カミキヒカルは2児のパパ (『母』の悩み)
アイがアイドルに復帰して早数ヶ月……
あの復帰生放送以来、B小町はそれはもう快進撃を──
遂げている訳ではなかった。
「今月の給料20万……ねぇミヤコさん、うちの事務所給料渋いよぉ……」
アイドルという仕事は汚い話、給料の面だとなかなか厳しいのが現実である。
番組の出演料やCDの印税が丸々個人に入ってくるわけではなく、当然メンバーと山分け。ライブは物販が売れなければ余裕で赤字だし、さらに衣装代は天引き……。
月に100万も稼げるようなアイドルは、ほんの一握りなのだ。
「製造から流通までやってる大手と違ってウチはただの弱小芸プロ、利益が薄いのは承知の上でしょ。今更どうしたの?」
「世の中結局お金だって気付いたの」
嫌な事に気付いちゃったなこの子。まぁ真理と言えば真理なんだが……
「アイドルは楽しいし、私1人なら今のままで別に良かったんだよ?」
「だけど……この子達を良い学校に入れたり習い事をさせたり、色んな選択肢をあげるには私がもっとバシバシ稼がなきゃ駄目なんだよね?」
「今のままじゃ、この子達を幸せに出来ない……」
アイがその胸中に秘めていた悩みを初めて耳にした。
確かに子育てをするには大金が必要となる(ケース次第だが、一説によると1人につき1000~2000万掛かるとか)。しかもそれが双子となれば、単純に計算しても倍の金額になるのだから本来なら考えただけで頭が痛くなる話だろう。
(アイがこんなに考えて悩んでいたとはな。気付かない内にここまで母親らしくなったんだな…)
「CMとか映画の仕事こないかなぁ…はぁ~」
「それも大手が……いやまずその高いアイスをやめなさいな」
うん、とりあえず節約術を身に付けるのが先かな。
「そろそろレッスンの時間じゃないの?」
「あ、そうだね……はぁ、いってきまーす。いい子にお留守番しててね」
「…………」
──────。
「ねぇ、アイドルって月給100万くらい稼ぐものじゃないの?」
ンなワケないだろと言いながら、ルビーにアイドルの収支の仕組みについて掻い摘まんで説明してやる。それを聞いたルビーは、頑張ってる人にお金が行き届かないなんておかしくない!?と憤っていた。
「ヒカルもまだ15だしバイトも出来ないだろうからなぁ、これはそこそこシビアな問題だな」
「ヒカルってママに引っ付いてるあいつ?なんか頼るのやだなー。ママを傷物にした罪は万死に値すると思わない?」
「お前……実の父親だぞ」
ルビーのやつは発言が結構過激だ。それに気付いたのは割りと早い段階で、アイが寝静まった深夜……
「はぁ死ねよ!?ママの才能と美を理解しない猿人類が!どうせテメェブスなばばあだろ!鏡見てもう1回同じ事言ってみろブーーース!」
こいつは『アイ B小町』でエゴサし、アンチと壮絶なリプ合戦を繰り広げていた。真夜中に何をやってんだ。
(ルビーも俺と同じ転生者。多分この口の悪さや感情的になりやすい部分を見ると、前世は俺より年下……子供だったんだろうか)
年下で、しかもアイドルオタクの女か。俺の周りには居なかったが……
…………いや
(1人 居たな……)
───レッスンスタジオ
「アイちゃんなんか元気無くない?」
「病み上がりなんだから無理しちゃめーよ?」
メンバーの2人が私を心配して声を描けてくれる。そんなに暗い顔してたかな?
「違うんです、お昼ご飯食べ損ねてお腹めっちゃ減ってて~!」
「何それ食いしん坊キャラ!?」
「カワイイけどそんなキャラだっけー?」
今日のボイトレやレッスンをこなしてはいるが、イマイチ気分がノらない……
(エゴサしよ)
ツイッターでエゴサをしていると、とある呟きが私の目に入った。
[ アイの笑い方って良くも悪くもプロの笑顔なんだよな
なんか人間臭さがないっていうか。。。 ]
…………痛いとこ突くなぁ
◇◆◇◆◇◆
「販促イベント!ミニライブ!抽選でしか当たらないやつぅ!」
今日はB小町のミニライブの日。本来なら抽選を勝ち取った人間だけが参加出来る特別ステージなのだが、ルビーがミヤコさんにどうしてもと駄々をこねた結果、関係者枠で無理矢理入れさせてもらえることになった。
ちなみにヒカルは
『今日はアイも疲れて帰ってくると思いますので、頑張って料理を作って事務所で待ってます。社長に相談したいこともありますしね』
とミヤコさんに断りを入れていた。本当は行きたそうにしていたのがうっすら感じられたが、斉藤社長への相談は相当大事な話なんだろう。
気になる内容ではあるが、今はひとまずルビーが興奮して暴走しないよう目を光らせておく方が優先だ。
「いい……どうしてもって言うから連れて来たけど、こんなの社長にバレたら私が怒られるんだからね……」
「そうだぞルビー、目立つ事だけは絶対に駄目だからな。俺達はスタッフの子供としてここに居る設定、アイとの関係性を匂わせる様な事はするなよ……」
俺とミヤコさんの2人から注意を受けたルビーは、分かってると言いながらヤレヤレといったジェスチャーをした。
「見たでしょ、ママが落ち込んでる所……これでも私はママが心配でここに居るの。遊びに来たわけじゃないのは分かって───」
ワァアアアア!!!
会場から歓声が上がり、B小町のライブが始まった。
[ アイの笑い方って良くも悪くもプロの笑顔なんだよな ]
(そんなこと言われたってなぁ、私プロだし)
[ なんか人間臭さがないっていうか。。。 ]
(それ、よく分かんないし。人間ぽくないのを求めてるのはそっちじゃん?)
鏡見て研究して、ミリ単位で調律
目の細め方、口角
全部打算
いつも一番喜んで貰える笑顔をやってる
私は嘘で出来てるし───
「バブ!バブ!バブ!バブ!バブ!バブ!バブ!バブッ!」
「なんだあの赤ん坊!?ヲタ芸打ってるぞ!!」
「乳児とは思えないキレだ!!」
(何が心配して来た、よ!!誰よりもエンジョイしてるじゃないのよぉ!!)
(つい本能でーーー!!)
観客席に目を向けると、愛息子と愛娘がドルオタ顔負けのキレッキレなヲタ芸を披露していた。しかもベビーカーに乗ったまま。
「わっ」
「何あれすっごー……」
メンバーもひっそりと驚きの声を上げる中、私の胸の中を占める思いはたった1つ……
う、
うちの子きゃわ~~~~~~♥️♥️♥️
◇◆◇◆◇◆
「──21万リツイート。転載動画も既に200万再生……赤ちゃんコンテンツがバズりやすいとはいえ……これはさすがに……」
あの時のヲタ芸がネットに拡散され、大バズりした。
その当然の結果として斉藤社長の耳にも入り、今回の事がバレた。
低めの声で「ちょっと来い……」という社長に引き摺られながら、ミヤコさんはリビングを後にした。
「……2人とも凄いね。我が子達はかなり賢いとは感じていたけど、こんなのどこで覚えてきたんだい……?」
ヒカルが頭を混乱させながら俺達双子に疑問を覚える。そりゃそうだ、本来ならハイハイすら始まるかどうかも微妙な年齢の乳児が、こんなヲタ芸を披露出来るハズがない。
率直に言って、やらかした。
あれだけルビーに対して偉そうなことを言っておきながら、推し(アイ)のライブが始まった途端にこれだ。…仕方ないだろ!生前は終ぞ見ることが叶わなかったアイの生ライブだぞ!ファンなら卒倒するレベルで興奮するもんだろ!
その結果がコレである。ミヤコさんも言っていたが赤ちゃんコンテンツはバズりやすい。
ましてやヲタ芸を披露する乳児など、拡散されない理由を探す方が難しい。
我ながら不甲斐ない。ルビーも珍しく、気まずそうな表情で明後日の方向を見ている。
「あ、そういえばヒカル。こないだ佐藤社長に相談するって言ってた話、あれ何だったの?」
そうだ、自分達のやらかしのせいですっかり頭から抜けていたが、これに関しては俺も気になっていた。
「ん?ああ、そうだったね。その事なんだけど……」
「───僕、このいちごプロで働くよ」