カミキヒカルは2児のパパ (炎上 弐 )
◇◆◇◆◇◆
「中にも東寺の羅生門には、茨木童子がうで栗五合つかんでおむしゃる。かの頼光の……」
恋リアだけが今の私の仕事じゃない。本業である役者の仕事もあるので、日々たゆまぬ鍛練に勤しむ。
自分は常に精進の身。毎日毎日、努力を忘れず稽古を続ける。
(ふぅ、ちょっと長引いちゃったかな…)
今日の稽古を終え、レッスン室の鍵を返却するためにマネージャーの下を訪れる。すると中で社長と何やら話し込んでいる様子だ。
「マネージャー、レッスン室の鍵…「お前はクビになりてぇのか!?あぁ!?」
突然の怒鳴り声にビクッと驚いて、とっさに壁に隠れた。
「最近あかねの出てるリアリティショーが人気出てるって言うから観てみたらなんだこれは!?総出演時間10分もいってねぇんじゃねぇか!?」
……。
「チャンスだって言うのにこれっぽっちも目立ってない!!マネージャーのお前がしっかり指導しなくてどうする!!」
「ですが社長…あかねも十分頑張って…」
「頑張るだけじゃ金にならないんだよ!他にもやりてぇって言う奴が大勢居る中で選んでやったんだ!爪痕の1つでも残させろ!!」
…私のせいだ、私の努力が足りないからマネージャーは怒鳴られてるんだ。
自分を責めていたらどうやら話は終わったらしい。部屋からマネージャーが出てきて、壁に隠れていた私に気付いた。
「……マネージャー、ごめんなさい」
「ごめん、聞こえてたか。
あかねは精一杯やってるんだ、気にしなくていい。ちゃんと俺が防波堤になるから」
そう言ってマネージャーはこの場を後にした。
残されたのは、情けなさから涙を流す自分だけ。
「わ…私が不甲斐ないから……」
ごめんなさいマネージャー……私のせいだ。もっと頑張らなきゃ。頑張って…爪痕残さなきゃ…。
◇◆◇◆◇◆
今日も朝から『今ガチ』の撮影。ふと隣を見てみると、メムと森本が何かやっている。
「何してんの?」
「番組公式のTwitterとかTikTokとかあるでしょ~。それにアップする動画とってたぁ~」
「ふぅん?」
「結構登録者増えてさ。まぁ私にかかればこんなもんだよぉ!」
などと言いながらドヤ顔をしている。
「そういえばメムは元々TikTokerだっけ」
「そそ、当時は広告収入も投げ銭もなかったからYouTuberに転身したんだけどさ」
そしてメムは俺にも何かアップしろと言ってきた。確かにアカウントはあるが、母さんやルビーに言われて作っただけで終わっている。そういう若い子の使うツールとか良く分からんしな。
「ノブくん……こっちで一緒に……」
「ああ、いいよ?」
……。
「あかねちゃん攻めてるねー」
攻めてる…いや、というよりあれは……。
─────────。
[そういや居たわこんな子
あかねだっけ? # 今ガチ]
[あかね別に居てもいなくても同じじゃない?]
[あかねOUTでいいから男新メン増やして~~]
「……」
まだだ、まだ頑張りが足りない。
『目立つ為にはどうすればいいかって……?
そりゃゆきからノブを奪う悪女ムーブだよ。これが出来たらキャラが立つし、間違いなく目立てる。
もちろんこれは指示とかじゃない、でもこういうの出来る子が売れるんだよねぇ』
Dから聞いたアドバイスを実践してはいるが、まだだ……まだこんなものじゃ……。
私の脳裏に、あの時のマネージャーの背中が鮮明に想起される。
頑張らないと…!
─────────。
「わっ、きれー!」
「でしょ!お姉ちゃんがネイリストやってて教わったんだ」
すごい、ゆきちゃんこんな特技まで持ってたんだ。番組を意識した立ち位置の確保やトーク力以外にも、こんな…。
そんな風にゆきちゃんに羨望と妬みが入り交じった複雑な感情を向けていると、私にもネイルアートをしてあげるからと誘われた。
ゆきちゃんが私の爪に様々な色やかわいい装飾を付けてくれている最中、私に疑問を投げ掛けてきた。
「あかね、最近焦ってる?」
私の内心を見透かされたようでドキッとした。
「放送も終盤だしね。気持ちは分かるけど」
「別にそんなんじゃ……」
私はただ、どうにかして目立って、結果を残したいだけ。ゆきちゃんみたいに番組を自分メインで展開したいだとか、そういう野心はない。
「そっ……。でもそうはさせないよ、私は私が一番目立つように戦う。悪く思わないでね」
そう言うゆきちゃんの顔は小悪魔のような、でも私に微笑みかけているような風にも見えた。彼女なりの私に対する激励なのだろうか……。
ゆきちゃんとは、なんでこんなに違うんだろう。
ゆきちゃんより目立たなきゃ。
「でね……」
「ケン!ラブラドール好きって言ってたよね!あっちにでっかいラブラドール居た!」
「えっマジ!?」
頑張って戦わなきゃ…
私に期待してくれてる人の為にも──
「やめてよ!!」
私はパフォーマンスとして、ゆきちゃんとケンゴ君を離すように腕を振った。
「そうやって男に簡単に引っ付いて、やり口に品がな……!」
そう言いかけた私の目に映ったのは
頬が切れて、血を流しているゆきちゃんの顔だった。
私は、焦りのあまり周りが見えていなかった。
「いったん撮影止めます!」
周囲がザワつく。ゆきちゃんのマネージャーと思われる人が駆け寄って、ハンカチで頬の血を拭う。
やってしまった。
冷や汗が全身から吹き出す。周囲の目が怖い。
「わた、そんなつも……ちが……」
「あかね」
「わたっ……!」
「あかね!」
私の名前を叫ぶ声に気付くと同時に、ゆきちゃんが私を抱き締めていた。
「大丈夫だから、落ち着いて!
分かってる……焦っちゃったんだよね。知ってるよ、あかねが努力家なの」
な、んで…なんでそんなに優しいの…?私、貴女にケガさせちゃったのに……。
「皆の期待に応えようとして、ちょっと向いてない事しようとして、なんか分からなくなったんでしょ?」
「ごめ……顔……雑誌撮影もあるのに……」
「大丈夫、こんなのフォトショで簡単に消せるから!仕事には影響ないよ!
あかねは私の事、嫌い?」
そんなワケない…嫌いなワケがない!
私は、強くて優しくて…そんなゆきちゃんが、好き……。
「私も、努力家で一生懸命なあかねの事好き。だから怒らないよ」
「ほんと?」
「カメラは回ってないんだから今演技しても仕方ないでしょ」
そう言って私達はお互い笑顔で向き合った。
学校とかだったらちょっと揉めてすぐ仲直りみたいな事、よくある話で。本人間では解決したことだとしても、
それをネットは許さない。
◇◆◇◆◇◆
あの日の映像が放送されて間も無く、私は炎上した。
「やっぱり」と思った。
ちゃんと謝れば許してもらえると思った。番組との契約で放送に載ってない部分の事は言えないけど、言える事だけでも出来る限り説明してTwitterで謝ろうと……
それが合図だった。
[ 今ガチにお前はいらない。
マジで早く消えろ。 ]
[ ゆきちゃんが可哀想すぎる。
死んで謝罪しろ。 ]
[ 消えろブス。 ]
私は悪い事をしたから当然だ。
(これは皆の意見……目を逸らしちゃダメだ……)
私は批判の意見も、出来る限り目を通した。
目を瞑ると炎上の事しか考えられなくなって、朝になったら全部収まってるって自分に言い聞かせて強引に眠った。
でも、そんな事あるはずなくて…
「あかね?大丈夫?顔色悪いわよ」
「大丈夫」
震える声で、お母さんにはそう誤魔化した。
「あかねの見た?」
「ヤバくない?いつかやると思ってた」
「なんかいつも仕事があるからーとか芸能人ぶってさー。いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって」
「マジ性格悪いし、自分はアンタ達とは違うからみたいな空気出してくるよねー」
「今頃、囲いの男共に慰めて貰ってんでしょ」
「ありそー」
(……………………)
炎上は私の悪口だけでは収まらず、お母さんにまで飛び火する。当然、事務所にも。
(ごめんね、お母さん……。マネージャー……)
番組の更新日、内容を確認する気力は湧かなかった。
だけど、少しだけ落ち着いてきた批判がまた最初の頃のように盛り上がってるのを見て、だいたい中身に察しは付いた。
そしてこの番組が注目される限り沈静化はしない事も、これからの芸能生活にずっと付きまとう問題だとも。
[ 今炎上してるあかねって子
ララライの劇で主演やっててめちゃくちゃ頑張り屋な子なんだけどさ…
今回の騒動見てたらそういうのもただのアピールに思えてきた ]
[ 今まで推してきたけどちょっと無理になった ]
(……っ…………)
[ 完全に芸能人として終わりでしょ笑
売り物の顔を殴る奴使うはずねーもん笑 ]
[ つか顔もまじぶすじゃね? ]
[ 性格悪そうな顔してるよね ]
[ バイバイあかね
残念だけどもうTVで見る事は無いね ]
鏡で久しぶりに自分の顔を見たら、ひどい顔をしていた。
目に光が一切無い、まるで死人のように濁った目……。
ふとスマホがメッセージの着信を知らせる。今ガチメンバーのグループLINEだった。
NOBU
[ あかね大丈夫?ちゃんとメシくってる?]
☆MEM☆
[ みんな心配してるよ~ ]
(そういえば、何も食べてないや……)
[ ご飯買ってくるね ]
NOBU
[ いくなw台風来てんやぞw ]
軽くメッセージを返すと、返信も見ずにフラついた足取りでコンビニへと向かう。
コンビニからの帰り道、歩道橋を歩いていたら足に力が入らなくなり、バランスを崩す。
強風で傘は折れ、買った物が散らばる。
無数の雨粒が、私を責めるように全身に叩きつけられる。
ザアアァァアァ……
「疲れた」
(もういいや)
(考えるの、疲れた)
(何も考えたくない)
おもむろに歩道橋の手摺に足を掛けてよじ上る。下の道路には無数の車と、ライトの光が行き交っている。
…………。
……ここから落ちたら、楽になれるのかな。
もう、いいよね。だって疲れちゃったんだもん。
早く、楽になりたい。
そう思った私は、死へ向けて手摺から前に足を踏み出した───