カミキヒカルは2児のパパ (番外:リョースケ物語)

カミキヒカルは2児のパパ (番外:リョースケ物語)



「───っあ~。何も決まんねぇし何も浮かばねぇ……。どうすっかなマジで」


昼下がりの日差しが心地良い土曜日の公園。遊具や砂場で元気に遊んでいる子供達とは真逆に、陰気なオーラを纏って木陰のベンチに腰掛けている高校生。名をリョースケと言い、学生らしく将来の進路について絶賛苦悩中である。


「母さんとも軽く言い合いになっちゃったしなぁ…。就職しろっつっても、やりたい仕事とか浮かばねぇし」


とはいえ、俺には行きたい大学があるわけでも大学でこれを学びたいという何かがあるわけでもない。今の高校生活でさえ、俺にとっては惰性のようなものでしかないのだ。


気が滅入ってしかたない。


「ダメだ、考えてたらまた鬱りそうになってきた…。えーっと、イヤホンあったかな……お、良かった入ってた」


愛用のイヤホンをスマホに差し、カナル部分を耳に装着。そしてダウンロードしている曲を流し始める。


『あ・な・たのアイドル~♪ サインはB~ chu♪』


「ああ~これこれ。これ聞いたら悩みなんてどっか飛んでくな~」


聞き始めたのは、アイドルグループ・B小町の『サインはB』。何を隠そう俺はB小町の大ファンで、特にセンターのアイを激推ししているコッテコテのドルオタなのだ。


恥ずかしい話、俺は今まで趣味らしい趣味なんてものを持ち合わせていなかった。


友人の中にはサイクリングが趣味だったりバンドをやっていたり、同い年なのにソロキャンプにドハマりしている奴だっている。俺から見たらまさに趣味というか眩しいというか、とにかくキラキラ輝いて見えるものばかりだった。


対して俺には、何もない。趣味が無いというただそれだけのことなのに、自分自身がひどく空虚な人間に思えた。


そんな中出会ったのがB小町・アイ。陰鬱な自分と違って、全てが光って見える一番星。



俺は星の輝きに一瞬で魅せられ、心を惹かれた。



次の週から俺はバイトを始め、ただひたすらに働いた。全てはアイを、ひいてはB小町を応援するためだけに。


今まで淀み、灰色でしかなかった世界がカラフルに色づいた。ライブチケットは神頼みで抽選をなんとか勝ち取り、アイとの握手会にもまだ2回だが参加できた。


その時にプレゼントを渡したら、アイはとても喜んでくれた。こういう贈り物をするのは俺だけじゃないからただの社交辞令かもしれないけれど、それでも良かった。


アイは、今の俺にとって全てなんだから。


『サインはB』から始まったB小町のアルバムを聞いて心を落ち着けていると、年下っぽい少年から声を掛けられた。


「すみません、隣よろしいですか?」


イヤホンを外し、どうぞと返答をする。軽い会釈をしてから、少年は同じベンチに腰を掛けた。


よく見るとこの少年、ベビーカーで赤ん坊を連れている。しかも2人も。


(な、なんだ?こんな年から子育てか?)


ンなワケないだろ。じゃあ弟と妹か?にしちゃあちょっと年齢が離れてねぇかな。


ううむ、ワカラン。


「……こんにちは。その2人は、君の弟と妹?」


「こんにちは。いえ、この2人は親戚の子です。ちょっと事情があって面倒を見てまして」


ああ、そういう…。何故だかよく分からない安心感を感じた。


えらく大人しいなと思ってチラッと目をやると、2人共気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。


その顔を見ていたら、なんだか微笑ましい気分になってきた。多分、俺の顔も緩んでいるだろう。


「子供ってのは純粋で可愛いな」


無意識に口から零れた。それに気付いてから俺は内心焦った、それはもうハチャメチャに。


何故なら今のご時世は何かにつけて不審者扱いされる傾向があるからだ。酷いものだと、ただ歩いて追い抜いただけなのに不審者扱いされたという話も聞いたことがある。


ましてやさっきの俺はニヤニヤしつつ子供を見ながらの発言だから、見方によっては十分に事案と捉えられかねない。


内心ビクついているのを必死に隠しながら少年の方を見ると、想像とは違った表情をしていた。


微笑んでいる。それも、愛しい我が子に向ける親のような、優しさに満ちたものだった。先程までの優男のようなものとはまた違った顔に驚いていると、少年が口を開いた。


「本当に、子供は純粋で可愛いものです。僕は元々、人前で笑顔を見せれるような人間じゃありませんでした」


ですが、と少年は続ける。


「この子達に出会って、僕は変わりました。今はまだ手探りですけど、2人が真っ直ぐに、元気に育ってくれるように全力を尽くしたい。そう思ったんです」


すみません急に自分の事語っちゃって、と少々照れくさそうに笑うと、俺達の間に沈黙が流れる。


───ああ、さっきから俺の心に生まれ始めてるこの感覚って……


この少年とはこれから先も会う気がする。そんな、根拠の無い確かな予感がした俺は


「また、君と話がしたいな。俺はリョースケ、君の名前は?」


「…ヒカル、カミキヒカルです。よろしくお願いしますリョースケさん。あ、ちなみにこの双子は男の子がアクアで、女の子がルビーです」


この子達双子だったのか。てか名前すげーな……


よく見るとヒカル君も双子も、めちゃくちゃ顔が良い。あれか、親戚とか言ってたし遺伝的な何かか?美男美女しか生まれない家系ですってか?羨ましいなチクショウ。



「あ、ヒカルだー!」


ふと向こうからヒカル君を呼ぶ声がした。…が、妙に聞き覚えがある。いや、まさかそんなハズが……


「早かったね、もうお仕事終わったのかい?」


「うん、全部一発録りでOK出たから急いで帰ってきちゃった!」



ア───────!!?!??!?



急いで口を閉じる。っっっっぶなぁ!思わず大声出るとこだった!え、なんでここに推し(アイ)が!?てかヒカル君の名前呼んでたよね!?え、どういう関係なんだ!?


「え、ヒカル君…!?この人ってその、あ、2人はどういう……?」


……曰く、アイがアイドルデビューして間もない頃、遠い親戚だということをお互いが知って出会い、今では姉弟のような関係だとの事。今世紀一ビックリした…。初めて知った… 。


「あ、よく見たらリョースケ君だ。いつも応援ありがとねっ☆」


今世紀一のビックリ、10秒で更新。そして今、これまでの人生で一番嬉しい。今ならナイフで刺されて死んでも満足して逝けそう……


そんな事を思っていると、アイが俺の顔を見ながらイタズラっぽく笑った。


「他の人に誤解されたら困るからこのことはヒミツだよ?私達とリョースケ君だけのヒミツ、ね?」


吹っ飛んでいきかねない勢いで首を縦に振り、全力で同意した。推しのお願いを断る理由なんてものあるはずがなく、そして真のファン足る者、推しのプライベートを脅かすなどあってはならないのだ。



◇◆◇◆◇◆



あれからヒカル君達と別れた後、俺は少しの間公園でポーっと突っ立っていた。


5分程経った頃だろうか、ハッとして俺の意識を引き戻した時、1つの決意が胸の中に生まれた。走って家まで帰り、母さんの前に立つ。


「あら、お帰りリョースケ。遅かったわね……てどうしたの?そんな真面目な顔して」


「母さん、進路決めたよ。卒業したら就職する。


……俺、ベビーシッターになりたい」


確かな熱を両目に秘めてそう宣言するリョースケの顔は、将来への希望に満ち溢れていたという。

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