カミキヒカルは2児のパパ (家族)

カミキヒカルは2児のパパ (家族)



ホテルを出てからの事はよく覚えておらず、気が付いたら警察署に居た。どうやら深夜に子供が出歩いているという連絡を受けて保護されたらしい。

保護されてから少しして、金田一さんが身元引受人として迎えに来た。後から聞いた話だが、僕は劇団に戻るまで終始無言のまま、虚ろな目で何処を見ているのか分からない目をしていたとのこと。


素直に姫川さんの事を告発したら楽だったのかもしれないが、そうするとドラマの撮影や事務所など多数の人間を巻き込む事になるだろうと思い、自分を殺して心の奥深くに封じ込めた。


事実を話せない僕は劇団に戻って間も無く、金田一さんにしがみついて静かに泣いた。金田一さんは僕が泣きつかれて眠るまで、黙ったまま頭を撫でてくれていた。


昨夜はよく眠れなかった。あんな事があれば無理からぬ事だろうが、それでも重い体を起こして金田一さんの元に向かった。


「おはようございます。昨夜はご迷惑をおかけしてすみませんでした」


「おう。……昨日のあの様子だと何かあったんだろうが、詳しくは聞かねえ。それとカミキ、お前は今日オフにしといた」


「え?オフ、ですか?」


「隈が凄いぞお前、どうせまともに寝れなかったんだろ。今日は休んどけ」


「……分かりました。金田一さん、ありがとうございます」


「おう」


僕の心情を察してか知らずか、金田一さんは何も聞かずに休養しろと告げた。やはりこの人には頭が上がらない。ぶっきらぼうな人柄ではあるがその実、人の事をよく見ている。


金田一さんの言葉に甘えさせてもらい、今日1日は心と体の休養を取る事にした。



◇◆◇◆◇◆



部屋に閉じ籠って居ても昨夜の事を思い出して気が滅入りそうだったので、街へ繰り出す事にした。

行き先は渋谷。何か目的があるわけでは無いのだが、適当にウインドウショッピングをするならここが良いかなという安直な考えから決めた。初めて来る場所だが、想像以上に人が多い。右を見ても左を見ても人の波、ぼうっと立っていたら流されてしまいそうだ。


「劇団の活動でいくらかお金はあるし、金田一さんに日頃の感謝で何か買って帰ろうかな」


とは言ったものの、何を買っていこうか。あの人が好きな物と言えばお酒だが、未成年の僕では買うことが出来ない。となると何が良いだろうか…。


「とりあえず色々見て回ろう。その中で何か良いものがあるかもしれない」


僕は人混みの中を掻き分けるようにして、初めての渋谷へと足を踏み入れた。



しばらく散策していると、男性用整髪料の専門店の前に行き着いた。


「そういえばこの前、ヘアワックスで気に入る物が無いってぼやいてたな。よし……」


これなら良いかもしれないと思い、店内へと入った。店内は香水や芳香剤の匂いが混ざり合って表現し難い匂いが立ち込めている。

店員さんにヘアワックスのコーナーへと案内してもらい、良さそうな物が無いかと探す。

少しの間眺めていると、金田一さんの年齢向けな無香料の商品を見つけたので、レジへと持っていく。


「すみません、これお願いします。あ、プレゼント用に包んで貰う事って出来ますか?」


「おや、お父さんへのプレゼントかい?まだ小さいのに親孝行な子だね」


お父さん…か。僕の本当の両親はもはや顔さえ思い出せないが、お父さんのように感じてる存在は居る。金田一さんもその1人だ。

何だか少々照れくさい気分になりながら、会計を済ませて店を出る。


良い買い物が出来たのでひと息つこうと、近場にあったカフェへと入った。甘いものが好きな僕はキャラメルフラペチーノを注文し、1人席で楽しんでいた。

その時ふと少し離れた方の席に目をやると、僕と同い年か1つ2つ上くらいの少女と柄の悪そうな金髪にサングラスを掛けた男が同じ席についている。端から見ると怪しさ満点だ。


(あの人、あの子に何の話をしてるんだろう…。…もし、もしそういう勧誘なんだったら…)


密かにスマホで通報が出来るように準備をしながら聞き耳を立てていると、席での会話が少し聞こえてきた。


「勧誘……………に?…………話だね」


「絶対………………。保証する」


「止め…………私…………だし」


「そも…………仕事……し。……………じゃん?」


ん?何やらそういう方向の話では無さそうな雰囲気だ。しかし勧誘って聞こえたが、何の話だろうか。ゆっくりと立ち上がり、飲み終えたカップを捨てて店を出る振りをしながら再び聞き耳を立てる


「嘘でも、愛してるなんて言って良いの?」


「アイドルになれば、愛してるなんて言葉は歌詞の中に幾らでも入ってる。それに……

皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん」


ウィーン     アリガトウゴザイマシター


「…………」


アイドルの勧誘だった。そういうものがあると聞いたことはあるが、実際の現場は初めて見た。嘘が本当なるかもしれないと言っていたが、世の中そんな甘いものではない。

しかし……


「愛……。愛、かぁ……」


今の僕には無縁の言葉。愛情をくれるはずの両親からはただの1度でさえ向けてもらったことの無いもの。父親のような風見先生や金田一さんもそういうのとは違う。


僕にもいづれ、『愛』を知ることができる日が来るのだろうか……。


帰り際、駅のガチャガチャに描かれていた何とも言えない表情のうさぎのストラップに目が止まり、1回だけ回してみることにした。1発で出た。


こんな所で運を使って良かったのだろうか。


その後、劇団に戻って日頃の感謝も込めて金田一さんにお土産を渡した。金田一さんは「子供が要らん気を遣うな。でもまぁ、ありがとな」と簡素に礼を言って事務室に入っていった。

翌日、早速例のヘアワックスを使ってくれていたので、ちょっと嬉しかった。



◇◆◇◆◇◆



あれから数年、感情演技以外の技術を伸ばしながら着実に役者としての経験を重ねていった。心の傷がほとんど癒えてきたとはいえ、あの件以来、感情演技という概念にトラウマを抱えてしまった。そのため、金田一さんにその点だけ隠したまま話し合い、感情演技以外の技術を磨くという結論に至った。


そして僕の所属するララライにも少しだけではあるが、人が増えた。金田一さんが目をつける人達なだけあって、確かな実力を持つ人ばかりである。先に身を置かせて貰ってる身としては簡単に先を歩まれる訳にはいかないので、僕も日々たゆまぬ努力を続けようと頑張っている。


しかしまだまだ弱小劇団の部類。実力ある人を増やすための一貫として、ワークショップなるものを開いてみようという話が上がった。

「結果を伴うかは分からんが、物は試しだ」

とのこと。


そのワークショップの第1回を、今週末に開催する運びとなった。


───ワークショップ・ララライ事業所内


ララライの事業所を解放して開催されたワークショップには、思ったより人が集まっていた。かくいう僕も参加者の1人である。自主参加の研究会や講習会のようなものなので、僕としても良い機会なのだ。

周りを見渡せば舞台で見たことがある人もちらほら居る。みんなまだまだ自分の知見や不足しているものを補う努力を欠かさない姿勢のようで、僕もそれに混ざろうと考えていた。


ふと部屋の隅に目が行くと、女の子が壁にもたれ掛かって1人で居る。あの子、何処かで見たような気が……


(……あ、思い出した)


数年前、渋谷のカフェでアイドルの勧誘を受けていた子だ。アイドル関連のテレビは目にしていないため、あれからアイドルの話を受けたのかは分からない。が、ここに居るという事は何かしら演技に関連する話を聞きに来たのだろう。


こういう場に1人で居るのは勿体無いと思い、少女に声を掛けに行く。


「こんにちは。あなたも役者として参加されてるんですか?」


「……いえ、役者じゃないです」


…警戒心剥き出しの対応だ。まぁ無理もないかもしれない。1人で居る少女に突然声を掛けてくる男など、大人だろうが同年代だろうがロクな男じゃないパターンが多数だろう。


……しかし、何故だかこの子から目が離せない。引き寄せられるような綺麗な目をしているのだが、僕はその瞳の奥が気になった。

『孤独』『人間不信』『嘘』

何かシンパシーを感じる。鏡で見た僕の目と限り無く似ているような気がした僕は、この子を独りにしてはいけないと直感した。


この日はこのまま何事も無く解散となったが、警戒されてはいるもののお互いの名乗り合いをするまでには至れた。


これが僕達、『カミキヒカル』と『星野アイ』のファーストコンタクトだった。


第2回のワークショップにも、星野さんは来ていた。相変わらず星野さんは1人で居たため、また話しかけに行く。


「お久し振りです星野さん」


「…うん、久し振り」


対応も相変わらず警戒態勢の塩対応…かと思ったのだが、どことなく前回よりは物腰が柔らかい印象。


「星野さんは役者じゃないって言ってましたけど、もしかしてアイドルとかされてます?」


一瞬だけ星野さんの目が見開く。


「何で知ってるの?」


「数年前、渋谷のカフェで金髪サングラスの人に勧誘されてましたよね。あの日、僕もあそこのカフェで休憩してまして耳に…」


「……そっか、あの日に居たんだ。うん、今アイドルやってる」


聞けばB小町という中学生アイドルグループに所属しているとのこと。まだデビューして間もないらしいが、この歳でグループのセンターを務めていると聞いた。正直驚いた。今僕と話している彼女は、僕と同じで暗い部類の人間だろう。そんな彼女がテレビの中では、歌って踊れるアイドルのセンターだとは想像もつかない。

星野さんにスマホで動画を見せて貰った。そこには、天真爛漫に歌って踊る彼女の姿があった。太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス、まるで無敵に思える言動、そして吸い寄せられる天性の瞳。目に映るその全てがアイドル・星野アイの凄まじさを物語っている。


「……凄い」


思わず口から漏れていた。アイドルについては門外漢だが、一度見ただけで星野さんのアイドルとしての才能が伝わった。


「そ、そうかな」


「僕、アイドルについてはからっきしですけど、星野さんが凄いアイドルだってことを肌で感じましたよ」


「いやぁ私なんてまだまだだよ。歌もダンスも私より上手い子居るし」


他の子も確かに凄い。センターであるアイの陰に多少隠れてしまってはいるが、それでも水準で言うなら同年代よりは確実に高いと言える。だけど……


「それでも僕は、星野さんが一番凄いと感じましたよ。天真爛漫な笑顔で歌う星野さんは、誰よりも輝いてると思います」ニコッ


「っ……!」


つい本音と笑顔が漏れる。だが今までに見たことの無い凄さのものを見たのだ。これは仕方の無い事である。

ふと星野さんの方を見ると、顔を赤らめて俯いている。何かおかしな事を言ってしまっただろうかと焦って謝罪をする。すると


「ううん、違うの。ここまで真面目な顔で褒められたことって無くて…。つい照れちゃったって言うか」


星野さんが照れながらはにかむ。彼女の意外な一面を見た気がした。


「星野さんもそんな照れ方するんですね。その、とても可愛いと思いますよ」


「……アイ」


えっ、何て?


「私の事はアイって呼んで。それと敬語もナシ、私も君の事ヒカルって呼ぶから」


「……分かった。アイ、僕も君のファンになっていいかな?」


「いいよ。あ、今のうちにサインとか要る?」


将来高く売れるかもしれないから貰っとこうかなと冗談を言うと、怒ったアイに両頬を引っ張られた。でもまたもや星野さん…いや、アイの意外な一面を見れたので良しとしよう。


それからも僕とアイはワークショップの度に話をした。お互いの近況の話だったり好きなものの話だったりと、話が弾んだ。会話の中でアイの方が1つ上だったということを初めて知ったので呼び方をアイさんに変えたら、アイが拗ねてしまったので呼び方は戻した。あの日ガチャガチャで当てた何とも言えない表情のうさぎのストラップを付けて行ったら、何故だかアイが物凄く気に入ったようでプレゼントした。

「ありがとヒカル!これお守りにしよ~!」

とかなり喜んでいたので、あの日の気の迷いは間違いではなかったと少し嬉しかった。

数日後のライブでアイの髪飾りのうさぎがあのストラップのものに変わってるのに気付いた時は、そこまで気に入ってくれたのかと少し照れくさくなった。

お互いの育った環境の話もした。アイは母親から虐待を受けていたという話には衝撃を受けた。彼女はケラケラと話しているがその心情は計り知れないだろう。僕も親からは居ないもの同然に扱われ、ある日蒸発したという話をした時には、今度はアイが固まっていた。しかし、ここまで似た者同士だったとはねとお互いに笑い合えたので、話して良かったと今では思える。


そんな日々を過ごしていたある日、アイの表情が暗く沈んでいるのに気付いた。


「どうしたのアイ?何だか落ち込んでるみたいだけど」


「……ちょっとね、グループの仲が悪くて。昨日1人辞めちゃったの。」


アイドルグループというのは全員そこそこに仲が良いものだと勝手に思い込んでいたが、実際には違う。グループといっても、それを構成している彼女達には当然一人一人の『個人』がある。不満もあれば文句を言うこともあるだろう。


「私ばっか社長に贔屓されてるのが嫌だったんだって。そんなつもり無かったのになぁ」


また少し表情を暗くしながら彼女が続ける。


「私ってバカだし、よくやらかしたりするしさ、そういうとこが嫌いってのもあったんだと思う。でも…仲良くしたかったなぁ……」


そう言い終わると、伏せたアイの目から涙が零れる。お互いに孤独を生きた人間なので、僕はこれが嘘偽り無い『星野アイの本心』なんだと確信した。

アイの涙を指で拭い、彼女の顔を真っ直ぐ見つめる。


「僕はメンバーでも関係者でもないからどうすることも出来ない…。でもアイの話を聞いて、悲しみや苦しみを受け止めるくらいの事は出来るつもりだ。僕なんかで良ければいつでも相談してほしい。

僕は君のファンだけど、それ以上に君の事が大切だから…」


アイの目から止めどなく涙が溢れる。アイドルじゃないただの15歳の少女、星野アイの姿がそこにはあった。僕に抱き付いて涙を流し続ける彼女を、優しく静かに抱きしめた。


大好きな彼女が笑顔に戻ってくれる、その時まで。



─────────。


(……随分懐かしい記憶だな。ふふ、今じゃもう遠い過去の話みたいだ)


昔の事を思い出しながら体を起こす。辺りを見渡すと、何もない。辺り一面ただの真っ暗な闇だ。


ここは何処だろう。

僕は何故ここに居るんだろう。

僕に何があったんだろう。


……ああ、思い出した。


そうだ、僕は。


「死んでしまったのか」


不思議と後悔は無い。愛する家族に怪我は無く、嘘偽りの無い『愛してる』を伝えることが出来たのだ。

後悔などあるはずがない。


だが、未練ならある。


「もっとアクアとルビーの成長を見たかったなぁ」


だが僕は死んでしまった、これはもうどうしようもない事実だ。この事実を受け入れる他無い。


果てしない暗闇の中を彷徨い歩く。前に進もうとも来た道を戻ろうとも、右に行こうとも左に行こうとも何も景色は変わらない。


闇。


歩き疲れた僕はその場に座り込んでしまった。当てもなく歩き回るというのは肉体的にも精神的にも疲弊する速度が凄まじい。


もうこの目を閉じてしまおうかと考えていると、先程までは無かった小さな光と人影が見える。


最後の力を振り絞って立ち上がり、光の方へ足を進める。少しずつ光に近付いていくに連れて、人影の方も少しずつ輪郭がハッキリとしてくる。後ろ姿だ。


その後ろ姿には見覚えがある。そんな、いやまさか……


「ゴロー……先生……?」



「よお、ヒカル君」



先生…………。先生……!先生!!


「今まで何処に行ってたんですか!あの日、アイが出産する直前に病院を出てから!何処に……!」


涙が止まらない。会いたくて会いたくて堪らなかった僕達の恩人。僕達を助けてくれた、僕達に愛ある説教をしてくれた、僕達の為に、全力を尽くしてくれたゴロー先生の姿がそこに在った。


「それは本当にスマン、行きたくても行けない事情があってな。でも君達の事はずっと見てたよ。

立派な父親になったな、ヒカル君」


「はい…。アクアからは最後までヒカル呼びでしたけど、ルビーからはパパって呼ばれるようになりました。先生と出会った時には分からなかった愛してるということも分かって、アイと子供達に伝えられました。

父親として僕はもう、満足です……」


「…………」


僕の独白を静かに聞き終わると、ゴロー先生は一息吐いた。


「ヒカル君、こっちに来なさい」


先生が手招きをする。僕は急いで駆け寄った。


僕はゴロー先生から、平手を貰った。


「バカ野郎!勝手に1人で満足してるんじゃねぇ!ヒカルはそれで良いかもしれない、でも遺されたアイと子供達がどう思ってるか解ってんのか!」


「……っ!」


「あの時も言っただろ、子供には父親と母親の両方が必要なんだって。それに、君は父親として立派にやっている。未練、あるんだろ?子供の成長を見たくない親なんて居るはずないんだからな」


あの日、あの夕暮れの屋上の時と同じ微笑みで、先生が僕を諭す。

そうか…僕はまたバカな思い違いをしてたのか。当然だ、僕だってアイに死なれて子供達と一緒に取り残されるなんて絶対に嫌だ。


またゴロー先生にしがみ付いて涙を流す。先生もまた、優しく頭を撫でてくれる。ああ、やっぱりこの人には敵わないな…。

すると突然体が浮遊感に包まれ、少しずつ光の方へと引っ張られていく。


「じゃあなヒカル君、ここでお別れだ。君は俺と違っていつまでもここに居ちゃいけない。

いつまでも、見守ってるからな」


「先生……?ゴロー先生!」


僕の体を引っ張る速度が上がる。先生に手を伸ばすが届かずに、やっと会えた先生との距離はどんどん離れて行く。

強い光に全身と視界が包まれ、そこで意識が途切れた。


─────────。


意識を取り戻して目を開けると、真っ白な天井が映る。見覚えのある天井とベッドに寝かされている現状から察するに、ここは病院だろう。

夢の中でゴロー先生から貰った平手の感触は無いはずだが、何故だか暖かさが残っている気がする。


(先生…僕、まだ生きます。もう先生に心配をかけないように、愛する家族とこれからも歩いていく為に……)


すると病室のドアが開く。そこに入ってきたのは……


「ヒカル…………?」


「パパ…………?」


僕の愛する家族。アクア、ルビー。それに、アイ。



「ただいま、みんな」

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