カミキヒカルは2児のパパ (告白 弐)

カミキヒカルは2児のパパ (告白 弐)



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「いよいよ撮影も終わりだね。寂しいなぁ。」


撮影も残すところは最終回のみ。ここまで一貫して安全圏をキープしてきたはずが、あかねがアイの演技を始めた回からそれも崩れた。しかし何度思い返してみても、あの演技は圧巻だった。


「アクアくんの言う通りのキャラ付けしたら人気も出て、かなり助かったよ。ありがと」


「アイの演技……いや役作りか。まるで夢を、本物を見てるみたいだった。アレってどうやってるんだ?」


「あぁいや、そんな大層な物じゃ……」


あまりの衝撃から来る大きな感心と、ちょっとした興味本位からあかねに尋ねてみた。するとあかねは分厚いメモ帳を取り出しながら、プロファイリングの本などを読んで勉強していた賜物と言った。


プロファイリング……。確か警察組織が犯行現場の状況や犯行手段、被害者などに関する情報や資料を統計データや心理学的手法を使って分析。それにより犯行予測や犯人像の推定を行うための技法だったか。

それを演技に置ける理解の手段に当て嵌めたのか。だとしても、どれだけの資料を集めたら憑依と形容しても過言ではない演技が出来るのだろうか。


「5歳の時からこの手法でやってて、一杯調べて自分なりに解釈してるだけ。色々勝手な設定とか足しちゃってるし」


「勝手な設定?」


「うん。例えば……



アイには実は夫と隠し子が居る      ……とか」



─────────なん、だって……?


勝手な設定、と言っていたが…どうしてそれを……。

分かるはずが無い。その事実を知る関係者全員が全力で隠している事だ。唯一懸念材料があるとすれば有馬だが、あかねとの接点など無いはず。


まさか本当に、プロファイリングだけで辿り着いたのか……?


「だとしたら色んな感情のラインに整合性が取れるし、不可解だった数々の行動の理由が分かる。何を考えてどういう人格なのか数式パズルみたいに分かってくる!」


……………………。


(黒川あかね、お前は一体……)



芸能界には才能が集まる。俺にはあの自由奔放で才能の塊であるアイが何を感じて、何をしたかったのか、殆ど分からないままだった。

黒川あかねという才能は、おそらく今日までずっと一緒に居る俺より、ずっと深くアイを理解して行動を完璧にトレースしている。


だが俺達はあくまで仕事上の付き合い、番組が終わったら関わる事はなくなるだろう。


そう、思っていた───。


─────────。


今、俺達は夜景が映える川縁のデートスポットに来ている。恋愛リアリティショーの一番の見所である告白シーン撮影の為だ。

事前の勉強として見た前シーズンではカップルが成立し、キスシーンが放映されていた。今シーズンのメンバーを見るに、その役目はノブとゆきが担当する事になるだろう。


視聴者が求めるものを考えると、俺はあかねに告白するのが妥当か。互いに恋愛感情があるわけでもないから、玉砕する形になるだろう。それが放送されてエンタメになるというのは少し癪だが、所詮は鏑木さんとの交換条件で出演しているだけのものだ。あかねの演技の才能を手放すのは多少惜しい思いもあるのは事実だが、別に構わない。


撮影準備が整って少ししてから、ノブがバラの花束をその手に携えてゆきの目の前へと歩いていく。


「ゆき…いや、鷲見ゆきさん。俺、熊野ノブユキは貴女の事が好きです。俺とお付き合いしてください!」


普段のムードメーカーな雰囲気は無く、緊張した面持ちで真剣な告白をするノブ。それに対してゆきの返事は。


「…ごめんね。ノブは確かに好きだけど、それは友達としてなの。だからこれからも仲の良いお友達でいてください」


……マジか。完全に予想外な事態になった。誰もがあのカップルだけは成立すると思っていただけに、小さくどよめきが起こる。


告白を断られてヘコんだノブを全員が同情の眼差しで見つめる。それから殆ど間も空けずに、今度はケンゴがギターを引っ提げてメムの元へ向かい、自作の短い告白ソングを演奏して思いを伝える。この2人は元々の絡みが少ないのもあって、こちらも不成立。


(……このままだと番組の締めとしてはあまり印象が良くないか?交換条件とはいえ、半端な状態で終わらせるのも性に合わないしな)


あかねには悪いし俺としてもあまり使いたい手段ではないが、『演技』でもってカップル成立の確率を上げる告白をさせてもらう。

あかねの所へ向かうため、腰を掛けていたベンチから立ち上がる。すると…


目の前には、既にあかねが立っていた。


「ア、アクアくん、その…あのね?……まずは改めてありがとう、あの嵐の日に私の命を助けてくれて。何日も徹夜して動画を作って、私の名誉も守ってくれて」


「…気にする事じゃない、あの時はああしなきゃ手遅れになった。動画製作も、単に俺の苛立ちをぶつけたってだけの話だ」


「ふふっ、それでもだよ。私…凄く嬉しかったの。それでね、あれから私はずっとアクアくんの事を考えてる。B小町時代のアイの演技を頑張ったのだって、君に私を見てほしいからなの」


「……」


「初めてアイの演技をしたあの日、ゆきちゃんとメムちゃんに言われて気付いた。


私、黒川あかねは、星野アクアくんの事が好きです。私とお付き合いしてください」


「──っ」


正直、今日一番の想定外だった。まさかあかねの方から告白をしてくるとは…。

俺からあかねへはもちろん、向こうからも恋愛感情は無いと思っていたのだが、この表情は本気のそれだと思う。


俺からの告白で不成立になるなら、先ほどまでの流れもあってそのまま終われただろう。だが男側からの告白がベターの告白回で、女側からの告白。それも世間では『アクあか』などとカップリングされている組み合わせとなると断りづらいなんてものではない。


俺の内心としてはどうだ?確かに恋愛感情は無い。だが、あかねの演技には大いに興味を惹かれている。未だに役者に戻るかを決めきれていない俺に対しての道を示す一助になるかもしれない。それに…


(…あんな、死を選ぶほどの辛い顔を見たら、『俺』はこいつを放っておけない)


あかねの告白に対する、俺の答えは───


─────────。


あーあ…マジさいあく。死んじゃえばーか……






おまけ  ~あかね復帰回放送後~


───星野家


「絶対お兄ちゃんでしょ!あかねちゃんにママの演技するように言ったの!」


アクアが出演する『今ガチ』の黒川さん復帰回が放送された夜、リビングにて夕食後のコーヒーをみんなで楽しんでる中、ルビーが凄い勢いでアクアに問い詰めている。


「確かに素の自分で撮影に臨むよりはダメージが少ないってアドバイスはしたが、まさかほぼそのものになるなんて思わないだろ。父さんが目を掛けていたのも納得がいったよ」


「凄いよね黒川さん。ララライの若きエースの呼び名は伊達じゃないよ」


「でもホント凄かったよあかねちゃん。あの頃のママが映ってるって錯覚したもん」


アイ大好きっ子のルビーがそう錯覚するとなれば、もはや演技の領域を超えてると言っても過言ではないだろう。あれこそ黒川さんの演技スタイルであり本領だ。

あのレベルの演技が出来る役者など、日本中を探してもそうはいない稀少な人物だろう。そんな子を救ってくれたアクアにはやはり感謝が絶えない。まぁ危ない事をしたのは話が別だけどね。


「そういえばアクア、なんで私の演技なの?しかもアイドルやってた頃の」


「あ、それ私も気になってた。お兄ちゃんなんで?」


「え?いや、それは……」


おや、なんだかアクアが言いにくそうな話題のようだね。それを察知したアイとルビーは「ほほう?」と言って悪い笑顔を浮かべながらアクアに尋問を開始する。


「お兄ちゃんは何て言われてどんなアドバイスしたのかな~?」


「アクア~私も知りたいな~?」


2人に詰め寄られたアクアはたじろいでいたが、アイとルビーの綺麗で真っ直ぐな瞳に根負けしたのか、観念したように話し始める。


「…メムとゆきに詰められたんだよ、理想の女性像を教えろってさ」


「えっ、それで私?」


アクアが目を逸らしながらゆっくりと頷く。アクア、そんな仕草したら家族大好きなアイの事だからきっと……。


「アクアぁああ~~~!!♥️♥️♥️」


アイは心底嬉しそうに、全力でアクアに抱きついた。言わんこっちゃない…。


「でもママの特徴を言語化するってけっこう難しくない?あれはもう女神の一言に尽きるよ」


「あはは。そんな女神だなんて大げさな……」


「いや、ルビーの言う事は正しい」


「っ!」


「顔の良さは当然。それに加えて太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス、まるで無敵に思える言動、そして吸い寄せられる天性の瞳。どれを取っても非の打ち所が無いのが母さんで、俺とルビーに取って永遠の最推しだ」


表情を一切変えずにもう1人のアイ大好きっ子による大火力な褒め言葉がアイに放たれた。

それより


(あれ、今アクアが言ったのって……)


聞き覚えがあるなんてものじゃない。今アクアが言語化した特徴は、僕が初めてアイドルとしてのアイを目にした時に抱いた感想とそっくりそのまま同じだった。驚いたな、さすがは僕の息子だ。そんなところまで僕に似るとはね。


(……なんて感慨深くなってる場合じゃなかった!アイがこんなの聞いたら顔を真っ赤にして……!)


これはまずいと思ってアイの方を見ると、僕の予想に反した表情をしていた。

それこそ女神のような、慈愛に満ちた微笑みでアクアとルビーを見ていた。


「ありがとアクア、ルビー。幸せだなぁ…子供達にこんなに愛されてさ」ニコッ


「「~~~っ!!」」


アイの笑顔に当てられた2人は、顔を赤くしながらそれぞれ自室に駆け上がっていった。

強くなったアイの成長にホロリとしつつも、僕は見逃さない。


平気そうな顔を保ちながらも、耳は熟れたトマトよりも真っ赤になっている事を。


─────────。


「ヒカルぅ……顔から火が出そうなくらい熱いよぉ……」プシュゥ


「よしよし、よく耐えたねアイ」ナデナデ


アイは今両手で顔を覆いながら、僕の膝の上で小さく仰向けになっている。

強くなったように思えたのは表面上だけで、その実しっかりと致命的ダメージを受けていたようだ。


「でもビックリしたよ。アクアが僕とまるっきり同じ事を考えてたんだから、やっぱり親子だなって思ったよ」


「え?」


「昔ララライのワークショップで会った時、動画で初めてアイドルの君を見て同じ事を思ったんだ。それでね、この人は凄い、まるで夜空に輝く一番星みたいだなって」


アイがビックリした顔で僕の事を見つめる。


「それにあの時も言ったけど、アイはとても可愛いなって心の底から思った。それは今も変わらないよ」ニコッ


「も、もうやめてぇヒカル…恥ずかしいぃぃ……///」シュゥゥゥ


ふふっ、こんなアイを見れるのは僕達の特権だね。


───本日の勝敗         ヒカルの一人勝ち



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