カミキヒカルは2児のパパ (番外:短編集)

カミキヒカルは2児のパパ (番外:短編集)



○おやつタイム


「うむむむ~……」


深夜1時。変な時間に目が覚めてしまった私、星野アイは冷蔵庫の中身とにらめっこを繰り広げていた。


「お腹空いちゃったけど、この時間に食べるのはさすがに……。いやでも……」


私の目の前に鎮座するのは、大好物のお高いアイスクリーム。ただでさえアイドル活動をしている自分にとって余計なカロリー摂取は望ましくない。ましてやこんな真夜中にアイスクリームなど、ご法度もいいところだろう。しかしかれこれ5分はずっと悩みっぱなしになる程、この魅力的な背徳感には抗えないのも事実。

誘惑に負けるか、打ち克つか…。


「……明日のレッスンの量増やせば、いいよね?」


あっさり負けた。食器棚からスプーンを用意し、背徳感に満ちた純白のそれをひと口味わう。


「んん~!やっぱ美味しい!」


ひと口食べてしまえば後はもう怖くない。欲望の赴くままに罪の味(アイスクリーム)をパクパクと食べ進めていく。


その様子を、しっかり目撃されているとも知らずに。


「………………」


───翌日


今日のレッスンもハードだった。普段から体を動かしまくるのだが、私は昨夜の罪を帳消しにするために2倍は動いたので他のメンバー以上にヘトヘトだ。

疲れた体に鞭打って、やっとの思いで帰宅した。


「ただいま~…今日はすっごく疲れ……あれ?」


なんだか家の中から甘くて良い匂いがする。その匂いに釣られるようにフラフラと中に入っていくと、3人がキッチンで出迎えてくれた。


「あ、おかえりアイ」


「おかえり母さん」


「ママおかえり!ねぇねぇ、今パパがカップケーキ焼いてくれたんだよ!ママも食べよ!」


「え!カップケーキ!?」


わたりにふね?とはこの事だ。疲れた体に甘いものは最高の組み合わせだってどこかの偉い人も言ってた、気がする。


「ヒカル凄い!いつの間にそんなの作れるようになったの?」


「ミヤコさんに教わってね。僕の料理スキルは大体ミヤコさん譲りだよ」


ありがとうミヤコさん。あなたのおかげで私達の食事事情は豊かです。


「じゃあ早速いただきま……」


「でもとても残念だ。アイにこれを食べさせてあげられないなんて」


ビシリ、と手を伸ばしかけた私の全身が固まる。こんなに美味しそうな、しかもヒカル手作りのカップケーキを目の前にしながらお預けを食らう事になるとは想像もしなかったからだ。それも、ヒカルの口から。

私は絶望に満ちた表情のまま、ヒカルに尋ねる。


「ヒ、ヒカル…?なんでそんないじわる言うの……?」


「僕も本当はアイに味わってほしいんだけどね。……昨日の夜中」


「え"」


再び私の全身が固まる。な、なんでヒカルがそれを知ってるの…?ヒカルが見てたなら絶対気付いてるはずなのに。

ふと目を逸らすと、アクアがこちらを見ていた。それも冷たい視線で……ま、まさか。


「母さん、悪いけど全部見てたよ」


「…というわけで、優秀な我が家のオブザーバーからの密告で全て知ってる。1人でこっそり甘いものを味わうようなズルい子には、ね?」


「ごめんなさーーい!!もうしませんー!!」ビェェ


お得意の嘘を吐いて誤魔化す間も無く判決を下された私は、泣きながらヒカルに許しを請う。溜め息を吐きながらヒカルは私にカップケーキをくれた。とっても甘くて美味しい。


悪い事は出来ないもんだね…。




○再会


今日は祝日。ルビーが外で遊びたいと言ったので、近所の公園までやってきた。アクアは部屋で小説を読むと言っていたが、ルビーがしつこくお願いし続けた結果、アクアが折れた。なんだかんだと可愛い妹のお願いを無碍にしない優しいお兄ちゃんだ。


2人は今、ブランコで遊んでいる。ブランコに座ったルビーをアクアが背中を押してあげる形で今は楽しんでる。めちゃくちゃ微笑ましい光景だ。


「ふふ。ルビーはもちろん、アクアもけっこう楽しんでるみたいだね」


2人の様子にほのぼのとしていると、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。


「あれ?ヒカル君、ヒカル君じゃないか」


「リョースケさん、お久しぶりです」


数年前、この同じ公園で知り合ったリョースケさんだった。どうやらリョースケさんの家もこの近辺らしい、また会えるとは。


「しばらく振り、今日は1人かい?」


「いえ、今日もアクアとルビーと一緒ですよ。ほら、あっちのブランコで今は仲良く遊んでます。」


「おお、2人共ずいぶん大きくなったなー。初めて出会った時はあんな小さかったのに、子供の成長ってのは早いもんだなぁ……」


そうか、あの時はアクアもルビーも赤ん坊だったっけ。確かに子供の成長は早い。毎日見守ってる僕でさえそう感じるのだ。数年振りに会うリョースケさんだと余計にでもそう感じるだろう。


「リョースケさんは今何をされてるんですか?」


「俺?俺は今ベビーシッターをやってるよ。といっても、まだ見習いみたいなもんだけどね」


「ベビーシッターですか。なんとなく、リョースケさんにピッタリだと思います」


当時のリョースケさんは進路に悩んでると言っていた。就職するにしても何の仕事をしよう、そんな事を言っていた。

僕達と出会って、アクアとルビーの事を可愛いと言ってくれて。それが何か良い影響を与えたのだろうかと考えると、ちょっと嬉しい気持ちになる。


「ベビーシッターのお仕事、楽しいですか?」


「ああ、凄く楽しい。元々子供は嫌いじゃなかったからね、ヒカル君の言うように俺にはピッタリだったみたいだ。ただ……」


そう言うとリョースケさんは、ちょっと困ったような表情になる。何か悩み事があるのか聞くと…


「実は最近実習の一環で幼稚園のヘルプに行ってるんだけどさ、読み聞かせの時に子供達が途中から飽きてきちゃってるみたいなんだよ…。だから何か良い方法が無いかなって悩んでてさ」


なるほど、読み聞かせか。確かに単調に読むだけだとまだ小さい子供達には動きが無くて飽きてしまうだろう。僕も子供達に読み聞かせをした経験があるからその苦労は分かるつもりだ。


となると……


「どうでしょう、身振り手振りを加えて場面の表現をするというのは」


「身振り手振りか……。なるほど、思い付かなかったな」


「一応僕は役者の端くれなので、簡単なものでしたらレクチャー出来ますよ」


「ヒカル君役者だったのか!?聞けば聞くほど君達の家系ってすげぇな……。じゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いします先生!」


「あはは、そんな大げさなもんじゃないですよ。ではまず基本的な動きですけど……」


それから僕はリョースケさんに役者として培った技術を、簡単に応用出来る形で動作を教えた。無闇やたらな動作をしても、筋肉や筋を痛める可能性があるため、そういった怪我をしないようなものが中心だ。鞄からメモ帳を取り出して熱心にメモを取ってるリョースケさんから、確かな熱意を感じる、余程この仕事が大好きで真剣に向き合っているんだろう、という事がひしひしと伝わる。


「……以上の事を念頭に置けば、多分子供達も満足してくれると思いますよ」


「おお…金払ってでも聞きたいくらい為になる話だったわ……。ヒカル君、マジでありがとう!明後日また幼稚園のヘルプに呼ばれてるから早速試してみるよ!」


「お役に立てたようで何よりです。今度また、子供達の感想聞かせてくださいね」


もちろん!という遣り取りをしていると、遊びに満足したアクアとルビーが僕のところに駆け寄ってきた。


「あー楽しかった!あれ?ねぇねぇ、この人誰?」


「…あ、もしかしてこの人がリョースケさん?前に話してた」


「うん、前にこの公園で知り合ったリョースケさんだよ」


「えーと、久し振り…でいいかな?リョースケです。アクア君もルビーちゃんもあの時はまだ赤ちゃんだったけど、ヒカル君と友達になった時に会ってるんだ。まぁ覚えてないよね」


「へー、パパのお友達なんだ。よろしくリョースケさん!」


「よろしくお願いしますリョースケさん」


ルビーが僕の事をパパと呼んだことに内心焦った。あの時は親戚の子だとリョースケさんには説明していたためである。

ただリョースケさんを見る限り、気にしている様子はない。聞き流してくれたのかな?


「ああ、よろしく2人共。じゃあヒカル君、アクア君とルビーちゃんも、俺はそろそろ帰るよ。じゃまた会おうね」


3人でリョースケさんにさよならの挨拶をする。直後、ルビーが砂場に忘れ物をしたようで、アクアと共に取りに戻った。そしたら帰り際のリョースケさんに、驚く事を耳打ちされた。


「…あの子達、本当は君の子なんだろ?あの日の感じだとアイが母親じゃないかな?」


全身が硬直した。ルビーの漏らした『パパ』呼びを聞き逃してはいなかったのだ。少し身構えてリョースケさんの方を向く。


「あはは、そんな身構えないでくれ。いやな、子供達と接してる内にあの日ヒカル君とアイが2人に向けてた表情が、実の子に対するそれなんじゃないかって思い始めてね。そこにルビーちゃんからのパパ呼びとくれば、な」


リョースケさんは笑いながらそんな事を言った。正直、背中に冷や汗をかいている。


「大丈夫、誰にも言うつもりなんてないさ。大事な友人の、それに推しとの秘密って約束だからな」


子育て頑張ってなと言うと、リョースケさんは帰っていった。内心かなり焦ったが、リョースケさんが良い人で助かった。あれこそファンの理想的な姿かもしれない。

安堵の息を吐いた後、アクアとルビーが戻ってきたので、3人で手を繋いで家路に着いた。




○お昼寝


とある昼下がり。俺、星野アクアは妹のルビーを探していた。母であるアイが出演したバラエティ番組の再放送を一緒に観たいと誘われていたためである。あいつ本当にアイが出てる番組は絶対見逃さないくらいアイが大好きだな。俺もだけど。

部屋で小説を読んでいたらいつの間にかどこかに消えていたルビーを探してリビングに出てきた。すると


「ルビー、そろそろ再放送始まるぞ。ったく、あいつどこ行っ……」


「……スピー……スピー……」


ソファに寄りかかって寝ている。手元に開いたままの絵本があるという事は、おそらく寝落ちしてしまったのだろう。


「…………」


それにしても気持ち良さそうに寝てるな…。射し込む日差しでちょうど良い具合に暖められた部屋で絵本を読んでいたら眠くなる気持ちも分かる。ただでさえ、今現在のこの子供の体というのは眠りに落ちやすい。


「そのまま寝たら風邪引いちまうぞ」


チェストの引き出しからブランケットを取り出し、ルビーに掛けてやる。「ん…」と微かに声を出して小さく寝返りを打った後、何か良い夢を見ているのだろう、笑顔になって再び寝息を立て始めた。

その様子を見ていた俺にも徐々に眠気が襲ってきた。


(いつも騒がしいけど、寝てる時だけは静かだな。おやすみ、ルビー)


ルビーの頭を軽く撫で、俺も夢の世界へと意識を落としていく。


───1時間後


「アクア、ルビー、ただいま」


僕、カミキヒカルは事務所での今日分の仕事を終えることが出来た為、社長とミヤコさんからOKを貰って早めに帰宅した。途中で不三家に寄ってシュークリームを買って来たため、2人へのお土産とした。


「あれ、2人とも居ないのかい?シュークリーム買って来……おや」


「「……くぅ……くぅ……」」


2人とも、ソファの上で気持ち良さそうに寝ていた。ルビーにだけブランケットが掛かっているのを見るに、先に寝ていたルビーが風邪を引かないようにした後、アクアも寝てしまったんだろう。相変わらず優しいお兄ちゃんだね、アクアは。


「ふふ、これは起こせないね。仕方ないからお土産は冷蔵庫に入れておこうか」


……それにしても、2人共大きくなったと実感する。生まれた時は同時に抱き抱えられたのに、今じゃどちらかで精一杯だ。子供の成長を感じられるのは親の喜びだと、心から思う。

しかしそれでも、寝顔は今も変わらない。いつもは基本的にすんとした表情のアクアも、太陽のような眩しい笑顔のルビーも、赤ん坊の頃から何一つ変わらない穏やかな寝顔だ。

そんな寝ている2人の頭を撫でていたら、先ほどまでの仕事の疲れが今さら来たのか、睡魔がやってきた。


「ふぁ…僕も少しだけ寝ようかな。……おやすみ、2人とも。これからも元気に育ってね……」


可愛い我が子達の健やかな成長を願いつつ、意識を手離していく。良い夢を見てね、アクア、ルビー…。


───さらに1時間後


「ただいまー!今日は早く帰れたよー!」


私、星野アイは近頃多忙だ。B小町が有名になってから音楽番組やバラエティなど、出演させて貰える仕事が増えたためだ。確かに忙しいのは間違い無いけど、アクアとルビーはこれからもっと大きくなる。その為にはお金が必要な訳で、2人に色んな選択肢をあげるためだからこのくらいへっちゃら。

そんな中、今日は久々に仕事が早めに終わり、夕方にもならない頃から上がらせてもらえた。しかし帰ってみると返事が無い。


「おかしいなー、ヒカルの靴もあるから3人共居ると思うんだけ……ど……?」


「「「……すぅー……すぅー……」」」


リビングに入るとヒカル、アクア、ルビーの3人が仲良くソファで寝ていた。ルビーがアクアに寄りかかって眠り、そのアクアを支えるようにしてヒカルが眠っている。そして全員が穏やかな寝息を立てている。


(やっぱウチの子きゃわ~~!ヒカルも普段はカッコいい系なのに寝顔は子供達に似て可愛いよねー)


大好きな家族の可愛い寝顔に軽く身悶えした後、起こさないようにしながらスマホで写真を撮る。また1枚、大事な思い出が増えたね☆


「それにしても、今じゃヒカルも立派にお父さんしてるよね。最初はあんなに不安がってたのに」


……私はどうだろう、2人にとって良い母親になれているだろうか。仕事柄、構ってあげれる時間も少ないし、帰る時間も遅くなりがち。これからさらに稼いでいくとなれば、今以上に2人へと割いてあげられる時間が減る事だって有り得る。

そんな不安に苛まれている私の事を知ってか知らずか、3人の寝言が聞こえる。


「ん……ママぁ……大好きぃ……」


「……母さん……あり……が……とう……」


「……アイ……愛して……るよ……」


「~~~~~~~~!!!」


頭が沸騰してしまいそうだ。起こさない程の声量ではあるが、言葉にならない嬉しい悲鳴を上げてしまう。


私も、3人が大大大好き。愛してる。


これは絶対、嘘じゃない。


「……私も寝ちゃお!」


3人の仲良しな光景が羨ましくなり、私もそれに混ざる。決して照れ隠しなんかではない、決して。


(おやすみ3人共。叶うなら、この幸せがずっと続きますように……)


世間には『まだ』公表出来ない、とある4人の家族。仲睦まじく夢の中で揺蕩う彼ら彼女らの寝顔は、みんな揃って幸せな表情だった。


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