カミキヒカルは2児のパパ (幕開け)

カミキヒカルは2児のパパ (幕開け)




──俺達の幼年期(プロローグ)は終わり、新たな幕が上がる


「おい、まだかかるのかルビー」


「もーっ、ちょっと待ってってばお兄ちゃん!この制服カワイイけどフクザツなんだもん……」


「初日から遅刻は勘弁してくれよ」


そして───


「でもほんとかわいいーっ♥️」


「……スカート短すぎないか?」


「お兄ちゃんて昔からおっさんくさいよね」


「アクア、ルビー」



「パパ、ママ、いってきます」


「…いってくる」


「「いってらっしゃい、2人共」」


俺達の、新しい生活(ものがたり)がはじまる───



─────────。



あの日、アイの母親に襲われた事件から11年が経った。アクアとルビーはこの春から高校生になり、新しい学校生活が始まる。


アイはドーム公演の後から少ししてアイドルを引退、B小町を卒業する運びとなった。理由は、芸能人として更なる高みへと登り詰めるため。アイドル引退後は女優へと転身し、今では知らない者は居ない程の大女優として活躍中だ。そしてアイの卒業後間も無く、B小町は解散。メンバーのみんなはそれぞれの道を新たに進んでいった。

一方、僕はあれから知識と経験を積みアイの専属マネージャーとして、いちごプロにて仕事をしている。それに加えて肩書き上はいちごプロ所属の役者でもあるため、再び演技の道を本格的に歩み始めた。役者として再出発するにあたってお世話になるのは、僕の古巣でもある劇団ララライ。

僕が突然ララライを去って早10余年、再びあの場所へ赴くには勇気が要ったなぁ…。



◇◆◇◆◇◆



───数か月前


「僕が再びララライに、ですか?」


「ああ、まだ諦めきれてねぇんだろ?役者の道。アイのマネージャーの仕事も板に付いてきた事だしよ、そろそろ自分に正直になってやっても良いんじゃねぇのか?」


まるで僕の心を見透かしているかのような社長の言葉。アイのマネージャーの仕事にも慣れてきたし、実際やり甲斐も感じている。

だが、心の奥底で燻り続けている思いも確かに存在している。


『もう一度、役者をやりたい』


アイが女優としての実績を積み上げていく様を間近で見る度、その思いは大きくなっていった。社長にも簡単に見抜かれる程に。


「お前は昔から周りのために我慢し過ぎなんだよ、ちったあ我が儘言うことも覚えとけ。アイを見てみろ、我が儘の塊みてぇなもんだろうが」


「そうよヒカル。壱護が言うように、あなたも自分のやりたい事をやりなさい。そのためのサポートや穴埋めなんていくらでも出来るのよ?」


「……」


本当に僕は周りの人間に恵まれている。あの日、アイが子供達をその身に宿したあの時から、僕は役者の道を自ら閉ざした。役者として登録したのだって、いちごプロで正式に所属して働けるようにし、子育てに掛かる資金捻出の負担を少しでも担う為だけのものだった。

即決出来なかったので1度持ち帰らせてもらって、みんなに僕が再び役者になる事を相談したところ、


「ヒカルまた役者さんになるの?いいじゃん!見たい見たい!」


「私もパパが演技してるところ見たいな~」


「いいんじゃないか?父さんは俺と違って才能あるし」


と言われたので即決した。社長からは「あんだけ悩んでたのは何だったんだよ!?」とか「お前ら全員、家族絡みになると途端にIQ下がるとこ治した方がいいぞ…?」とか言われた。

解せない。


そんなこんなで役者として再出発するため、ララライを訪れた。とはいえ、どんな顔をして会えばいいのだろうか。突然現れて突然去って、それから何年も連絡を入れずといった恥知らずの僕が、金田一さんに顔向け出来るのだろうか…。

扉の前でウダウダと考えていると突如扉が開いたため、無意識に身構えてしまう。


「何してんだ、んな所で」


中から顔を出したのは、あの時と同じく金田一さんだった。


「……お、お久し振りです。金田一さん」


「おう」


どう切り出したらいいものか迷ってしまい、僕達の間にしばしの沈黙が流れる。口火を切ったのは金田一さんの方だった。


「入れよ、用があって来たんだろ?」


「は、はい。では、失礼します…」


2度と訪れることは無いだろうと思っていたかつての古巣に、僕は再び足を踏み入れる。


─────────。


「で、今日は何の用だ?」


「え、えーっとですね。その……」


き、きまずい…背中に嫌な冷や汗が流れる。もう一度役者として面倒を見てほしいなんて、切り出したいけど簡単には切り出せないよ。


「……役者、またやんのか?」


「!」


「図星か」


金田一さんにも簡単に見抜かれてしまった。顔に出てしまっていたかな…。ここまで来たら口ごもったままで居る事は出来ない。僕は腹を括った。


「……金田一さんの仰る通りです。僕はもう一度、役者として歩き出したいと思っています。あの時勝手に飛び出しておいて今更何をと思われるでしょうが、それでも僕はここ以外に考えられませんでした。

恥を承知で申し上げます。金田一達郎さん、僕をもう一度ララライに入団させてください。お願いします」


「…………」


スッ、と金田一さんは立ち上がると、僕に背を向けて歩き出す。


(……ダメ元のお願いだったけど、やっぱりダメだったか)


話を聞いてくれただけでも温情だろう、ここまで自分勝手な人間の願いを聞いてあげる義理も道理も無い。

諦めた僕は頭を上げて立ち上がろうとした。すると、いつの間にか金田一さんが目の前に立っており、1枚の紙を僕に差し出した。


「ウチの連中が稽古するスケジュール表だ。お前の都合が付く日に来て、まずあいつらから見て学べ」


「えっ……?」


「腐らせるには勿体ねえからな。……精進しろよ、カミキ」


「っ……!」


僕は感極まって何も言えなくなってしまった。こんな僕の事を、この人はまだ『才能ある人間』として扱ってくれている。

本当に、この人には頭が上がらない。


「金田一さん、ありがとうございます…!」


深く、深く頭を下げて金田一さんにお礼を述べ、僕は事務所を後にした。


─────────。


「へー、ヒカルまたララライに行く事にしたんだ」


「うん、僕が演技の勉強をするってなったらあそこしか無いと思ってね。……正直金田一さんに会うのは怖かったけど」


「お兄ちゃん、ラララライって何?」


「それだと芸人のネタだろ。俺も名前はカントクから聞いたことあるけど詳しくは知らん。確か俺達が生まれる前に、父さんが居た劇団だったか」


「そーそー、私とヒカルが初めて会った場所でもあるんだよ。あの時のヒカル可愛かったなー、今はすっごくカッコいいけど!」キャー


「あはは……」


アイは隙あらば僕の事や子供達の事で惚気始める。とても嬉しくはあるのだが、突然惚気て来るからこちらはドキッとする事が多い。アクアとルビーはどうやらもう慣れてる様子で、「また始まったよ…」といった雰囲気の真顔になる。

やめてルビー、女性を誑かす悪い男を見る目で僕を見ないで?アクアも、何で無言でコーヒー淹れに行ったの??しかもブラック。

アイ、君は君で「アクアー、私のもお願ーい」なんて言ってるんじゃないよ。多分原因は君の惚気だよ。


「そ、そう言えば2人共今日は高校入試の面接だったよね。どうだったのかな?」


「(露骨に話題逸らしたな)ああ、特に問題無さそうだった。何でウチに来たんだって驚かれたけど」


「(パパ、話逸らしたね)私も大丈夫そう。いやーミヤコさん達がアイドル部門復活させてくれて助かったよー!事務所に所属してないと芸能科に入れないもん!」


いちごプロはB小町の解散後、アイドル部門を閉鎖した。理由は2つ、1つは後続のアイドルが個人とグループの両方共に居なかった事。もう1つは斉藤社長の夢が叶ったという事で、アイドル部門に関しては燃え尽き症候群のような状態になってしまったからだ。

ただいちごプロ自体は、女優へ転身したアイの目まぐるしい活躍によってまだまだ成長中。B小町の活躍と相俟って、今では中堅クラスの事務所へと成り上がった。


そんな我らがいちごプロのアイドル部門が先日、10数年ぶりに再度立ち上げられた。先ほどルビーが言ったように、入学志望である高校の芸能科に入るためには事務所に所属している証明が必要であるため、その一環を兼ねている。所属証明だけなら他所の事務所でも構わないはずなのだが、アイとアクアが…


「だったらウチの事務所入ろうよ、実績あるし!それにルビーが私の後を継いでくれたら嬉しいしさ、めちゃきゃわな娘の成長はすぐ側で見たいな!」


「何処の馬の骨とも知れない事務所に妹を入れる訳にはいかない。大手は大手で、叩けば埃なんていくらでも出る。少なくとも俺は信用出来ない」


といったように子煩悩とシスコンを爆発させたため、社長とミヤコさんにお願いしてウチの事務所に所属してもらう事になった。

あの時のアクアの目、ちょっと怖かったな…。なんか右目の星がドス黒くなったように見えた…。


「あ、そうだ!そう言えば面接の時にね……」



◇◆◇◆◇◆



───私立・陽東高校


ここは『陽東高校』。中高一貫校で、日本でも数少ない『芸能科』のある高校。この芸能科は誰でも受けられるわけではなく、芸能事務所に所属している証明が必要となる。


───芸能科面接会場


「いちごプロ所属!星野ルビーです!!」


─── 一般科面接会場


「星野愛久愛海(アクアマリン)……です」


「凄い名前だね…

…偏差値70!?なんで偏差値40のウチ受けたの!?」


「校風に惹かれまして…」←東京国立医大合格経験有り


「そこまで校風に魅力を感じたの!?」


それぞれの学科の面接を終え、俺は廊下でルビーと合流した。


「どうだった?」


「多分平気……。そっちは?」


「問題ない。万一弾かれるとしたら名前のせいだろうな」


あはは!とルビーは笑い出す。名前がちょっとアレなのはもう慣れたが、まさかこんなところで弊害の可能性が出るとは。


「でもなんで一般科なの?私と一緒に芸能科入ると思ってたのに」


「今の俺は裏方志望だからな」


そう、俺はルビーと違い一般科の面接を受けた。理由は簡単、自分の才能を見限ったからだ。

役者を志した事はあった。しかし、俺には演技の才能が無いと実感させられた。端役とはいえ、カントクに弟子入りしてからカントクの作品に何本か出させて貰った時、他の同年代の役者と比べて俺の演技は稚拙過ぎたのだ。頑張ってはいるが売れない役者っていう、世の中に腐るほど居る人間の1人でしかない。俺には母さんみたいに『特別な何か』が無い、不相応な目標は持つべきじゃない、と。

だが俺は自分の思う以上に未練がましい人間のようだ。才能は無いと吐き捨てたくせして、弟子入りしたまま裏方の仕事を続け、芸能関係の末端にしがみついている。


「役者でもない裏方が芸能科に入る理由は無い。それに、有名人に名前を知られてSNSで話題に出されるのも面倒だ」


「確かに、本名アクアマリンだもんね。普段皆めんどくさがってアクアって呼ぶけど」


ルビーが俺の名前を呼んだ瞬間、たった今すれ違った赤い髪にベレー帽を被った小柄な女子学生が立ち止まる


「……アクアマリン」


アクア、と俺の名前を口にしながら、その女子学生がこちらへと振り返る。


「星野アクア!?アクア、アクア!貴方、星野アクア!?」


何回繰り返して呼ぶんだ。というか誰だっけ……


「あっ、あれじゃない?」


「重曹を舐める天才子役」


「10秒で泣ける天才子役!映画で競演した有馬かな!」


重曹…有馬かな…映画競演……。そういえば昔映画の現場に居たな。よく見たら確かに当時の面影がかなりある。


「あー久し振り…ここの芸能科だったのか」


「そうよ。……良かった、ずっとやめちゃったのかと……」


やっと会えた……と安心したような表情をする有馬かな。何故だ?あの1回の競演以外に接点は無かったはずだが。

訝しげに思っていると、有馬かながパッと顔を上げて笑顔で俺に尋ねる。


「入るの!?うちの芸能科!?入るの!?」



「いや……一般科受けた」


「なんでよ!!」


めちゃくちゃ良いリアクションするな。

さすが芸能人。



◇◆◇◆◇◆



「って感じで偶然あの人も同じ学校でさ、世の中って狭いよねー」


「でも何であんだけ俺に突っ掛かって来たのかが分からん」


「うーん……」


僕が思うに嫉妬と、それ以上の羨望だろうと推察する。聞いた話だと有馬さんは子役時代にアクアと共演し、アクアの演技に全然及ばなかったからと五反田監督に何度もリテイクをお願いしたらしい。当時の彼女は所謂『天狗になっている』状態だったとの事だ。そんな彼女が演技ではない涙を流しながらプライドをかなぐり捨てる程に頼むとなれば、相当の敗北感を実感したのだろう。

僕にも自覚があるが、役者という人種は多かれ少なかれ負けず嫌いだ。それも確かな実力を伴うとなれば尚更。


「アクアの演技に惹かれたんじゃないかな」


初めての敗北感、そして自身すら目が離せなくなるほどの『ぴったりな演技』。そんなアクアをいつの間にか同じ役者として意識するようになったのだろう。


「……俺には2人みたいな才能は無い。それと、明日は帰りにカントクのとこ寄って帰るから。じゃあおやすみ」


「……お兄ちゃん、なんかちょっと変わったよね」


「うーん、アクアはちゃんと才能あると思うんだけどなぁ」


「……今はアクアの思うようにさせてあげよう。まだ迷ってるけど、いつか心の折り合いが付くよ」


飲み終わったカップを片付け、各々が慌ただしかった1日に別れを告げるように床につく。


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