間の中こんな所までよ。…ま、当然っちゃ当然なのかねぇ」ガシガシ


そこまで言い終わると、五反田監督は仕事をするから様子を見てやってくれとだけ告げて、仕事部屋に向かっていった。


カミキさんに信頼されてお願いされたし、私もアクアくんの傍について居てあげなきゃ。


─────────。


『───鼻を突く錆びた金物のような血の臭いが、どうしても忘れられない』


『───少しずつ冷たくなっていく体温の感覚が、いつまでも頭から離れない』


〖 お前がもっと注意していれば、もっと手を施せていれば…… 〗



あれからアクアくんはまだ目を覚まさない。苦しそうな表情のまま、悪夢に魘されているようだ。

大切な人がこんなに苦しそうにしているのに、何もしてあげれない自分の無力さが嫌になる。


そんな中、アクアくんが魘されながら寝言を呟いた。


「アイ……ヒカル…………」


………………。


「アイと、ヒカル」


(アクアくんが信奉する国民的大女優と、そのマネージャー。2人共アクアくんと同じ事務所で、アイドル活動をしている妹はアイがかつて所属していたユニット『B小町』を復活させた。

兄妹共々、アイに強い執着…)


心的外傷……カウンセリング……所属しているいちごプロの代表は斉藤壱護……アクアくんの親も同性……兄妹が星野姓を使用する理由……


アイの名字は公表されていない、それに……


(アイさんの資料を集めていた時目にした、12年前の事件……)


当時ニュースや新聞でもかなり話題になった事件だ。あの頃はまだ子供だった私でもうっすらと記憶に残るほどに。


『──本日未明、人気アイドルグループ「B小町」のアイさんが自宅で襲われる事件が発生しました。なおこの事件で被害に遭ったのはアイさんのマネージャーを務めている男性で、頭部を鈍器のようなもので殴られ意識不明の重体。現在も治療が行われています』


事件が発生したのは12年前、『B小町』ドーム公演の日。詳細によると当時は社長夫妻の子供2人が遊びに来ており、その内の1人である4歳の男の子が必死に止血等の救命措置を行っていたらしい。

凶器は見付かっていないけど、被害者は鉄パイプのようなもので頭を殴られて、出血多量に加えて意識不明の重体。事件当時の周辺住民の証言によると、アイさんと社長夫妻の娘が現場に到着した副社長に、錯乱状態で泣き付いていたらしい。


アイさんが錯乱していたという事は、マネージャーの男性とは相当仲が良かったのだろうか。それに遊びに来ていたらしい4歳の子供……社長夫妻の子供というならほぼ間違い無くアクアくんと妹のルビーちゃんだろう。


でもここでいくつかの疑問が浮かぶ。いちごプロの社長夫妻は名字が『斉藤』なのに、アクアくん達は何故『星野』を名乗っているのだろうか?

それに何故、事件当時の朝早くにマネージャーの男性はアイさんの自宅で一緒に居たんだろう。ドーム公演当日だから打ち合わせをしていてもおかしくはないかもしれない、でもそんな6時台といった早朝にするだろうか……。可能性としては無くもないけど、他の『B小町』メンバーは各々の自宅に居た事実から除外出来るだろう。


そして何よりも、さっき見た普段と違うカミキさんの姿……アクアくんとそっくりだった。面影があるどころじゃなく、まるで生き写しと言える程に。

私の頭に、1つの可能性が過る。


『───アクアくんとカミキさんは実の親子』


アクアくんの口からはただの1度でさえご両親の話を聞いた事が無いし、するような素振りも一切無かった。


これまでに得た情報から、頭の中で1つ1つの疑問に答えが結び付けられていく。


何故ご両親の話をしたがらないのか?   

──公表出来ない人物だから

その人物とは誰なのか?

──カミキさん

何故公表出来ないのか?

──当時からそうなのだとしたら、アイさんのマネージャーだから……いや、これでは根拠としては強くないかな。父親より母親の方がバレるとまずいから……?


ここで、『今ガチ』の時に仮面を被るために私が付け加えたアイの勝手な設定が脳裏を過る。


───アイには夫と隠し子が居る


今、全てが繋がったような気がした。

12年前の『B小町』ドーム公演の日に起きた事件当日。アクアくん達はその現場に居合わせていて、目の前でカミキさん…お父さんが襲われて血を流す中で必死に助けようとした。でもまだ4歳だったアクアくんに出来る事なんて殆ど無くて、少しずつ死にそうになっていくお父さんを前にしながら何も出来ない自分の無力さを嘆いた。

それを今日までずっと心の奥底で背負い続けているんだ。この人は、優しいから……。


私の妄想や勝手な設定が大分入ってしまっているけれど、あの事件の裏側と真実を見た気がした私は、気付けば涙が溢れていた。その優しさ故に他者には決して悟らせず、当時の後悔を10年以上もたった独りで抱え続けている。


『…人は簡単に死ぬ。誰かが悲鳴を上げたら、直ぐ動かなきゃ手遅れになる』


私が人生に絶望して命を絶とうとした日、アクアくんが言っていたらしい言葉。そっか…だからあの時アクアくんは、あそこまで必死になって私の事を捜し回って助けてくれたんだ。


君は…あまりにも優しすぎるよ、アクアくん……。



(ん…………)


ここは……そうか、カントクの家か。あかねの肩を借りつつここまで連れてきてもらったのまでは覚えているが、どうやらそのまま意識を失ってしまったらしい。そこまで長い事気を失ってはいないと思うが、ずっと寝ているわけにはいかない為、体を起こす。

するとベッドの隣にはあかねが座っており、こちらを見つめていた。


「…っ……っ…」ポロポロ


「……あかね、どうして泣いているんだ?」


その瞳から、止めどなく涙を流しながら。


「ちょっとね…怖い想像しちゃった。もし本当にそうだったらって考えたら、悲しくて……。

誰にも言えなくて、孤独だっただろうなって……」グイッ


服の袖で涙を拭うと、あかねは静かに、そして優しく包み込むようにして俺の事を抱き締めてきた。


「私は何があっても、アクアくんの味方だよ。辛い事は…一緒に抱えてあげるからね」


「…何の話だよ」


「ううん、私が考えた設定の話……」


そこまで震える程辛そうにするなんて……本当に、あかねは何を想像したんだか。



◇◆◇◆◇◆



アクアくんが目を覚まして間も無く、五反田監督のお母さんにお願いして晩御飯を作らせてもらえる事になった。


「…よし、完成!」


今夜の献立は蜆の味噌汁、豆腐となめこのポン酢和え、キノコと野菜の炒め物、筑前煮、そしてパスタサラダを付け合わせにしたハンバーグ!冷蔵庫の中の食材を自由に使って良いと言われたので、人数も加味して色々作らせてもらった。


……正直、アクアくんに手料理を食べてもらうんだと張り切りすぎてしまったのは否めない、かな…。


どれも私の得意な料理なので、出来映えには自信がある。完成した料理を配膳しようと思ったら、アクアくんが手伝ってくれた。

曰く、


「飯作ってもらっといて何もしないのは流石に無いだろ」


との事。まだ本調子じゃないんだから待ってても良かったのに…。まぁそこがアクアくんの優しいところなんだけどね。


配膳を終え、みんなで食卓を囲む。


「おいしいわねえ!」


「テキパキと手際も良いし、普段からやってるのか?」


五反田監督とそのお母さんが絶賛してくれた。やっぱり自分が作った料理を美味しく味わってもらえるのは嬉しいなぁ。


「えへへ、お母さんと一緒に料理教室通ったりしてて……家でも時々……」テレテレ


「アクアくん!この子は放しちゃ駄目よぉ!おいしいご飯が食べれるのは幸せな事なんだからねぇ!」


そ、そんな放しちゃ駄目だなんて…えへへ。


「ん?食わねえのか?」


「あんまり食欲がな……」


ふと見てみると、アクアくんの箸が進んでいない。起きてそこまで時間が経っていないからというワケではなく、気を失う直前には吐き気を催していた。その影響がまだ残っているのかもしれない。


とはいえ、何かお腹に入れないと元気になれない。ちょっと強引かもしれないけど、奥の手を使おう。


「ふーっ、ふーっ……はい、あーん」


「子供扱いすんな……自分で食うから」


あーんで食べてもらおうと思ったら断られちゃった、まぁ五反田監督達の前だし仕方ないか。

ようやく箸を伸ばして食べ始めてくれたアクアくんは、

ハンバーグを箸で少量切って米と一緒に口へ放り込む。ど、どうかな…?


「……うまい」


…良かった、アクアくんの口に合ったみたい。自信はあったけど、やっぱり本人の感想を聞くまで不安があったのが正直なところ。

さて!感想も聞けて安心したし、私も食べよっかな。…うん、美味しく出来てる。


「……」


晩御飯を食べながら、私は心の中でつよく思う。

アクアくんの助けになろう。


(君が私を助けてくれたみたいに、私も君を支えたい)


─────────。


「へぇ、アクアくんは五反田監督のお弟子さんなんだ」


「まぁ結局こうして役者の仕事取ってんだから、最初から役者一本でやっときゃ良かったのにな」


食事を終えた後、私達は五反田監督の仕事部屋にお邪魔させていただいてる。そこで初めてアクアくんと五反田監督の関係性を知ったんだけど、師弟関係なんだね。道理で仲が良いというか、忌憚の無さそうな関係に見えたワケだ。


映像監督のお弟子さんって事は、間違いなく出演してる作品があるはずだ。こんなチャンスはまたと無い!


「観たいです!アクアくんが出てるやつ観せてください!」


「俺は良いけどよ、アクアが……」チラッ


「……」


駄目、かな……?そういえばアクアくんは自分には実力が無いと悲観していたけど、そう感じる原因になった作品があるのかもしれない。

そう考えていたら、おもむろにアクアくんは立ち上がった。


「別に良いけど、俺が居ない所で観てくれ」


「おっ」


やった、お許しが出た!本当は一緒に観たかったけど、嫌がってるのに無理やり誘うのは良くないよね。ベランダへと夜風に当たりに行ったアクアくんを見送った後、五反田監督に聞きながら作品を選ぶ。


『──────。───。』


「これアクアくん?かわーっ!」


「小学生の時のやつな、あんまり人に見せたくないらしいんだが」


手に取った映像ディスクを再生すると、小学生時代のアクアくんの姿が映し出された。

とりあえず言いたい事は、すっごく可愛い!面影がめちゃくちゃあるのに、小さい子特有の幼さを併せ持つ顔立ちは、今のクールなアクアくんとのギャップがすごい。

ただ演技の方をよく観ると、なんとなくアクアくんだったら自身に対してそういう評価をするだろうと感じる。


「……」


なるほどなぁ。


「その気持ち、ちょっと分かるかも」


「どういう所に思う?」


「これ、用意した演技ですよね」


映像を見る限りで感じた事が2つ。1つは演技において大事な感情が乗ってない事、もう1つは端々の反射神経が悪い事。これらの事柄は稽古によって身に付けた本来の演技には見られないもので、演技を全部事前に作ったものだ。


「実はこの撮影の時も今回みたいに倒れてな……あいつはどうも自分の感情を出すのが得意じゃないらしい。だから過去の経験を引っ張り出そうとすると時々こうなるんだ。

だけど器用な奴だからよ、どっかで見た演技を自分の中で繋ぎ合わせて、それっぽい演技が出来ちまうんだ」


そっか、過去にも同じように倒れた事があるんだ…だとすると、もはや改善するのは相当厳しいかもしれない。

でも凄いなぁ。『今日あま』に出た時の演技は十分に才能を感じさせる程の出来だったのに、もしかするとあれすらも用意した演技なのかもしれない。


「そんな演技が出来るのも1つの才能だと思うんだが、本人は気にくわないみたいだな。自分には才能が無いとしょっちゅうこぼしてるよ」


…………。


─────────。


昔のアクアくんが出演した映像を観た後、私もベランダへ出て夜風に当たりに行った。

……というのは建前で、本音はアクアくんと少し話をしたいから。


今の彼に尋ねたい、大事な話を。


「アクアくんはどうして演劇やってるの?」


彼が一度は自分に見切りを付けても尚、演劇を続ける動機を。


「別に、なんだって良いだろ」


「良くない、大事な話だよ。

スターになりたいから?お金の為?それとも特別な存在になりたいから?」


人が何かをやるには、必ず動機がある。その理由は人によって千差万別、十人十色だ。

私はそれを知りたい。


「あかねはどうなんだよ」


「楽しいからやってるよ」


「まぁそんな感じだよな。…俺がどうして役者をやるかなんて言う必要も無いし、言うつもりも無い」


むぅ、またそうやって君は…。

自分は人とのコミュニケーションが大事って周りに言う割に、自分自身は壁を作ると言うか世界を閉じる傾向がある。

その事を指摘すると、アクアくんは目を閉じ小さく溜め息を吐いてこちらを見る。


「だったら、もし……


俺の目的が人を殺す事だったらどうする?

芸能界に目的の人間が居て、そいつを捜し出して殺す為に上に行きたい……そう言ったらどうする?」ジッ


……予想もしなかった質問が返ってきた。目的が人を殺す事、か。

私はそんな事考えた事が無いからアクアくんがどんな想いを抱いてるかは分からない。それでも、その質問への答えは直ぐに出た。

私は……



「一緒に殺してあげる」



端から見れば頭のおかしい人間だと見られるだろうって自覚はある、でもこれは紛れもない私の本心。

優しいアクアくんが悪鬼の道に堕ちてまで果たしたい目的があると言うのであれば、私はそれを肯定するし、同じ道に堕ちても構わない。


どんなに穢れたとしても、どんなに人の心を捨てたとしても、例え誰も彼もがアクアくんから離れていくとしても……私だけは彼の傍に居てあげたい。それに……


「……冗談にしてはあまりに度が過ぎてたのは悪かった。けど、そんな事気軽に言うなよ」


やっぱりね。だってそれが本当の気持ちだとしたら、あんなに『自分自身を殺し切った』冷たい表情にはならないもの。

でも分かっていたとはいえ、予想通り冗談だったのはちょっぴり安心した。


「嘘って分かってたのはもちろんあるけどさ、本当だったとしてアクアくんが殺したいって思う程の人でしょ?多分それなりの理由があると思うんだ」


もしも罪を背負うなら私も一緒に背負いたい、そういう覚悟で私はアクアくんの彼女をしているつもりだ。

仮に今ビジネス上の彼氏彼女だとしても。


そんな私をアクアくんはまともじゃないと呆れながら言うけど、私としてはまだまともな人間だって見てくれていた事がちょっとだけ可笑しくて笑みがこぼれる。


「ただ、私は君にも彼氏の責務を求めるよ」


「責務?」


私の彼氏として、そして同じ演劇の道を歩む人間としての私の望み。それは……


「『有馬かな』に勝ちたい───」


かなちゃんに因縁があるのはそうなのだけど、私は同じ役者として彼女には絶対に負けたくない。

でも今回はかなちゃんだけじゃなく、コンビとしてララライでトップの実力を誇る姫川さんも相手になる。正直言って、私1人じゃどうしようもない。


「負けたら悔しくて死んじゃうかも……。

私を見殺しにする気?彼氏なのに」


「……」


私としてもちょっと意地の悪い質問だと思うけど、さっき私も同じような事をされたからささやかな仕返しだ。


「…そうだな、彼女を死なせないのは彼氏の責務だな」


ふふっ、そう言ってくれると思ってた。

だったらもう時間も無い事だし、早速対策を練ろう。それにはあの人の手も借りる方が確実だ。


─────────。


「姫川大輝と有馬かなに勝つ方法、ね」


「出来れば感情演技を使わずに」


部屋の中に戻った私達は、アクアくんの師匠である五反田監督にお願いして特訓をしてもらえないかお願いしに行った。

2人だけだとどう頑張っても壁にぶつかるのは早い。その点から考えると、五反田監督は演技を撮る側…すなわち『数々の演技を知る』人物であるため、これ以上うってつけの相手はそう居ないだろう。


「んー、台本読んだが規模の割にトガってるっつうか…結構チャレンジングな構成だな。

まぁ脚本家の意図は明確だ。俺はお前に凄い演技じゃなくて、ぴったりの演技が出来る役者になれと言った。それを踏まえて舞台演出家の要望、脚本の意図を、『星野アクア』はどう読み取る?この舞台においての『ぴったり』とは何だ?」


…流石は映画監督、パラパラっと軽く流し読みをしたと思ったら即座に脚本の意図を察した。その上で必要な事柄を見つけ出し、アクアくんに師匠らしく質問を投げ掛ける。

アクアくんも答えについては既に勘づいていたようで、その回答を口にする。


「…強烈な感情演技」


「じゃあやるしかねえな?感情演技。

明日から稽古が終わったらここに来い、1から叩き直してやる」


「っ……」


──こうして、五反田監督への協力を取り付ける事に成功した。でもそれは同時に、アクアくんにとって血反吐を吐くような日々の幕開けでもあった。



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