カミキヒカルは2児のパパ (『演技』とは)

カミキヒカルは2児のパパ (『演技』とは)




──私は有馬かな

小さい頃は天才と呼ばれ、皆がちやほやしてくれた。

でも、今はネットでオワコン子役と呼ばれている。小学生辺りでどうやら終わってしまった私だけど、地道にこの業界にしがみついてようやく掴んだ待望の主役級。何が何でも良い作品にしたい。


その為なら、藁にも縋る───


─────────。


ドラマというのは部屋の中で主役級が本読みやリハーサルをして、それを元に監督やDがコンテを切る。撮影現場でドライやカメリハ、ランスルーを踏んでから本番。


「…ていうのが一般的だけど、このロケ地は1日しか確保出来なかったらしいからドライからランスルーは全部一纏めでリハーサル扱い!練習は1回切りよ!」


あまりにも雑。事前の話で予算も時間もまともに確保出来ていない現場だと聞いてはいたが、これはさすがにお粗末過ぎないか。

うちの監督でももうちょい丁寧だぞ。

あ、と有馬が誰かの存在に気付いた。


「よう、かなちゃん」


──主演・青野カナタ役  鳴嶋メルト──


「今日雨ヤバない?撮影延期にして欲しかったわ」


「ちょっと雨漏りしてる所あるみたいだけど平気よ」


「湿気あるとさー髪広がるんだよねー。なんかココ、ジメジメしてて不快だし…」


チャラい奴だな。だがここに居るという事はキャストの1人なのだろう。モデルを多数起用してる企画というだけあって、確かに顔は整っている。

ひとまず、俺は新参者で初対面なので挨拶をしようとした。


「星野アクアです。よろしくお願…「よろー」


俺の挨拶に被せるようにして言った後、気に留める様子も無く歩き去って行く。


……………………。


「態度悪くね?名前も聞けてないんだけど」


「名前は鳴嶋メルト。まぁ向こうも若いから…」


鳴嶋…ってことはあれが主演の役者か。若くして売れてる奴らってのはどうしてこう…。

内心で毒突いていると、有馬が精一杯のフォローをする。トントン拍子に売れてる若手にはよくある事らしい。そう言う有馬が自分の言葉でまたダメージを受けていた。


「某アイドル事務所とかはしっかりしてるから礼儀正しいし、現場の好感度高くてハズレがなかったりする。たくさん使われるにはそれなりの理由があるのよねー。というわけで」


挨拶は大事な仕事!と言って、俺の背中を押す。目の前には、くたびれた雰囲気を纏う中年男性が立っていた。

その男性こそ、有馬の言っていたプロデューサー。鏑木勝也。


「はじめまして、いちごプロ所属の星野アクアと申します。本日はよろしくお願いします」


「ああ、よろしくね」


簡単に挨拶を終えると、鏑木さんはスタッフ達の方へと歩いていく。


「今の人がこの現場の責任者。あの人の意見が監督やDを通して現場に伝わる。モデル事務所との繋がりが強い人でね、今回のキャスティングは殆ど彼の仕事」


有馬曰く、鏑木さんは顔面至上主義の人らしく、急遽俺を現場にねじ込んで使ってもらえたのもその辺の理由が絡んでいるとの事。

私もだけど!と付け加えた直後、スタッフからリハーサル開始の合図が出された。


「行くわよ。台本は頭に叩き込んでるわよね」


俺の役はヒロインに付きまとうストーカーの役。

なんの因果だろうな……。父さんを殺しかけた、アイの母親の役を、俺が演じる事になるんだから。

真っ黒のパーカーを着てフードを被り、現場へと入る。


リハを開始していくらか経過した辺りで、シーンに使う場所に雨漏りがあることが判明したために一旦ストップが掛けられた。

休憩で椅子に座っていたところ、同じく腰を掛けに来た有馬が声を掛けてくる。


「普通に演技できてるじゃん。何が裏方志望よ」


「こんなの練習すれば誰にでも出来る。他の人の邪魔をしない程度に下手じゃないだけで、俺自身に何の魅力もない」


あの日、有馬かなが見た俺の演技は、あくまで年齢と中身のギャップが引き起こした異質感だ。

精神年齢に肉体が追い付いた今となっては、俺はどこにでも居るただの役者。


「なんか凄い演技を求めてたなら悪いな」


「そんな事…まぁちっとも期待してなかったと言えば嘘になるけど、じゅーぶん。

アクアの演技、ずっと努力してきた人の演技って感じがして私は好き。細かいテクが親切で丁寧っていうか、自分のエゴを殺して物語に寄り添ってるっていうか…」


変に気を遣われている気がして口に出すと、これでも座長だから遣うわよと返された。


「主役級の仕事なんて私にとっては10年ぶりの大仕事だからそりゃ頑張るし!」


10年ぶり…か。確かに最近見ないし、まだ役者続けてたのかなんて思っていたら声に出ていたらしく、うぐう!と呻き声をあげて何度目かのダメージを食らう

すまん、迂闊だった。


「確かに、私にとっての闇の時代は大分長かったわ。ずっと仕事が貰えずネットでは終わった人扱いされて、でも稽古だけはずっと続けて、何のために努力してるのか分からなくて…何度も引退って言葉が頭をよぎって……」


…そうか、有馬は有馬なりの苦悩を抱えていたのか。俺の近くにはずっとアイが居たため、その手の苦労に関する意識が希薄になりがちだ。今までどんな思いをしてきたのか、どんな絶望の中で生きてきたのか。それは推し量れないだろう。

だがそれでも彼女は立ち止まる事無く今、俺に笑い掛けている。


「だけど!こうやって実力を評価される時期が来たのよ!本当に今まで辛かったけど、続けてきて良かったって思った!

だからね、別にアンタがめちゃくちゃ凄い演技しなくたって、アンタがこの仕事続けてるって分かっただけで、私…嬉しかった。こんな前も後ろも真っ暗な世界で一緒にもがいてた奴が居たんだって分かって、それだけで十分」


─────────。


手洗いから戻る途中、喫煙所の前を通過する。ふと目をやるとそこには今回の撮影の監督と、鏑木さんが居た。


「撮りの再開まだ?メルト、この後雑誌の撮影入ってるけど」


「もうすぐです。キャスト陣は有馬さんが宥めてくれてるので……」


「かなちゃんねー。使い勝手ラクでいいよね。


誰にでもいい感じに尻尾振ってくれるから、雑に据えとくには丁度いい」


───……。


「『有馬かな』っていう名前はいちおー世間に浸透してるし、事務所抜けてフリーになってギャラも殆どタダ同然でネームバリュー使えるんだから得したよ。

まぁ演技にうるさいのだけ面倒だけどね。このドラマはあくまで役者の宣材、演技力なんて求められてないのに。そこだけは分かってないみたいだけど」


「……」


──だけど!こうやって実力が評価される時期が来たのよ!


「評価なんかされてねぇじゃん」

世の中そんなもんだぞ有馬かな、適切な評価なんて与えられる方が稀だ。

……だが俺は、必死に努力してる人間の思いを踏みにじるような事を聞いて知らない振りなんて真似、する気はない。ならばどうするか……簡単だ。


「せっかくだから滅茶苦茶やって帰るか」


─────────。


カチンコの音が強く響き、カメラが回りはじめる。ずしりとした空気が辺りを満たし、1年の時を全て濃縮したかの様な重くて強い時間が流れる。

人生そのものを問われるかのような長い一瞬。


…分かってるよ、これが結構なクソ作品だって分かってる。基礎も出来てない演技、既に4話まで公開済みで視聴者の殆どが落胆し、失敗作の烙印を押している。でも、まだ手遅れじゃない。


このシーンは原作屈指の名シーン。ヒーローとストーカーの対決、愛を知らない少女が初めて誰かに守られ涙を流す。漫画でここを読むときはいつも泣くし、何度も読み返すほど大好きなシーン。

ここで相方と息を合わせて上手くフォローし、最高の演技が出来れば…きっとまだ……


「オマエノカンガエソウナコトダ!」


……


「バカナノ?」


呼吸を合わせて…


「ヒトリニサセネーヨ!」



(無理だよこんなの!!フォローしきれない!!)


なんで監督達はこんな演技でOKだと思うの!?ここってもっと緊迫感があって、怖くて、おどろおどろしいシーンじゃないの!?


演技って、そんなにどうでもいい?


ここはもっと───!



ピチャッ……ピチャッ……


暗闇の中から黒フードの男が、水溜まりを踏みしめながら歩いてくる。


「雨で足音がマイクに乗っちゃってます。止めますか?」


「いや、んー……。

イカシで。感じ出てる」


「この女はお前が思ってるような人間じゃない……。お前みたいなチャラついた男とは絶対相容れない」


(あれっ…)


「そいつは俺と同種の人間なんだよ。日の当たる場所に居れば干からびる」


さっきはあんまり上手くないって思ったのに


「暗い所がお似合いなんだ」


リハの時より、感じが出てる……


…………………………。


俺にはアイみたいな才能が無い。視線を釘付けにするオーラが無い。演技が上手い訳じゃない。だから使えるものは全部使う。

小道具  カメラ  照明   役者…


「お前と俺達とは違う…」


全部使ってでも、アイみたいになってやる──


「お前、そばで顔見るとブスだなぁ。

パソコンで加工しないとこんなもんか」ボソッ


「……………………は?なんつったオメェ!!」


鳴嶋がキレて俺の胸ぐらを掴みにかかる。当然だ、役に全く無関係な内容の貶しだけではなく、何よりもモデルとしての大切な商品にケチを付けられたのだ。誰だって同じ反応をするだろう。

だが、俺の目的はそこにある。


「聞こえなかったか!?そんな女、守る価値無いって言ったんだ!」


「あのガキ……台本も立ち位置もアドリブ挟んで……」


「止めなくて良い。2カメで彼を追って、照明も少し強めに」


(あ……良い)


「この子は──俺の大事な友達だ!!」


すごく原作っぽい!


(ここは原作の名シーン。演出意図、構図、テンポ…全部に意味がある)


昔から作者の気持ちを考えろって問題は得意だった。それに裏方の知識を加えて名作を正しく汲めば、及第点は取れる。


ほら、場を作ったぞ


「殺されても守る!」


やりたかったんだろ


───本気でやってみろよ、有馬かな


「何をしたって無駄だ…」


このシーン一番の見せ場はヒロインの涙。『光』。

そこの一点が輝くように、俺が『闇』を演出する。


「諦めて流されろよ!!」


怖く、キモく───


「お前なんて誰にも必要とされてない、身の程弁えて生きろよ。夢見てんじゃねえよ。

この先もろくな事はない、お前の人生は真っ暗闇だ」


…仕上げだ。有馬かなが上手く泣いてくれれば───


「…それでも、光はあるから」


──っ。


(そういや、得意技だったな…)



─────────。


撮影が終わって一息ついていると、バツの悪そうな顔をしながら鳴嶋が近付いてきた。


「悪い……。拳、当たったよな。リキっちまって……」


……。


「謝らなくていいよ、わざと当たりにいっただけだから」


「えっ?」


「やっぱ演技は感情ノッてなんぼだよな。いい芝居だったよ、おかげで有馬も本気出せたんじゃないか?」



視聴者の多くは既にリタイアし、コアな原作ファンや役者のファンのみが視聴を続けていたコンテンツ。

『今日あま』の最終回は大きくバズる事も話題になる事もなく、狭い界隈でひっそりと、熱烈な称賛を受けた。



◇◆◇◆◇◆


───ドラマ「今日は甘口で」打ち上げパーティー会場


とあるビルの大広間。ここでは先日最終回を迎えた『今日あま』の打ち上げパーティーが開かれており、俺もキャストの一環として参加している。


「こうやって見ると……改めて多くの人が関わってるんだって思うな」


「そうよ、私達の演技には多くの人の仕事が乗っかってる。結果を出さなきゃいけないし、スキャンダルなんてもってのほか」


そう言った有馬は若干聞きにくそうにしながら俺に彼女の有無を尋ねてきた。居ないからスキャンダルもクソもないとだけ伝えると、何やら顔を赤らめながら「そ……ふーん…」とだけ返す。


「撮影、お疲れ様でした」


後ろから労いの声を掛けられる。声の主であるボブカットの女性を見るなり、有馬が先生と溢した。つまりはこの人が原作者の吉祥寺頼子先生なのだろう。


「この作品は有馬さんの演技に支えられていたと思います。ありがとうございました」


「っ……!」


適切な評価なんて与えられる方が稀…それは紛れもない事実だが、その為の努力を見ている人は確かに見ているし、自分が欲しい評価を偽り無く与えてくれる人も確かに居る。


(ふっ……)


その光景に少し安心しながらその場を離れようとすると、鏑木さんが俺に話し掛けてきた。


「やぁやぁ、最終回評判だったよ。作品の収益的にはキビしかったけど、君みたいな才能に機会を与えるのが目的だから。それは達成出来たのかな?」


「……」


今回、俺がこの役を引き受けたのはカントクに煽られたからっていうのと、有馬の良い作品を作りたいという願いを手伝うためだ。そういう意味では、まぁ目的は果たせたと言えるだろう。役者の道に戻るかどうかというのは、まだ結論は出ない。


「君、いちごプロの子だっけ。

──どことなくアイくんと似た顔つきしてるよね」


「!」


この男、まさか勘づいてる?…いや、それは無いだろう。その件に関してはいちごプロの中でもトップシークレットだ。一介のPが知り得る内容のはずがない。

ポーカーフェイスのまま「そうですか?」と誤魔化すと、鏑木さんが話を続ける。


「彼女の顔は間近でよく見てたからね、間違い無いよ」


間近で…?アイとどういう関係なんだ?


「ファッション雑誌のモデルの仲介で一緒に仕事してね。以来、仕事を振るだけじゃなくて色々とお世話してあげたよ。良い営業先紹介したり、それこそ事務所に内緒で男の子と会う時とかに良い店紹介したり」


なるほど、そういう事か。にしても男の子と会う時か…まぁ十中八九、父さんと会ってた時の事だろうな。


「それより、僕は君に興味がある。君の顔はアイくんと似ていて美しい。うまく活用すれば人気出るかもしれない。そこで、今回かなちゃんのお願いで君をキャストにねじ込んだ交換条件といこう。今度撮る番組に出てほしい」


「交換条件、ですか」


この誘いが、今後の俺の人生を大きく変える出来事になるとは、この時は夢にも思わなかった。



「恋愛リアリティショーに興味はある?」


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